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2005/05/30

福沢諭吉『文明論之概略』精読

 子安宣邦『福沢諭吉『文明論之概略』精読』(岩波書店岩波現代文庫, 2005)をしばらく前に読了。
 福沢諭吉の『文明論之概略』といえば、丸山真男『「文明論之概略」を読む』上・中・下(岩波書店岩波新書, 1986)なんてのがあったなあ、と思った人は大正解。本書は、ある意味で、丸山真男による福沢諭吉解釈に対して、徹底的に異を唱える一冊だったりする。
 といいつつ、実は丸山『読む』を私は読んでいなかったりするので(どこかに積んであるはずなのだけれど……)、以下、本書の視点中心になってしまう。ご勘弁を。
 さて、本書のポイントは、『概略』が書かれた時代状況を踏まえて、福沢諭吉が『概略』で論敵と考えていたものが何だったのか、ということを読み解いていくところにある。一方、丸山『読む』は、『概略』を普遍的な古典と位置づけることで、福沢諭吉の意図をまったく読み誤ってしまっている、というのが著者の主張。
 例えば、福沢が『概略』で最も強烈に批判しているのは、明治初期の段階で(っていうか、もともと根っこは幕末だけど)力を持ちつつあった「国体論」である、というのが著者の読みなのだが、著者に言わせれば、ここのところが丸山真男はまったくわかっとらん、ということになる。丸山真男は、日本の近代化(=西洋化)の不徹底こそが問題という、丸山自身の視点に引きずられてしまって、福沢諭吉が『概略』で戦おうとした相手を見誤っている、というわけだ。
 丸山が何故、そこに注目しなかったのだろう、と思うほど、福沢の国体論批判は徹底的かつ痛烈だ。こんなところに引用したら、何だかわからん人たちが大挙して押し寄せてきそうなので、引用しないが(はい、へたれてます)、戦前・戦中の一時期、国体論批判が展開された部分は白紙に差し替えられていたというから、その激しさは推して知るべし。
 が、同時に福沢が展開するのは『文明論之概略』というタイトルが示す通り、「文明」とは何か、という問題である。著者が指摘するのは、福沢が提示する「文明」が、西洋の枠組みにおける「文明」であり、そうである限り、「文明」は、「非文明」の側(アジアやアフリカ)との対比でしか語ることができない、という、恐らくは福沢自身が強烈に自覚していた事実だ。だから、『概略』の中で、福沢は「遅れた」中国のあり方を繰り返し批判的に記述している(そして、同時に、暗に日本の(当時の)現状を批判してもいる)。
 結果として、アジア蔑視ともいえる記述が繰り返し現れることになるわけなのだけれど、丸山真男は、そういうところもあえてスルーしてしまう。で、著者からすれば、ちょっと待て、となるわけだ。福沢諭吉は、国際状況についての現状認識を踏まえて、進んだ文明を持つ西洋と、非文明的な東洋という対比を受入れざるを得ないことを主張しつつ、文明を目指すしかない、といっているのであり、その現状認識の部分をすっ飛ばして、結論だけを見るのは、片手落ちだろう、という感じか。福沢は西洋諸国の植民地に対する非道を知った上で、なお、西洋的な意味での「文明」を目指す以外に道がないことを主張していた、というのが、著者の読みである。
 が、福沢は、文明国が成立する条件として、個々の国民が自ら考え、多様な意見や知見が自由にぶつかり合う社会が成立していなければならないとも考えていた。だから、国体論のように、国民がお上に頼り、すっかり心酔してしまって、意見の多様性が失われる社会を目指すことは、福沢にとっては絶対に避けなければならないことだったのである。「国民」の作り方、というか、あるべき姿の問題としては、鋭い対立点があったわけだ。
 ところが、福沢の『概略』は、最後に、最終的な目標は文明としつつも、まず最優先すべきは一国の独立である(植民地になってしまったら、文明もなにもないのだから)、と主張している。
 そして、その後の歴史の展開は、一国の独立を確保することを最優先として、国体論による国内の統合が徹底され、軍事力を持って「遅れた」「非文明国」であるアジア各国を押さえ込んでいく、という西洋的な文明国のあり方を日本は追求していくことになる。結果だけみれば、福沢は、(国体論に関する批判を除けば)その後のレールを引いたともいえる。が、その一方で、明治初年の状況下で、国体論に抗した福沢に、異なる道への可能性を読み込む、という可能性もまた開かれているわけだ。
 今、まさにリアル・ポリティクスのただ中に放り込まれつつある現代の状況下で、福沢の国体論批判を読み直す、という課題に取り組んだ著者の嗅覚の鋭さはお見事としかいいようがない。好みの分かれる一冊だとは思うが、個人的にはかなりのヒット。

2005/05/28

2005年度日本図書館情報学会春季研究集会

 専修大学神田キャンパスへ、2005年度日本図書館情報学会春季研究集会を聞きに出かける。加入している学会のイベントには参加せずに、加入していない学会に出かけるとはどういう了見か、といわれると、なんともいいようがないのだけれど……。
 到着が、11時過ぎになってしまって、聞きたかった、Andrew B. Wertheimer「ASANO Shichinosuke and the Topaz Relocation Center Japanese Language Library, 1943-1945: Reading and Toshokan-mairi as Cultural Resistance」の最初を聞き逃してしまう。が、そもそも、英語のヒアリング能力が以前にも増してがた落ちになっており、ほとんど聞き取れなかったので、間に合っていようがなんだろうが、実は同じことなのであった。予稿が日本語なのがせめてもの救い。第二次大戦中の米国で、日系人収容所の中で日本語の資料を提供していた図書館について、残された僅かな資料と、オーラル・ヒストリーを駆使して明らかにした博士論文の概要を発表したもの、らしい。翻訳出ないかなあ。
 大場博幸「所蔵に影響する要素:市町村立図書館における新書の選択」は、どのように選書しているのか、ということを問わずに、ある一定期間に刊行された新書の所蔵点数(館数ではない)が結果としてどうなっているのか、ということに絞って分析した、という研究。ベストセラーと岩波新書が所蔵冊数の上位を占め、それ以外は、新書の創刊年や、日本図書館協会の選定図書速報との相関が高いという結果が出ていて、ほほう、という感じ。そこから問題を抽出する、ということについて、禁欲的すぎたような気もしなくもないけど、あえて踏み込まなかったことで、現象としての面白さ(?)が浮き彫りになったような。難しいところですな。
 で、一番面白かったのは、安井一徳「「選書ツアー」はなぜ批判されたのか 〜論争の分析を通して〜」。詳しくは要旨を読んでもらうとして、通俗化した要求論(発表者は「現場の理論」と表現していた。図書館員は資料を選んではいかん、リクエストにひたすら従うべし、というあれ)に対する、痛烈な問題提起になっていて、こりゃすごい。ちなみに、発表の元になった卒論もネット上で公開されていて、勉強になる(まだ全部読んでないけど)。質疑応答で、糸賀雅児先生が、「結局は、市民参加とパターナリズムの問題になるのではないか」といったようなことを言っていた(違ったかな?)けれど、パターナリズムを持ち出すのは問題をかえって見えにくくするような。どっちかっていうと、公共性を支える専門性のあり方とは、といった問い方をした方が生産的のような気がするなあ。
 といったあたりまで発表を聞いたところで、さっさと引き上げて、神保町界隈をふらふらしていたら、加藤一夫・河田いこひ・東條文規『日本の植民地図書館 アジアにおける日本近代図書館史』(社会評論社, 2005)が出ていて驚愕。早速購入する。これは早めに読まなくては。

2005/05/18

30000

 急に仕事が忙しくなってきて、ネタはあるのだが、なかなか更新できないでいるうちに、ユニークビジターのカウンタが30000を超えている。
 20000を超えたのが、2004年12月24日。ざくっと、半年で延べ1万人と考えると1日平均50人くらいかな? まあ、文字系同人誌として考えれば、そんなものかなあ。
 ちなみに、アクセス解析などを見ていると、ブックマークや、はてなブックマークを使って来ているのは全体の1割から2割の間で、後は検索エンジン経由、という感じ。同人誌の固定客と一見さんと思えば、やっぱり、まあ、そんなものか。

2005/05/15

パンツをはいたサル/パンツを脱いだサル

 栗本慎一郎の『新版 パンツをはいたサル 人間は、どういう生物か』(現代書館, 2005)と『パンツを脱いだサル ヒトは、どうして生きていくのか』(現代書館, 2005)を読了、というか、実は後者は斜め読み。いつもなら、それぞれ、bk1にリンクをはるのだけど、今回はやめておく。褒めないから。
 それなら、取り上げなければいいのだけれど、なんとなく、書かずにはいられなかったりする。
 昔話になるのだけれど、高校/大学時代の私にとって、理想とするエッセイ風文章の書き手の代表は、小田嶋隆と、栗本慎一郎だった(もちろん、そんな風に書けたことなど、一度もないけれど)。特に、栗本慎一郎は、元々理系指向の強かった私に、文系学問も面白い、ということを示してくれたという意味でも、ちょっと特別な存在だった。
 ところが、その栗本慎一郎は、大学教授を辞めて、政治家に転身したあたりから、どんどんトンデモの世界に突き進んでいってしまう。当時の日本の思想界の代表選手を切りまくった『鉄の処女 血も凍る「現代思想」の総批評』(光文社カッパ・サイエンス, 1985)や、ハンガリーのブダペストに関する歴史&紀行エッセイ『ブダペスト物語 現代思想の源流をたずねて』(晶文社, 1982)あたりは、今読み返しても結構読めるのではないかと思うのだけれど、1990年前後から後のものは、かなりつらいのではないか。
 で、その著者の出世作となったのが、『パンツをはいたサル 人間は、どういう生物か』(光文社カッパ・サイエンス, 1981)で、今回読んだのはその改訂新版。さらにその「完結編」と銘打って今回登場したのが、『パンツを脱いだサル』ということになる。
 『パンツをはいたサル』については、悪いことはいわないので、読むんだったら、光文社版を読んだ方がいい。『パンツを脱いだサル』に合わせる形で、今回加筆修正されているようで、突然、ユ○ヤ陰謀論がひょっこり顔を出したりして、びっくりする。正直、今読むと相当強引な展開の本ではあるけれど、バタイユや、マイケルとカールのポラニー兄弟、民俗学の小松和彦といった名前がひょこひょこ出てきて、現代思想への入口としては、それなりに意味があったのではないかと思う。80年代前半の栗本慎一郎はそんなに悪くない、ということが確認できて、ちょっとほっとした。
 『パンツを脱いだサル』の方は、陰謀論の本ではない、と自分で繰り返し書いてあるにも関わらず、ユ○ヤ陰謀論本以外の何者でもない。さらに前半は、自らを襲った脳梗塞に対する治療法に関する議論が展開されていたり(最近、その手の本を色々出しているみたい)、何とも曰く言い難い。「政治陰謀としてのビートルズ」という章に至っては、ビートルズ人気はユ○ヤ系財閥によるメディア操作の結果だ、という議論が延々と展開されてしまっている。痛い。せめて、嫌いなら、嫌いだ、と素直に書けばいいのに……。
 こうした(不思議な?)議論を支えているのが、マイケル・ポラニーの内知(暗黙知)という概念。著者の解釈では、大ざっぱにいうと、真実は体が予め知っている、自分の内側の声に耳を傾けよ、ということになっている。で、自分の内側の声に従った結果、陰謀論に(無自覚なのかもしれないけれど)はまりこんでいった、ということなのだろうか。うーむ。
 たしか、マイケル・ポラニーの暗黙知って、職人における師弟関係のように、言葉によらない形で技能が伝承される、その言語化されない知のあり方を指していたのでは……。自然科学においても、実はこうした言語化されない形での知の伝承が重要な役割を果たしている、というのが、マイケル・ポラニーの科学論の一つのポイントだったような気がするんだけど。まあ、随分前に読んだので、私の理解もめちゃめちゃかもしれない。少なくとも、著者の理解では、他者との対話の道が閉ざされてしまうわけで、どうもその辺が、何かがずれてしまう始まりだったのではなかろうか。
 それにしても、著者が、既存の学問の枠組みに(ある程度は)縛られる大学教授の職についたままであったとしたら、もう少し、何か違う展開になったのではないか、とも思ってしまう。今更、何をいってもしかたのないことだけれど。

2005/05/09

大正・昭和 女学生らいふ展

 昨日は、弥生美術館へ「大正・昭和 女学生らいふ展」(会期:2005年4月2日〜6月26日)を見に行く。併設の竹久夢二美術館で同時開催の「竹久夢二 四季への讃歌」展(会期:2005年4月2日〜6月26日)も。
 ギャラリートークに時間を合わせて行ったので(ちょっと遅刻したけど)、学芸員の方の話を聞きながら展示を眺める。結構、人が集まっている上に、その性別・年齢層も色々で、戦前期の少女文化に対する関心が結構広がっていることにちょっとびっくり。
 「女学生らいふ展」の方は、サブタイトルが「少女雑誌にみる 麗し乙女のエトセトラ 華宵、淳一の挿絵と吉屋信子の少女小説」とあるように、少女雑誌の挿絵やグラビア、ふろく、投稿欄といった様々な部分を多様に展開。大筋としては、先日紹介した『女學生手帖』に準じているのだけれど、展示されているモノはよりきめ細かく展開されていて、数も多い。当時の少女雑誌や、場合によっては原画、写真などが様々に組み合わされているので、情報量が非常に多く充実した展示、という印象。とにかく、当時の雑誌の勢い、というか、メディアとしての強さを堪能。
 そういえば、中高生くらいの娘さんたちが、中原淳一の挿絵を見ながら「これカワイイ」を連発していて、やっぱり今でも通用するんだ……としみじみ。といいつつ、個人的には松本かつぢが、絵に動きがあって好きだったりするんですが。
 「竹久夢二 四季への讃歌」の方は、サブタイトルが「春花秋果 季節の詩情とその表現」とあるように、夢路の作品の中で季節感がどのように表現されているのか、ということを、様々な日本画作品や、装丁、各種のデザインなどからうかびあがらせる、という趣向。個人的には、夢二デザインの雑誌の表紙を同じ季節という観点で集めたコーナーに、グラフィック・デザイナーとしての夢二の面白さを感じたり。
 最近、弥生・夢二美術館から足が遠のいていたのだけれど、また、定期的に通うか。
 あ、それから、完全に余談なのだけれど、ひょんなことから「蕗谷虹児展 少女たちの夢と憧れ」(会場:新潟県立近代美術館 会期:2004年10月9日〜11月23日(当初予定))の図録を入手。会期途中に発生した、新潟県中越大地震によって中断してしまった、幻の展覧会だったりする。その図録に収録されていた年表で、戦後、東映動画に入社した蕗谷虹児が何をやっていたのか、やっとちょっとだけわかった。1960年に公開された『夢見童子』という作品の原画・構成に1年半あまり関わったとのこと。どんな作品だったのか、一度見てみたいなあ。

(2005年5月15日追記)
 トラックバックをいただいた、フォルクローレ綾さんのブログ『ランガナータンの書斎』のエントリー「女学生らいふ展(弥生美術館)」で話題になっている、「お茶の水附属のチャンピオンベルト」。学芸員の方のギャラリー・トークによると、当時はそのベルトが女の子たちの憧れの的だったとか。各地の高等女学校も、こぞって同様のベルトを採用したそうです。今でも残っているのは、お茶の水女子大附属中学くらいしかないみたいですが。
 ちなみに、現在につながるセーラー服型の洋風制服に制服が統一されたのは、昭和に入ってからのことで、それまでは和服・洋服ごちゃまぜで、いわゆる現在のような形の制服はなかったとのこと。洋服が優勢になるのも、関東大震災以後のことらしい。西洋化が進む一方で、ある意味で統制も進んでいった、ということなのかな? なかなかこの辺りの感覚がつかみにくいなあ。

ectoとの連携復活

 ココログが微妙に色々調整しているらしく、ここのところ、ectoで文字化けが発生していたのだけど、ようやく復旧。と、同時に日付表示が文字化けしてしまっていたので、設定も変更。どうも、今一つ安定しませんな。
 しかし、ectoはバージョンアップするたびに徐々に使いにくくなってきているような……。


(2005年5月10日追記)
 おしらせココログに出てますね。

4月26日より発生している現象について

 「XML-RPC経由でカテゴリや過去に書いた記事を取得すると文字化けする」という、まさにこれですな。ectoもこの「XML-RPC」とやらを使っているようなので。
 しかし、障害の発生を確認したら、復旧するまで待たずに、すぐに情報を流してほしいなあ。
 そういえば、日付の表示がおかしくなるのは何でなのかは、よくわからないままだったりする。

2005/05/08

森鴎外と帝室博物館/古代エジプト3000年の世界

 昨日は、古代オリエント博物館の「古代エジプト3000年の世界」(会期:2005年3月27日〜5月8日)と、東京国立博物館の「日本の博物学シリーズ 特集陳列 森鴎外と帝室博物館」(会期:2005年3月29日〜5月8日)をハシゴ。
 古代オリエント博物館の方は簡単に。
 とにかく国内の機関(と個人も)の所蔵品だけで、こういう展示が成立する、というのが実はすごいことなのでは。日本人は古代エジプト好き、ということなのだろうか? 最後に、現代のエジプトに関するコーナーがちょっとだけあったのは(もう一工夫ほしかった気もするけれど)、ちょっといい感じ。古代のロマン、とかなんとかだけじゃなくて、今人が住んでいるところだ、ということを意識する必要はあるよなあ。
 「森鴎外と帝室博物館」は、いつの間にか始まっていた、東博の歴史検証シリーズの一環。会場は一室のみで、展示品も30点強ということで、東博の展示全体からすれば、ボリュームは小さいように見えるが、中身は充実。
 知っている人は知っていることだが、森鴎外は、晩年、帝室博物館(東博の前身)総長の職にあって、蔵書の解説目録を編纂しようとして途中で亡くなってしまっている。その「博物館書目解題」(と、セットで編纂された「博物館蔵書著者略伝」)の遺された原稿は、後に『鴎外全集』(岩波書店)に「帝室博物館書目解題」と「帝室博物館蔵書人名抄」として収録されていて(1973年版では第20巻)、検索ツールがなかなか公開されない東博所蔵の古典籍資料を探す手がかりとして、活用されていた(今も?)。
 で、「森鴎外と帝室博物館」では、何と、近年発見されたという(いったいいつ?)全集未収録の「博物館書目解題」「博物館蔵書著者略伝」の原稿を展示。さらに、原稿とその解説の対象となっている現物を並べて展示することで、鴎外の考証家としての姿を示す、という形になっている。もちろん、現在の研究水準からすれば、鴎外の解説は全て完璧、とはいかないだろうが、しかし、各分野の年表や蔵書印譜、人名辞典といった、基本ツールがまだまだ整備されていない状況で、これだけのことが書けた、というのは、驚きとしかいいようがない。
 展示資料は江戸後期以降ものがほとんどなので、そういう意味でのレア度は低いが、先人の資料に対する深い洞察を堪能するだけでも、意味はあり。いや、勉強になりました。
 ちなみに、博物図譜関連では、服部雪斎らによる『金石図集』が見事。石の表面に現れている模様を詳細に図に写し取っていて印象的だった。
 ついでに、常設展示や「特集陳列 平成17年新指定国宝・重要文化財」(会期:2005年4月26日〜2005年5月8日)もふらふら。常設展示は、近代美術が良かった。でかい空間にでかい作品がある、というのは、それだけで迫力。「新指定国宝・重要文化財」では、「対馬宗家関係資料」(九州国立博物館蔵)とか「山口県行政文書」(山口県蔵)などが、一括で重文指定されていたことにびっくり。……してるということは、新聞報道とか、ろくに読んでなかった、ってことだよなあ。うーむ。その他、明治政府による初の全国文化財調査の記録等である「壬申検査関係資料」(東博蔵)も重文指定になっていたのが印象的。
 あ、あと、本館の前庭に、鶴屋吉信の臨時店舗が出ていて、その場で柏餅やあんみつが食べられるようになっていたのが、なんとも良かったなあ。ゴールデン・ウィーク限定なんだろうか。
 ちなみに、次の「日本の博物学シリーズ」は、「上野の山と東京国立博物館」とのこと。また見に行くか。

2005/05/06

滝川事件

 松尾尊兌『滝川事件』(岩波書店岩波現代文庫, 2005)を読了。「兌」の字は、上が「公」になっている異体字で表記されているが、そこはご勘弁を。
 実をいえば、「滝川事件」とは何ぞや、ということを知って読み始めたわけではない。ちょっと事情があって、中井正一(戦前は美学論で、戦後は国立国会図書館の初代副館長として知られる)についての著作を読んでいたら、中井が戦前、左翼と自由主義者を繋ぐような立場で雑誌の編集などに関わった背景として「滝川事件」が出てきたので、何だこりゃ、と思った、というのが本書を手に取ったきっかけだったりする。恥ずかしいことに、そのくらい何も知らなかったのだ。
 で、「滝川事件」(別名、「京大事件」とも)とは何なのか。
 表面的な経緯としてはそれほどややこしくはない。1933年5月、時の文部大臣鳩山一郎が、京都大学法学部の教授、瀧川幸辰(ゆきとき)をマルクス主義的として休職処分を発令。これに対して、大正期に慣例として確立した大学自治の原則をないがしろにするものとして、京大法学部教授全員が辞表を提出。が、文相鳩山は強硬派の教授の辞表のみを受理、それを認めた京大総長の切り崩しなどの結果、法学部教授陣の結束も崩壊。大学自治・学問研究に対する政府の介入の前例を作ることとなった、という具合。この事件の後は、大学側が組織的に政府の介入に対抗することは、事実上できなくなったといわれている。ちなみに、美濃部達吉の天皇機関説への攻撃は3年後の1936年。ま、「滝川事件」で外堀が埋まったわけですな。
 さて、表面的には、さほどややこしくない話であっても、実際の経緯は複雑極まる、というのはよくある話で、本書は、その複雑な経緯と関係者の動きを、順を追って解きほぐす構成になっている。
 ところで、本書は「文庫オリジナル」ではあっても書き下ろしではなく、著者による「滝川事件」関連の既発表の論文(一部未発表だったものも含む)を集めたもの。最新の研究動向を踏まえて、補註が施されていたりと加筆もされているとはいえ、初出の文章が基本的には尊重されている。論文や講演記録など、形態や文体が異なるものが集められているために、統一性に欠ける面もあったりするので、ご注意を。とはいえ、通して読むと、事件の背景や経緯、そして戦後におけるその影響まで、一通り押さえることができるようになっている。
 詳細な経緯そのものについては、こんなところで簡単に書けるようなら、著者の苦労はないわけなので書かない(というか書けない)。とにかく関係者の思惑が錯綜していることもあって、事件発生の前段から収束していくまでの関係者の様々な動きについての綿密な検討は、推理小説ばりの面白さだったりする。もう一つ、本書の面白さは、事件の影響の広がりにもあって、中心的な役割を果たした京大法学部教授陣(とその周辺)だけではなく、法学部の助教授や学生、さらには他の学部の学生(ここで、文学部の大学院生だった中井正一がちらりと登場する)の動き、そしてそういった動きに触発された論壇における反応などなど、この事件を巡る登場人物は多岐にわたる。試しに、巻末の人名索引をめくってみてほしい。その影響の広範さが、何となく感じられるはずだ。
 関係者の多くは、最初から敗北をある覚悟していたともいわれている。実際、結果としては京大法学部側の完敗に終ってしまったわけだが、例えば、中井正一は、「滝川事件」の後、新たな抵抗線として、純粋な学問的言論の場としての雑誌を、周辺の仲間たちと発展させたといわれている(結局はその中井も治安維持法違反で逮捕されることになるのだが)。その意味では、「事件」という形で、社会に問題を提示したというだけでも、抵抗する意味はあったということかもしれない。
 戦後の経緯も示唆的で、京大に復帰した瀧川幸辰は、総長としてワンマンぶりを発揮、結果として大学自治を停滞させてしまった、ということらしい。著者の瀧川への評価はかなり厳しいものになっている。また、現在でもなお、実名での証言を公開できない関係者(の遺族?)がいる、という事実にも愕然とする。そこまで事件の傷は深いのか。うーむ。
 こうした戦後への影響(というか、未だに終っていない、ということ)も含めて、「滝川事件」の「大きさ」を伝えてくれる一冊。

2005/05/03

女學生手帖

 弥生美術館・内田静枝編『女学生手帖 大正・昭和 乙女らいふ』(河出書房新社らんぷの本mascot, 2005)がすばらしい。
 弥生美術館は、戦前期を中心とした挿し絵画家の作品の展覧会を展開している美術館。現在は本書の刊行に合わせて(というか、本書の刊行を展覧会に合わせたのか?)「大正・昭和 女學生らいふ」展を開催中(会期:2005年4月2日〜6月26日)。いやはや、いい仕事してるなあ。
 少女雑誌などの挿し絵や小説については、覆刻や画集などの形での出版がそれなりに続いているとはいえ、少女雑誌の読者であった、女学生の側に焦点を合わせたものは、これまであまりなかったのでは。結構、画期的なムックではなかろうか。
 基本的には戦前期の少女雑誌の記事やグラビア、挿し絵を材料に使いつつ、当時の女学生が何に憧れ、何を楽しんでいたのかを描き出そうとする一冊となっている。もちろん、吉屋信子を代表とする少女小説(のさわり)や、中原淳一などの挿し絵画家の作品もあり。
 特に、〈エス〉(Sisterの略)が一つのキーワードになっていたりして、こりゃ、マリみて読者は必携。ちなみに、〈エス〉については、嶽本野ばらの解説エッセイが掲載されているので、なんのことやら、という人はそちらを参照のこと。
 期間限定の自由、しかも、金銭的にも恵まれた家庭出身者にかなり限定された自由だったからこそ、なのかもしれないけれど、女学生(本書では、高等女学校の生徒に限定したものとして使っている)の間で愛好された様々なものの豊かさには、驚くほかない。これらが、戦後、少女マンガや少女小説、ファンシーグッズなどなど、様々な形でより広範に展開していくことになるわけで、その辺りの歴史的ルーツに関心のある向きにもお勧め。

2005/05/02

オレ様化する子どもたち

 諏訪哲二『オレ様化する子どもたち』(中央公論新社中公新書ラクレ, 2005)を読了。
 現場の教師の視点から、生徒の変化を語り、世の教育論をぶった切る、という一冊。
 親も子どもも、学校で教育を受けるのは一回限りの経験であるのに対して、教師は通時的に状況を見ることができる。その視点からみると、かつては共同体的な規範をある程度身に付けた状態で子どもが学校に入ってきていたのが、80年代半ば以降、市場的な規範を先に身に付けて学校に入ってくるようになった、というのが、本書の中心的な主張、という感じ。
 市場における規範というのは、等価交換が基本。生徒が対等の立場で等価交換の関係を先生に要求しだしたら、旧来の先生−生徒関係は、崩壊せざるをえない。これでは、学級崩壊もある意味当然、という話になる。
 さて、この見方からすると、学校がおかしいから子どもがおかしくなるのだ、という意見に大しては、ちょっと待て、となるのは当然。社会の変化が、子どもと学校に反映しているのであって、その逆ではない、というわけだ。言われてみれば、そりゃまあそうか、という話なのだが、結構盲点。かくして、宮台真司・和田秀樹・上野千鶴子といった人たちによる、学校から社会へ、という視点の教育論がいかに的外れなものかが、辛口に論じられることになる。
 では、どうすればいいのか、ということについて、明確な対策が提示されているわけではない(あったら、学校の現場は苦労しない、ということだろう)のだけれど、著者は、知的にも精神的にも未成熟な状態のまま、市場における「個」が先に確立してしまった子供たちに、近代的な知と個人としてのあり方を埋め込んでいくことが必要だ、と困難を承知で語ってみせている。
 しかし、近代化のプログラムの果てにたどりついた地点がこれでは、なんとも救いがないなあ。
 と思ったが、よく考えると、80年代半ばの校内暴力で荒れた時代が変わり目だった、ってことは、私もその世代なのであった。うーむ。なんだか、手遅れなんじゃないか、という気も……。
 ちなみに、内田樹『先生はえらい』(筑摩書房ちくまプリマー新書, 2005)と、結果として呼応しあう内容になっているので、両方を併せて読むのがお勧め。
 ここ(『オレ様化…』と『先生はえらい』)で、問題になっていることは、専門家に対する尊敬が失われた結果として、質が落ちるのか、質が落ちた結果、尊敬が失われるのか、という議論ともなんとなく重なる気がする。教師の質が低下した(といわれる)、とか、三面記事に教師が登場、というのが増えている(ような気がする)という状況において、教師という職業の持つ社会的な位置づけの回復(あるいは変更)が必要、と考えるのか、教師自身を変革しなければならない、と考えるのか。
 どっちかだけ、ということではなくて、「専門性」について考える時には、両方の視点が必要ということか。
 ただ、本書で指摘されるように、市場が他の社会的な要素よりも圧倒的に優越してきているというのがあたっているとすれば、社会において尊敬されるのはマネーゲームの勝者だけ、ということになりかねない。そうなってしまったとき、そこに「専門性」が生き残る余地はどれだけあるのだろう。うーむ。

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