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2004/04/17

続・情報基盤としての図書館

 根本彰続・情報基盤としての図書館』(勁草書房, 2004)を読了。「図書館の現場」シリーズとして出たこともあって、装丁もシリーズに合わせたものになっている。
 内容は、タイトル通り『情報基盤としての図書館』(勁草書房, 2002)の続編。前作では、米国の状況を参考にしつつ、図書館は情報のフローではなくストックを重視すべき、という議論が展開されていたが、今回は現在の日本の状況を踏まえて、より具体的な提言が展開されている。
 公共図書館の世界では、図書館は、利用者から要求された資料をとことん提供することに徹するべきである(「要求論」と呼ばれる)、という議論が盛んだったりする(でも、こんなことは、図書館界以外ではあまり知られていない事実かもしれない)。
 ここ最近、公共図書館によるベストセラー小説の貸出が著者・出版社に経済的損失を与えている、とか、新しい本ばかりではなく、文化的ストックとしての図書の蓄積をするべきではないか、という議論(と、同時に、著作者に対して何らかの形で金銭的補償が行われるべきだという主張)が盛んだったりするのだが、一部の(?)図書館関係者は、こうした批判に対して猛烈に反発をしていたりする。反発している人たちの意見を読むと、大抵の場合、ベストセラーであっても、利用者が要求するものであれば、あまり長く待たせることなく提供するべきである、という「要求論」的発想が根底にある。利用者の要求に応えることが図書館の役割なんだから、ベストセラーだろうが何だろうが、複数買ってどんどん貸し出すことに何の問題があるのか、というわけだ。
 こうした「要求論」的な考え方に対して、著者は実証的な批判を加えていく。特に、いわゆるベストセラーの内、公共図書館でよく借りられているものは、小説に偏っている(実用書やビジネス書におけるベストセラーなどはほとんど含まれない)という分析はかなり痛烈で、公共図書館が情報提供機関ではなく、娯楽提供の場と化してしまっている実態を浮き彫りにしてしまっている。
 また、「要求論」においては、要求されたら何が何でも提供する、という面ばかりが強調されるが、実際には、限られた予算で資料を購入していく時に、図書館側が何を選ぶのか、ということによって、利用は大きく変化していく(どのような資料があるのか、という例示効果がものをいう)、ということを著者は指摘している。つまり、単にニーズに応えるだけではなく、図書館側としてどのようなニーズに応えられるのか、ということを事前に示していくという作業が必要なのに、そのことが、「要求論」では見えなくなってしまう。と、いった理論的な分析も行われていて、ふむふむという感じ。
 他にも色々な論点が提示されているのだけれど、著者による「要求論」批判の中で最も強烈なのは、公共機関として、図書館が何のために無料で本を貸しているのかを説明する責任がある、ということを指摘したくだりだろう。「要求論」では、図書館という存在は社会にとって必要なものであり、本を貸すことは良いことである、ということが、往々にして自明のことにされてしまいがちだ。でも、そんなことは全然(図書館界の外側では)自明ではないわけで、税金を使って無料で本を貸す、ということが、地域社会にとってどのような役割を持つものなのか、住民に対して説明されなければならない、という著者の指摘は圧倒的に正しい。
 そこをまともに考えないと、単純に、貸出の冊数が多いから、あるいは、たくさん人が訪れるから役に立っているんだ、という、ひたすら数を追い求める運営に簡単に堕してしまう(まあ、全然使われないのは問題外だけど)。そうなれば、地域にとって必要な資料・情報とは何か、ということよりも、読みたいというリクエストが殺到する資料(公共図書館の場合には、それが往々にして小説だった)に重点が置かれてしまうのは当然のことだろう。かくして、著作者側の経済的利益とぶつかることに……で、現在の状況に至るわけだ。
 ところで、本書を読んでいて、著者が、何回か「前川恒雄」の発言を引いて、それを論拠に議論を展開する、というパターンを繰り返していることに、何となく違和感を感じてしまった。
 前川恒雄は「要求論」的なサービス論の元祖のような人で、一部で神格化されている。この人の主張に反対する議論を展開しようとすると、論理的にどうこういう前に、感情的に受け付けない、という人が、図書館界では結構な割合でいたりするくらいだ。そうした人たち向けの、著者の配慮なのではなかろうかと、個人的には邪推していたりして。成功体験(70年代から80年代に公共図書館が発展した時の理論的基礎を築いたのが前川恒雄)の呪縛は、恐ろしいなあ。
 何にしても、公共文化施設の中では、比較的うまくいっているように見える公共図書館の世界にも、様々な問題がある、ということがよくわかる一冊だと思う。そういう意味では、博物館・美術館・文書館の関係者にもお勧め。本書を読んで、公共サービスや生涯学習について考えている人に、図書館についての議論に参加してもらえると、個人的にはうれしかったりして。

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