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2016/02/11

利根川樹美子『大学図書館専門職員の歴史 : 戦後日本で設置・教育を妨げた要因とは』

利根川樹美子 著『大学図書館専門職員の歴史 : 戦後日本で設置・教育を妨げた要因とは』勁草書房, 2016
http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214134.html
を読了。
 自腹を切ったので、一言文句を言わせて貰えると、最初の読者に恵まれなかったのかな……という印象が強い。注記のリンクミスや付与漏れ、論点先取的な論述がなされている部分、箇条書きの項番付与漏れなど、誰かが一度丹念に読んでいれば回避できたのではなかろうか、というところが、ちらちらとあり、読んでいてつい気になってしまった。
 とはいえ、書いてあること自体は非常に興味深く、特に1960年代の岩猿敏生氏を中心とした専門職論の先駆性と、それらの議論が生かされることなく、公共図書館職員を中心とした待遇維持を中心とした論理に阻まれていく過程を論じるくだりは、「官製ワーキングプア」とまで言われてしまっている公立公共図書館における待遇の現状を鑑みると、何とも感慨深いものがある。
 本書全体として、いかに「貸出中心主義」が、様々な建設的提案の推進を阻む役割を果たしたが繰り返し論じられている。大ざっぱにまとめると、ここでの「貸出中心主義」とは、図書館サービスの中心を資料の貸出に置き、情報サービス的側面を軽視する考え方と、もう一つ、現職者は現状のままで専門職であり、新たな資格や教育制度等は不要とする考え方の双方を指している。その双方が渾然一体となって、図書館における専門職に関する議論を混迷させた事例が、繰り返し本書では紹介されている。
 例えば、1968年時点で文部省社会教育課長であった中島敏教氏の「司書養成制度の現状と将来」(『現代の図書館』9巻2号[1971年6月] p.92-96)に拠る部分(p.250-251)で、学校図書館司書の資格・教育の創設を目指す法案に対して、公共図書館の「司書の地位を低くすることになる」という理由で、日図協関連団体から反対の陳情があったという証言が紹介されていたのにはひっくり返った。そんな証言があったのか、ということにも驚いたが、中島氏の証言の裏が本書で取られているわけではないものの、紹介されている他の事例から考えるとかなり蓋然性が高い、と思わせてしまうあたりが何とも言えない。
 大学図書館の戦前と戦後の断絶と連続に関する分析がもうちょっとほしいな、とか、冒頭の大学図書館数の変動分析とか後の論述で全然参照されないじゃん、とか(このあたりも、最初の読者の不在を感じさせるが…)、いろいろ突っ込みたいところもあるし、何より文章が読みにくいのだけれど(自腹切ってるし、このくらいは書いても許されるよね…)、これから図書館における専門職論をやる人は、見ておくべき一冊かと。
 ちなみに、そもそも大学の教員側や学生側が図書館スタッフによる専門的な支援を積極的に求めていたのか、という点は、本書では論じられていない。欠点というわけではなく、そもそもスコープ外なので、そこはしょうがないだろう。
 ただ、これは本書と無関係な、まったくの私見なのだが、大学に所属する人文社会科学系の研究者が、資料の研究者個人又は研究室単位での囲い込み等、大学図書館という組織・機能を十分に生かすことができなかった、ということも、大学内における図書館と図書館職員の位置づけの背景としてあったのではなかろうか、という気もしている。そのことが、結果として、大学内における人文社会科学分野の研究における組織・制度的支えの必要性自体を掘り崩してしまった(そんな研究、大学でなくても、別に趣味で個人でもできるでしょ、とか)側面もあるのではなかろうか。
 この見立てに若干なりとも妥当性があるとすれば、本書で論じられている、大学図書館における専門職制度確立の敗北の歴史は、大学における人文社会科学分野を支える制度・組織の問題を考える意味でも、参照すべきものになるかもしれない。
 あと、本書で紹介されている岩猿先生の専門職論が格好良すぎなので、『岩猿敏生の挑戦と挫折』(敬称略)みたいな新書サイズの一般向けの概説書を書いていただけないものか、とか思ったり。

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