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2004/10/26

福沢諭吉の真実

 これもいくらか前に読み終っていた一冊。平山洋『福沢諭吉の真実』(文芸春秋・文春新書, 2004)。
 「真実」という言葉をタイトルにつける、ということは、著者(実は編集者かもしれないけど)が相当に自信を持っている、ということだと思うのだけれど、大抵の場合は、それは空回りか、単なる自信過剰や思い込みだったりする。そういう本はあんまり読みたくないのだが、本書は違った。なるほど、「真実」という言葉を打ち出してくるだけのことはある。
 福沢諭吉(1834-1901)という人は、日本の近代化において非常に大きな役割を果たした啓蒙思想家として知られている。慶応義塾を創設した教育者でもあり、天は人の上に人を造らず、という言葉で知られている通り、非常にリベラルなイメージもある。ちょっと事情に詳しい人なんかだと、朝鮮半島における改革派を支援していた、なんて話も知っているかもしれない。
 実は、その一方で、近年、晩年の福沢諭吉は、アジア侵略を正当化する主張をしている、ということが指摘されていた。これも根拠のないことではない。
 福沢には『時事新報』という新聞を発行するジャーナリストとしての側面もある。現行版の福沢諭吉全集は岩波書店から1958年から64年にかけて出版されている(1969年から71年にかけて第二版も出ている)のだが、この中には、福沢が中心となって編集・発行を行った『時事新報』の社説に、無記名で掲載された文章が、「時事新報論集」と題して全集2巻分の第8巻から第16巻、計9巻分にわたって収録されている。福沢による大陸進出(アジア侵略)肯定論は、この「時事新報論集」によって裏付けられているのだ。
 こうして考えてみると、リベラル派にとっても、保守派にとっても、福沢は先駆的な存在ということになって、お札になるのもなるほどなあ、という感じだったりする。
 ところが、本書は、「時事新報論集」に収録された社説が、本当に福沢が書いたもの、あるいは、福沢の思想を表現したものといえるのかどうかについて、徹底した再検討を加えていく。
 まずは、『時事新報』において社説を書いた人物について明らかにし(もちろん、福沢一人で書いていたわけではないし、晩年においては尚更だったりする)、その上で、問題のアジア侵略肯定論の根拠として扱われてきた文章を書いたのは誰なのか、他の記名記事との比較により言葉の用法等の頻度から特定していく。
 また、福沢死後に編纂された最初の全集(1925-26)の編纂の経緯を著者は検証していく。この全集を編纂した人物は、本当に、誠実な仕事をしたといえるのだろうか。著者の執拗な追及が続く。しかも、この大正期につくられた全集の構成はほぼそのまま現行の全集に引継がれている。問題の大正版全集に問題があれば、それはそのまま現行の全集の問題でもある。
 こうして、ある福沢の弟子によって、日本の大陸進出を唱える先駆的思想家(これが近年、アジア侵略論とされるわけだが)としての福沢像が、その死後に、伝記と全集によって意図的に形作られ、その結果は現在の全集においても生き続けている、という説が説得力ある形で展開されることになる。
 本書の説が正しいとすれば、福沢は、晩年まで徹頭徹尾リベラルな思想家であり、朝鮮や中国の人びとに対して同情的で、大陸への武力進出よりも大陸との貿易の発展を重視していたわけだ。どうもブレがちだった福沢像が、明確に一貫性を持ったものとして描き直されることになるだろう。
 普通、全集に入っていたらその人の書いたものだと思うわけだが、本書によれば、その盲点が見事に活用されていたことになる。恐るべし。全集ができれば、それを頼りたくなるのが人情。それでも、原典・初出に立ち返ることが重要ってことですな。二次資料・三次資料に頼りがちな我が身にしみる一冊。

(2004年10月28日追記)
 「時事新報論集」が全集の2巻分にあたるとなっていた部分を、第8巻から第16巻の計9巻分と修正しました。平山洋さま、ご指摘ありがとうございました。

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コメント

『福沢諭吉の真実』の作者です。私の本をお取り上げくださりありがとうございます。非常に優れた紹介と存じますが、ほんの少しだけ事実誤認があるようです。
 現行版全集全21巻の「時事新報論集」は2巻ではなく9巻あり、作者はそのうち後ろの4巻を石河の論説であると考えています。編数でいうと9巻分約1500編のうち700編が限りなく怪しい論説群で、日清戦争期の戦意高揚(煽動)論説はほぼすべてこの中に含まれています。

 平山さま、ありがとうございました。著者ご自身からのご指摘を受けてしまうとは、うれしいやら情けないやら、という感じです。
 確かに、再度確認してみると、『福沢諭吉全集』(岩波書店版)の第8巻から第16巻が「時事新報論集」となっていました(いったい何を見ていたのやら……)。大変申し訳ありません。
 早速訂正しておきます。

 ありがとうございます。
 なおついでながら『福沢諭吉の真実』につきましては、近代思想の専門家としての批評として、米原謙大阪大学教授(公共政策)による否定的紹介(HPの10月10日分。平山もでっちあげをしているのではないか、という内容)と、鷲田小弥太札幌大学教授(哲学)による肯定的紹介(「読書日日」10月22日分)が、ネット上にアップされています。
 すぐに見つけ出せると思いますので、よろしかったらご参照ください(と、私が書くのも妙な気がしますが)。

平山さま、ありがとうございます。

探すのが面倒な人は、下を参照してくださいませ。
なるほど、賛否両論、評価は正反対、という感じです。それぞれの重心の置き方の違いも興味深いかと。

Ken Yonehara Official Homepage>政治学/政治思想の研究動向>政治思想/単行本
http://www2.osipp.osaka-u.ac.jp/~yonehara/trend_1a.html

読書日日>◆179◆ 平成16年10月22日
http://www8.ocn.ne.jp/~washida/doku179.html

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