« 2005年6月 | トップページ | 2005年8月 »

2005/07/24

働くということ

 ロナルド・ドーア著,石塚雅彦訳『働くということ グローバル化と労働の新しい意味』(中央公論新社中公新書, 2005)を先日読了。
 2003年にジュネーブの国際労働研究所と東京大学法学部との共催で行われた、「社会政策講演」(1969年のILO(リンク先は駐日事務所)のノーベル平和賞受賞以来、2年置きに行われている)を元に翻訳・再構成したもの、とのこと。講演が元になっているだけに、平易な言葉で、この100年ほどの労働環境大きな流れの変化を、わかりやすく語ってくれている。
 1970年代に先進国で達成された、労働者側の権利の強化や、福利厚生の充実など、様々な成果が、80年代から英米を発信源としたいわゆる「グローバル化」によって、なし崩し的に崩壊していく過程が、著者が過去、日本において行ったインタビュー調査などの思い出なども絡めつつ語られていくあたりが白眉か。確かに、70年代の日本と、今の日本は、ほとんど別世界かもしれない。
 労働者側の権利も賃金も切り下げられていく中で、経営側の賃金は凄まじい勢いで上昇し、かつ、一度経営トップに登り詰めると後はずっとその(一握りの人数で構成される)階層の中に留まっている、とか、いわゆるネオ・リベラリズム的な視点からは決して語られない論点が提示されていく。もちろん、社会全体が豊かになったことそのものによる変化もあったりするので、話は単純ではないのだけれど……。例えば、かつては労働側のリーダーは、学歴はないが知的能力の高い人物だったりしたが、今はそういう人は比較的容易に高い学歴を得て高い所得を得るようになっていってしまうとか、そういう話もあったりするらしい。
 著者は、英米型の「グローバル化」が、もう覆ることのない決定的な流れなのか、それとも、19世紀から積み上げられてきた労働者の権利の拡張という流れに対する、一時的な反動なのか、それはまだ決着がついていない、とすることで、若干の希望を残してくれている。巨視的な視点を導入することで、現在の「グローバル化」が、歴史的にはローカルな現象にすぎないという可能性を指摘してくれるのは、何ともありがたいのだが、じゃあ、希望は本当にあるのか、というとそれはよくわからなかったりするのだった。うーむ。

2005/07/23

近況

 仕事でどたばたして、それが一段落した途端に体調をちょいと崩したり(夏に熱出すとつらい……)。というわけで、なかなか更新できず。その間にたまったネタをぼちぼち短めに出していくことにします。

博物館の誕生

 関秀夫『博物館の誕生 町田久成と東京帝室博物館』(岩波書店岩波新書, 2005)を最近読了。
 東京国立博物館の草創期を、町田久成という人物を中心に語る一冊。なのだけれど、これが実は画期的。これまで、日本の国立博物館の草創期は、江戸時代の博覧会(博物会・本草会)の流れを汲む、田中芳男という人物を軸に語られることが多かった。田中は、日本最初の理学博士の一人となった江戸後期の洋学・本草学者で、シーボルトの弟子でもあった伊藤圭介の弟子で、当然ながら、構想していた博物館も自然誌系の博物館。元々幕臣だった田中が、薩摩出身で文化財系博物館を構想する町田と組んで、初期の博物館を推進した、というのが、これまでのお決まりのストーリーだったのだが、本書は違う。
 町田=文化財系博物館を推進する善玉、田中=それを邪魔する悪玉、という感じで、これまでのものを田中史観とするなら、町田史観ともいえる見方を徹底的に主張している。そもそも、町田こそが、大久保利通の影響力を利用しつつ、近代的博物館構想を推進した第一人者であり、文化財系博物館こそが日本の近代博物館の本流、元幕臣の田中風情がそれに動物園やら何やらと余計なものをくっつけようとして邪魔をした、というのが(かなり乱暴にまとめると)、本書の基本的な立場、ということになる。
 ただ、この立場を主張するために、町田がモデルとした大英博物館(The British Museum)には、最初から自然誌系のコレクションはなかったかのように書いているのはいただけない。大英博物館から自然誌系のコレクションが分離されたのは1880年ごろ(自然誌博物館(Natural History Museum)として独立。ただし、運営が大英博物館から完全に独立したのは1963年とのこと)のことであって、それまでは、自然誌系の標本類は、大英博物館の他のコレクションと一体だったはずだ(Marjorie Caygill "The Story of the British Museum". British Museum Press, 1981.による)。ということは、幕末にイギリスに留学していた町田が見た大英博物館には、まだ自然誌系のコレクションがあったと考えるべきだろう。
 明治期の日本の国立博物館から、自然誌博物館的要素が排除されていく過程については(それが大英博物館と同様の当然のあるべき姿、というのではなく)、もうちょっと慎重な検討が必要なのではないだろうか。
 ……と、ついつい文句をつけてしまったが、何より、これまで今一つその実像が浮かび上がってこなかった、町田久成について詳細な伝記的事項を明らかにし、旧薩摩藩との結びつきなど、その影響力の源泉まで含めて分析した本書の功績は大きい(というか、個人的に、この町田っていう人、いったい何者なんだろう、と気になっていたので……)。文化財保存における町田の功績についての記述も見逃せない。
 文化財系博物館こそが近代的博物館、という主張はともかくとして、従来の田中史観的な記述に見直しを迫るものであることは確かだと思う。

植物画世界の至宝展

 もう東京での開催は終ってしまったのだけれど……。『500年の大系 植物画世界の至宝展』(会場:東京芸術大学大学美術館 会期:2005年6月11日〜7月18日)から。
 英国王立園芸協会(Royal Horticultural Society: RHS)の創立200周年を記念しての巡回展。どうでもいいことだけれど、RHSに日本支部があるとは知らなかったなあ。
 当然ながら、RHS所蔵のものが中心なので、イギリス中心。ドイツ、フランス、オランダあたりはそんなにはなくて、ちょっとがっくり。「世界の至宝」っていったら期待するよねぇ……。黄金期の18世紀・19世紀だけではなく、現代の作家までかなりバランスよく配置されているために、若干、もの足りなさも。うーん、宣伝の仕方と内容が今一つ合っていなかったような。ただ、植物画の流れを一通り押さえる、という意味では、いい展示だったのかもしれない。
 基本的には、RHSが描かせた原画が中心だったようなのだけれど、ところどころ、版画(+手彩色)のものが何の注記もなく混じっていて、妙な感じ。芸大なのに、という気もしなくもなし。まあ、巡回展だから、芸大のせいにばかりはできないのだけれど、植物の解説だけではなく、制作技法についての解説も欲しかったなあ。
 同時開催は『柴田是真 明治宮殿の天井画と写生帖』(会期:2005年6月11日〜8月7日)。こちらは芸大所蔵品を展示。絶品。まったく予備知識なしに見たのだけど、圧倒されてしまった。ちなみに、後で、柴田是真(ぜしん)という絵師・蒔絵師は、海外で評価が高く、その作品の大部分は海外に流出してしまっている、という話を人から聞いて(たしか、是真のことだと思ったんだけど……)、何となく納得。

2005/07/10

東京国際ブックフェア2005

 東京ビックサイトに第12回東京国際ブックフェア(会期:2005年7月7日〜10日)に相方と出かけた。

 プロダクトテクノロジー社のブースで、冊子のページを自動的にめくりながらスキャニングするメカの実物が動いているのを初めて見る。これは確かにすごい。
 デジタル化にももちろん使えるけど、単に複写用に使っても、資料保存につながりそう(なにしろ、110度まで開けばよいし、上向きでよいので)。
 動きも滑らかで、制御系もかなりこなれている印象(印象だけだど)。Googleが図書館の本のデジタル化を大量にやれる、と判断したのは、これがあったからじゃなかろうか。このメカを間近で見られたのが、今回最大の収穫。

 あ、あと次世代シグマブックのモックアップもちょっと印象的だった。片手で持てるカラー高精細の一画面、というのは、まあ、そうだろうなあと思う。でも、なんだか、PDAとか、携帯ゲーム機とかぶってしまうような気も。

 アドビとか、ソフトウェア系の企業は、相変わらず露出の多いコンパニオンを前面に出していて(一ヶ所、異様に露出しているとこがあって、いや、それはいくらなんでもやりすぎだろうと二人でびっくりしてしまった)、出版社系との差異が激しい。企業文化の違いというのは面白いなあ。

 ボイジャーのブースでは、社長(萩野正昭さん)が社員と一緒に色々説明してて、おお、と、ちょっと感動。とりあえず、2005年版『蔵書4670』を購入してちょっとだけ応援。
 その他、巨大なケロロ軍曹が天井からぶら下がってたり、色々着ぐるみの人がいたり、何だか、色モノが多くなったような気が……。
 と、その中では、農文協が、出版だけではない多彩な活動(野菜の通販までやってた)を様々な方法(蛇(ジムグリ)まで捕まえてきて見せてくれていた)で展開していて、これはこれで印象的。……と、書いていると、横から、あれはビオトープとか、教育関係者へのアピールを狙っているんだよ、という指摘が。なるほどなあ。確かに、全体的に教育系の出版社のブースは気合いが入っていたような。

 最終日だけあって、人出も結構多かったが、安売りで人を呼ぶ場になってしまっているのがなんとなく謎(といいつつ買うものは買っているんだけど)。本来の商談などは、平日に終ってしまっている、ということなんだろうか。何となく、ターゲットがよくわからないイベントだなあ。

(2005年7月11日追記)
 東京国際ブックフェア(正確にはその中のデジタルパブリッシングフェア)について、ITmediaがいくつか記事を出してました。
 自動ブックスキャナについては、
ケータイもPSPも“本”に——デジタルパブリッシングフェア
 Σブックについては、
ΣBookカラー版、試作機登場
を参照のこと。あれ、モックアップじゃなくて、試作機だったのか。

 自動ブックスキャナについては、日々記―へっぽこライブラリアンの日常―のエントリー「自動ブックスキャナ」でもとりあげられていますね。
 確かに、ちょっと見ると、本を壊しそうに見えるのですが、ページめくり時に紙を持ち上げる際には、非常に弱い空気の吸い込みで、かつ、接触面積を広くとって圧着させるために、下手に指で触るよりも紙にかかる力は小さいという説明でした。めくる際にページが滑ってアームの圧着面から外れていくようになっていたので、その摩擦が充分に小さければ、という限定はつきますが、下を向けてコピーをとるよりも、本への影響は小さいのではないかと思います。
 余談ですが、和紙でもうまくページ(丁?)がめくれるのかどうか、ちょっと試してみたい気も……。

2005/07/06

日本の植民地図書館

 加藤一夫・河田いこひ・東條文規『日本の植民地図書館 アジアにおける日本近代図書館史』(社会評論社, 2005)を読了。
 何というか、困ったなあ。
 樺太・台湾・満洲・朝鮮・中国・南方と、日本の旧植民地・占領地域における日本人、というか内地人(という言い方ってあるのかな? 台湾の人とか朝鮮の人とか、当時、国籍的には「日本人」だったはずなので、何と表現したらよいのやら)による図書館活動が行われた地域は一通り押さえている。これだけの地域について、まとめて記述した、というだけでも、偉業といってよいと思う。
 記述は網羅的というよりは、各地域の代表例(というか、資料の発掘や研究が進んだ領域)を中心にしたものでしかない、とか、安易に戦争責任論を振りまわすのはいかがなものか、とか、いろいろ突っ込みどころはあるのだけれど、まあ、それはある程度許容できるし、読む時に割り引いて読めばよい。
 困るのは、参考文献が最後にまとめられてはいるものの、どこまでが先行研究から引っ張ってきた話で、どこからが著者らが同時代資料から読み解いた部分で、どこが著者らの意見なのかが、よくわからないことだ(建国大学の図書館が「重要な役割を果たしていた」(p.256)って、一体誰がどのような根拠に基づいてそう結論付けているのか、本気で知りたいのだけれど、よくわからなかったりする)。
 今後の研究の入口となるべき入門書として書かれたものとしては、これはあまり良いことではないのではなかろうか。通説がまだない領域なだけに、一つ一つ研究の蓄積を積み上げていくことが必要なのだと思うのだけれど。まあ、文句言わずに参考文献全部読んで自分で考えろ、ってことなのかもしれないが……。
 他にも、GHQ/SCAP資料なんかも使っているけど、この引用の仕方では根拠となった文書の特定はなかなか大変そうだとか、資料がないからって小説を鵜呑みにするのはいかがなものかとか、ああ、もったいない……という点がついつい目に付いてしまうのも、なんとも困る。その上、これだけ広範な人物と事項について論じているのに、索引がないというのがまた困る。
 と、ごちゃごちゃと文句をつけてしまったけれど、こういう本が出版されるということ自体が、やはり画期的。できれば、もっと、活用しやすくて、戦争責任論全開じゃない書き方をする本であってくれると、個人的にはうれしかったのだけれど。
 ん? でも、もしかして、これが売れてくれると、入手が難しいものが多い、河田いこひ氏の既発表論文の単行本化とか、そういう話もありうるのかなあ。ううむ、もっと褒めておけばよかったか。

2005/07/04

季刊・本とコンピュータ 2005年夏号

 『季刊・本とコンピュータ』2005年夏号(発行:大日本印刷 発売:トランスアート, 2005)を先日読了。
 最終号である。特集は、「はじまりの本、おわりの本」。
 ACADEMIC RESOURCE GUIDEの岡本真さんが、ブログ(ACADEMIC RESOURCE GUIDEの作業メモ2005-06-17 (Fri)「編集日誌」の2005-06-08(Wed)の項)で、「8年に渡る発行期間で、季刊「本とコンピュータ」は、どれだけの書き手を見い出し、送り出せただろうか。私の評価は厳しい。」と書いていたのが印象的。確かに、8年間続いた雑誌で、創刊号と最終号の書き手が、これほど重なっている雑誌は珍しいかもしれない。
 私自身は、といえば、『本コ』を、コンピュータを技術的文脈ではなく、文化的・社会的な変化をもたらす何かとして語る、という意味で、『遊撃手』や『Bug News』の系譜に連なる雑誌として捉えていた。
 通常、コンピュータ雑誌では、コンピュータは主にスペックと新機能で語られてしまう。けれども、コンピュータを使って何かをしようとする人たちは、常に、スペックや新機能では語ることのできない領域に踏み込んでいっている。そんな動きを、クロック数やバイト数とは異なるところで語ってくれる場が、『本コ』であってほしい、と、そんなことを期待していた。
 といいつつ、実際に自分が面白いと感じる記事の多くは、紙の「本」の側の歴史や文化的な蓄積の厚みを語るものだった。この8年間に自分を図書館屋として自己規定していった、という時期的なこともあるかもしれないけれど、案外、このあたりが、『本コ』という雑誌の難しさだったのかもしれない。
 紙の本について熱く語ることができる人は、出版界の周辺や「本」を巡る問題の周辺に多くいたのかもしれないが、コンピュータ絡みの新しい動きを「本」というキーワードを絡めながら(面白く、熱く)語る、というのは実は結構難易度が高いことだったのではなかろうか。もしかすると、「本とコンピュータ」というテーマ設定自体が、邪魔をしてしまった、ということも考えられなくもない。
 最終号で、「コンピュータ」の側に力点を置いて書いていたのは、ロジェ・シャルチエ「 電子テクストが「書物」を終わらせる」、萩野正昭「本の「原液」を確保せよ 百年後、コンピュータでものを読むために」あたりくらいか。正直、この最終号についていえば、紙の本へのノスタルジーに塗り固められたかのような誌面の中で、こうした文章が光って見えたことは否めない。それほどまでに紙の「本」の呪縛は強いともいえるし、「本」が果たしてきたような役割を担うメディアとしてのコンピュータの可能性を語ることは、難しいことだともいえる。
 『本コ』はこの壁に果敢に挑戦し、そして、最終的には紙の本の蓄積の重みに引きずられて終った雑誌だった。……というのは簡単なことだけれど、とにもかくにも挑戦し、かつ、国際版のように実践したことの意義は小さくはない。『本コ』が示した可能性と課題を、紙の本とメディアとしてのコンピュータの両方に関わっていかざるをえない図書館屋としては、さて、どう受け止めるか。今後が問われてしまうなあ。

« 2005年6月 | トップページ | 2005年8月 »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

Creative Commons License

無料ブログはココログ