2009/03/01

近世版木展

 今日、じゃない、もう昨日か。2009年2月28日(土)に立命館大学アートリサーチセンターで開催されている「近世版木展」(2009年2月16日〜3月6日。ちらしPDF)を見てきた。
 奈良大学が所蔵する竹苞楼など由来の版木4,000点をデジタル化するプロジェクト(立命館大のグローバルCOEプログラム「日本文化デジタル・ヒューマニティーズ」拠点・日本文化研究班によるもの)に関連して、その版木自体を展示する、というもの。実際には奈良大学だけではなく、アートリサーチセンター所蔵の版木などもあり。
 版木の構造など、基礎的な解説から、版木における様々な技法、虫害により痛んだ版木や、版下を貼付けて途中まで彫った状態の版木(何故か作業が中断したようだが、それによって、どのように彫っていたかが、ちょっとだけ伺える)などなど、小さい展示スペースながら内容は充実。複数の版元による共同出版の場合の版木の持ち合いの仕組みなどを現物に即して分かりやすく解説してくれるなど、近世出版史入門編の趣も。
 それにしても、版木におけるレイアウトの自由度には驚愕。入木や埋木といわれる、版木の一部を削って、新たに別の文字や言葉を入れる(版元が変わったりするケースでよく使われる)という手法くらいは知っていたものの、パーツごとに分割できる版木を組み合わせて、大判の一枚ものを摺ったり、枠からはみ出した頭註の部分だけちょこっと継ぎ足したりと、ここまで自由自在に対応していたとはまったく知らなかった。
 枠があってその中に文字という部品を詰め込んでいく、活字印刷系の発想とはまったく別の本の作り方があった、ということを痛感。版木的な発想のDTPソフトとかあったら、面白いかもしれないなあ。
 ああ、それにしても、図録がないのがもったいない。この展示自体をデジタルアーカイブ化しておいてもらえないものか。
 会場では、版木を様々なライティングで撮影したデジタル画像を検索できるデータベース等も触れるようになっていたけれど、さすがにこれは研究者向け、という感じ(版木自体を分析することを目的としたものなので)。何をやっているのかが、より広い層に分かる、という意味では、今回の展示は実は重要なのでは、という気も。
 ちなみに、同じキャンパス内でDH-JAC2009 第1回 日本文化デジタル・ヒューマニティーズ国際シンポジウムをやっていたのも知っていたのだけど、諸般の事情でパス。大英博物館とか、ボストン美術館の話はちょっと聞きたかったかも。

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2009/02/23

「ARGカフェ(03)商業利用の是非をめぐって(補足)」をめぐって

 當山日出夫さんが「ARGカフェ(03)商業利用の是非をめぐって(補足)」で書かれている、著作権保護期間を満了し、パブリックドメインとなった著作物における「所蔵者の権利」と「デジタル化した〈引用者注:機関・人の?〉権利」の問題についてちょっと感想めいたことなど。
 国の機関(直営)の場合、資料・史料は、国の財産であり、国の財産は何であれ、商用で利用する際には、何らかの対価を必要とする(国有財産の使用料が必要)という組み立てになっているのでは。公共財たる国の財産を使って、何らかの利益を得るのであれば、それに対して一定の適切な(何が適切なのかがまた難しいけれど)対価を国に対して提供することが必要、という理路だったと思う。おそらく、地方自治体で直営の機関の場合にも同様では。
 デジタルデータも、国(地方自治体)の財産であり、一時期、国のデータベースの無料公開が遅々として進まなかった理由も、ここにあったように記憶している。だとすると、デジタル化を国(地方自治体)の予算で実施した場合には、同様にデジタル画像やテキストデータも国(地方自治体)の財産として扱われ、その商用利用には対価が必要ということになるのではなかろうか。
 逆にいえば、著作権保護機関を満了した資料について、復刻を拒絶する根拠は(適切な対価が支払われる限りにおいて)法的にはないのではなかろうか。少なくとも、自分のところでは、実務的にはそうなっている。
 ただ、著しく公共性を欠く(例えば悪質な複製を作って、不当に高額で売りまくる、とか)場合には、所蔵者として、復刻自体を拒否することも可能な気もする。
 このあたり、本当は会計法とかの知識が必要なのだと思うのだけれど、法律ネタは自分の最も苦手とするところなので、これ以上はちょっとよくわからない。いかん。
 おそらくは、独立行政法人や、国立大学法人などの場合はまた話が違うのだろう。ん? そういえば、国立博物館の所蔵品は国の財産なんだろうか。その博物館を運営する法人の財産なんだろうか。我ながらこういう基本的なことを知らないなあ。
 何にしても、この問題は、所蔵しているのが誰なのか、というところから、その所蔵者の法的位置づけを明確にしていかないと、漠然と、博物館・美術館・図書館・文書館とまとめてしまうと、議論が混乱してしまうのではなかろうか。その点、ちょっと気になってしまった。

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2008/10/07

月光に書を読む

 鶴ケ谷真一『月光に書を読む』(平凡社, 2008)を読んだ。『日本古書通信』読者は必読っていうか、正確に言うと、比較的読者歴の短い読者には必読かと。
 様々なテーマを軸に古今東西の様々な著作をめぐるエッセイである前半「月光に書を読む」や、随筆の名手、岩本素白について語る「素白点描」も味わい深いが、何といっても、本書の後半約半分を占める「読書人柴田宵曲」が白眉。
 柴田宵曲の著作は、最近、ちょこちょことその著作がちくま文庫に入ったりしていて、何となく読んでいたいたのだけれど、いったいぜんたい、何をしたどういう人だったのか、さっぱりわからないままだったのが、ようやく氷解。子規庵との関わりとか、こういうことだったのか。三田村鳶魚の著作とか、ほとんど柴田宵曲が口述筆記してまとめたものだったとか、別の人の名前で著作が刊行されても別に怒るでもなく、淡々としていたとか、そんな話がいろいろ。著作権とか、そんな話は、まったく超越したところにいた人だったんだろうなあ。
 というわけで、柴田宵曲って、何となく名前を見るけど、この人は誰、と思った人は本書を読むべし。
 しかし、初出が出てないけど、この本、全部書き下ろしなのかなあ。こういう本を書き下ろしで出しているとすれば、平凡社(特に担当編集者の方)偉い、と思ってしまった。

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2007/12/09

柳澤文庫「甲斐武田と柳澤氏」展

 大和郡山へ行く用事があったので、ついでに柳澤文庫へ。
 何かやっているかな、と覗いてみたら、'07年度秋季特別展「甲斐武田と柳澤氏」(会期:2007年9月25日〜12月9日)を開催していた。風情のある木造の建物に靴を脱いで入り、廊下奥右手のふすまを開けると、二間の和室があって、そこが展示スペースになっている。
 郡山城の主であった柳澤氏といえば、徳川綱吉の側近であった柳澤吉保(自身は、川越藩主、甲府藩主だったが次の代で国替になって郡山藩主に)が有名なのだけれど、甲斐武田氏と関係があるとは知らなかった。
 何と、柳澤氏は元々武田の流れを汲む家で、武田氏が滅びた後、徳川家の家臣になったんだそうな。そういう背景もあって、柳澤氏は、自らの原点として武田氏関連の資料を蒐集していたようで、それらが柳澤文庫に残されている、ということらしい。武田信玄直筆の手紙なんか展示されていて、おお、という感じ。単なる大河ドラマ便乗企画ではないのだった。
 さらに、今回の展示の裏テーマは、近世大名としての柳澤氏における軍制と、領内統治との関係という点にあったようで、甲府から郡山へと領地が変わっていく過程における、柳澤氏の軍制の変遷に関する資料も展示されていた。
 そういえば、『兵学と朱子学・蘭学・国学』なんて本の感想を書いたこともあったなあ。やはり、江戸期の武士による統治を支えていたのは、軍事的な知と制度だったのか、などと、展示を見ながら考えたり。
 ちなみに、今の大和郡山は、金魚と城趾で知られる静かな町だけれど、かつては大阪の東の守りの要衝で、京都・奈良が大火の際には消火に向かう義務を負った重要な藩だったとのこと。その藩主の家に代々残されてきた資料を引継いだ柳澤文庫には、郡山藩関連の資料だけではなく、今回展示された武田家関連資料のような、様々な資料が残されているようだ。
 私立の図書館・古文書館としての活動もユニークだし(最近では、歴史体験講座や、学習相談も行なっている模様)、配布される観覧の手引き(手作り感溢れる解説目録)も親しみやすい対話体の補足説明を導入していて、工夫が凝らされている。低金利が続く中、財団法人の運営は大変だと思うのだけれど(おそらく文庫自体は極少人数での運営ではないかと)、これからもがんばってほしい、とか、偉そうに思ってしまう。今度行ったら、友の会入ろうかな。

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2007/12/01

東京人 2007年12月号 特集「昭和30年代 テレビCMが見せた夢」

 konoheさんが紹介(というか、執筆)されているというので、『東京人』2007年12月号(22巻14号(通巻248号))を購入、読了。
 こっち(近畿地域)では手に入りにくいかな、と思いきや、なぜかTSUTAYAで売っていてちょっとびっくり。
 特集は『Always 続・三丁目の夕日』公開に合わせて、「昭和30年代 テレビCMが見せた夢」。

・昭和30年代の(ということは、テレビCM草創期の)代表的、または(今から見ると)変わり種のテレビCM紹介
・当時のCMに関係するキーパーソンのインタビュー、エッセイ(柳原良平、山下鈴雄、泉大助、大橋巨泉、小林亜星)
・CMに関するエッセイ
・対談(中野翠×鹿島茂、山川浩二×天野祐吉)

といった内容。
 CM史だけではなく、特に大衆音楽史に関心のある向きも、チェックしてもよい内容ではなかろうか。特に三木鶏郎とその周辺に関する記事や証言が多い印象。一方で、アニメーション史的な記述は薄いような。柳原良平が、アンクルトリスと、桃屋ののり平、シチズン坊やが同じアニメーターだったと語っているくらいか。画面写真が結構あるので、資料的には意味がありそうだけど。
 必読は高野光平「黎明期CMの考古学。」(p.72-77)、山田奨治「なぜ見られない? 昔のCM。」(p.90-91)か。相変わらず、タイトルの最後に「。」が付くのが、『東京人』流。
 「黎明期CMの考古学。」は、初期テレビCMが、現在のように画一化されていない、多様な形式、形態を持っていたことを実例に基づき検証。現在のCMが可能性の一つでしかったことがよく分かる。
 「なぜ見られない? 昔のCM。」は、納品形態の変化に対応して、制作会社の利益確保の方法として導入された、CMの「著作権」という考え方が、今となっては再利用を阻み、また保存の道も狭めてしまっている、という現状を指摘している。
 特集全体としては懐古趣味的傾向が強いものの、一方で、歴史資料/文化史資料としてのCMの意義にも目配りされてるところがありがたい。
 特集以外では、与那原恵「昆虫の世界を自由に生きる、九十六歳の現役生物画家。」(p.110-117)が、『 ファーブル昆虫記の虫たち』シリーズ(ボローニャ国際絵本原画展で入選)で知られる生物画家・熊田千佳慕の生涯を紹介。クマダゴロー名義での絵本作家としての活躍も興味深いが、兄で詩人の熊田精華の友人であった、デザイナー山名文夫の紹介で、名取洋之助の主催する「日本工房」に入社、『NIPPON』のレイアウトを担当したといった話もあったりする(熊田五郎名義)。土門拳と親しくて、土門に「恋のアドバイス」をしたこともあったとか。写真史に興味のある向きは、ちょっと見ておいてよいのではなかろうか。

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2007/11/25

文化資源という思想—21世紀の知、文化、社会/「世界を集める」展/「植物のビーズ」展

 3連休の中日、国立民族学博物館開館30周年記念フォーラム「文化資源という思想—21世紀の知、文化、社会」(日時:2007年11月24日 13:30〜16:30 会場:国立民族学博物館 講堂)に出掛けてみた。
 それにしても、郊外から郊外への移動は時間がかかる。
 早めに出て、ゆっくり常設展を観ようかと思っていたら、案外時間が確保できず。結局、常設展料金で見られる企画展(常設展示会場内)をまずは中心に。
 一つ目は「「世界を集める」―研究者の選んだみんぱくコレクション」(会期:2007年7月26日〜2008年3月4日 会場:国立民族学博物館 常設展示場)。これも国立民族学博物館開館30周年記念の一環。民博の研究者56人(現役研究者全員、とのこと)が、一人一人、収蔵品から一点(ないし一件)を選んでコメント付きで展示する、という企画なのだけれど、これが面白い。
 通常、博物館の展示といえば、展示されているモノについての記述(どこの地域のどこの民俗の何か、とか)を行なうのが定番なのだけれど、今回の展示のコメントは、(全員ではないけれど)研究者一人一人のモノに対する関わりを語るものになっている。研究者というレンズを通して、モノ一つ一つにまつわる物語が見えてくる、という感じか。民博の常設展示だと、とにかく物量に圧倒されて個々の展示物にまで意識がいかない感じなのだけれど、この展示はそれとは対照的。
 ちなみに、図録の序文に書かれていたが、この企画は、2006年東京都写真美術館で開催された「キュレーターズチョイス」展に触発された面も大きいとのこと。異なる館種の博物館/美術館間の影響関係、という意味でも興味深い。あ、あと図録の巻末には、各研究者自身の関連著作目録を収録。
 もう一つは「植物のビーズ―つくって、つないで」(会期:2007年10月4日〜12月18日 会場:国立民族学博物館 常設展示場)。これまた、国立民族学博物館開館30周年記念となっている一方で、2005年から鹿児島大学、ラオス、神戸と、会場を移しながら行われている、トラベリング・ミュージアムの一環でもあるとのこと。鹿児島大学総合研究博物館と共催になっている。
 この展示のテーマとなっているのはジュズダマと呼ばれる植物の種子。かたくて、つやつやしていて、その上中心部に糸を通しやすいような穴が空いているために、世界各地で(特に今回の展示では東〜東南アジア)ビーズと同様に使われているとのこと。
 衣服や装飾品を中心に、様々な形態で使われているのも面白いかったが、何よりも、今回の展示品を収集した際の、研究者のフィールドノートが追加の解説付きで展示されていて、今回の裏テーマでもある民族植物学がどういう学問かを分かりやすく示していたのが印象的。
 さらに、フィールドノートに記録された情報を読み解いて示してくれることで、それぞれのモノがどういう文脈で使われていて、どういうかたちで収集されたのかを、観る側が読み取れるようになっている。これはもう、「世界を集める」展の拡大版、といってもよいのではなかろうか。研究者がどのように対象(モノとそれを使っているヒト)と斬り結んできたかを展示で表現することで、モノがただのモノではなくなる感じがたまらない。
 会場では、今回の展示品を収集したと思われる鹿児島大学総合研究博物館の落合雪野准教授のインタビュー映像を上映。これも民族植物学への熱い思いが語られていて印象的だった。
 で、お昼をレストランみんぱくで食べて(みんぱくランチのカレーは、私には結構辛かった)から、本題のフォーラムへ。
 館長挨拶の後、民博に新設された文化資源研究センターの吉田憲司センター長から趣旨説明。「世界を集める」展でも、吉田氏がコメントしていた、アフリカのザンビア共和国のチェワ族の民族舞踊の話が記憶に残った。
 元々、死者の葬送儀礼だったチェワ族の舞踊が、新しい祭の創設(1980年代だったか、90年代だったか聞きそびれた)にあたって、王に奉納される舞踊として活用され、その祭が「伝統」として注目されることで、世界無形遺産に指定された、という話だったのだが、さらに、今年の祭では、三ヶ国に跨がっているチェワ族が国境を越えて集まり、ザンビアのチェワ族の王に踊りを奉納する、という形がとられたという。しかも、その三ヶ国の首長(大統領)が揃って臨席するというおまけ付き。新しい集団のアイデンティティを生み出す効果を持ち始めている、という意味で、文化の資源化の一例となるのではないか、という話だった(と思う)。
 また、配布されたパンフにも書かれていた「これまで蓄積されたものや、これまで当り前だと思っていた身の回りの事物に新たな光をあててその価値を見いだし、そこでの発見をより多くの人びとと共有していこうという姿勢」が、「文化資源」という言葉の意味ではないか、という提起は、結局、今回のフォーラムの結論を先取りするものになっていたように思う。
 続いて、ナイジェリア大学のクリス・イクェメジ上級講師が登場。ナイジェリアにおいて、いかに文化が政治に従属するものとして扱われているか、という話から始まり、もともと一体であった芸術と技術が分離されてしまった問題などが論じられた……のだと思うのだけれど、会場が暗くなったせいか、この辺りから睡魔に襲われてしまい(早起きしたのが裏目に出た)、次のケンブリッジ大学ニコラス・トーマス考古人類学博物館長と併せて、あまり覚えていないのだった(こちらは、近代におけるマオリ族の民芸作家(?)の作品の再発見の話とかがあったような)。我ながら何と失礼な。
 続いては、東京大学大学院の木下直之教授が、博物館/美術館と似ていながらまったく異なる絵馬堂(絵馬は自然に朽ちていったり、廃棄されたりする)、保存されないまま忘れられてしまった祭礼・年中行事の際に飾られた「つくりもの」、そして現在取り組んでいる神田祭復元プロジェクトという三題噺について発表。
 民博の関雄二先端人類学研究部長は、ペルーにおけるクントゥル・ワシ遺跡で起きた、金製品の発見と、その後の地元住民による博物館運営へと至る顛末を報告。
 最後は以上のメンバーに司会の民博の川口幸也准教授を加えての討論。色々議論はあったと思うのだけれど、博物館という装置の限界を認識しつつそれを「飼いならしていく」必要を指摘した関氏の発言や、人が文化の中で生活することの重要性を指摘したイクェメジ氏の発言が印象に残っている(あんまりメモとってないので、何ともいえないのだけれど)。
 「文化資源」という言葉は、「文化遺産」や「文化財」に取って代わるラベルではなく、一つの姿勢だ、というのがとりあえずの結論なのだろうけれど、まあ、あんまり先に概念あり、という形で考えるのではなく、実践の中から、新しいあり方を見いだしていけばいいんじゃないだろうか、というのが、聞いていてのこちらの感想だったりする。
 何にしても、民博は、上で触れた二つの企画展のような新しい実践ができるのだから、様々な領域で新しい展開が可能なだけの地力はあるのでは。今後の民博にちょっと期待してしまおう。

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2007/11/06

最近行った展示会など

 すっかり、更新をサボっているうちに、またまた時間が経ってしまった。こうなると、再開するのもおっくうな感じではあるのだけれど、ちょっと久しぶりに書いてみる。

 比較的最近行った展示会はこの三つ。

国立公文書館
平成19年度秋の特別展「漢籍」(会期:2007年10月2日〜21日)

 「漢籍」とは何なのか、ポスターとかにはまったく説明がないのに、結構、人が入っていたのが印象的。重要文化財の力か。いや、説明しないことで、何だこれ、と思わせる作戦だったのかもしれない。
 約50点強を展示。漢詩、儒教・歴史関連文献が、結構使われてた感じがするのに対して、小説系が保存状態めちゃめちゃ良かったりするのが面白い。漢籍とはいっても、和刻本(伏見版とか)や、朝鮮本もあり。
 北宋本はなかったけど、南宋本はごろごろ。内閣文庫はさすがに懐深いなあ。

印刷博物館
雑協・書協創立50周年記念世界出版文化史展「百学連環−百科事典と博物図譜の饗宴」(会期:2007年9月22日〜12月9日)

 和漢洋(ちょっとイスラムも)の百科事典的な著作の系譜を辿る展示。
 展示自体は色々出てて面白かったのだけど、書誌的事項の記述があんまりなくて、ちょっと興ざめ。とはいえ、西周の提示した「百学連環」というキーワードを軸に、和洋東西横断的に、知の集積と体系化の試みを集積する、という目論見自体は、刺激的だ。
 図録は重いけど、その分、読み物としては充実。樺山紘一「百学連環、もしくは西周の理想」とか、今橋理子「科学と芸術、そして俳諧文学」とかがあり。展示とは独立した書物として成立する編集になっている(でもまだ読んでない)。展示ではあまり大きく扱われていなかった、イスラムにも一章割かれているのも特徴か(鈴木菫「イスラム世界と百科事典」)。ただ、巻末の展示資料リストでも、書誌的事項の記述はあんまりなし。漢字圏以外の資料については、原語でのタイトル、書誌事項表示はあってしかるべきだと思うのだけれど。

天理図書館
開館77周年記念展「中国の絵入本 明・清時代の版本を中心に」(会期:2007年10月19日〜11月11日)

 こちらも50点強を展示。宋版・元版好き(?)には物足りないかもしれないが、絵入本という切り口では止むを得ず(といいつつ、国宝の宋版『欧陽文忠公集』があっさりと置いてあったりするところが恐ろしいのだが)。むしろ、明代、清代の板刻技術の見事さを楽しむのが正解かと。
 ポスターやチラシにも使われている『万寿盛典初集』120巻など、木版とは信じがたい細密さ。現物を見るのが一番だが、少なくとも、図録を入手して見てみる価値はある。
 その他、武英殿聚珍版(木活字版)の『欽定武英殿聚珍版程式』『農書』があったり、多色刷もいくつかあったりと、印刷史的な見どころも多数。本草は明版の『本草綱目』と『重修政和経史証類備用本草』の2点が出ていた。
 天理ギャラリーでもやってくれると、関東近辺の人には嬉しいと思うのだけど、あちらはあちらでまた別のものをやるのかなあ。

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2007/07/17

風水害と震災と

 集中豪雨と台風と地震とまた集中豪雨……。被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます(これほど無力な言葉もないかもしれないけれど)。
 こういう時だからこそ、直接的なサポートはできなくても、歴史資料ネットワークや、文化財保存修復学会の活動は支援したいところ。
 2004年の新潟県中越地震の時と同じことの繰り返しになってしまうけれど、まずは人命と生活優先にせよ、それぞれの地域の記録・記憶を、できる限り残していくことは、やはり必要だ。奈良や京都を訪れる機会が増えて、改めてそう思う。
 といいつつ、今回もまずは募金からか。

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2007/01/29

タワー 内藤多仲と三塔物語展

 週末にツマに誘われ「タワー 内藤多仲と三塔物語展」(会場:INAXギャラリー大阪 会期:2006年12月1日〜2007年2月16日)に出掛けてきた。
 東京タワー、大阪通天閣名古屋テレビ塔という三つのタワーがテーマという、寒空はだか先生も大喜び(?)の展示である。さらに、この三つのタワー全てを設計した内藤多仲(ないとう・たちゅう 1886-1970)の事跡を辿ることで、日本の構造設計の歴史を垣間見ることもできてしまうという、コンパクトながら充実した内容。
 まず、通天閣と東京タワーを同じ人が設計していたとはまったく知らずにびっくり。しかも、それが耐震構造設計に耐震壁を導入した人物だったとは。考えてみれば、鉄骨造のタワーは意匠そのものが構造でもあるわけで、構造設計について考えるには絶好の材料になるうる。企画した人は偉い。あと、名古屋テレビ塔が国の登録有形文化財になっていたのも知らなかった。ううむ、知らないことだらけ。
 三つのタワーの歴史を辿るコーナーでは、写真(各都市の変貌が一目瞭然)や関連グッズ(これがそれぞれ楽しい)が展示され、現在、早稲田大学理工学研究所が所蔵している内藤多仲関連資料を展示するコーナーでは、多仲による設計図面(当然、CADなんてものはない)や、ノートなどがあり。多仲が構造設計を手がけた主な建築(歌舞伎座や早稲田大学大隈記念講堂など)の紹介も。
 図録に、復刻版東京タワー展望券がとじ込まれているのがまた良きかな。ちょっとお得な感じ。

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2007/01/03

天理図書館教祖120年祭記念展特別展示・11月・12月

 えー、明けましておめでとうございます。昨年は終盤、更新をすっかりサボってしまったので、今年はもう少し何とかしたいものではあります。

 さて、更新休止中に、「教祖120年祭記念展特別展示・11月 漢籍/一般展示 近世名家の自筆本」(会場:天理大学附属天理図書館2階展示室 会期:2006年11月22日〜28日)、「同・12月 インキュナブラ」(会期:2006年12月20日〜26日)のことを書きそびれてしまった。
 11月の漢籍の方は、宋版とか元版がずらずら並ぶのかと思いきや、意外にも写本中心の構成。「漢籍」の枠組みの中に、日本において書写された古写本が含まれるというのは、頭では分かっても、やや不思議な感じが。とはいっても、国宝3点(うち2点は宋版)、重文2点はさすが。『永楽大典』もあり。敦煌文書の玄奘三蔵像といった資料まで出てくるあたりが、天理図書館のコレクションの幅を物語る。
 12月のインキュナブラは、42行聖書の零葉や、『ニュルンベルク年代記』などの有名どころや、ユークリッドの『原論』や本草、医学書など、科学史系の資料に目配りが利いていたのが印象的。ただ、図録も含めて、タイトル等の表記が日本語のみなので、The Incunabula Short Title Catalogue (ISTC)などと対照できないのがつらいところ(いや、ちゃんと詳しい人は特に苦労しないのだろうけど)。雪嶋宏一『本邦所在インキュナブラ目録 第2版』(雄松堂出版, 2004)あたりを参照して勉強せよ、ということか……。

 というわけで、今回の特別展示はこれで全て終了してしまった。1年間の月替わり、しかも展示資料の選定や図録の作成などの準備期間を含めて考えると、相当の期間と労力を要した展示会だったのではなかろうか。毎月の楽しみが無くなってしまって寂しいけれど、何はともあれ、天理図書館のスタッフのみなさんに感謝を。これだけのものを見せてもらえて、幸せでした。
 ……できれば、10年後(いや、5年後でもいいんですが)もよろしくお願いします。

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