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2007/01/06

図書館は本をどう選ぶか

 随分前に読了はしたものの、宿題にしていた一冊。
 安井一徳『図書館は本をどう選ぶか』(勁草書房, 2006)は、「図書館の現場」シリーズの一冊。著者の卒業論文「公共図書館における図書選択の理論的検討」の増補改訂版ということになるのだけれど、実際に両方を適当に選んだ部分で比較してみたりすると、書き換えが少ないことに驚かされる。卒論にして何という完成度か。あ、あと、卒論版のタイトルから分かるように、本書における「図書館」とは、公共図書館(≒地方公共団体立図書館)を指しているのでご注意を。
 全体は、論点を提起する序章(「第1章 図書選択の正統性とは」)で始まり、これまでの図書選択論に関する研究史を整理した部分(「第2章 アメリカの図書選択論」「第3章 日本の図書選択論」)と、現在の日本の図書選択論が抱えた問題点が様々な面で露呈した「選書ツアー論争」について分析した部分(「第4章 選書ツアー論争」)そして、図書選択論における「価値論/要求論」というあまり生産的とはいえない対立軸を乗り越えるための問題提起を行なう部分(「第5章 図書選択を原理的に考える」「第6章 「価値論/要求論」を超えられるか」)の大きく分けて3つの本論部分が続く、という構成になっている。
 多くの読者にとって、図書選択論研究史の部分、特に米国における図書選択理論史の部分が読み進める際のハードルになったのではないかと勝手に想像しているのだけれど、実際にはここが梃子の支点の役割を果たしているので、これから読む方はここを辛抱して読み進めてほしい。続く日本の研究史と併せて読めば、「アメリカでは「価値論/要求論」図式を乗り越えるものとして主張された「図書館の目的論」や「ニーズ」論が日本においては基本的に価値論の一変種とされてしまった」(p. 41)といった具合に、日米の対照も鮮やかだ。といっても、図書館関係者以外にはよくわからないとは思うが、日本では、利用者の要求を全面的に肯定し、「結果としての貸出冊数が多いほど、要求もより充足された」(p.32)と見る、いわゆる「要求論」が、主流だったりする。米国では、価値と要求に加えて、図書館の目的や、潜在的ニーズといった項を入れた議論が主流らしいのだが、日本では顕在的要求が圧倒的に重視されてきたわけだ。
 続く「選書ツアー論争」に関する部分が本書の一番分かりやすくておいしい部分。既に論争は沈静化してしまった感があるのでゴシップ的な面白さは半減かもしれないが、その分、浮かび上がる論点を冷静に検証できるのではなかろうか。ちなみに「選書ツアー論争」というのは、いくつかの公立図書館で、図書館で購入する資料の選定(これを「選書」という)の過程に市民が参加する試みを行なわれ、これが業界誌で紹介されたところ、激しい批判が沸き起こり、論争となったものである。本書では2000年前後から2003,4年ごろまでの議論が紹介されている。
 図書館利用者の要求が最優先されるのであれば、購入資料の選定に市民・利用者が参加することは当然の帰結のような気がするのだけれど、何故か絶賛の嵐とはならずに、批判が噴出したところが、この論争の面白いところ。詳しくは、本書を読んでもらうしかないけれど、結果として、主流派の絶対的要求論に基づく選書には、実は図書館員による価値判断が(意識化されずに)組み込まれていたのではないか、という疑問が浮かび上がってくる仕掛けになっている。
 続く価値論/要求論の乗り越えに向けた議論では、潜在的ニーズや、要求論に隠された潜在的価値基準について検討が加えられている。特に後者については、絶対的要求論の前提に、「ヒューマニズム」という曖昧な基盤が隠されていることを明らかにした上で、ブルデューの「象徴的権力」概念を補助線として、「ヒューマニズム」が絶対視されてしまうことの危険性を指摘する。と、同時に、図書館という存在自体、何らかの象徴的権力を発動してしまうものだ、という認識も示されていて、このあたりの冷静なバランス感覚が素晴らしい。
 バランス感覚といえば、本書において主に批判的検討の俎上にのせられている「要求論」の主導者、あるいは賛同者に対して、常に一方的な断罪にならないよう、対話の可能性を確保するよう、慎重な書き振りが徹底されているところが印象的。私なんぞは、そんなに気を使わないで、バシバシぶった切っちゃった方が読み物としては面白いのに、と思ってしまうが、それでは著者の「過去の遺産としての諸言説や実践を今後の議論につなげていけないか」(p.161)という意図は生きないだろう。生ぬるい、と読む人もいるかもしれないけれど、こういうところがまた、本書の味でもある。
 「図書館の現場」シリーズである意味がわからない、という反応もあるようだけれど、新しい時代の図書選択論の可能性を切り開くのは、理論的検討を踏まえた上で行われる現場の実践(「選書ツアー」もそういった可能性を探る試みの一つだろう)しかないのではなかろうか。その意味で、本書は「図書館の現場」で読まれるに相応しい一冊だと思う。というか、もっと読まれてほしい。
 あ、本書の内容については、卒論版に基づいた紹介だけれど、roeさんの「図書館員の愛弟子」のエントリー、
安井一徳『公共図書館における図書選択の理論的検討』を読む(1)
安井一徳『公共図書館における図書選択の理論的検討』を読む(2)
もぜひご一読を。
 以下、余談。
 選書だけに限定せずに、公共図書館、あるいはその職員が、地域社会との関係をどう構築していくのか、という観点から本書を読むのも面白いかもしれない(はてなブックマークで、そんなようなコメントをしていた人もいたような)。図書館員が専門家であるというのであれば、科学技術分野におけるコンセンサス会議のような動きを踏まえる必要もあるのではなかろうか。まあ、思い付きだけれど。

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