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2018/06/22

科学基礎論学会・日本科学史学会との共催ワークショップ「学術誌の電子化と将来を多面的に考える」参加メモ

2018年6月16日・17日に開催された科学基礎論学会2018年度総会と講演会( http://phsc.jp/conference.html#2018 )の日本科学史学会との共催ワークショップ「学術誌の電子化と将来を多面的に考える」に参加してきた。日時、開催場所は次のとおり。

日時: 2018年6月17日(日)14:40~17:10
場所: 千葉大学(西千葉キャンパス)法政経学部棟106講義室

予稿は、科学基礎論学会学会のサイトに掲載されている。

趣旨説明 司会者兼オーガナイザ:松本 俊吉・伊勢田 哲治
http://phsc.jp/dat/rsm/20180524_WS4-1.pdf
伊藤 憲二 - 学術雑誌の科学史的研究:査読システムと学会との関係を軸として
http://phsc.jp/dat/rsm/20180524_WS4-2.pdf
土屋 俊 - 「電子ジャーナル」以降つまり今と近未来の学術情報流通
http://phsc.jp/dat/rsm/20180524_WS4-3.pdf
調 麻佐志 - ソースはどこ?―学術誌の電子化がもたらす未来
http://phsc.jp/dat/rsm/20180524_WS4-4.pdf

以下、当日取ったメモを元にポイントを紹介したい。とはいえ、あくまでメモが元なので、正確さには欠けるかと。その点はご容赦を(突っ込みがあれば修正します)。また、敬称は「氏」で統一させていただく。

冒頭、伊勢田哲治氏の趣旨説明によると、科学基礎論学会と日本科学史学会の連携強化の一環として、科学基礎論学会においても課題となっている学会誌の電子化の議論をきっかけとして、学術誌そのものについて検討するワークショップを開催することになったとのこと。
日本科学史学会の年会(2018年5月26日・27日)でまず、「学術雑誌の歴史」ワークショップが開催されており、その様子は、日本科学史学会のサイトで紹介されている。

科学基礎論学会との共催ワークショップ(6月17日)のお知らせ
http://historyofscience.jp/blog/2018/06/01/科学基礎論学会との共催ワークショップ(6月17日/

企画側の社会認識論的な関心としては、科学の信頼性を支えるものとして、特に査読の問題や、電子化の影響、望ましい知識共有のあり方、研究者の生産手段としての観点などが提示されていた。

伊藤憲二氏による報告「学術雑誌の科学史的研究:査読システムと学会との関係を軸として」は、17世紀から20世紀半ばまでの学術雑誌の歴史を概観するもの。伊藤氏の専門は物理学史だが、総合研究大学院大学での講義で研究の社会史を取り上げることから調べ始めたとのこと。教科書的なものも執筆中との話もあったので、これは公表を待ちたい。調べてみると「思ったよりおもしろい」という感想がまた面白かった。
ただし、全体像を描くにはまだ研究の蓄積はほど遠い状況で、質的・量的な変化が大きい上に、分野と地域多様性や、アーカイブズの未整備(特に日本)状況などが壁となっているとのこと。
一方で、今世紀に入ってから、学術雑誌をテーマにした論文が増加しているそうで、学術雑誌事態の変化や、科学的物体(ノート、印刷物等)への関心の高まりが背景にあるのでは、との話もあって、なるほど、と思ったり。
あとは各世紀ごとに概説があったが、印象に残ったところを断片的に。
17世紀の学会・アカデミーと学術雑誌の出現の話では、元々貿易会社の事業資金調達の方法として編み出されたサブスクリプションモデルが、書籍の予約出版に応用されていった、という話が面白かった。航海術の発達は、博物学的知識の増大という意味でも学術情報の流通に影響を与えていたとのことだが、出版モデルにも影響していた、というのは興味深い。
17世紀の個人編集者を中心とした編集方式から、18世紀には、アカデミーの出版委員会方式が始まるものの、各アカデミーが持つ出版特権を維持するための検閲的側面(政治的に危ないネタは排除)もあった、というのはなるほど(17世紀にも同様の話あり)。
19世紀になると、分野ごとの学会や雑誌が増え、さらに蒸気機関による印刷物の大量化と、ゼミナール方式など研究大学による専門分化を推し進めたドイツ学術の隆盛の時代を向かえる。1930年代まではSpringer刊行のZeitschrift für Physikが物理学における最も重要な雑誌だったが、ナチスの台頭によるユダヤ人迫害(Springer家自身も対象に)から、その地位を失っていった、という話を、実は初めて知った。そうだったのか。(ちなみに確認してみたら、Springer社のサイト( https://www.springer.com/gp/about-springer/history )でも、このあたりの背景は若干紹介されている。)
最後に、科学史学会でのワークショップについても紹介されていたが、要するにいかに知らないことが多いのかが確認された、とのこと。科学史学会で外部査読が始まった時期も分からないそうだ。うーむ。

土屋俊氏の報告「「電子ジャーナル」以降つまり今と近未来の学術情報流通」は、平成22年度大学図書館職員研修での「学術コミュニケーションの動向」 https://www.tulips.tsukuba.ac.jp/pub/choken/2010/12.pdf や、2017年の第19回図書館総合展での「学術コミュニケーションの動向 2016--2017: 「オープンアクセス」の功罪」 https://www.slideshare.net/tutiya/20162017-81979661 の最新版といった趣。
今回のスライドも、SlideShareで公開されている。
https://www.slideshare.net/tutiya/ss-102573181

冒頭、ビッグディールを推進した張本人として弁明する、と自らの立場を明確に打ち出した上で、冊子体における個人購読から機関購読への転換による価格高騰(シリアルズクライシス)と、論文数の増加を背景とした電子ジャーナルの価格上昇の違いや、理念としてのオープンアクセスから大手出版社が参入しビジネスモデルとなったのオープンアクセスへの変貌などの様々な通説とそれに対する批判が展開された。
面白かったのは、Predatory Journals(ハゲタカ出版)に対する評価で、安く論文を公開するのであれば、そんなに悪くないのでは、という話(ただ、後のディスカッションでは参加者から、査読があるかのように見えることが問題では、との指摘あり。)。その他、学術雑誌掲載が高等教育機関の採用時の評価と連動しているものの、結局同じ分野内の仲間内の評価でしかないのでは、と疑念を呈しつつ、しかし、ではその枠組みを外した時にはさらなる腐敗が待っているのではないか、との指摘もあったり。最後は成り行きに任せるしかない、と締めていたが、そう言いつつも、ディスカッションも含めて語りまくるいつもの土屋氏であった。
また、スライドにも登場するが、報告中で紹介されていた、
Rick Anderson "Scholarly Communication: What Everyone Needs to Know" Oxford University Press, 2018.
https://www.amazon.co.jp/dp/B07C6WVFPC/
は、学術コミュニケーションの現状を整理した、非常に良い本らしい。なお、土屋氏にとって、kindle+iOSの読み上げ機能で一冊読み切った最初の本とのこと。
そう言われると気になってしまって、早速、Kindle版で入手して、最初の方を見てみたけど、確かにこれは良さげ。図書館に関する章もある。

調麻佐志氏の「ソースはどこ?―学術誌の電子化がもたらす未来」では、専門家と素人の区別、ジャーナルの「格」、査読による質の保証、科学と非科学/未科学との差異、といった、既存の秩序が、電子化を巡って揺さぶられている現状が論じられた。「論文」自体の形態の変化(短い本文と大量のsupplementの組合せや、ソフトウェアのバージョンアップごとに更新され、アクセスを集める論文、リアルタイムの処理結果を示す動画を含む論文など)や、日本語での「糖質制限ダイエット」と英語の「low carbohydrate diet」での検索結果の性質の違い、偽論文投稿実験で大手出版社や学会でも通ってしまう現状、STAP細胞を巡る「ネット査読」に関わった人たちの同分野おけるものとは異なる多様な「専門性」、低線量被爆を巡る科学的に問題のある発言の流通など、様々な事例が紹介された。
ネットにおける「ソースはどこ?」「ソースを示せ」の普及は、一見、科学への信頼の向上のようにも見えるが、実は「エビデンス的なもの」があれば良い、という状況なのではないか、という問いかけが重い。
また、科研費に対する攻撃では、実際に、日本学術振興会の前で街宣活動が行われ、職員との間でのトラブルなども発生したそうだ。こうした、ダイレクトに研究内容に対して介入が行われる可能性に対する危惧を示しつつも、調氏は、一方で、行きすぎた科学至上主義の修正につながる可能性についても触れるなど、現状を多義的に捉える姿勢が一貫していた。

撤収時間が近づいていたこともあり、最後のディスカッションは時間がわずかしかなかったが、大学によるプレスリリースにおける研究内容評価の問題や、図書館の役割(もはや関係ない、と土屋氏がばっさり)、デジタル情報の保存の問題など、様々な論点が示されていた。

以下、時間があれば、質問してみたかったこと……を元に、終了後に考えたことをメモ(実際には、当日はここまでは考えてなかった)。

○日本では、特に中小規模学会を中心に、学会誌が、そのコミュニティの核となっていた時代があったように思うが、現在はおそらくもうそうではなくなっているのではないか。学会というコミュニティを維持・形成する核となる役割を果たすのは、今後は何になるのか。
○金がなければ、投稿すること自体が困難なオープンアクセスジャーナルモデルが普及する中で、税金を主要な財源としている、現在の学術研究の自律性をどう確保するのか。査読を中心にした、学術コミュニティ内の自律的評価モデルが信頼を失えば、税金の使途の妥当性を理由とした、政治介入の可能性はより高まるのではないか。
○電子ジャーナルを含めて、デジタル情報の保存を一箇所で集中的に行うことは困難。分散的に行うしかないが、そうすると、結果的に、ある機関なり個人の手元に残っていた情報の信頼性をどう評価するのかという問題が生じる。時間的経過の要素を組み込んだ評価モデルをどう組み上げていくべきか。

と、いう感じで、色々なことを後から考えてみたくなるワークショップだった。

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