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2006/05/04

京都古書研究会・第24回春の古書大即売会

 実は昨日は、京都古書研究会主催の第24回「春の古書大即売会」(会場:京都市勧業館(みやこめっせ) 会期:2006年5月1日〜5月5日)に出掛けていた。
 正直、予想以上の規模と人出にびっくり。ざっと見るだけでも半日仕事になってしまった。狭い通路の間を、獲物を探して血眼になりながら、買い物カゴを持ってぐいぐい移動する人が多くて、なかなか壮絶な具合。
 そういった、いかにもそれっぽい(?)感じの人も多かったけど、一方で、普通に自分の読みたい本を探しに来ている、といった様子の人も多かったような。場所も悪くないからかなあ。
 さて、戦利品はというと、久しぶりの古書展に金銭感覚が狂ってしまい、正直ちょっと買いすぎたと反省中。これまでは比較的容易に参照しようと思えばできる、と思って手元に置いていなかったものについつい手が出てしまった面もあるんだけど。ざっと並べるとこんな感じ(記述方法が図書館屋的に中途半端なのはご容赦を)。

(1)竹林熊彦『近世日本文庫史』大雅堂, 1943.
(2)中山正善『上海から北京へ』養徳社, 1946. 改訂再版.
(3)書物展望社編『書祭』(天・地・人) 書物展望社, 1939-1940.
(4)市島春城『春城筆語』早稲田大学出版部, 1928.
(5)小野則秋『日本図書館史』玄文社, 1970. 復刻版.
(6)草野正名『図書館の歴史 日本および西洋の図書と図書館史』学芸図書, 1966.
(7)佐藤政孝『図書館発達史』みすうみ書房, 1986.

 (6)(7)は、通史的なものはそんなに高くなければ、入手しておいてもいいか、ということで購入。しかし、文献リストがどちらも貧弱なので、ここを出発点にした調査、という使い方はできない(レファレンスツールとしては弱い)のが、痛いところ。
 (1)(5)は定番なので、この機会に。
 (1)も復刻版を探してもよかったんだけど、初版がそこにあったので、ついつい。ちなみに、大雅堂は京都の出版社で、小野則秋の『日本文庫史研究』上巻もここから出ている。(5)のあとがきによると、『日本文庫史研究』中・下巻出版が頓挫した理由の一つが、この大雅堂の廃業閉鎖にあるとか。
 (5)はこの後、1981年に補正版とやらが出ているので、引用元として使うためには、本当はそっちを狙うべきだったのかも。気長に探すかなあ。
 (2)は天理教の二代真柱にして、天理図書館の基礎を築いた中山正善による、昭和5年(1930)の中国旅行記。とくれば、図書館ネタがないわけがないわけで、上海の各図書館、山東省立図書館、東方文化事業研究所(北平(北京)の人文科学研究所のこと)、精華大学図書館など、訪れた各地の図書館について(それぞれ、ちょっとずつだが)、感想が書かれている。戦後の出版ということで、紙質も状態もあまり良くないが、まあしかたない。昭和9年(1934)の初版と、どこが変わっているのかは、ちょっと気になる。
 (3)は『書物展望』創刊100号を記念して出版された、3冊本のアンソロジー。『書物展望』掲載記事から構成されたベスト・オブ・『書物展望』といった趣。当然といえば当然だが、図書館ネタもぼちぼちあり。1号から100号までの総目録も。『書物展望』自体、一度覆刻されているので、個々の記事そのものは別にそれほどレアではないとは思うのだけれど、何となく、手元に置いておきたくなってしまったので、ついつい購入。表紙がとれかけだったり(その後、ほんとにとれてしまった)、状態は良くないものの、3冊揃いでこの値段ならOKなんじゃないかと。
 (4)は、早稲田大学図書館の初代館長、市島春城のエッセイ集。ほんとに好き勝手に色々な話を書いていて、その趣味人ぶりには圧倒される。図書館ネタは特にないが、各種道楽についてちょろっと蘊蓄を語る「百道楽」という一文(いや百文か)では、「書物」や「経巻」といった項目も。この人、面白いなあ。

2006/05/03

「学び」で組織は成長する

 吉田新一郎『「学び」で組織は成長する』(光文社新書, 2006)を読了。
 引っ越し前後から読み始めて、断続的に読んでいたので、何となく印象が散漫に……。通勤経路の関係で、これまでのように通勤時間を読書に充てることができなくなったのが痛いところ。別に長くてややこしいといった代物ではないので、本来は一気に読めてしまう本なのだと思うのだけれど。
 本書でいう「学び」は、(主に仕事で)何かをするためのより良いやり方を探っていくための努力一般、といえば、多分、そんなに間違っていないと思う。その「学び」を行なうための方法を、スケール別に分類して、実例を紹介しつつ概説するという構成。一人でできるものから始まって、二人で組んで行なうもの、さらにチームで、組織ぐるみで、どのような「学び」の技法があるのかを、簡単に紹介している。
 とにかく、本書は入口でしかない、という割り切りを徹底しているところが特徴。より詳しくは別著(著者本人の著作の場合もあるし、そうでない場合もある)を紹介して、そちらを読めと指示することで、読者に対してポータル(入口)として機能する、というのを狙っているような。もっと詳しく書いてくれても、という向きもあるかもしれないが、これ一冊で全部分かる!といった類いの本に比べればずっと良心的だろう。
 基本的には、いわゆる講演型の集合研修に限界を感じている研修担当者や、組織の活性化の方法を探している人向けなのだけれど、結果として、ビジネス支援狙いの公共図書館や、社内研修のサポートを狙う専門図書館にとっては、選書リストのネタとしても使えるやもしれない。
 組織論的な話もちょろっとあって(ピラミッド型ではなく、車輪型を!)、それを理想論だと批判するのは簡単なのだけれど、とりあえず、もっと風通しのいい組織にしたいよなあ、という点では同感なのだった。
 ちなみに、読書(とその記録)も、一人でできる「学び」の方法の一つとして登場。量を読まないと駄目、という指摘は、今の自分にとっては、耳が痛かったり。

2006/05/01

人と自然:ある芸術家の理想と挑戦 フンデルトヴァッサー展

 かなり長い間、更新が中断してしまった。
 この間に、生活基盤が関東地方から近畿地方に移動。どたばたしているうちに、下書きで書きかけていたエントリーのその先の展開を忘れてしまったり。まあ、いいか。
 さて、まだ引っ越し後の家の中が片づいていないのだけれど、折角こちらに来たのだから、というわけで、一昨日、京都に出掛けて『人と自然:ある芸術家の理想と挑戦 フンデルトヴァッサー展』(会場:京都国立近代美術館 会期:2006年4月11日〜5月21日)を見てきた。
 フンデルトヴァッサー(Friedensreich Hundertwasser, 1928-2000)は、近畿圏では、大阪市環境事業局の舞洲工場(要するにゴミ焼却場)の外観デザインで悪名高いらしい。税金の無駄遣い、とかいわれているとか。
 実は、私も最初は建築家だと思っていたら、大間違い……ではないにしても、むしろ平面作品(絵画・版画・タペストリー・ポスターなど)が創作活動としては主だったらしい。展示されていたのも平面作品が中心。が、ところどころに、建築模型(実現したもの、一部実現したもの、実現しなかったものがあり)が置かれていて、個人的にはやはりそれが一番面白かった。平面作品と同じようにカラフルで、ぐにゃぐにゃしているのがたまらない。
 このフンデルトヴァッサーという人は、自然と人間の共生ということを生涯の(少なくとも後半生の)テーマとした人で、徹底して直線を否定し、屋根を植物に解放しようとするその建築は、思想をストレートに形にしている(らしい)。奔放に見えるその造形が、実は、その思想の論理的帰結である、というところが何ともいえず楽しいのだが、言葉として表現された思想に、作品の解釈が縛られてしまうのが嫌な人にとっては、ちょっと鼻に付くところもあったりするのかもしれない。そういう場合には、単純に、色と形を楽しめばいいような気もするけど。
 平面作品では、日本の木版職人と組んだ作品も多数合って、「百水」(Hundert + Wasser)という印があっちこっちで使われていた。結構色んな印があって、全部で何種類あるやら。誰か数えた人はいないだろうか。
 図録は、よくあるタイプの論文集ではなく、資料集として割り切った作りになっていて、これはこれで好感が持てる。比較的小さめで軽いし。
 同時開催の「コレクション・ギャラリー」(所謂常設展のことらしい)では、「小企画 視て、考えて…、私が見つける美術の世界I」というのをやっていて、ビデオ・インスタレーション(なのか?)を上映していたのだけれど、これが傑作。火薬と化学反応使いまくりのど派手な(だけどゆっくりした)ピタゴラスイッチみたいなやつが延々と画面で展開されるという代物。タイヤが花火でグルグル転がって激突したりするんである。この作品、フィッシュリ&ヴァイス「ものの成り行き」(1986-87)という作品名と制作年以外の情報は不明。しかもそのビデオテープは個人蔵……。ほしい。DVD化されないものか。
 あ、あと、美術館の中にあるカフェ(カフェ・ド・505)の湯葉のせカレーはうまかった。このカフェで、特別展に合わせて提供されるデザートもうまそうだったけれど、デザートは美術館の近くにある別の店(オ・タン・ペルデュ)で。これがもう絶品。思わず京都万歳、と心の中で唱えてしまったことは、ここだけの秘密である。

(2006.5.3記 「概観デザイン」となっていたのを「外観…」に修正。この手の誤字はこれまでもたくさんありそう……。)

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