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2006/02/19

パルテノン・スキャンダル

 朽木ゆり子『パルテノン・スキャンダル 大英博物館の「略奪美術品」』(新潮社新潮選書, 2004)を読了。
 bk1ではかなり批判的な書評を書かれている本書だが、実際に読んでみると、そこまでひどくはないような、という印象。
 内容としては、現在、大英博物館にある、ギリシャのバルテノン神殿の破風などにあった彫刻群(別名エルギン・マーブル。パルテノン・マーブルとも)について、それが英国に渡った経緯と、ギリシャ側からの返還運動の経緯を論じた一冊。
 確かに、著者の立ち位置は返還運動に同情的ではある。が、彫刻群を英国にもたらしたエルギン卿を泥棒扱いするような主張とは一線を画し、その生涯をかなり詳細に紹介することで、ずる賢い略奪者とは異なる、古代ギリシャ芸術に傾倒した外交官としての姿を描き出してもいる(同時に、経済観念の破綻した英国貴族としての姿も描いたりしていて楽しい)。
 持ち出しが合法的だったかどうかについても、著者は単純に違法と決めつけているわけではないのではないか。本書では、結果として当時のトルコ政府が黙認した以上、事実上合法であったと判断できるが、返還の是非については、持ち出しの合法性とは別の観点が必要との議論が紹介されている。著者の立ち位置はこうした主張に近いものと読んだ方がいいだろう。
 むしろ、著者が強調したいのは、植民地支配下の文化財の国外流出については、むしろ倫理的側面から見直しを行なうべき、という論点だろう。流出の時点で合法であったかどうかは、(重要ではあるが)実は二次的な問題になっているのでは。
 が、個人的には、この議論はまだ物足りない気がしている。むしろ、考えなければならないのは、近代国家・国民が、その国・地域で生まれた「文化財」を求めてしまうのはどういうことなのか、ということではなかろうか。
 パルテノン神殿の彫刻群の返還を求める運動が活発化したのは、ギリシャ国民がその彫刻群が、ギリシャに所属することに、特別な意味を与えたからにほかならないだろう。対する大英博物館や、各国の大博物館・美術館が、一種のグローバリズム的な視点(人類共有の財産としての文化財)に立って、文化財返還運動に反論していることが、本書で紹介されている。全世界から来館者が訪れる大英博物館の主張が、完全に間違っている、と論じることは、そんなに簡単なことではないだろう。
 かといって、国の文化的象徴をその国に取り戻したいという希望を、頭から否定するのもまた難しい。例えば、排仏毀釈の時に、現在日本国内にある、教科書に図版が必ず載るような国宝級の仏像や仏教美術が根こそぎ海外に流出していたら……と、空想をたくましくしてみると、そりゃ取り戻したくもなるわなあ、という気がしてくる。が、それが「国宝級」だ、という位置づけが誰からもなされないままだったとしたら?
 考えてみると面白いが、大英博物館に収蔵され、展示スペースが整備され、それを見た英国人や欧米人が彫刻群を称賛しなければ、ギリシャ国民にとっての特別な意味も(現在ほどには)生じなかったかもしれない。欧米人による「発見」がなければ、浮世絵の価値を見いだせなかった日本人、という例を出すまでもないかもしれないけれど、「文化財」の価値を生み出す構造は、そう単純なものではないのではないか。
 あるいは、彫刻群が返還されない限り、ギリシャ国民にとっての、彫刻群の象徴的な意味は決して失われないのではないか、という逆説も思い浮かぶ。パルテノン神殿の近くに、返還を想定して建築されている美術館は、結果として返還実現の見込みが立たないまま完成した場合、彫刻群の不在を強調し続けるような構造になっている。この後どうなってしまうのか、色々妄想したくなる話だ。
 実際には、著者の提示する論点は、そこまでごちゃごちゃしたものではない(文化財の価値は自明のものとして議論されている)が、本書で提示されている素材は、充分に頭をごちゃごちゃにするに足る。読む前にあまり視点を固定しすぎない方が、楽しめる一冊ではなかろうか。
 ところで、概説書に要求してはいけないのかもしれないけれど、登場人物の原綴を省略するのは何とかならないものだろうか。初出時に表示するか、人名索引をつけてそこに生没年とあわせて表示しておいてくれると、便利だと思うのだけれど……。

2006/02/17

池袋西武 春の古本まつり

 職場からの帰りに、池袋西武 春の古本祭り(会場:池袋西武イルムス館2階西武ギャラリー 会期:2006年2月15日〜2月21日)に立ち寄る。
 おいしいものは、書物奉行さんや、黒岩比佐子さんのような方々が、収穫していった後なんだろうなあ、と思いつつも、単純に古い本がいっぱいあるところをふらふらとうろついているだけで、結構楽しい。
 あまり珍しいものではないのかも、と思いつつ収穫は2冊。
 一つは、『江戸文学新誌』(未刊江戸文学刊行会)の第2号(昭和35年)。江戸艶本研究で知られる林美一が編集・刊行した私家版雑誌。巻頭は斎藤昌三。寄稿者について、いちいち林のコメントがついているのが楽しい。復刻版も出ているし、Googleで検索すると100円均一で買ったりしている人もいるので、300円という値付けは激安というわけでもなかった模様。まあ、会費計算書を兼ねた林美一の近況報告や振込用紙が入っていて、状態も悪くないのでまあいいか。
 ちなみに旧蔵者の会員番号は512。この手の雑誌に500人以上購読者がいたんだなあ。1000部くらいは刷っていたのだろうか?
 もう一つは彌吉光長『東方の書』(間雲山房, 1977)。彌吉光長は、戦前は満洲帝国国立中央図書館籌備処などで、戦後は国立国会図書館で活躍した図書館屋の大先輩。間雲山房は彌吉の書斎の号らしく、これまた私家版。喜寿の記念出版だったようだ。
 台湾総督・内田嘉吉の没後、長男の内田誠がまとめた『父』(双雅房, 1935、限定120部、と『東方の書』には記述あり)に彌吉が発表した、内田嘉吉文庫中の切支丹関係の稀書の解説を中心に、記念論文集的なものに発表した論考や、読書論に関する文章を集めて一冊にしたもの。そういえば、彌吉はそのキャリアの初期に、内田嘉吉文庫の整理をしていたような。
 さて、この『東方の書』、正誤表がついていたので見てみると、何と「別冊「第三の目録としてのカード簿」正誤表」が一体になっている。ええっ! 『第三の目録としてのカード簿』って、これの別冊だったの! ……ってあれ? 彌吉の著作じゃなくて、秋岡梧郎の著作なのに? 何だこりゃ?

2006/02/15

さよなら交通博物館

 見逃していた『東京人』2006年3月号(no.225)の特集が「さよなら交通博物館」だったのに今ごろ気がついてびっくり(遅いって)。交通博物館、小学生の頃、めちゃめちゃ好きだったなあ。なくなっちゃうのか……。
 2006年5月に閉館、2007年10月にさいたま新都心に鉄道博物館が開館予定、とのこと。そういえば、交通に関する専門図書館として知られる図書室はどうなってしまうのだろう。鉄道博物館のサイトには、それらしい記述が何もないのだけれど。

2006/02/13

新版 図書館の発見

 色々ありすぎて、ブログの更新まで手が回らず。なんだかなあ。
 前川恒雄・石井敦『図書館の発見 新版』(日本放送出版協会, 2006)は、なんともコメントが難しい。
 とりあえず、

書物蔵(しょもつぐら): 前川氏はふつうの人だった…
http://d.hatena.ne.jp/shomotsubugyo/20060126/p1

愚智提衡而立治之至也: 人生の夕映え
http://jurosodoh.cocolog-nifty.com/memorandum/2006/02/post_13f2.html
愚智提衡而立治之至也: 人生の夕映え:追記
http://jurosodoh.cocolog-nifty.com/memorandum/2006/02/post_4882.html

で、論じられるべきポイントはほとんどおさえられているのではなかろうか。
 というわけで、私ごときが上の各エントリーに付け加えられることはあまりないのだけれど、あえていうとすれば三点。

 まず、一点目。
 著者ら(まえがきによれば、事実上、前川氏の単著に近いようだが)は、本の力や価値を言葉の上では称揚しているのだけれど、どういうわけか本書を読んでも、図書館についての本を読んでみようという気が起きないような作りになっている。不可思議。
 書物奉行さんが「反知性主義」という言葉を使っているけれど、むべなるかな。どう読んでも現場主義で体験主義としか思えない……って、それなら本なんていらないじゃん。図書館の運営そのものには図書は役に立たない、という立場を取りながら、人には本を読むことの素晴らしさを訴えるという不可解さに、正直、とまどう。

 二点目。
 雑誌と新聞がほとんど無視されているのは、どうしたことだろう。電子メディアを批判するのはまだいい。しかし、社会的・政治的な問題について考えるためには、雑誌と新聞は不可欠じゃないんだろうか。そりゃ、貸出ししにくい資料だけどさ……。
 で、以下、思い付き。戦後の公立公共図書館において、雑誌・新聞のバックナンバーのコレクションが今一つ発達しなかった原因は、索引が発達しなかったことや、欧米と異なりマイクロフィルムによるバックナンバー販売がさほど普及しなかったことなど、様々な要因があるのだろうとは思う(どっちが原因でどっちが結果か、という気もするけど)。それだけではなくて、もしかして、貸出数増を優先する戦略が強調されてきたことと、関係があるんではなかろうか。
 ……といっても、実証するのは難しいか。建築設計の話からアプローチするとか、駄目かな?

 最後の三点目は、1960年代の前川氏のイギリスにおける研修経験について。
 誰かが、このことについて、ちゃんと検証すべきだ、と書いていたのを読んだことがあるような気がするのだけれど、思い出せない……(請う、ご教示)。残念ながら、本書でも、「私がイギリスで学んだことは多すぎて、とてもここには書ききれない」(p.165)と、具体的なことはあんまり書いていないのだが、この書きっぷりからも、1960年代のイギリスの公共図書館が前川氏に与えた影響の大きさがうかがえる。
 アリステア・ブラック・他著/根本彰・他訳『コミュニティのための図書館』(東京大学出版会, 2004)をひっばり出してみると、英国では、1964年に公共図書館法(Public Libraries Act)が整備され、「これによって初めて、公共図書館の設置が地方自治体の義務となり、コミュニティのあらゆる階層に包括的なサービスを提供することが規定された」(p.36)という記述が出てきた。ここから想像するに、前川氏は、法制度の整備が進む英国の図書館界の空気を瞬間冷凍して日本に持ち帰ってきたのではなかろうか。前川氏の理念の原点(の少なくとも一つ)が、ここにあるのではないか、という仮説を立てられそうな気がする。誰かちゃんと調べてくれないものか。

 といった具合に、色々なことを考えさせる一冊ではある。が、図書館について最初に読む一冊としては、まったく勧められないのであった。うーむ。

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