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2015/06/21

神里達博『文明探偵の冒険 : 今は時代の節目なのか』

神里達博『文明探偵の冒険 : 今は時代の節目なのか』講談社, 2015 (講談社現代新書)
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062883122
を読了。
 講談社『本』の連載(あとがきによると、2013年9月〜2014年12月とのこと)をまとめたもの。太陰太陽暦と太陽暦、占い、オリンピック、地震予知、STAP細胞などのトピックを、科学史や科学哲学の知見を盛り込みながら語るエッセイ、という感じ。
 副題にある「時代の節目」をキーワードとしつつも、実際に軸になっているのは、予想、予測、予知など、まだ生じていないことについての人々の思考のあり方だろう。今が「時代の節目」であるかどうかは、未来における評価を待たなければならないわけだが、それを今の時点で考えること自体が、結果として未来を考えることになる。
 実際に語られる題材は様々だ。「未来に対する人々の期待の様式」を、未来のあるポイントで何かが生起することを期待する「プロフェシー(予言)型」と、時代の節目を意図的に生起させることを期待する「プロジェクト型」にタイプ分けした上で、それぞれの特徴を論じた「卯の巻」や、川口浩探検隊を例に、科学における「面白さ」の必要性を語る「酉の巻」、起承転結と、Introduction-Body-Conclusionとの構造の違いから「物語」と「非物語」を峻別することを重視する西洋の知識人の姿勢を論じる「戌の巻」などなど。ずっと前にちらりと触れられた題材が、後の伏線になっていたりと、連載時ならもっと楽しめたであろう仕掛けも組み込まれていたりもする。
 歴史を振り返ることの重要性と有効性を(その限界も含めてだが)語っていたり、全体としてのトーンは一見前向きだが、そこここに著者の危機感が顔をのぞかせるところに味がある。
 特に、日本の現状に対する、
「より基底的な問題は、自らが情緒的・感情的なもの「ばかり」に突き動かされていることに、あまりに無自覚な人が多過ぎること、ではないだろうか。いずれそれは致命的に効いてくるのではないか、と不安になる。」(p.185)
という言葉が、何とはなしに心に残っている。

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