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2004/07/12

水鏡綺譚

 ちょっと前に、近藤ようこ『水鏡綺譚』(青林工藝舎, 2004)を、高橋留美子のコメント付の帯と、装丁の南伸坊のコメントが書かれたポップ、そして、表紙に惹かれて衝動買い。近藤ようこは、あまり(というかほとんど)読んだことはなかったのだけれど、ついつい買ってしまった。長く未完だった物語に、描き下ろしの完結編が、というのに弱いだけかもしれないけど。
 巻末の初出を見ると、1988年から91年にかけて、『ASUKA』(と一話のみ『ファンタジーDX』)に掲載されたことになっている。『ASUKA』と近藤ようこ……今となっては、なんだかよくわからない組み合わせだが、連載打ち切りになったところを見ると、当時もやっぱりなんだかよくわからなかったのかもしれない。その頃、『ASUKA』を読んでいた人たちは、どう捉えていたのやら。
 話は、中世を舞台にして、仏教説話的味付けを施した、流離譚+怪異譚。「玉乗りする猫の秘かな愉しみ」さんの、「中世の説話物語に仮託して語られる怪異譚」という表現を借りるのが一番しっくりくる感じ。「マンガ的」な荒唐無稽さと、主人公たちの微妙な関係の陰影が、なんともいえない……って、そうか、それで『犬夜叉』の高橋留美子のコメント(「長年忘れがたい未完の物語であった」云々)を帯に入れてきているのかも。いや、『犬夜叉』と読者層は重ならないような気もするけど、でも、何となく分からなくもないな。
 完結編として新たに描き下ろされた最後の二話は、明らかに、それまでと絵が違う。「初めは絵が描けなかった。下書きで何ヶ月もかかった。墨を入れた後も何度も描き直した」という作者あとがきの一節を読むと、それをどうこういう気にはなれない。むしろ、少年漫画的な絵を意識していたと思われる1990年前後の絵と比較して、より繊細な線で微妙な表情を描く今の絵の方が、ラストの別れの切なさと清々しさが入り交じったような何とも言えない空気を描くに相応しい。完結までにかかった10数年という時間は、必要な時間だった、のかもしれない。

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コメント

単に高橋留美子と近藤ようこは高校時代の同級生だから、というツッコミは野暮ですか?(^^;

あ、なーんだ、そういうことですか。
こりゃお恥ずかしい。無理やり読み込みすぎちゃいました。思い付きで書いていると、脇が甘くなっていかんです。
まあでも、『犬夜叉』と『水鏡綺譚』に共通点が多い、ということ自体は確かなような。

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