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2007/01/29

タワー 内藤多仲と三塔物語展

 週末にツマに誘われ「タワー 内藤多仲と三塔物語展」(会場:INAXギャラリー大阪 会期:2006年12月1日〜2007年2月16日)に出掛けてきた。
 東京タワー、大阪通天閣名古屋テレビ塔という三つのタワーがテーマという、寒空はだか先生も大喜び(?)の展示である。さらに、この三つのタワー全てを設計した内藤多仲(ないとう・たちゅう 1886-1970)の事跡を辿ることで、日本の構造設計の歴史を垣間見ることもできてしまうという、コンパクトながら充実した内容。
 まず、通天閣と東京タワーを同じ人が設計していたとはまったく知らずにびっくり。しかも、それが耐震構造設計に耐震壁を導入した人物だったとは。考えてみれば、鉄骨造のタワーは意匠そのものが構造でもあるわけで、構造設計について考えるには絶好の材料になるうる。企画した人は偉い。あと、名古屋テレビ塔が国の登録有形文化財になっていたのも知らなかった。ううむ、知らないことだらけ。
 三つのタワーの歴史を辿るコーナーでは、写真(各都市の変貌が一目瞭然)や関連グッズ(これがそれぞれ楽しい)が展示され、現在、早稲田大学理工学研究所が所蔵している内藤多仲関連資料を展示するコーナーでは、多仲による設計図面(当然、CADなんてものはない)や、ノートなどがあり。多仲が構造設計を手がけた主な建築(歌舞伎座や早稲田大学大隈記念講堂など)の紹介も。
 図録に、復刻版東京タワー展望券がとじ込まれているのがまた良きかな。ちょっとお得な感じ。

2007/01/21

学士会会報 No.862

 以前の紹介にコメントをいただいたりしたので、気を良くして『学士会会報』No.862 [2007.1]の記事の一部を紹介。

西水美恵子「ブータン王国に学ぶリーダーシップの形」p.34-46
 世界銀行の職員による、ブータンの王制の歴史と、段階的な民主化への過程、ブータン政府の基本的政策を紹介した講演記録。
 それにしても、西洋諸国からのプレッシャーを受けながらの王制確立、そして段階的な民主化など、日本と類似する点がある一方で、日本が明治維新以後、日清戦争やら何やら拡張政策をとったのとは、相当に対照的な道を歩んできた、というのが印象的。その上で、中国からも、インドからも、「大国」として、非常に尊重された扱いを受けているというのがまた……。これ読むと、日本は、植民地化の圧力を受けていたから植民地獲得を目指さざるを得なかった、という自己正当化論は、グレートゲームまっただ中で独立を守ったブータンと比較すると、ちょっと説得力ないかも、という気分になったりもする。
 何より、国王のリーダーシップの下、為政者(と公務員も?)に徹底されている哲学がすごい。少し長めに引用。

「世界中の国のほとんどは、国家の目的、政策の目的を経済成長で豊かになることに置いていますが、ブータンはそれは目的ではないとはっきり断言しています。経済成長は目的ならず、経済成長は国民が幸せを追求するための手段のひとつである。手段と目的を取り違えてはいけない。大きな間違いの元になる。成長の速度ではなくて、いろいろな形の人の和を大切にする経済成長の質を、いつも考えなくてはいけない。
 そういう基本的で、聞けば非常に常識的な哲学から始まって、だんだん具体化していきます。まず、政治とは何か。政治は国民の幸福追求を可能にすることにつきる。社会政策でも、教育政策、経済政策でも、国がとる政策の目的は、一人一人の国民が、幸福を追求する時に現れうる、公の性質を持つ障害を取り除くことである。それこそが政策の役割である。行政、司法などの責任を持つ人びとのいちばん重要な姿勢は、民の視線から司ること。上下関係の上から国を司ってはいけないということです。」(p.41-41)

 ううむ。耳が痛い。

(2007年1月26日追記)
 西水さんからのコメントで、この講演録が全文、経済産業研究所のサイトに掲載されていることが判明。

http://www.rieti.go.jp/users/nishimizu-mieko/glc/004.html

で、全文が読めます。必読。(追記終了)

小野寺龍太「日本の大学の父・古賀謹一郎の生涯」p.54-59
 東京大学の源流、蕃書調所の創設者である古賀謹一郎の略伝。詳しくは、著者の『古賀謹一郎 万民の為、有益の芸事御開(ミネルヴァ日本評伝選)』(ミネルヴァ書房, 2006)を読め、ということになるようだが、儒者であり、かつ洋学者であった古賀の業績の概略を知るには便利。
 それにしても、今年(2007年)が、蕃書調所開所150年とは気付かなんだ。

久世了「日本の学校教育におけるキリスト教系学校」p.60-65
 1910年に結成されたキリスト教学校教育同盟の理事長でもある著者が、明治から戦後にいたるまでのキリスト教系学校(主に大学)の歴史の概要を語ったもの。
 特に、教育基本法に関する発言が興味深かったのでちょっと長めに引用。ちなみに、ここでいう「現行」というのは、先日の改正前の、の意味。

「……いま強調されているような国家への意識を高めるという方向の場合、その国家に何らかの明確な目標があればそこに確かに求心力が生ずるだろうが、しかしすでに「富国」の目標をクリヤーしてしまったわが国が、一体何を国家目標としたら良いのであろうか。私は、はなはだ逆説的ながら、「日本人を、国家目標なるものが存在しなくても自分自身の判断で高いモラルを保ちながら社会生活を送ることができるように教育すること」を国家目標として掲げることしか道は残されていないように思うのだが、実はまさにそのことをあらわしているのが現行の教育基本法にほかならない。今日の憂うべき状況が生まれたことは、教育基本法の内容に問題があるのではなく、むしろその内容を生かすような教育がなされてこなかったことの結果と考えなければならない。……」(p.64-65)

的川泰宣「宇宙進出と日本の未来」p.94-119
 はやぶさの話を中心に、JAXAのプロジェクトについて紹介。アインシュタインとツィオルコフスキーから話を始めて、宇宙開発の歴史から説き起こすところが、さすがというかなんというか。はやぶさの話のところでは、「おつかいできた」のイラストが紹介されていたりする。
 ちょっと気になったのは次の一節。

「JAXAに新しい人間が数十人入ってきて、将来何をやりたいのと聞くと、八割がたが「プロジェクトマネージャーになりたい」と応えます。「ああ、そう。何のプロジェクトマネージャー?」「いや、何でもいいです」と、宇宙の組織に入って、何でもいいからプロ真似になりたいというのでは、どこの会社に入っても同じではないか。もう少し宇宙そのものへの野心にあふれた、どういうことをやりたいと、きちっと高い目的があるような人たちが入ってこないと、宇宙が政治戦略的にだけ考えられる時代になっていくのではないかなというのが、私の憂慮するところです」(p.118)

 大丈夫かなあ。

関雄二「文化遺産をめぐる国際協力」p.126-131
 ラテンアメリカで、考古学・文化人類学に関する調査を行ないながら、その地域に根ざした文化財の保存・活用に関わってきた著者が、グアテマラでの博物館指導の経験について語ったもの。
 グアテマラはスペインによる征服に始まり、内戦、虐殺を経てきた国だそうで、その国で、国民統合という課題に応えつつ、博物館における歴史展示をどう組み立てるのか、という困難に課題にどう取り組んだのかが、語られている。歴史は途中でぶち切れてるし、内戦の傷はまだ癒えていないという状況で、どう国立博物館の展示を組み立てるか、現地のスタッフとの苦闘の様子がうかがえる。

「このように博物館を植民地主義批判や表象研究の対象として分析するだけならば、ある意味で易しい。「不連続である」と語れば済むからである。しかし、研究者自らが国民統合というナショナルな性格を担った場に身を置き、実践に関わっていくとなると話は別である。……」(p.131)

といったあたり、「実践」に関わってきた著者ならではのポスコロ的研究に対する批判となっていて、なかなか痛烈。
 文化政策に関心のある向きは一読の価値ありかと。

2007/01/10

科学史研究 第45巻(no.240)

 『科学史研究』第45巻(no.240)[2006年12月]は、ほとんど素人になってしまった私でもそれなりに楽しめる論文がいくつか。
 忘れないうちにメモ。

中村滋・杉山滋郎「星野華水による“チャート式”の起源とその特徴」p.209-219
 高校数学の参考書の定番、「チャート式」の生みの親、星野華水(1885-1939)が、「チャート式」を成立させていく過程を追った一編。そもそも「チャート式」が戦前からあったことにびっくり。知らなかった。しかも最初から3色刷りだったらしい。
 「チャート式」が画期的だったのは、解法を探し出す手順を問題のパターン別に整理し、ひらめきに頼るのではなく、手順に従っていけば解法にたどり着けるように組み立てた点にあるとのこと。マニュアル化のはしりとしての位置づけも。
 それにしても、この研究に必要な資料を探すのが大変だったのではなかろうか。実際、星野華水が発行していた受験雑誌『受験数学』の1926年から1929年までの期間は見ることができなかったことが、論文中で報告されている(7巻8号(1929年8月号)から11巻3号(1933年3月号)は千葉県成田山仏教図書館所蔵とのこと)。戦前の参考書本体にしても、推して知るべしか。

名和小太郎「科学史入門:知的財産権と技術発展」p.241-244
 科学技術史的観点から、知的財産権制度の歴史を簡略にまとめた一編。
 最近の動きとしては、学術研究の分野では、学術雑誌の商業出版社による寡占化と、成果の公有政策化の双方の動きが生じつつあり、かつ、どちらも知的財産権制度の無視を図っていることを指摘している。前者は、契約による著作権制度を迂回し、後者は、納税者への成果還元という理由で著作権の実質的な公有化を図ろうとする、といった具合。

「シンポジウム:近代における知とその方法 宮廷,サロン,コレクション」p.251-264
 2006年度年会報告として、次の四つの報告要旨を掲載。
(1)桑木野幸司「初期近代の百科全書的ミュージアムと情報処理システムの空間化」p.251-255
(2)武田裕紀「メルセンヌ・サークルとトリチェッリの実験」p.255-258
(3)吉本秀之「ロバート・ボイルと人文主義の方法」p.258-261
(4)但馬亨「啓蒙専制君主とアカデミー フリードリッヒ大王と18世紀数学者」p.261-264
 (1)は16世紀ヨーロッパのミュージアム理論書、S.クヴィッヒェンベルク(S. Quiccheberg)の『劇場の銘』を紹介しつつ、これがコモンプレイス・ブック(こちらでいえば「類書」のようなもの)的な知を空間に展開したものなのではないか、という議論を展開している。博物館史に関心のある向きにも参考になるのでは。
 (2)は17世紀前半のフランスにおける、メルセンヌを中心とした知的サークルにおける情報共有が、実際にはどの程度の水準だったのかを、トリチェッリの実験をサンプルに検証。
 (3)では、ロバート・ボイルの著作の多くが、二次文献や三次文献(いわゆる解説本や事典類)に基づいて書かれていたことを検証している(これはちょっとホントにびっくりした)。近代初期の知識人は、意外に原典を参照したりする手間をかけたりしていなかったらしい。
 (4)は18世紀のベルリンから大数学者オイラーが去った背景を検証するとともに、科学知識の啓蒙という新たなプロジェクトにオイラーを向かわせたものが何だったのかを論じている。
 どれも短報だけに、要点だけがまとめられていて、素人にも(比較的)読みやすい。しかも、トリビア的な面白さもあったりする。雑学好きな方にもお勧め?

2007/01/06

図書館は本をどう選ぶか

 随分前に読了はしたものの、宿題にしていた一冊。
 安井一徳『図書館は本をどう選ぶか』(勁草書房, 2006)は、「図書館の現場」シリーズの一冊。著者の卒業論文「公共図書館における図書選択の理論的検討」の増補改訂版ということになるのだけれど、実際に両方を適当に選んだ部分で比較してみたりすると、書き換えが少ないことに驚かされる。卒論にして何という完成度か。あ、あと、卒論版のタイトルから分かるように、本書における「図書館」とは、公共図書館(≒地方公共団体立図書館)を指しているのでご注意を。
 全体は、論点を提起する序章(「第1章 図書選択の正統性とは」)で始まり、これまでの図書選択論に関する研究史を整理した部分(「第2章 アメリカの図書選択論」「第3章 日本の図書選択論」)と、現在の日本の図書選択論が抱えた問題点が様々な面で露呈した「選書ツアー論争」について分析した部分(「第4章 選書ツアー論争」)そして、図書選択論における「価値論/要求論」というあまり生産的とはいえない対立軸を乗り越えるための問題提起を行なう部分(「第5章 図書選択を原理的に考える」「第6章 「価値論/要求論」を超えられるか」)の大きく分けて3つの本論部分が続く、という構成になっている。
 多くの読者にとって、図書選択論研究史の部分、特に米国における図書選択理論史の部分が読み進める際のハードルになったのではないかと勝手に想像しているのだけれど、実際にはここが梃子の支点の役割を果たしているので、これから読む方はここを辛抱して読み進めてほしい。続く日本の研究史と併せて読めば、「アメリカでは「価値論/要求論」図式を乗り越えるものとして主張された「図書館の目的論」や「ニーズ」論が日本においては基本的に価値論の一変種とされてしまった」(p. 41)といった具合に、日米の対照も鮮やかだ。といっても、図書館関係者以外にはよくわからないとは思うが、日本では、利用者の要求を全面的に肯定し、「結果としての貸出冊数が多いほど、要求もより充足された」(p.32)と見る、いわゆる「要求論」が、主流だったりする。米国では、価値と要求に加えて、図書館の目的や、潜在的ニーズといった項を入れた議論が主流らしいのだが、日本では顕在的要求が圧倒的に重視されてきたわけだ。
 続く「選書ツアー論争」に関する部分が本書の一番分かりやすくておいしい部分。既に論争は沈静化してしまった感があるのでゴシップ的な面白さは半減かもしれないが、その分、浮かび上がる論点を冷静に検証できるのではなかろうか。ちなみに「選書ツアー論争」というのは、いくつかの公立図書館で、図書館で購入する資料の選定(これを「選書」という)の過程に市民が参加する試みを行なわれ、これが業界誌で紹介されたところ、激しい批判が沸き起こり、論争となったものである。本書では2000年前後から2003,4年ごろまでの議論が紹介されている。
 図書館利用者の要求が最優先されるのであれば、購入資料の選定に市民・利用者が参加することは当然の帰結のような気がするのだけれど、何故か絶賛の嵐とはならずに、批判が噴出したところが、この論争の面白いところ。詳しくは、本書を読んでもらうしかないけれど、結果として、主流派の絶対的要求論に基づく選書には、実は図書館員による価値判断が(意識化されずに)組み込まれていたのではないか、という疑問が浮かび上がってくる仕掛けになっている。
 続く価値論/要求論の乗り越えに向けた議論では、潜在的ニーズや、要求論に隠された潜在的価値基準について検討が加えられている。特に後者については、絶対的要求論の前提に、「ヒューマニズム」という曖昧な基盤が隠されていることを明らかにした上で、ブルデューの「象徴的権力」概念を補助線として、「ヒューマニズム」が絶対視されてしまうことの危険性を指摘する。と、同時に、図書館という存在自体、何らかの象徴的権力を発動してしまうものだ、という認識も示されていて、このあたりの冷静なバランス感覚が素晴らしい。
 バランス感覚といえば、本書において主に批判的検討の俎上にのせられている「要求論」の主導者、あるいは賛同者に対して、常に一方的な断罪にならないよう、対話の可能性を確保するよう、慎重な書き振りが徹底されているところが印象的。私なんぞは、そんなに気を使わないで、バシバシぶった切っちゃった方が読み物としては面白いのに、と思ってしまうが、それでは著者の「過去の遺産としての諸言説や実践を今後の議論につなげていけないか」(p.161)という意図は生きないだろう。生ぬるい、と読む人もいるかもしれないけれど、こういうところがまた、本書の味でもある。
 「図書館の現場」シリーズである意味がわからない、という反応もあるようだけれど、新しい時代の図書選択論の可能性を切り開くのは、理論的検討を踏まえた上で行われる現場の実践(「選書ツアー」もそういった可能性を探る試みの一つだろう)しかないのではなかろうか。その意味で、本書は「図書館の現場」で読まれるに相応しい一冊だと思う。というか、もっと読まれてほしい。
 あ、本書の内容については、卒論版に基づいた紹介だけれど、roeさんの「図書館員の愛弟子」のエントリー、
安井一徳『公共図書館における図書選択の理論的検討』を読む(1)
安井一徳『公共図書館における図書選択の理論的検討』を読む(2)
もぜひご一読を。
 以下、余談。
 選書だけに限定せずに、公共図書館、あるいはその職員が、地域社会との関係をどう構築していくのか、という観点から本書を読むのも面白いかもしれない(はてなブックマークで、そんなようなコメントをしていた人もいたような)。図書館員が専門家であるというのであれば、科学技術分野におけるコンセンサス会議のような動きを踏まえる必要もあるのではなかろうか。まあ、思い付きだけれど。

2007/01/03

天理図書館教祖120年祭記念展特別展示・11月・12月

 えー、明けましておめでとうございます。昨年は終盤、更新をすっかりサボってしまったので、今年はもう少し何とかしたいものではあります。

 さて、更新休止中に、「教祖120年祭記念展特別展示・11月 漢籍/一般展示 近世名家の自筆本」(会場:天理大学附属天理図書館2階展示室 会期:2006年11月22日〜28日)、「同・12月 インキュナブラ」(会期:2006年12月20日〜26日)のことを書きそびれてしまった。
 11月の漢籍の方は、宋版とか元版がずらずら並ぶのかと思いきや、意外にも写本中心の構成。「漢籍」の枠組みの中に、日本において書写された古写本が含まれるというのは、頭では分かっても、やや不思議な感じが。とはいっても、国宝3点(うち2点は宋版)、重文2点はさすが。『永楽大典』もあり。敦煌文書の玄奘三蔵像といった資料まで出てくるあたりが、天理図書館のコレクションの幅を物語る。
 12月のインキュナブラは、42行聖書の零葉や、『ニュルンベルク年代記』などの有名どころや、ユークリッドの『原論』や本草、医学書など、科学史系の資料に目配りが利いていたのが印象的。ただ、図録も含めて、タイトル等の表記が日本語のみなので、The Incunabula Short Title Catalogue (ISTC)などと対照できないのがつらいところ(いや、ちゃんと詳しい人は特に苦労しないのだろうけど)。雪嶋宏一『本邦所在インキュナブラ目録 第2版』(雄松堂出版, 2004)あたりを参照して勉強せよ、ということか……。

 というわけで、今回の特別展示はこれで全て終了してしまった。1年間の月替わり、しかも展示資料の選定や図録の作成などの準備期間を含めて考えると、相当の期間と労力を要した展示会だったのではなかろうか。毎月の楽しみが無くなってしまって寂しいけれど、何はともあれ、天理図書館のスタッフのみなさんに感謝を。これだけのものを見せてもらえて、幸せでした。
 ……できれば、10年後(いや、5年後でもいいんですが)もよろしくお願いします。

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