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2005/01/29

ず・ぼん 図書館とメディアの本 (10) 特集・図書館の委託2

 『ず・ぼん 図書館とメディアの本 (10)』(ポット出版, 2004)を読了。前号に引続き、「図書館の委託2」という特集。(ちなみに、前号の全文が、ポット出版のホームページで公開されている。これもオープンアクセスの一種か?)
 特集に関しては、磯村彩・他「中野区の元非常勤が作ったNPOの今 受託業者として感じるやりがいと戸惑い」と、古里克夫・他「図書館を死なせないための委託選択と非選択 品川区と練馬区の改革案をめぐって」という、二つの座談会が核になっている。
 「中野区の元非常勤が…」は、非常勤職員によって図書館運営を支えていた中野区が、非常勤を解雇して委託に切り替えることになった、という事態に、NPOという受け皿を自ら作って図書館業務を受託した、元非常勤の人たちを中心とした座談会。経理的な部分をどうするのか、とか、給与体系は、とか、司書資格を必須とするのかしないのか、といった話題が、異なる正確を持った二つのNPOの中心人物から、結構生々しく語られている。ある意味で、公共図書館において「職員」といったときには、いわゆる正規職員だけを見ていたのでは、もはや話にならない、ということが、とてもよくわかる一編。
 もう一つの「図書館を死なせないための…」の方は、館長を中心に委託を取り込んだ形の図書館改革案を提示した品川区と、委託ではなく非常勤職員の活用を前提とした改革案を組合がまとめた練馬区について、それぞれの中心人物がその背景や意図を語る、というもの。それぞれ、必要な人員をどう確保するのか、どのような組織形態を取るのか、という点では対象的なのだけれど、背景にある危機感や、結果として考えられているサービスのあり方(考え方、というべきか?)は、共通しているのが面白い。
 といいながらも、実は、特集とは無関係の、塙靖沖・他「書店さん 図書館に言いたいこと言って!」という、図書館に書籍を納入している書店側の人と、図書館員による座談会が、生々しくて面白かったり。なかなかこういう契約がらみの話とかは読めないよなあ。でも、いくら利用者から要求があるからといって、書店の棚の本をごっそり持っていく(実際にそうしたことがある、というのではなく、そうしてでも本は早く欲しい、という話)、というのはどうかと思うけど……。書店だって、地域の文化基盤の一つなのだから、いかに共存するかを考えるべきじゃないのかなあ。
 しかし、この号で絶対に読みのがしてはいけないものは、さらに別にある。「東京の図書館振興を体現した人 朝倉雅彦」だ。
 朝倉雅彦という人については、まったく予備知識がなかったのだけれど、このインタビューはめちゃめちゃに面白かった。この、朝倉雅彦さん、東京都の職員として東京都交響楽団の設立の裏方をほとんど一人で切り回したりした後、日比谷図書館の職員を経て、府中市立図書館長として活躍した、という人物。とにかく、熱い情熱の人、という印象。
 例えば、散々苦労して設立にこぎ着けた東京都交響楽団が、昭和40年ごろ、都の財政問題で危機に陥ったときに、議員への説明役となった教育長に渡したメモの内容がまずよかったりする。

 およそ行政には、物の行政と心の行政がある。この両者のバランスが取れてこそ最高の行政なんだ。この楽団は心の行政の革新になるものだ。

 かっこいい……。
 日比谷時代には企画担当として、昭和40年代初頭の東京都の司書職制度確立運動にも関わっている。
 この証言がまた重要で、当時、都の担当課長が「労働組合がオーケーしたらゴーしよう、進めよう」と語った場に居合わせたという話が! 結局、これは成立しなかったわけだけれど、もし、成立していたらどうだったか、という質問に、朝倉さんはこう答えている。

 これはもうわしがいうまでもない夢の世界ですよ。図書館が近代化して盤石な本物の図書館となり、本格的な発展をしていたでしょう。コンピュータを入れれば事務の近代化とはいえようが、図書館の近代化では決してない。
 さっきいいました通り、全国の図書館長さんとしょっちゅう会っとったでしょ。東京さんがやってくれればね、おらの町はすぐできるんだとこういっていた。全国の土壌はできていたんです。だから区にできたらね、波及効果で多摩地区にもできるし、それからどんどん全国に広がっていく。

 もちろん、歴史にIFは禁物なのだが、もしかしたら得られていたかもしれないものの大きさには呆然とせざるをえない。
 これが事実なら、前号で取り上げられていた「図書館事業基本法」といい、図書館界は、少なくとも戦後二回、絶好のチャンスを生かすことができなかったことになる。
 多摩地区の図書館が、日野市立図書館だけ突出していたわけではなく、各市の図書館がそれぞれ特色を持った活動を行い、切磋琢磨していた、ということを語っている点も興味深い。インタビュアーが、日野の移動図書館車を中心とした活動のみが、その後、公共図書館史の中で注目されてきたことに、疑念を呈している点にも注目。
 さらに、図書館屋なら感涙間違いなしの名言が次々飛び出すのがまたすごい。公共図書館に対するむちゃくちゃに熱い情熱がほとばしるインタビューだ。
 若干長くなるが、一部、紹介してみよう。

「図書館というのは人類の魂の宝庫だ」というのがライプニッツの図書館の定義ですね。ということは、図書は魂の結晶ということになりますね。新鮮な驚きでしたね。魂がゆさぶられるほど感動しました。(中略)とにかく図書館を一言で表しているすばらしい言葉だと思う。わしは今もそう思っていて、物を考える時にはすべてそこから出発している。
 図書が情報なら情報会社でやればよいと。図書は情報だという人には、「それでは、情報かどうか、一冊本を書いてみなさいよ」と。
 図書館の本質はライプニッツの言葉通りだと思っている。通俗的な言い方をすると、図書館は町の宝だと思っているんです。使う人だけがその存在を認めるのではなくて、使わない人も図書館があるということを誇りに思うものでなくてはならない。

 他にも色々あるのだが、色々ありすぎて、とても書き写しきれるものではない。ぜひ、ご一読を。
 最後に、みかん栽培の比喩を使って、貸出し一辺倒の公共図書館運営を批判した部分を引用しておこう。特に、滞在型のサービスの重要性や、行政との関係の強調など、結果的に最近の議論に近い内容になっているのがすごい。結局、基本を忘れたツケを、今払っているということなのか……。

 それで、私はやはり貸出しにウェイトを置くということは肥料の窒素みたいに思うわけ。見た目はいいんですよ。勢いよく伸びる。一時的にバーッと図書館が広がったように見える。それで貸出し論というのが図書館の正論だとみんな信者になっちゃった。それは物事の一部を見ているだけです。ある期間はそれでいいけど、実も花も落っこちゃう。私はそう思う。
 だから本当にいいみかんが取れるように図書館を育てるためには、リン酸もカリも必要なんです。リン酸というのは館内の利用、木の幹が図書の保存と考えればいい。カリの根肥というのは行政、それからマスコミ、一般社会と考えればいいかなと思う。行政と友好関係を結び、議員さんにも図書館を大事にしてもらう。マスコミにも親しんでもらう。
 図書館は堂々たる生きものです。この必要な要素をバランスよく取り入れてこそ、よい実が実ります。実が結ぶまで三〇年かかります。自然の摂理を守るということですね。

 30年後を目指して、今、何ができるのだろう。

2005/01/23

MacPower 2005年2月号

 我が家は時ならぬ「塊魂」ブームで機能停止状態。何故今更、と聞かれても困るが、やり始めたら何だか止まらなくなってしまったのだからしょうがない。というわけで、更新も一休み中。論文の査読結果、反映はどうするんだ、という話もあるのだけれど……。

 話は変わって、『MacPower』2005年2月号(16巻2号)についてのメモ。
 『MacPower』が、アップルのMacintoshを中心にした雑誌から、Macを使って何らかの表現活動を行っている人を軸にした雑誌に方向転換してから、1年以上がたつ。で、現在発売中の2月号は、色々な意味で象徴的な言葉が目に付いたので、記録の意味を込めて。

OさんのHP社製のWindowsノートと僕のPowerBookは、撮影のベストショットを切り出すための単なるJPEG再生機として役に立ったようだ。Oさんのひと言は、デジタル系の道具に拘泥しすぎると人間同士のコミュニケーションの機微や配慮が欠けてくるという危惧だったのだろう。−−菊池美範「日々ノ雑感 春は都電に乗って」p.183
最後の最後に思いきって言ってしまおう。私は、Macユーザーについて生真面目に考えることにも、また大上段から語ることにもすっかり飽きてしまった。もはや何がMacユーザーであり、誰がMacユーザーなのかといんたことについて興味はない。そしてまたそのような問いに対して、心身をすり減らしながら詰め寄ることの意義も感じられない。いや、無駄な誤解を避けるべく正確さを期すのであれば、もうそんなことをする時代は終ったのだと無責任に言っておこう。−−岩淵拓郎「新Macユーザー概論 最終講義 Macユーザー解放宣言」p.188
アイ・ビー・エムが選んだ未来は、今のパソコンの延長線上にはないことがこれではっきりしました。つまり、未来にパソコンは存在しない。少なくとも、今のようなパソコンは存在しない、と断言したようなものです。あたしには、そっちのほうが驚きというかニュースなんですが、誰もそういう話はしてくれないようでね。−−田淵純一「私を初心者とか、ビギナーと呼ばないでいただきたい! 第121回 高き頂を求めるならまずは低き裾野の広さを知れ」p.191
今と10年前で違う点を挙げるならば、'95年当時、パソコンの未来には夢があった、そしてその行方を予想するのは非常に楽しい行為だった、ということではないだろうか。−−へろどとす「月刊10年前 間違いだらけの「未来予想図」」p.192

 かつての『MacPower』は、パーソナル・コンピュータは世界をどう変えるのか、ということを、雑誌のコンセプトにしていたのではないかと思う。少なくとも、私はそういう雑誌だと思って読んでいた。コンピュータというものが、個人が使うものとして生活に入り込んで行くことで、何かが変わるはずだ、という確信が、雑誌の端々に表れていたように思う。
 けれども、上に挙げたような言葉が並んでいる様子を見ると、パーソナル・コンピュータが世界を変える時代は、もう終ったのかもしれない。別の言い方をすれば、世界はもう変わってしまった、これから変わるとすれば、それは、パーソナル・コンピュータによってではない、ということだろう。そのことを、この号は、(図らずも、なのだろうけれど)、見事に示してしまっている。
 こういうコラムが読めるから、『MacPower』はやめられないのだが、しかし、パーソナル・コンピュータの未来を語れなくなってきた今、この雑誌がパーソナル・コンピュータ誌であることを、いつまで看板としつづけることができるのだろう。Macというブランドが、その看板を支え続けられるのか、あるいは、別の道を選ぶ時がくるのか。さて。

2005/01/19

インド洋大津波被災文化遺産情報:save_ri

 Daily Searchivistのエントリー「インド洋大津波被災文化遺産情報:save_ri」経由。

 TRCC東京修復保存センターが、インド洋大津波被災文化遺産情報:save_riを開設。「スマトラ沖大地震・大津波被害に様々な支援を」という呼びかけとあわせて、ただただ頭が下がる。提供できる知識も技術もないことが口惜しい。
 また、日本の報道陣がやたらと入っている某観光地ではなく、被害も大きく、政治的にも不安定なインドネシアのアチェを大きく取り上げているところが、実は重要なのかもしれない。

2005/01/16

インターネットと〈世論〉形成

 遠藤薫編著『インターネットと〈世論〉形成 間メディア的言説の連鎖と抗争』(東京電機大学出版局, 2004)を読了……したのはいつだっけ? 去年だったかな?
 「インターネット」と「世論」とくれば、インターネットの持つ新たな公共空間としての可能性と、そこにおける言論が云々、という話かと思ったら大間違い。インターネットを新しい公共性の基盤として称揚する立場は、ここでは取られていない。かといって、2ちゃんねる批判に見られるように、あんなもん便所の落書きだ、として蔑む視点も、ここでは採用されない。
 じゃあ、何が書いてあるのかというと、インターネットにおけるコミュニケーションは、インターネットの中だけで完結しているものではない、ということだったりする。
 (このblog自体がそうだけど)実は、インターネットにおいて語られていることの多くが、他のメディア(新聞・雑誌・テレビ・書籍・映画…)を参照している。そして、週刊誌が2ちゃんねるを情報源に使っているように、他のメディアもインターネット上の話題を参照している。そして、メディアの作るインターネットのイメージの影響を受ける非インターネット・ユーザもいるし、インターネットを参照している人の中にも、活発に発信する人もいれば、読み手に徹している人もいる。こうした様々な役者が、相互作用しながら、いわゆる〈世論〉といえるものを作り出しているのが現在の状況だ……、と、強引に要約するとこんな感じだろうか。
 全体は4部構成になっていて、第1部が既存の社会学的分析枠組みを批判的に再検討しながら、日本のインターネット(と、他のメディアなど)における〈世論〉を語るための分析枠を検討していく。公共圏、マスメディア、ジャーナリズム、クリエイティブモブ、うわさ、といったキーワードが検討の俎上に載せられているので、興味のあるところから読んでもいいかもしれない。
 第2部は各論。イラク戦争、佐世保事件、ブログ=ジャーナリズム論、韓国のオルタナティブ・ジャーナリズム、Winny問題、「電車男」、東アジア各国の「インターネット・ナショナリズム」といった題材が、様々な論者によって検討される。個人的には、佐世保事件におけるマスコミと2ちゃんねるの間に生じたある種の共犯関係(と、その後のマスコミの論点操作)についての分析や、「インターネット・ナショナリズム」を東アジア共通の問題として取り出して見せた問題提起が興味深かった。具体的な事件や問題を扱っている部分だけに、それぞれの関心に応じて、読み方が変わってくるところかも。
 第3部は、2ちゃんねる管理人の西村博之氏と編者との対談。かみ合っているのか合ってないのか、わけがわからなくて、妙におかしい。硬い話は苦手、という人は、ここだけ拾い読みという手もあり。
 で、第4部は全体のまとめ、という具合。
 注意しないといけないのは、インターネットといっても、メーリングリストやメールマガジンなどについてはあまり言及されず、2ちゃんねるとブログが検討の中心になっている、というところ。若干、ブログについては時期が早過ぎた(執筆時期は去年(2004年)の夏)、という感じもあるけれど、それはそれで貴重な記録になっているのでは。
 ともかく、サブタイトルの「間メディア的言説の連鎖と抗争」は伊達ではなくて、インターネット上で展開されている「言説」は、インターネットの中だけで閉じて存在しているわけではない、という視点が、最初から最後まで、徹底している。同時に、一人一人が、一つのメディアだけに関与しているわけではなくて、常に複数のメディアに重層的に関わりながら生きている、ということも指摘。
 この視点の前には、「インターネットは××だ!」というレッテル貼りは滑稽だろう。そのレッテルが主張されるメディアも、そこで語っている人も、もはやインターネットを含みこんだ言説の影響関係から独立なんてできないのだから。他人事、ではないのである。
 というわけで、インターネット上の言論、といった問題について考えたり、発言したりしようとしている人にとって、必読の一冊。というか、ここで示されている分析枠組みを無視して語っても、あんまり説得力がなくなってしまうと思う。そのぐらいの射程の長さはあるんじゃなかろうか。
 それと、こんな一節もあり。
「もしわれわれの時代に〈公共圏〉という観念が仮構されうるとすれば、それはまさに閉鎖的であるかに見える〈私事圏〉の内部に現れるものなのではないだろうか。」(p.59)
 本書では、この論点は追求され切ってない印象もあるけれど(インターネット上の創作活動などについてクリエイティブ・モブというキーワードで分析する部分で展開されている)、何となく、希望を感じてしまう。

2005/01/14

共有のデザインを考える

 新潟中越地震後の日常を淡々と語り続けてきた「きょうもつんどく中ココログ版」が、エントリー「勉強になりました」で終結宣言。
 表面的な経緯だけ読むと、これまでネット上で繰り返されてきた、様々な場の「終わり」の反復でしかないのかもしれないけれど、「日々記—へっぽこライブラリアンの日常—」のエントリー「語るのはおこがましいですが、あえて・・・」で指摘されていた、「被害の軽い重いによる心理的な壁」という課題は、忘れてはいけないことのような気が。
 と偉そうにいいつつ、自分が被災者の立場だったら、その理不尽さ(何しろ被災する/しない、被害が重い/軽いの差が生じた、納得できる理由なんて、どこにもありはしないのだから)に耐えられず、攻撃的にならずにはいられなくなるかもしれない。自分はそんなことは絶対しない、なんて自信は、正直、まったくなかったりする。
 それでも、語り合う場を破壊していくことよりも、場を別の誰かと共有する、ということに、今は希望を持っていたいと思う。blogの、トラックバックや、コメントといった機能って、そのために使えるものだと思うし(もちろん、喧嘩売るのにも使えるんだけど……)。
 まあ、実際に関東で大地震が起きたときには、そんな希望は簡単にふっとんでしまうのかもしれないけれど、今はまだ、せいぜい強がっておきましょう。

 というわけで本題。
 渡辺保史・せんだいメディアテーク編『共有のデザインを考える スタジオ・トークセッション記録』(せんだいメディアテーク, 2004)は、せんだいメディアテークで、2002年5月から2003年3月までの間、隔月で行われた、トークセッションの記録。私はオンデマンド版を購入したのだけれど(電車の中で読みたかったので)、せんだいメディアテークアーカイブのページから、PDFでダウンロードもできる。
 コーディネーター役の渡辺保史さんは『情報デザイン入門 インターネット時代の表現術』(平凡社新書, 2001)の著者。インタビュアーあるいは対談相手として、それぞれのゲストの語りを引き出していく。
 最初に登場する、西村佳哲さんsensoriumの人、というと、わかる人にはわかるかも。普通なら気がつかないことを、ふと感じるように、情報をデザインしなおして、そしてそれをみんなが思い思いの形で共有する、といったことを実践を通じて語っている。最後の風鈴が好き、という話がいい感じ。
 続く杉浦裕樹さんは、舞台監督からスタートして様々なプロジェクトのマネージャーとしても活躍、NPOの運営にも関わるという経歴を語りつつ、人と人をつなげて、一つの事業を形にしていくそのコツのようなものに触れている。一人で孤軍奮闘しているうちは駄目、という話が身にしみる。
 次に登場する前田邦宏さんは、「関心空間」の開発・運営者。「関心空間」に至るまでに関わった様々な仕事を語りながら、コミュニティの形成という問題についても語ったり。出発点はマルチメディアだったのか……。
 森川千鶴さんは、様々なプロジェクト・企画のコーディネートに関わってきた経験や、地域NPOの活動にも関わっていった過程を語りつつ、「できることをできる範囲で」「人は好きなことはただでもやる」といった、珠玉の名言が多数。
 最後に登場する辻信一さんは、スロー・ライフの人、といえば、これまた分かる人は分かるか。何でも「スロー」をつけて考えてみる、という形で次々と新しい視点を提示していくのが何とも楽しい。これからは「反」じゃなくて「脱」だ、という話に何となく共感。
 この5人(+1)のメンバーの語りがたっぷり読める上に、最終回で行われた参加型トークセッションの記録や、参加者による感想まで。何とお得な一冊。これがPDFならただとは。
 「自分事」でもなく、「他人事」でもなく、「自分たち事」。「私」でも「公」でもなく「コモンズ」。そうした、開かれた形で、共有された領域を、どうやって作り出していくのか。そして、そのとき、公共施設という場はどのような役割を果たすことができるのか。そういったことを考えたことのある人であれば、何かしらの刺激を得られるんじゃないだろうか。
 新しい形の公共空間として作られたせんだいメディアテークだから、というのではなくて、例えばどんな図書館であっても、情報や知識やあるいは本そのものを共有する場としてもっと生きたものにしていくためのヒントが、きっと隠れていると思う。
 たとえ直接的ではないとしても、図書館(でなくても何か自分が関わっている場)が、人と人の間の壁を低くするためにできることが、きっとあるはずだ、と思っている人はPDFでちょっとだけでも試し読みを。少しだけかもしれないけれど、元気とのん気が出てきます。

2005/01/13

季刊・本とコンピュータ 2004年冬号

 『季刊・本とコンピュータ』2004年冬号(発行:大日本印刷 発売:トランスアート, 2004)を年末年始の里帰り中に細切れに読んで読了。
 細切れに読んだせいもあるような気もするけれど、なんとなく印象が薄い。総まとめ特集第二弾「日本人の読書習慣 消えたのか? 変わったのか?」、ということで、力が入りそうなテーマなのだけれど……。
 ぼんやりとした印象なのだけれど、「まとめ」というのがよくないのかもしれない。「まとめ」のための原稿だ、となると、こぢんまりとした感じになってしまうとか。読んでいて、何となく広がりがない感じがするんだよなあ。
 その中では、堀切直人「町を読む、書中を歩く」が、浅草に関する文献を探し求めて、古書店、テプコ浅草館にある「浅草文庫」や、台東図書館郷土資料室(現在は、台東区立中央図書館郷土資料調査室)を渉猟していく過程を、それぞれの場の雰囲気や、そこで出会った代表的な資料のことも含めて語っていて、味わい深い。
 月村辰雄「デジタル時代の読書」は、「全文検索というのは、一般的には既知の事柄についての検索であって、未知の事柄については未知のままである」と喝破しているところが、読みどころか(もちろん、だから必要ない、という議論ではないので、念のため)。
 後は妙にひっかからなかったなあ。さて、次の号は。

2005/01/09

HANGA 東西交流の波 & ドイツ・ネーデルラントの近世版画

 昨日は、東京芸術大学大学美術館へ。お目当ては「HANGA 東西交流の波」展(会期:2004年11月13日〜2005年1月16日)。
 大まかには時代順展示になっている、という意味では、そんなに大胆な展示には思えないかもしれないけれど、同時代の東西の作品を一挙に並べて、同時代と相互影響という括りで見せてしまう、というのは、実は結構大胆な構成だと思う。
 展示されている個々の作品については、「はろるど・わーど」のエントリー「芸大美術館 「HANGA 東西交流の波」展」や、「キオクのキロク」のエントリー「HANGA東西交流の波」などを見ていただいたほうがよいかと。(未来検索Livedoorで検索しました)
 19世紀から現代まで、多彩な作家の、多様な形態の作品を、俯瞰的に見られる、という、考えてみるとすごい展示だったような。よく集めたなあ。
 あと、ツマが感心していたのだけれど、デモンストレーションや版画の製作方法の解説ビデオに、学生を動員、というのは、大学美術館としての特性を生かしていて、なかなか面白い試みではなかろうか。
 同時開催の「ドイツ・ネーデルラントの近世版画 —マクシミリアン1世の時代を中心に—」(会期:2004年11月13日〜2005年1月16日)は、16世紀ドイツで活躍した神聖ローマ皇帝、マクシミリアン1世が自分の生涯を描かせた、自己顕示欲全開、といった作品群が妙に楽しい。自己宣伝の激しい王様だったんだなあ、と言ったら、一緒に見ていたツマが、当時の王様なんてみんなそうだって、とのこと。この時代、音楽でも、王様達はみんな自分を讚える曲を作らせていたんだそうな。なるほどなあ。

2005/01/07

日本の広告アーカイヴ

 忘れないうちにメモ。
 artscapeに掲載されている歌田明弘による連載「ミュージアムIT情報」の2004年12月分が、「日本の広告アーカイヴ」だった。
 内容は、アド・ミュージアム東京や、CM Japanといった、様々な形態の「アーカイヴ」を紹介しつつ、デジタル時代における文化的蓄積の問題を語る、というもの。
 最後には、

コンテンツの制作者は著作権保護には熱心になる。しかし、それをオープンなかたちで保存することで経済的利益を得られることはほとんどない。パブリックでオープンな保存はなかなか進まない。保存への意識的な働きかけが必要である。一種の経済的利権でもある著作権の問題とはまた切り離して、そうしたことを真剣に考えてみるべきだろう。

という問題提起が。
 書店と図書館の比較における、商品として流通するフローとしての書籍と、公共財化したストックとしての書籍の役割分担論的なものが、コンテンツ一般について必要とされているのかもしれない。
 単に著作権で保護する範囲を拡大していく(既に保護期間を著作者の死後50年から70年に延長しようという動きがあるわけだけど)だけでは、後には文化的な蓄積は何もない、過去の作品はどこにも残っていない、という状況になりかねない。それが、様々な分野で創作活動をしている人たちの求めている未来なんだろうか。みんな、過去の蓄積という巨人の肩に乗っているんじゃないのかなあ。

(追記)
 「巨人の肩」の話、そういえば最近どっかで読んだな、と思ったら、CNET JapanのLinus Torvaldsインタビュー「トーバルズ、Solarisを斬る」でした。

2005/01/06

マリア様がみてる イン ライブラリー

 少しずつでも読了本を片づけないと。
 というわけで、今野緒雪『マリア様がみてる イン ライブラリー』(集英社コバルト文庫, 2004)。うーん、カテゴリーどうしようかなあ、と思ったけど、結局「書籍・雑誌」に。
 雑誌の『Cobalt』に掲載された短編を集めた番外編、といった一冊。『バラエティギフト』と同趣向ですな。今回は、図書館つながりでまとめたのが特徴。ただし、図書館ネタばかりかというと、そういうわけでもないので、図書館関係者は期待し過ぎないほうがよいかも。
 作品としての注目は、最後に入っている親世代の昔話なんだと思うのだけれど、個人的には1年生視点から見た2年生、という趣旨の短編があった点がポイント。
 前にも1年生視点で描いた2年生に注目という話を書いたけれど、基本的には一人称文体を守りつつ、一人称となる視点を変えることで話を膨らませていく、という技を、登場キャラクターの組み合わせの変化との合わせ技で繰り出してくるところが、このシリーズのおいしいとこだったりする。というわけで、1年・2年の組み合わせ話で1年生が一人称を背負えない、となると、ちょっと膨らみがなくなるんじゃないかなあ、というのが気になっていたりするのだな。
 ただ、今回の短編は短か過ぎて、ちょっと練習してみた、という感じも。この後、どう活用する(あるいはしない)かは、作者次第。というわけで、まあ、楽しみに次を待つことにしましょう。

2005/01/04

スマトラ沖地震の津波によるスリランカの図書館の被害

 スリランカの国立図書館(National Library and Documentation Services Board, National Library and Documentation Centre)のWebサイトに、津波による図書館の被害に対して支援を求めるページが。

PLEASE HELP TIDAL WAVE HIT LIBRARIES IN SRI LANKA

 具体的な被害状況は分からないまでも、様々な館種の図書館にも大きな被害が出ている様子がうかがえる。まずは人命、というのは当然としても、つい、図書館や文書館のことが気になってしまう。インドネシアやタイ、インドはどうなのだろう。
 あと、アップル・コンピュータのサイトが、1月4日現在、義援金への協力を呼びかけるものになっているのが印象的。

(1/7追記)
 トラックバックをいただいた、DoLiFoさんの「Doshisha Liblog ---司書課程ボランティア---」のエントリー、スリランカの国立図書館より支援を要請するアナウンスでも、同様の紹介がされています。(どうも私の方が若干早かったみたいですが、DoLiFoさんが取り上げたことで、より広く知られるようになったのだと思います)

 また、コメントで、 東京の図書館をもっとよくする会サイト管理人さんが、IFLAのWebサイトの記事を紹介されていますが、その後、

Tsunami Report and further developments
http://www.ifla.org/V/press/tsunami-SriLanka-report2.htm

という追加情報が掲載されていました。

 あ、あと、アップルのサイト、トップページが通常に戻ったみたいですね(義援金呼びかけのページはちゃんとありますが)。

満鉄調査部事件の真相

 いやはや、年が明けましたな。
 といいつつ、昨年末の話でなんなのだけれど、某学会誌に投稿した論文の査読結果が戻ってきた。一撃でリジェクトされなかったのは良かったものの、指摘そのものは結構きびしいところを突いていて、心に刺さる刺さる(それだけ弱点が分かりやすい論文ってことか……)。さて、どこまでどう直すか、考えどころだなあ。
 というわけで、今回は気分を変えて久しぶりに堅い本。数週間前に読了していた、小林英夫・福井紳一『満鉄調査部事件の真相 新発見史料が語る「知の集団」の見果てぬ夢』(小学館, 2004)を。
 「満鉄調査部事件」といっても、知らない人はまったく知らない「事件」だろう。何しろ、「満鉄」で「調査部」で「事件」、ときた。全部知らないと、何のことやらわからない。というわけで、以下、若干の説明。
 「満鉄」というのは、日露戦争の後、日本がロシアから譲り受けた鉄道事業(と、その鉄道周辺地域の事実上の行政権)を運営していくために1905年に設立された、半官半民の国策会社、南満洲鉄道株式会社のこと。その満鉄には、初期の段階から、植民地における事業活動を円滑に進めるための調査機関があって、中国東北部(当時の言い方をすれば「満洲」地域の)経済状況や、土地取引などの商活動に関する慣習などの調査を行ったり、1917年のロシア革命以降、ソ連の活動が活発になってくると、ソ連から文献を収集してそれを翻訳してソ連の動向を調査したり、そんなことをしていたのである。この調査部門が(正確には名称の変遷が色々あるんだけど)「満鉄調査部」と呼ばれている。
 で、1931年の満洲事変を経て、1932年に「満洲国」が成立(現在の中国的にはそもそも「満洲国」は国としては成立してない「偽満洲国」なんだけど、あくまで当時の日本側の視点からすると、ということで、ご勘弁を)してから、満鉄調査部は、「満洲国」の「国策」推進のための調査にも関わるようになっていた。
 で、その後、満鉄調査部の盛衰があったりするんだけど、色々あって1939年から40年ごろにかけて、組織・人員ともに大幅に拡充される。で、実はこの満鉄の調査部門、マルクス主義経済学の流れを汲む人が結構多かった(が、「満洲国」自体が、結構統制経済的な指向が強かったので、何とかそれなりに整合性が取れていた)のだけれど、この増員時点で、内地で行き場を失っていた左翼系の優秀な人材がさらにどっと流れ込んでくる。
 この他にも、土着の小作農による農村共同体の強化を協同組合運動を通じて実現し、それによって満洲地域の近代化を構想する元左翼派人脈とか、色んな動きがこの調査部の周辺であったりした、ということもあって、左傾化に対する危機感を強めた憲兵が、満鉄の調査マンたちを対象にした一斉検挙を、1942年9月と1943年10月に行った。この一斉検挙(その周辺の動き)を、「満鉄調査部事件」と呼ぶ……って、話の前提を説明するだけで、大変だな、こりゃ。
 やっかいなのは、この「事件」、正に当時の満鉄調査部で中核をなしていたメンバーが獄中で病死してしまっていたり、一次資料がほとんどなく、生き残った関係者の回想が頼り、ということもあって、「知の集団」として栄華を誇った満鉄調査部をほとんど壊滅状態にした、というほどの影響力を持った「事件」だったにも関わらず、いったいぜんたい、何がどうしてどうなったの? というのが、今一つわかりにくい事件だったのだな。
 ちなみに、何で一次資料がほとんどないかというと、満洲国の崩壊時に満洲国政府側が主な文書を焼却してしまっていたから。ともかく、日本はどこでも撤退するときに文書を焼きまくっているので、後に何があったかよくわかんないことが多い。だから、「あった」「なかった」論争が始まると、泥沼になりやすいんだけどね。本当に、日本の占領地行政や植民地行政が、後世に恥じるものでなかったのなら、ちゃんと文書を残しといてくれればよかったのに(ちなみに、台湾は比較的残っていたので、これから順次検証が進められていくことになるんだと思う)。余談だけど、日本国内の各省庁の資料も焼くか捨てるか隠すかされてるのがまた困るんだよなあ……。
 で、話は戻る。ほとんど燃やしていたはずなんだけど、実は、燃やしきれずに地中に埋めていた文書もあって、それが後に中国によって発見・修復されている。その中に、何と、憲兵隊に捕まった調査部の面々が残した供述書が含まれていたのだ。その供述書の抜粋と、そこから読み解くことのできる「満鉄調査部事件」の「真相」を論じたのが、本書、というわけ。
 ……ぜーぜー。あー、なんというか、説明だけで力尽きるな、こりゃ。きっと戦国時代とか、幕末とかの方が、説明するのは楽に違いない。この、「常識」的知識のアンバランスはなんとかならんかなあ。
 ともかく、本書はそういうものなので、「満鉄調査部事件」と聞いて、「おお!、あの『満鉄調査部事件』のことかっ!」とすぐに思わない人にとっては、あまりピンとこない一冊かもしれない。
 供述書を書かせた憲兵隊の狙いは、相互告発と、左翼思想から「日本精神」への転向の二点にあって、特に前者の相互告発によって、調査部内の影響関係や派閥などの動きが、まざまざと明らかになっていく。もちろん、どこまで信用できるかどうかは、微妙な部分もあるんだけど。
 後者は、著者がまとめている通り、「合理性」の否定、という一言に尽きる。「合理的判断」をすれば、中国との長期戦は日本側不利となる(満鉄調査部は、そんな調査もやっている)としても、そういう都合の悪い「合理性」は捨てて、「日本精神」による勝利を確信するということを、憲兵隊は合理性の権化のような調査マンたちに求め、ある者は心の底から、ある者は形だけ、それに従ったのだろう。合理的判断の死に際を記録したドキュメントとして読むと、何ともいえない味わい。
 ちなみに、「帯」にゾルゲ事件(これも説明しないといかんかなあ……でも、面倒なので略)のことが書かれているけれども、供述書にそれらしき記述はあるとはいえ、本当に満鉄調査部事件と直接の関係があるかどうかははっきりしない(時代状況として共通している、という著者の指摘は妥当だと思うけど)。全体として、供述書に書かれていることが、歴史記述の根拠としてどこまで使えるのか、微妙なところがあって、なんとも読み方が難しい。中国側からの条件で、供述書の全文収録はできなかったそうで、主要部分の抜粋になっているという点も、資料としての扱いを難しくしている。
 それでも、当事者による貴重な同時代証言として、一級の資料であることは間違いない。そこに価値を認めるかどうか、なんだけど、まあ、関心の持ち方によるよなあ。
 気になるのは、こんな地味な内容の本が、何故に小学館から出たのか、という点。正直、歴史系の中小出版社から出てもおかしくない、というかその方がしっくりくるんだけど。この手の本で2,800円(本体)は激安だしなあ。ちょっと不思議。

(1/11追記)
 検索でここにたどり着く方がそれなりにいるみたいなので、ちょっとだけ追記。
 年末年始にかけて、5回くらいに分けて細切れに書いたので書きわすれてましたが(我ながらへなちょこだなあ)、この本、著者による分析をまとめた論考の部分と、供述書そのものの抜粋をまとめた資料の部分が、組み合わさった構成になっています。一応、対応するような構成にはなっていますが、正直、資料は資料でまとまっていた方が,実は便利だったかも。

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