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2005/09/26

Firefox用WebcatPlus検索Plugin

 ぱーどれ野村さんのブログ、Under the Hazymoonのエントリー、

WebcatPlus連想検索Plugin for Firefox

で、Firefoxのウィンドウの右上にある検索窓で、WebcatPlusの検索ができるようにするPluginが紹介されている。
 インストール方法は、

東洋学文献類目 & 全國漢籍データベース Plugin for Firefox

の後半にある手動インストール方法を参照、とのこと。こっちも便利そうだなあ。

 今度職場で使ってみますか。

2005/09/24

華岡青洲研究史

 松木明知「華岡青洲研究史」『日本医史学雑誌』51(3) [2005] p.355-384. が、やけに面白い。
 基本的には、日本で初めて麻酔による乳がん摘出手術を初めて行なったということで著名な江戸時代末期の医師、華岡青洲に関する先行研究のレビュー論文なのだが、最も権威ある、とされている呉秀三の著作(『華岡青洲先生及其外科』)を、真正面から批判している。他にも、先行する研究の数々について、具体的にその誤りを指摘していて、おお、喧嘩売ってるなあ、という印象もなきにしもあらずなのだけれど、原資料に当たっている上に、当時の処方を再現した実験まで行なっているとあって、なかなかに説得力があったりする。
 こういう論争的な論文を掲載するのは、編集側にとっては、難しい判断を迫られるところかもしれないが、原資料や原論文にあたることの面白さを再認識させてくれる、という意味では、多分に意味があるんじゃなかろうか。
 余談だけど、文中、京都大学富士川文庫の中川修亭(国書基本データベースだと中川壺山(こざん)になってますな)『麻薬考』(京都大学電子図書館の全文画像へのリンク)は森立之筆録本で欠字も少なく、図も含まれた筋の良い写本といった説明があるのだけれど、京大電子図書館の画像で確認すると跋文に「森約之養真」とあったりする。ということは、「森立之」は間違いなんだろうなあ。校正ミスかな?
 この記述の部分は、宗田一による先行研究への批判につながっていたりして、なかなか刺激的なのだけれど、批判をしかける時にはちょっとした間違いが命取りになったりするのでは、と、他人事ながらちょっと気になった。
 とまあ、こんな具合に、世の中、電子図書館でひょいひょい原資料を確認できる時代になってきている。かつてに比べれば、原資料にあたることのできる可能性は圧倒的に開かれてきているはずだ。問題は、それが今一つ研究成果につながっていない、というところなのだけれど、このあたりにこれからの図書館員の役割を考えるヒントがありそうな気も。

2005/09/23

図書館文化史研究会 2005年度研究集会

 図書館文化史研究会の2005年度研究集会が、2005年9月17日・18日の二日間、日本図書館協会会館で開催された。
 一日目はシンポジウム「図書館用品 その保存と活用」。

(1)竹内悊「図書館用品の標準化 図書館協力への展望のもとで」
(2)木原祐輔「歴史的図書館用品の調査研究」
(3)小川徹「明治期、図書館用品の欧米からの受け入れと工夫の様子、その一端」

という報告三本立て。
 ……の前に、CIE映画『格子なき図書館』のビデオ上映もあり。ただし、どうも抜粋版で、フィルムが残されていた新潟県立図書館に関連する部分だけを編集したものではないか、とのこと。戦後初期の段階で、視聴覚資料の重視や、児童サービスの重要性の指摘などが行われていたんだなあ、といった具合でなかなか興味深い。といいつつ、辞書体カード目録(著者名、書名、件名を混配した目録)が使われている情景を初めて映像で見たのが、個人的には収穫だったり。
 で、本題のシンポジウムへ。
 (1)は図書館用品の標準化を、図書館活動全般にわたる交流と標準化と絡めつつ論じる、という趣旨だったのだと思うのだけれど、近代以前の図書館的活動(「持ち寄り・まとめ・分け合い」)から語り起こしたこともあって、若干、焦点がぼやけてしまったか。ALAのLibrary Supplies Committee(図書館用品委員会)が、1876年に事務局長Deweyの下で発足し、1879年に図書館用品の専門企業であるLibrary Bureauとなって独立する、といった話や、Deweyが英語のつづり方改革や、メートル法導入に熱心だったといったエピソードが結構楽しかったり。
 (2)はキハラ株式会社が、日本図書館協会からの委嘱を受けて行なっている、歴史的図書館用品の調査・収集事業の現状を、社長御自ら報告したもの。各地の図書館に辛うじて残されている、戦前の図書館用品を記録し、場合によっては収集する、といった活動が地道に続けられている。キハラの社員のみなさんが、営業活動の合間にやっているとか……大変である。
 (3)は予稿集の原稿はタイトル通りなのに、何故か実際の話は本筋とは違うところに入り込んでしまったような。佐野友三郎が赴任して以降の秋田県立図書館規則の改正の話や、今でいう「音読」が「誦読」と呼ばれていたらしき話とか、話としては面白かったのだけれど、図書館用品の話はどこに……。

 二日目は発表四本立て。発表者とタイトルは次の通り。

(1)中山愛理「メアリー・レミスト・ティッコム ブックモビル(移動図書館)のパイオニア」
(2)米井勝一郎「華中鉄道図書館 森清(もり・きよし)の上海時代」
(3)木本幸子「情報検索のための道具・機器の記録化」
(4)高倉一紀「幕末公開文庫の蔵書構築 伊勢“射和文庫”の事例から」

 (1)は、米国におけるブックモビルの先駆者、メアリー・レミスト・ティッコム(Mary Lemist Titcomb, 1857-1932)の事跡を、特に馬車(後に自動車)を用いた移動図書館活動を展開し、その普及に努めたメリーランド州のワシントン・カウンティ・フリー・ライブラリーの図書館長を勤めていた時代を中心にまとめたもの。二次文献だけに頼るのではなく、その図書館に残されている当時の書館や文書類を調査していて、論文にまとまったら、なかなか面白そうな感じ。
 それにしても、この時代に女性図書館長がいたということ自体にちょっと驚いてしまった。しかも、ALAの副会長も勤めたとのこと。例外だったのか、他にもそういう人がいたのか、聞きそびれてしまったなあ。その他、佐野友三郎と接触があったとか、カーネギーの支援によって馬車が入手できたとか、いろんなエピソードがあり。
 (2)は、NDCの創始者(という書き方でいいのかな?)として知られる森清(筆名の「もり・きよし」の方がよく知られているような)の、戦中の活動を追ったもの。上海の日本近代科学図書館を辞めた(森を上海に呼び寄せた鈴木賢祐もその前に辞めている。人間関係が結構最悪の状況だったとか)後、1939年に森が移ったのが、華中鉄道株式会社(華鉄)の図書館(総務部調査課の一組織だったとのこと)。華鉄は日本と、中国(といっても日本側の傀儡政権)との合併会社で、華中地域の鉄道交通の復興を目的として設立された一種の国策会社。満鉄と似ていなくもないが、先行研究はあんまりなくて、まだその実態はよくわからない部分も多いらしい。
 で、森は、この華鉄の図書館についてほぼ全権を任されたらしく、日中戦争によって散逸した鉄道関係資料の収集、地方誌の収集、図書館(バラック造りだったらしいが)の建設と開館、巡回文庫の実施、日本図書目録法案(青年図書館員連盟による日本目録規則の原形)を適用した蔵書目録の編纂など、日本の敗戦によって中国側に事業を引き渡すまでの6年強の間に、活発な活動を行なったとのこと。本人の回想などを見ても、この時代の経験は、その後の森にとって非常に重要な位置を占めていたのではないか、というのが、発表の結論だった。
 いろいろと興味深い話が含まれていたのだけれど、例えば、戦後、引き継ぎのために留用として上海に一時留まった森が、図書館を引継いだ相手が、米国に留学して図書館学を修めた一人の専門職員だったことから、その後、図書館員は専門職である必要性を痛感した、というエピソードが印象的だったり。
 (3)は大妻女子大学情報の科学研究室が制作した、情報検索の歴史に関する教材用映像について、その目的や企画意図、使用した機器類の収集やシナリオ作成などについて、実際に制作されたビデオの上映を含めて報告したもの。8インチのフロッピーディスクドライブが、どうしても見つからなくて秋葉原のジャンク屋で買ったとか、そんなエピソードが泣かせる。続編の計画もあるとのことなので、古い電子機器が手元に残っていたら、連絡してほしい、とのこと。あ、でも電子メールは教員紹介ページにも出てないのか。それなのにここに書くのもなんだなあ。
 (4)は、幕末伊勢で、個人収集の文庫として例外的に、地域への公開を行なっていた、射和文庫(いざわぶんこ)の蔵書構成について、射和文庫を設立した竹川竹斎に書物を寄贈した親族側の文書(新発見らしい)から光を当てて行く、といった趣向。
 江戸時代後期に現れてきた、新しい蔵書家である商人層の好事家たちによって、書物そのものや、書物に関する情報の交換が活発化していく過程の中で、さらに一歩踏み込んで同好の士の間でのやり取りという枠を取り払ったのが、竹川竹斎ではないか、といった視点が新鮮。近代公共図書館の源流をそこに見てしまいがちな、図書館史の枠組み設定を(ちょっと遠回しに)批判しつつ、近世文庫の魅力を熱く語っていて、刺激的だったのだけれど、その分、本題について論じる時間が少なくなってしまったような気も。

 おそらく、初日の分は、テープ起こしされて、『図書館文化史研究』に掲載されてるのだと思うのだけれど、予稿集なしで、しゃべったことだけまとめても、何が何やらわからなくなるような……。ちょっとそこが不安だったり。
 ちなみに、会場が日本図書館協会会館だったので、お昼などには書籍の販売もあり。もり・きよし『司書55年の思い出』(もり・きよし氏を偲ぶ会, 1991)や、山口県図書館協会『初代館長佐野友三郎氏の業績』(山口県図書館協会, 1983. 1943年刊の覆刻)が、新刊として手に入ってしまって、ちょっとホクホク。でも、図書館ハンドブックは買おうかと思いつつ結局買ってないなあ。さて、どうしよう。

2005/09/17

江戸の旅日記

 ヘルベルト・プルチョウ(Herbert Plutschow)『江戸の旅日記 「徳川啓蒙期」の博物学者たち』(集英社新書, 2005)を先日読了。
 「博物学者」とあるものの、これはNaturalist、自然誌学者の意にあらず。領域横断的な観察者・記録者というくらいの意味で使われている。
 というわけで、発売前にタイトルから想像していた内容とは全然違っていて、個人的には、ある意味期待外れだったのだけれど、結果的には収穫かと。
 かなり乱暴に要約すると、江戸時代中期以降、将軍でいえば徳川吉宗以降、それまでにない視点と内容を持った旅行記が次々と生み出されていて、そこにはある種の「近代的自我」があるといってよいのではないか、というのが、本書の基本的な主張、という感じ。
 各地の慣習や風俗、言葉などについて詳細に、また、偏見なく記録しつつ、それぞれ注目しているポイントが違ったり、感想の記述のしかたが違ったりと、個性にも溢れている。そこが、この江戸時代中期以降の旅行記の面白さだったりするらしい。
 旅行記からの引用は現代語訳されているので、研究者は物足りなさを感じるかもしれないが、読みやすいことは確か。字数に余裕があれば、原文と両方あるとよかったのに、とも思うけど、そのあたりは、新書としての編集方針とかがあるんだろうなあ。
 貝原益軒に始まり、本居宣長(歴代の天皇陵を文献に基づいて実地に探す旅に)、高山彦九郎(天明の大飢饉後の東北地方の様子を記録)、古川古松軒(巡検使として各地の政治を批判)、菅江真澄(アイヌの民俗を記録)、橘南谿・司馬江漢(西洋の影響を受けつつ様々な知的要素を取り込む)、松浦静山(参勤交代の過程と同時に大名の内面生活を記録)、富本繁太夫(芸人の赤裸々な流浪の記録)、渡辺崋山(幼少期の恩人を探す旅で地方の俳諧ネットワークを活写)、松浦武四郎(蝦夷地とアイヌの克明な記録)といった面々が登場。有名どころだけではないあたりに、著者の選択のポイントがありそうな感じ。
 著者は、こうした人びとの旅行記において、「作者「個人」が必ず表面に出てくる」(p.218)ことを指摘し、「ここで取り上げたような新しい紀行は、個人主義の発達が伴っていない限り書けなかったと思う」(同)と評価している。さらに著者は、西洋の啓蒙思想における旅(と探検)の果たした役割を引きつつ、本書で紹介する旅行記に共通して現れる「経験主義」「合理主義」「実証主義」がその後の近代化に先駆けて、「しっかりした基盤を築いていた」(p.231)と、その論を展開する。
 その主張に対しては賛否双方あるかもしれないが、江戸時代の日本は存外に(飢饉のように悲惨な現実もあるにせよ)刺激的であり、また、多様な文化が混在する社会であったことは、間違いなく本書から伝わってくる。明治再評価の声がかまびすしい昨今だからこそ、明治によって失われたものを語ってくれる本書みたいな本は結構大事かも。

2005/09/16

おまけのブックマーク

 「読書日記のおまけのブックマーク」をサイドバーに出してみました。
 はてなブックマークの恐ろしさは、人のブックマークを見始めるときりがない、というとこですな。
 あと、自分の思想信条を客観視できたりとか。自分的にはなんとなく面白いのだけど、人から見たら、単なる自己顕示欲の現れかもしれんなあ……って、この読書日記自体がそうか。

2005/09/13

東京人 2005年10月号

 ここのところ、小ネタで逃げてばかりのような気もするけど……。
 『東京人』no.219 (2005年9月)は、「特集 明治ニッポンの家庭教師たち 「お雇い外国人」を知っていますか?」。目玉は、鹿島茂・芳賀徹「対談 「二人三脚」での近代化。」p.16-23. か。話に登場する「お雇い外国人」の略歴や写真を丁寧に紹介する編集に頭が下がる。
 鈴木博之「失われた文明開化建築。 建築家のお雇い仕事コレクション。」p.24-37. は、失われた建築写真とあわせて、建築家系の「お雇い外国人」の活躍を紹介。図書館屋的には、現在は国立国会図書館のある地に建っていたドイツ公使館の写真が興味深かったり。それにしても、今も見られる建物がほとんどないなあ。旧司法省(現・法務省赤レンガ棟)くらいか。
 前間孝則「フランス人造船技師ヴェルニーと若き日本人技術者たち。 お雇い外国人からの自立」p.74-81. は、西洋造船技術の導入が、西洋型の教育を受けた技術者だけではなく、現場の船大工・工員たちとの二人三脚で行われてきた、という話。技術移転史としても面白い。
 あと、林丈二「三面記事で読む、明治のお騒がせ外国人。」p.66-73. は著者ならではの、昔の新聞記事ネタエッセイ。火事場見物に走ったモースの話とか、楽しい。
 それにしても、特集の記事の一つとして参考文献の記述がない上に、特集のテーマに関するブックガイドもないとは……。活字どうしのリンクを絶ち切ってしまうのはいかがなものか。
 あ、あと、何故、各記事のタイトルに「。」がつくのかは謎。

2005/09/12

学士会会報 no.854

 ほえー、すごい選挙結果だなあ。これから4年間で、どんな法律が作られ、改廃されていくのやら。そういえば、どこぞのテレビのインタビューで、郵政の次の課題は治安って話が出てたなあ。って、ことは治安維……いやいや。
 それはさておき。
 『学士会会報』no.854 (2005.9)が先日届いた。結構中身が充実(というか、たまたま自分の関心領域との重なりが多いんだろうな)。とりあえず、忘れないうちにメモ。それにしても、東大OBを対象にしたSNSの広告にはびっくり。いったいどうしたことやら。

・高橋伸夫「仕事に戻ろう 成果主義ブームを振り返る」p.24-29.
 講演記録。『虚妄の成果主義』(日経BP, 2004)の要点をまとめつつ、現時点での成果主義に対する総括を行なう、といった趣向。
「成果主義の犯した最大の罪は、そもそも賃金制度の問題ではなかった経営問題を賃金問題に矮小化してしまったことにある。」(p.25)

・吉田茂男「日本の科学は産業発展につながるか」p.46-52.
 実は理研(理化学研究所)が、日本の産業発展に果たしてきた役割を歴史的に振り返りつつ、現在の日本の科学政策について意見を述べている。博士取得者の社会的位置づけの問題とか。
「我が国が本当に科学技術立国を推進するのであれば、親が自信を持って子供に勧める魅力的要素を研究技術職に与えるべきであろう。」(p.51)

・野家啓一「人文学は何の役に立つのか 「スローサイエンス」の可能性」p.53-58.
 具体的な研究プログラムの提案、というわけではないのだけれど、人文学と自然科学との差異を積極的に評価すべき、との提案。しかし、それを社会に受入れてもらうためのハードルは高いような気がする。それと、教養論に結びつけるのはいかがなものか。
「科学知と人文知を隔てているのは、現在では「方法論」の対立というよりも、知の生産システムの近いという社会的要因にほかならない。」(p.57)

・本田博「アメリカの学術と教育の文化について思う」p.125-137.
 タイトルからではわからないが、大学の同窓会や、ASMEの活動の紹介などもあり。

 あと、ビジュアル中心の『U7』no.4 (2005)では、「田中宇の国際ニュース解説」の人のインタビューから構成した、田中宇「ネット・ジャーナリズムの旗手と呼ばれて」p.14-19. が、意外に読みごたえあり。
「事前に勉強せず、現場ですべての情報を集めようとするあまり、日本のマスコミは分析が浅い。」(p.14)

2005/09/11

グロテスクな教養

 高田里恵子『グロテスクな教養』(筑摩書房ちくま新書, 2005)を読んだ。
 うーん、なんというか、複雑な本。「教養」を重視する男性の立場取り、というのが、要するに差別化の欲望と結びついている、という話を、戦後の様々な教養に関する議論を引きながら論じていく、という一冊……なのかな。教養にグロテスクなものとそうでないものがあるわけではなくて、教養なるものは須くグロテスクなものなのだよ、という話ではあったような。
 で、だから教養はいかん、というわけでもなくて、差別化のあり方としては、実は必要悪なんじゃないか、といった視点も組み込まれていたりして、なかなか微妙。
 ただし、既存のいわゆる「教養論」に対してはなかなか厳しい。教養批判、というよりは、教養論批判の一冊、というべきなのかも。
 80年代に学生時代を過ごした一人としては、いわゆる東大中沢事件を扱った第三章が一番ぐっときてしまったが、世代によっては、『赤頭巾ちゃん気をつけて』が中心となる第一章にぐっとくるかもしれない。
 あ、あと、男の子が主役ではあるんだけど、実は影の主役は女の子、というところが、ちょいとニクい構成かと。
 なんとなく、オタク論に応用できそう、という感じがしたのだけれど、更科修一郎「敵は遠くにありて想うもの 内ゲバしか知らない子供たち」『ユリイカ』37巻9号(2005年8月臨時増刊「オタク vs サブカル!」)p.167-170. がちょっとそれっぽいような。

2005/09/07

はてなブックマークテスト中

 はてなブックマークを使って、読書日記のおまけブックマークなるものを作って試してみている。そのうち、サイドバーに出せたら出します。あ、はてなダイアリーは当分作る予定なしです。
 ここ数日やってみたところでは、他のはてなユーザとは、あんまり関心を共有していないことが判明。それとも、みんなこんなもの(大部分が1 user)なのかな。とりあえず、メモ代わりには便利。

2005/09/05

コミックマーケット68

 コミックマーケット68は2005年8月12日から14日まで、東京ビックサイトで三日間の開催。今更、時期外れ、という気もするのだけれど、毎回感想を書き残しているので、覚えている限りでちょっとばかり書いておこうと思う。
 今回は、色々と事情もあって8月12日と13日の二日間参加。
 初日の12日はアニメ系を中心にうろうろ。
 まず、回り始めた時間が遅かったのもあるかもしれないが、「巌窟王」ジャンルの新刊が軒並みはけてしまっていたのには驚いた。最後の盛り上がり、ということかもしれないけど……。
 ガンダム系は、SEEDの人気が結構あることを確認できて、何となく安心。DESTINYにも、ちゃんとみんな付いていっているんだなあ。コスプレも多かったし。あと、Z本も多かった。映画の力の大きさを確認させてもらった感じ。
 あとは、エウレカセブン本を思っていたよりも見かけなかったのが、印象的というか何というか。
 二日目は、例によって、十二国記と歴史系を中心に。マリみては、空いているうちに早めに回るべきだったのに、後回しにしてしまって失敗。あんまり見られなかった。うかつ。
 十二国記は、原作の新刊が出ていないので、どうしようもなし。それぞれ、原作と離れて独自のキャラクター解釈で突き進むか、休止するか、別の道(作品)を探るか、難しいところなんだろうなあ、という印象。お気に入りのサークルが、今回を最後に休止を宣言していたりして、結構、寂しかった。
 歴史系は、研究系(?)では、渋いけれども、堅すぎない本が色々出ていて楽しかった。歴史のやおい解釈系(?)では、何故か(中華人民共和国成立以前の)中国共産党ネタが、じわじわと広がってたりして、どうなっているのやら。あ、でも、今回は国民党ネタの方(去年出てた本みたいだけど)にアンテナが反応。こんなカップリングを思い付く、という段階で既にすごい。そのうち、韓国近代史とかも「発見」されたりするのかなあ。
 マリみては、やはり、主として作り手も読み手も男、という構造は変わらず。セーラームーンのころにあった、男女が交錯していく動き、というのもなくはないけど、どっちかっていうと、男性系と女性系で分離が進んでいるような印象が。まあ、ちょっと見だから、間違っているかもしれないけれど。
 後はなんだろうなあ。「おおきく振りかぶって」の人気を目の当りにできたことと、知人から、女性系のサークルで、普通の男女のカップリングが目立っているといわれて、確かにそうかも、と思ったことくらいか。
 やっぱり、直後に書かないと色々な印象を忘れてしまうなあ。反省。

2005/09/04

学術書という虚喝(こけおどし)に瞞されるな

 書物奉行さんの「書物蔵」のエントリー「谷沢永一氏が図書館学を全否定(^-^;)」を読んで、何やら楽しそうだったので、谷沢永一「学術書という虚喝に瞞されるな」『Will』通巻10号(2005年10月)p.88-91. を読んでみた。
 内容については、書物奉行さんが前述のエントリーで要約されているとおり。特に付け加えることはない。
 ただ、谷沢先生のこの文章だけを読むと、自然科学分野で「発表された論文は直ちに世界の学者すべてに読まれる」(これって本当は、英語で、コア・ジャーナルに発表すれば、という限定付きのはずなのだけれど)といったことを可能にしているシステムについて、若干認識が足りないような気もしてしまう(他で何か書いているかもしれないが……)。
 Web of Scienceや、Chemical Abstractsなどの抄録索引データベースによって、世界中で公表される論文が分野やキーワードによって検索することが可能で、しかも、読みたい論文を見つけたらScience Directのような電子ジャーナルでたちどころに読むことができる、というのは、それを可能にする宏大な市場があるからなのだけれど、そのことが、この谷沢先生の小文では隠されてしまっている。英語の論文を読み書きする多数の研究者と、その研究者の研究環境を整えるために、多額の契約予算をつぎ込んで、データベース・電子ジャーナルを導入している所属機関(の、図書館・情報センター)があって、はじめて、自然科学の論文が読まれる環境が商業的に成り立っている。
 一方で、ほとんど日本国内にしか市場がなく、しかも、自然科学系に比べれば、研究環境に投入できる予算の乏しい人文社会系において、学界のみで完結する市場はえらく小さいものになってしまう。そこを補う形で、「人文書」という学術研究機関の外側にいる人たちが買い支えてくれる市場を作り出すことで、学術出版が商売として成り立つような仕組みが維持されていた……というのは、長谷川一『出版と知のメディア論 エディターシップの歴史と再生』(みすず書房, 2003)の受け売りなんだけど。
 が、その人文書というシステムでは、これまでの文系学術出版が支えられなくなってきてしまった今、国に頼る、というモデルがよいのかどうかは、もう少し慎重に考えるべきことかもしれない。でも、ひつじ書房(「房主の日誌」は図書館屋はチェックしとかないと)とか、岩田書院(「新刊ニュースの裏だより」が赤裸々ですばらしい)とかは、税金で多少のサポートをしても、罰は当たらないような気もするなあ。
 文科系の学会誌なんて、雑誌の売り上げだけで黒字になるわけがないんだから(偏見?)、公的助成や単行本との抱き合わせ(?)出版の可能性を除いてしまうと、会員の会費で全額まかなうか、オープン・アクセスの経済モデルみたいに論文を書いた人が出版費用も負担する、という経済モデルしかなくなってしまうんじゃなかろうか。ただ、人文系の研究費の状況を考えると、短期的にはなんとかなるかもしれないけれど、中長期的にはもたないんじゃないかなあ。かといって、大学図書館も、予算削減圧力が高まっている以上、使われる頻度の少ない雑誌は切っていくしかないだろうし、図書館が買い支えるといったモデルも、ちょっと考えにくい。こう考えていくと、谷沢先生の書かれていることは、経済的な要素を考えていない空論に見えてしまうんだけど……。
 まあ、かといって、「文字・活字文化振興法」があれでいいのか、というと、ちょっと考え込んでしまう。うーむ。
 あれ? そういえば、図書館学の話がどっかいってしまった。
 前述の「書物蔵」のエントリーで書かれているとおり、

図書館学は図書館実務にはほとんど影響力がない

から、まあ、いいか(いや、よくないって)。それにしても、
文系でも歴史学なんかはきちんと先行文献をみてるけど,どこの分野とは言いませんが(って言ってるもドーゼンか)他の分野はぜんぜんいい加減だからねぇ

という書物奉行さんの一言は耳が痛い。確かに、資料集ですら出典が書いていなかったりするしなあ。
 あと、全然関係ないけれど、谷沢先生が叩いている「日本近代文学館専務理事」って誰のことなんだろう……と思ったら、日本近代文学館に専務理事って一人しかいないのか。名指し同然とは。

2005/09/01

オンライン・コミュニティ

 クリス・ウェリー,ミランダ・モウブレイ編,池田健一監訳『オンライン・コミュニティ eコマース、教育オンライン、非営利オンライン活動の最先端レポート』ピアソン・エデュケーション, 2002. なんてのを読む。「最先端レポート」とはあるものの、原著が1990年代半ばから2000年ごろまでの情況を題材にしているので、既に「最先端」とはいえないような感じに。
 翻訳がこなれていないので読みにくいことこの上ないのだが、読みどころもいくらかあり。例えば、大学において、教材の電子化やその権利関係などの問題などがからんで、学術コミュニケーションの商業化が進んだことで、現在のオープン・アクセスにつながるような議論が、90年代半ばには既に行われていた、ということがわかったり。あれって、突然出てきた話じゃないんだなあ。
 他にも、Richard Stallmanが「「フリー」の百科事典と学習教材」なんて章を書いていたり、Randy Connolly「理想的な技術的コミュニティの発展と持続」では、米国において、運河や鉄道や自動車、電話、ラジオといった、「新技術」が登場する度に、遠く離れた人たちを結びつける新たなコミュニティ形成の力となる、といった議論が繰り返されていた、なんて指摘があったりして、ところどころ楽しい。
 これでもうちょっと翻訳がこなれていたら、人に勧めるんだけどなあ。とりあえず、ほぼ10年前、インターネットの商業化が進みつつ、同時に新たなコミュニケーションの可能性が議論されていた時代の記録として読むのもまた一興か。

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