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2019/07/14

五島美術館「大東急記念文庫創立70周年記念特別展示[第3部]書誌学展ー経籍訪古志の名品を中心に―国宝「史記」をはじめとする漢籍―」

五島美術館 https://www.gotoh-museum.or.jp の「動物のかたち展」2019年6月22日~8月4日とセットで開催されている「大東急記念文庫創立70周年記念特別展示[第3部]書誌学展ー経籍訪古志の名品を中心にー国宝「史記」をはじめとする漢籍ー」を見てきたのでメモ。

今回は、狩谷棭斎(1775~1835)まつり。何と『狩谷棭斎と経籍訪古志:大東急記念文庫所蔵の漢籍から』(大東急記念文庫, 2019)なる小冊子も販売中。狩谷棭斎、森立之(枳園)、渋江抽斎といった名前にピンと来たら、ぜひとも入手すべし。

展示の詳細は、出品目録も参照のこと。以下、( )内の番号は、出品目録の番号。見たのは前期のものなので、後期展示のものは未見。

なお、できるだけ、前掲の小冊子で補正してるものの、暗い中でとったメモを元にしているので、正確性はあまりあてにしないように。

出品目録の順とはちょっと異なるが、冒頭には、経籍訪古志の第三稿本(62)と、国立国会図書館所蔵の第四稿本と同時期の写本と見られる(63)が登場していた。あれ? NDL所蔵本ってデジタル化されてなかったのか…。それはともかく、第三稿本には、森、渋江、小島抱沖の手が見られるとのこと。さらに、同第三稿本には、松雲堂鹿田静七から滝川亀太郎宛の葉書も付されていて、それも展示されてた(松井簡治から滝川に第三稿本が渡った時のものの模様)。古書店を通じた古典籍流通の面でも興味深い。(63)の方は国学者の木村正辞の旧蔵(蔵書印は展示では見られなかったが、前掲の小冊子では図版あり)。

後は展示順とは異なるが、出品目録番号の順で(メモを展示目録に書き込んでいるので…)。松崎慊堂撰の棭斎狩谷先生墓碣銘拓本(58)は、大正期に狩谷三市が墓碑を移転した際の拓本で、狩谷新氏旧蔵とのこと。なお、現在墓碑は倒壊して早稲田大学の會津八一記念博物館の所蔵となっているそう。確認してみたら、同博物館に寄贈された際に展示会やってた。

狩谷棭斎墓碑受贈記念 狩谷棭斎 ―学業とその人―(2017年11月28日~2018年1月20日) https://www.waseda.jp/culture/aizu-museum/news/2017/11/10/1844/

狩谷棭斎序文版下(60)は、小野道風「絹地切」の模刻を評したもの。棭斎自筆かな。模刻そのものも一緒に貼り込まれていて、上方の彫師・谷清好の名が刻されている。古筆切の模刻出版というのもあったんだなあ。

 

狩谷棭斎書簡 松崎慊堂宛(61)は、尾張の真福寺(=大須観音かな?)における原本調査の際の、漢籍写本の欠画による書写年代推定についての記載があり、当時の書誌学的調査の状況がうかがえるもの。

森立之とともに経籍訪古志編纂に関わった小島抱沖による漢籍目録、古巻聞見録(64)は、経籍訪古志の第三稿本と同時期のもの。第三稿本にはなく、第四稿本には含まれている漢籍も記録されているそうで、経籍訪古志編纂に使用された可能性があるとのこと。

周易注疏 宋版模刻(65)は、江戸期の模刻の一部と近藤正斎(重蔵)の解題を貼り込んだもの。近藤は御書物奉行時代に、紅葉山文庫と足利学校蔵本の識語模刻に取り組んでいたそうで、その一環の模様。近藤正斎全集を見ると、蝦夷地探検の後に御書物奉行になって、その後金沢文庫再興に取り組んだりしてるのか…

玉篇 心部断簡(66)は、重要文化財。大広益会玉篇として再整理される以前の古いテキストを伝える写本断簡。前掲小冊子によると、古筆手鑑に含まれていたものを、大正期に佐々木竹苞楼が引き離して入手、久原文庫所蔵となったものとのこと。

史記 孝景本紀第十一(68)は国宝。経籍訪古志にも記載ありとのこと。書写年が明らかな写本としては最古級だそう。

南華真経注疏 金沢文庫本(70)は、狩谷棭斎から森立之に引き継がれたものとのこと。鎌倉時代の写本は少ないらしい。展示箇所に森の蔵書印である「問津館」「森氏」印が見えた。文選 伝 金沢文庫本(72)も、狩谷棭斎から森立之に伝わったもの。「森氏」印が見えた。

展示箇所で蔵書印が多数だったのは、魁本大字諸儒箋解古文真宝(73)。森の「森氏図書冊府之記」、渋江抽斎の「弘前医官渋江氏蔵書記」、黒川春村の「黒川氏図書記」の蔵書印が見られた。

石林先生尚書伝(74)は南宋時代の刊本で重要文化財。「清見寺常住」の印があり、泣き別れた巻1~4は現在も静岡県の清見寺に伝存とのこと。「江風山月荘」印も見えたが、これは、小冊子によると明治の書店主で政治家の稲田福堂の蔵書印だそう。

史記(76)は明代の刊本で、宋版の模刻で狩谷棭斎旧蔵。木記「震澤王氏刻梓」の箇所が展示されていた。経籍訪古志に、王延喆(震澤)が宋版を模刻した逸聞についての記載があるとのこと。木村正辞旧蔵だが、小冊子によると、棭斎に学んだ考証学者岡本況斎の所蔵となった際に、岡本が死後に木村に譲ると約束した際にその証拠として巻頭に「木村」印を捺した、との話が伝わっているとのこと。壮絶。

戦国策(77)も明代刊本で、幕府医官の曲直瀬正琳(養安院)旧蔵とのことで壷形の蔵書印が見えた。解説で、切り取られた蔵書印の僅かに残った枠と印文の断片から、和学講談所の旧蔵ではないかと推定されているのがすごい。小冊子にも同記述あり。

史記(79)と、魁本大字諸儒箋解古文真宝(80)は古活字版。(79)は角倉素庵開版とされるもので、森立之による旧抄本との校勘記が加えられている。(80)では「森氏」「弘前医官渋江氏蔵書記」の蔵書印が見られた。

清客筆話(80)は、斯道文庫所蔵。森立之と来日した楊守敬との筆談録。その楊守敬が活字化した経籍訪古志 光緒版(81)には、森による明治18年の追加文があるとのこと。留真譜 初篇(83)は楊守敬の編刊による貴重漢籍の書影集。経籍訪古志に記録された本としては、楓山文庫本が多く、その閲覧には、文部省書記官巌谷一六(小波の父)、博物館局長町田久成の助力があったとのこと。

さて、五島美術館的には本体となる展示の「動物のかたち」展では、兎大手柄(22)、花さきぢヽい(23)、ねずみ文七(24)、鼠の嫁入り(25)の赤本4点は必見。

また、蟹の彩色図譜である蟹譜七十五品図(50)には、展示箇所には見えなかったと思うが「栗瑞見像図」といった記載があるとのことで、栗本瑞見(丹州)所蔵の図を写したものも含まれている可能性もあり。展示箇所には「大州候蔵図」との記載もあり、実見した蟹の図もあるかもしれないが、様々な図譜から蟹の図を写して編纂したものかもしれない。

絵画作品では、小茂田青樹の緑雨(57)に描かれたカエルが印象に残った。なお、小茂田を援助したのは原三渓とのこと。

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