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2005/01/29

ず・ぼん 図書館とメディアの本 (10) 特集・図書館の委託2

 『ず・ぼん 図書館とメディアの本 (10)』(ポット出版, 2004)を読了。前号に引続き、「図書館の委託2」という特集。(ちなみに、前号の全文が、ポット出版のホームページで公開されている。これもオープンアクセスの一種か?)
 特集に関しては、磯村彩・他「中野区の元非常勤が作ったNPOの今 受託業者として感じるやりがいと戸惑い」と、古里克夫・他「図書館を死なせないための委託選択と非選択 品川区と練馬区の改革案をめぐって」という、二つの座談会が核になっている。
 「中野区の元非常勤が…」は、非常勤職員によって図書館運営を支えていた中野区が、非常勤を解雇して委託に切り替えることになった、という事態に、NPOという受け皿を自ら作って図書館業務を受託した、元非常勤の人たちを中心とした座談会。経理的な部分をどうするのか、とか、給与体系は、とか、司書資格を必須とするのかしないのか、といった話題が、異なる正確を持った二つのNPOの中心人物から、結構生々しく語られている。ある意味で、公共図書館において「職員」といったときには、いわゆる正規職員だけを見ていたのでは、もはや話にならない、ということが、とてもよくわかる一編。
 もう一つの「図書館を死なせないための…」の方は、館長を中心に委託を取り込んだ形の図書館改革案を提示した品川区と、委託ではなく非常勤職員の活用を前提とした改革案を組合がまとめた練馬区について、それぞれの中心人物がその背景や意図を語る、というもの。それぞれ、必要な人員をどう確保するのか、どのような組織形態を取るのか、という点では対象的なのだけれど、背景にある危機感や、結果として考えられているサービスのあり方(考え方、というべきか?)は、共通しているのが面白い。
 といいながらも、実は、特集とは無関係の、塙靖沖・他「書店さん 図書館に言いたいこと言って!」という、図書館に書籍を納入している書店側の人と、図書館員による座談会が、生々しくて面白かったり。なかなかこういう契約がらみの話とかは読めないよなあ。でも、いくら利用者から要求があるからといって、書店の棚の本をごっそり持っていく(実際にそうしたことがある、というのではなく、そうしてでも本は早く欲しい、という話)、というのはどうかと思うけど……。書店だって、地域の文化基盤の一つなのだから、いかに共存するかを考えるべきじゃないのかなあ。
 しかし、この号で絶対に読みのがしてはいけないものは、さらに別にある。「東京の図書館振興を体現した人 朝倉雅彦」だ。
 朝倉雅彦という人については、まったく予備知識がなかったのだけれど、このインタビューはめちゃめちゃに面白かった。この、朝倉雅彦さん、東京都の職員として東京都交響楽団の設立の裏方をほとんど一人で切り回したりした後、日比谷図書館の職員を経て、府中市立図書館長として活躍した、という人物。とにかく、熱い情熱の人、という印象。
 例えば、散々苦労して設立にこぎ着けた東京都交響楽団が、昭和40年ごろ、都の財政問題で危機に陥ったときに、議員への説明役となった教育長に渡したメモの内容がまずよかったりする。

 およそ行政には、物の行政と心の行政がある。この両者のバランスが取れてこそ最高の行政なんだ。この楽団は心の行政の革新になるものだ。

 かっこいい……。
 日比谷時代には企画担当として、昭和40年代初頭の東京都の司書職制度確立運動にも関わっている。
 この証言がまた重要で、当時、都の担当課長が「労働組合がオーケーしたらゴーしよう、進めよう」と語った場に居合わせたという話が! 結局、これは成立しなかったわけだけれど、もし、成立していたらどうだったか、という質問に、朝倉さんはこう答えている。

 これはもうわしがいうまでもない夢の世界ですよ。図書館が近代化して盤石な本物の図書館となり、本格的な発展をしていたでしょう。コンピュータを入れれば事務の近代化とはいえようが、図書館の近代化では決してない。
 さっきいいました通り、全国の図書館長さんとしょっちゅう会っとったでしょ。東京さんがやってくれればね、おらの町はすぐできるんだとこういっていた。全国の土壌はできていたんです。だから区にできたらね、波及効果で多摩地区にもできるし、それからどんどん全国に広がっていく。

 もちろん、歴史にIFは禁物なのだが、もしかしたら得られていたかもしれないものの大きさには呆然とせざるをえない。
 これが事実なら、前号で取り上げられていた「図書館事業基本法」といい、図書館界は、少なくとも戦後二回、絶好のチャンスを生かすことができなかったことになる。
 多摩地区の図書館が、日野市立図書館だけ突出していたわけではなく、各市の図書館がそれぞれ特色を持った活動を行い、切磋琢磨していた、ということを語っている点も興味深い。インタビュアーが、日野の移動図書館車を中心とした活動のみが、その後、公共図書館史の中で注目されてきたことに、疑念を呈している点にも注目。
 さらに、図書館屋なら感涙間違いなしの名言が次々飛び出すのがまたすごい。公共図書館に対するむちゃくちゃに熱い情熱がほとばしるインタビューだ。
 若干長くなるが、一部、紹介してみよう。

「図書館というのは人類の魂の宝庫だ」というのがライプニッツの図書館の定義ですね。ということは、図書は魂の結晶ということになりますね。新鮮な驚きでしたね。魂がゆさぶられるほど感動しました。(中略)とにかく図書館を一言で表しているすばらしい言葉だと思う。わしは今もそう思っていて、物を考える時にはすべてそこから出発している。
 図書が情報なら情報会社でやればよいと。図書は情報だという人には、「それでは、情報かどうか、一冊本を書いてみなさいよ」と。
 図書館の本質はライプニッツの言葉通りだと思っている。通俗的な言い方をすると、図書館は町の宝だと思っているんです。使う人だけがその存在を認めるのではなくて、使わない人も図書館があるということを誇りに思うものでなくてはならない。

 他にも色々あるのだが、色々ありすぎて、とても書き写しきれるものではない。ぜひ、ご一読を。
 最後に、みかん栽培の比喩を使って、貸出し一辺倒の公共図書館運営を批判した部分を引用しておこう。特に、滞在型のサービスの重要性や、行政との関係の強調など、結果的に最近の議論に近い内容になっているのがすごい。結局、基本を忘れたツケを、今払っているということなのか……。

 それで、私はやはり貸出しにウェイトを置くということは肥料の窒素みたいに思うわけ。見た目はいいんですよ。勢いよく伸びる。一時的にバーッと図書館が広がったように見える。それで貸出し論というのが図書館の正論だとみんな信者になっちゃった。それは物事の一部を見ているだけです。ある期間はそれでいいけど、実も花も落っこちゃう。私はそう思う。
 だから本当にいいみかんが取れるように図書館を育てるためには、リン酸もカリも必要なんです。リン酸というのは館内の利用、木の幹が図書の保存と考えればいい。カリの根肥というのは行政、それからマスコミ、一般社会と考えればいいかなと思う。行政と友好関係を結び、議員さんにも図書館を大事にしてもらう。マスコミにも親しんでもらう。
 図書館は堂々たる生きものです。この必要な要素をバランスよく取り入れてこそ、よい実が実ります。実が結ぶまで三〇年かかります。自然の摂理を守るということですね。

 30年後を目指して、今、何ができるのだろう。

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