2016/10/17

国立国会図書館企画展示「続・あの人の直筆」感想

国立国会図書館企画展示「続・あの人の直筆」 http://www.ndl.go.jp/jp/event/exhibitions/exhibition2016.html 良かった。戦国時代から戦後まで、100点以上。さらに解説の情報量がめちゃ多いので1時間では足りない感じ。前期(〜10/29)後期(10/30〜)で一部展示替があるので注意。

— Toshiyasu Oba (@tsysoba) 2016年10月17日

展示リストPDFはこちら。 http://www.ndl.go.jp/jp/event/exhibitions/1610exhibition.pdf 小野蘭山、大槻玄沢、伊能忠敬、渋江抽斎、司馬江漢とか近世ものも良いが、やはり近現代が充実。>NDL「続・あの人の直筆」展

— Toshiyasu Oba (@tsysoba) 2016年10月17日

伊藤圭介、白井光太郎、新城新蔵の直筆では伊藤文庫、白井文庫、新城文庫にも言及。また白井の「採集日記」は絵入で、生涯の友、坪井正五郎の姿もあり(後期は展示箇所が変わる模様)。布川角左衛門旧蔵の安倍能成宛献辞入り資料には丸山眞男の署名も。>NDL「続・あの人の直筆」 展

— Toshiyasu Oba (@tsysoba) 2016年10月17日

政治家、実業家、作家、力士などなど、多様な人物が取り上げられているので、それぞれの興味のあるところを中心に見るのも楽しいかと。幕末・維新がらみも充実。古筆のコーナーでは、あえて「伝」を付けずに展示しつつ(解説では示唆)、極書の実例も展示したり。>NDL「続・あの人の直筆」展

— Toshiyasu Oba (@tsysoba) 2016年10月17日

NDL「続・あの人の直筆」展を見て、所蔵資料全体中の割合から見れば僅かなんだけど、印刷物でも複製物でもない資料が、「図書館」に相当数残されていることを、積極的に捉えていいんじゃないかな、と思ったりした。「出版物」という枠からはみ出すことを、肯定する場面があっても良いのかも。

— Toshiyasu Oba (@tsysoba) 2016年10月17日

あと、岡不崩(楽只園主人)『新帝都看板考』は面白いので、とりあえず、デジタルコレクションで見ると良いかと。 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2610285 その上で現物をぜひ展示で。>NDL「続・あの人の直筆」

— Toshiyasu Oba (@tsysoba) 2016年10月17日

ちゃんと読めるともっと面白いんだろうなあ、とか、もっとじっくり見たかったなあ、という印象。
翻刻もところどころに参考に置いてある(持ち帰っちゃダメ)けど、混んでる時だとじっくり読めないかも。
せめて、後期に入ったらもう一度見たい。

2016/02/11

利根川樹美子『大学図書館専門職員の歴史 : 戦後日本で設置・教育を妨げた要因とは』

利根川樹美子 著『大学図書館専門職員の歴史 : 戦後日本で設置・教育を妨げた要因とは』勁草書房, 2016
http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214134.html
を読了。
 自腹を切ったので、一言文句を言わせて貰えると、最初の読者に恵まれなかったのかな……という印象が強い。注記のリンクミスや付与漏れ、論点先取的な論述がなされている部分、箇条書きの項番付与漏れなど、誰かが一度丹念に読んでいれば回避できたのではなかろうか、というところが、ちらちらとあり、読んでいてつい気になってしまった。
 とはいえ、書いてあること自体は非常に興味深く、特に1960年代の岩猿敏生氏を中心とした専門職論の先駆性と、それらの議論が生かされることなく、公共図書館職員を中心とした待遇維持を中心とした論理に阻まれていく過程を論じるくだりは、「官製ワーキングプア」とまで言われてしまっている公立公共図書館における待遇の現状を鑑みると、何とも感慨深いものがある。
 本書全体として、いかに「貸出中心主義」が、様々な建設的提案の推進を阻む役割を果たしたが繰り返し論じられている。大ざっぱにまとめると、ここでの「貸出中心主義」とは、図書館サービスの中心を資料の貸出に置き、情報サービス的側面を軽視する考え方と、もう一つ、現職者は現状のままで専門職であり、新たな資格や教育制度等は不要とする考え方の双方を指している。その双方が渾然一体となって、図書館における専門職に関する議論を混迷させた事例が、繰り返し本書では紹介されている。
 例えば、1968年時点で文部省社会教育課長であった中島敏教氏の「司書養成制度の現状と将来」(『現代の図書館』9巻2号[1971年6月] p.92-96)に拠る部分(p.250-251)で、学校図書館司書の資格・教育の創設を目指す法案に対して、公共図書館の「司書の地位を低くすることになる」という理由で、日図協関連団体から反対の陳情があったという証言が紹介されていたのにはひっくり返った。そんな証言があったのか、ということにも驚いたが、中島氏の証言の裏が本書で取られているわけではないものの、紹介されている他の事例から考えるとかなり蓋然性が高い、と思わせてしまうあたりが何とも言えない。
 大学図書館の戦前と戦後の断絶と連続に関する分析がもうちょっとほしいな、とか、冒頭の大学図書館数の変動分析とか後の論述で全然参照されないじゃん、とか(このあたりも、最初の読者の不在を感じさせるが…)、いろいろ突っ込みたいところもあるし、何より文章が読みにくいのだけれど(自腹切ってるし、このくらいは書いても許されるよね…)、これから図書館における専門職論をやる人は、見ておくべき一冊かと。
 ちなみに、そもそも大学の教員側や学生側が図書館スタッフによる専門的な支援を積極的に求めていたのか、という点は、本書では論じられていない。欠点というわけではなく、そもそもスコープ外なので、そこはしょうがないだろう。
 ただ、これは本書と無関係な、まったくの私見なのだが、大学に所属する人文社会科学系の研究者が、資料の研究者個人又は研究室単位での囲い込み等、大学図書館という組織・機能を十分に生かすことができなかった、ということも、大学内における図書館と図書館職員の位置づけの背景としてあったのではなかろうか、という気もしている。そのことが、結果として、大学内における人文社会科学分野の研究における組織・制度的支えの必要性自体を掘り崩してしまった(そんな研究、大学でなくても、別に趣味で個人でもできるでしょ、とか)側面もあるのではなかろうか。
 この見立てに若干なりとも妥当性があるとすれば、本書で論じられている、大学図書館における専門職制度確立の敗北の歴史は、大学における人文社会科学分野を支える制度・組織の問題を考える意味でも、参照すべきものになるかもしれない。
 あと、本書で紹介されている岩猿先生の専門職論が格好良すぎなので、『岩猿敏生の挑戦と挫折』(敬称略)みたいな新書サイズの一般向けの概説書を書いていただけないものか、とか思ったり。

2015/12/20

日本古書通信2015年11月号・12月号

 まずは日本古書通信1036号(2015年11月号)から気になった記事をいくつか。
 久松健一「サバティカル余滴」p.4-6は、蘭学・洋学史にかかわるこぼればなしをいくつか紹介したもの。そのうちの一つ、大槻玄澤の「玄澤」の由来が、故郷一関藩の黒澤(玄は黒に通ず)から来ている、という話には、あれ、そうなんだ、と驚いた。杉田玄白、前野良澤から一字ずつもらった、というのは誤伝とのこと。玄澤の『畹港漫録』(早稲田大学蔵 http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/bunko08/bunko08_a0011/index.html )に記載があるそう。
 佐藤至子「「和本リテラシーニューズ」のこと」p.6-8は、日本近世文学会が刊行を開始した「和本リテラシーニューズ」 http://www.kinseibungakukai.com/doc/wabonichiran.html 発刊の背景と内容を紹介したもの。文中で紹介されているパネルディスカッション「社会とつながる近世文学」も中身が気になるところで、『近世文藝』 http://www.kinseibungakukai.com/doc/kinseibungei.html 101号でレポートされているとのこと。
 牧野泰子「私が出会った在米日本語稀覯書たち」p.12-13は、元プリンストン大学東アジア図書館日本資料担当司書であった著者による回想第2弾(第1弾は9月号に掲載された「アメリカ図書館界に足跡を残した思い出の人々」)。米国における日本古典籍資料整理に関する貴重な証言。国立国会図書館からの助っ人として相島宏さんの名前も出てきて、紹介される発言に相島さんらしいなあ、と思わずにやり。
 「書物の周囲」p.37-40では、『蟬類博物館−昆虫黄金期を築いた天才・加藤正世博士の世界』(練馬区立石神井公園ふるさと文化館 http://www.neribun.or.jp/furusato.html 編)は、10月1日から11月29日まで同館で開催されていた展示会 http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/news/events/events_z0301_00017.html の図録とのこと。蝉類研究の大家、加藤正世(1898-1967)の標本コレクションは東京大学総合博物館に寄贈されたとのことで、タイアップ企画だった模様。やってるの気付いてなかったなあ。小石川分館でも展示やってたのか。(「セミ博士の別室 加藤正世博物学コレクション」 http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2015Semihakase.html
 編集後記である「談話室」p.47の「「物」と「所有」が古本屋商売のキーワードで、文化のデジタル化、ヴァーチャル化がすすむ現在とは逆行する」という言葉が重いが、「所有」へのこだわりが完全になくなることはないような気もする。楽観的にすぎるかもしれないが。

 続いて日本古書通信1037号(2015年12月号)からいくつか。
 能勢仁「最近の出版販売事情−今年に思うこと」p.4-6は、出版に関する近年の動向を今年の事件や数字を軸に論じたもの。当然ながら「栗田出版販売の民事再生の申請」から近年の取次に関する動向から話が始まる。一方で、日本の出版輸出(特に実用書・ビジネス書)や、流通ルートとしてのコンビニエンスストアとの協業の可能性についても言及。また、出版流通のプラットフォーム、販売ルートが集約されつつある現状も指摘。
 真田幸治「論文「雪岱文字の誕生−春陽堂版『鏡花全集』のタイポグラフィ」の紹介」p.8-10は、タイトル通り、『タイポグラフィ学会誌』08(2015年) http://www.society-typography.jp/news/2015/10/08-1.html に収録された著者の論文の内容をかいつまんで紹介したもの。特に挿絵で知られる小村雪岱の使用した独特の書体を「雪岱文字」として、『鏡花全集』の箱に登場する「雪岱文字」について、これまで確認されていなかった雪岱の関与を周辺の証言を通じて論じている。
 牧野泰子「私の駆け出し時代からテクニカルプロセス分科会時代まで」p.11-13は、11月号に続く回想第3弾。今回は、CEAL(Council on East Asian Libraries http://www.eastasianlib.org/ )や、CRL(Center for Research Libraries https://www.crl.edu/ )に関する著者等の活躍が語られている。
 廣畑研二「さまよへる放浪記(3)」p.16-17は、林芙美子 著・廣畑研二 校訂『林芙美子放浪記 復元版』論創社, 2012. http://ronso.co.jp/book/林芙美子 放浪記 復元版/ を編集・校訂した著者が、放浪記の各版について論じた連載の最終回。戦後になっても伏せ字が復活したりまた削られたりと、何故か決定版が出ないままとなっていた、放浪記各版の差異や問題点が丁寧に辿られていて、スリリングだった。もしかして、『甦る放浪記 復元版覚え帖』論創社, 2013.の内容を圧縮して紹介したものだったりするのかな? http://ronso.co.jp/book/甦る放浪記 復元版覚え帖/
 12月という区切りだからか、内田誠一「短冊閑話」が第12回、張小鋼「中国・異域文化の往来」が第24回で連載終了。前者は、短冊という触れる機会が多くはない世界を様々な切り口で紹介、(自分で買うところまではいかないのが申し訳ないと思いつつ)毎回楽しませていただいた。後者は、毎回一つの植物を対象に中国古典を渉猟して、その中国への伝来や受容について論じたもの。現代版「本草学」といった趣で、こちらも毎回面白く読ませていただいた。最終回の鬱金香(チューリップ)も、唐代の宮廷での贅沢な使われっぷりに驚愕。
 八木正自「Bibliotheca Japonica CCXVI 追悼−新田満夫氏の事跡①」p.33は、今年の10月27日に亡くなった、前・雄松堂書店会長兼社長(むしろ創業者と紹介すべきかも)の新田満夫氏追悼文。1960年代から70年代前半の学術雑誌輸入拡大と、大学の新設に伴う和古書・洋古書購入の活性化を背景に、業績を伸ばしていった過程が語られていて、興味深い。「図書館総合展」の立ち上げにおいて果たした役割についても言及あり。
 古賀大郎「21世紀古書店の肖像 59 古書 上々堂(しゃんしゃんどう)」p.35には、「最近買取に行くと、貴重な資料を図書館が引取拒否した話をよく聞くそうだ」との記述が。「そういう貴重な資料を引取って、市場に戻していくのも、これからの古本屋の大事な役割なんじゃないかな、と店主は語った」とのこと。
 「書物の周囲」p.38-39では、津田良樹,渡邊奈津子 編集・執筆『海外神社とは? 史料と写真が語るもの』神奈川大学日本常民文化研究所非文字資料研究センター, 2015.なるものが。2014年3月に開催された展示の図録とのこと。これは見たい、と思ったら、PDFでも公開されていた。ありがたや。 http://himoji.kanagawa-u.ac.jp/publication/c6j6oe000000034h-att/kaigaijinnjyatoha.pdf

2014/03/22

内閣文庫と昌平坂学問所旧蔵書

 先日、ちょっとした家庭内レファレンスで苦労したので、その過程を忘れないようにメモしておく。
 内閣文庫の林羅山の展示(平成25年度連続企画展「江戸幕府を支えた知の巨人-林羅山の愛読した漢籍-」 http://www.archives.go.jp/exhibition/jousetsu_25_6.html)がきっかけなのだが、相方から「昌平坂学問所の資料ってどういう過程で内閣文庫に入ったんだっけ」との疑問が出された。
 二人ともまずは長澤孝三『幕府のふみくら』(吉川弘文館, 2012)があれば手掛かりが何か書いてあるかもしれない、というのは思いついたのだが、こういう時に限ってどこかに埋れてしまって、出てこない。
 やむなく、他に何かあったかな、という家捜しが始まった。
 まずは、『日本古典籍書誌学辞典』(岩波書店, 1999)を見てみたが、林羅山や昌平坂学問所などの項目には資料の来歴についての記述はあまりない。
 しかたなく、本棚を漁ると、現在は内閣文庫に資料が受け継がれているという点で共通項がある福井保『紅葉山文庫 : 江戸幕府の参考図書館』(郷学舎,1980)が出てきたが、当然ながら昌平坂学問所の話は出てこない。
さらに本棚を漁っていたら、長澤孝三編・発行『内閣文庫思い出咄』(2001)が出てきた。これには、『内閣文庫沿革略』(内閣文庫, 1970)が再録されている。で、見てみると、
「維新後は、大学・書籍館・浅草文庫など数次の変遷を経て、明治十七年に太政官文庫に移管された。」
との記述が出てきた。太政官文庫=内閣文庫で大体大丈夫なはずだし、まあ、これでよいかな、と思い、一安心。
 しかし、この記述を見た相方からは、これでは「など」がどうなっているのか分からないではないか、との反応が…
この時点でもうすぐ日付が変わる時間帯になりつつある。早く風呂入って寝たいのに、何だこの細部に対するこだわりは、ニューなクラシックとかにブログが転載されたり、原稿載ったりする野菜な人たちの影響か、おのれ野菜め、とよく分からない逆恨みをしつつ、そう言われると自分も気になるので、もうちょっと調べてみることにした。
 今度は、直接答えは出なくても、何を見れば分かりそうかが分かるだけでも良いか、と戦略を変えることにして、鈴木俊幸編『増補改訂 近世書籍研究文献目録』(ぺりかん社, 2007) を見てみた。この目録、索引がないので、目次で当たりをつけるしかない。見ると「9.享受」のところに、「9.2 蔵書」があり、「昌平黌」の項目が立っている。おお、これだな、と見てみると、そのものズバリ、というのはなさそうだが、小野則秋「昌平坂学問所文庫の研究」がそれっぽい。まあ、ここまでか、と思ったところで、ふと気がついた。あれ?小野則秋なら、『日本文庫史研究』(臨川書店, 1988(改訂新版第三刷))が、あったような…と思って見てみたら、下巻の第二章が「昌平坂学問所文庫の研究」で、その第七節が「余論−維新後における昌平黌の旧蔵書」ではないか。
 というわけで、これでかなり詳細が判明。大枠としては先の『内閣文庫沿革略』の記述で良いのだが、大学の前後がかなり錯綜していることが分かった。一方、浅草文庫から太政官文庫に入るまでの間の経緯は、小野則秋の記述でもはっきりしない。ただ、その日はこれで諦めることにした。
 その後、さらに、樋口秀雄「浅草文庫の創立と景況」参考書誌研究 (4), 1-9,図巻頭2p,[1972年3月] http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3050876_po_04-02.pdf?contentNo=1 を見てみたら、浅草文庫後の経緯が詳述されていた。こりゃなんともややこしい。内務省と農商務省に、陸軍まで絡んで、綱引きが行なわれていたわけだ。さらに、小野則秋がやや詳しく書いているように、特に貴重な典籍は宮内省図書寮にも移しているわけで、こりゃよくわからない訳である。

 こういったことは、実は何か別の資料を見ると、簡単に分かることなのかもしれないが、後で何かの参考になるかもしれない(ならないかもしれないが)ので、メモとして残しておく。

(2014-03-22 21時ごろ追記)
 野菜の人から、この論文を読め、という指令、じゃなかった、ご教示をいただいたので、追記しておく。



NDL-OPACだとこちら。
http://id.ndl.go.jp/bib/3590580
Cinii Articleだと……おっと、今日は電源設備工事中だったか。残念。

2014/02/02

幼児教育の先駆者・浮世絵研究家飯島半十郎虚心についてメモ

小林修「箱館戦争の幕臣飯島半十郎と浮世絵研究家飯島虚心 : そして『家事経済書』のこと 」『日本古書通信』79(1), 4-6, 2014-01.

を読んでいて、飯島虚心『河鍋暁斎翁伝』について、その稿本が出版されるまで、国会図書館に眠っていたという記述があったので、今はどこにあるんだろう?とちょっと疑問に思い、飯島虚心について、少しだけ調べてみた。
一応、分かったことについて、メモとして残しておく。ちなみに、書誌事項の書き方が統一されていないのは、あちこちからのコピペだからだったりする。手抜きで申し訳ない。

簡単に紹介すると、飯島半十郎・号虚心(1841-1901)は、昌平黌で学んだ旧幕臣で、幕末・維新期には、函館まで転戦。明治に入ると、文部省で教科書編纂等に従事するとともに幼児教育における先駆的業績を残すとともに、洋々社に参画して『洋々社談』の編集に活躍している。晩年は、日本美術・浮世絵史研究に没頭し、多くの著作を残すが、多くが刊行されないままとなった。
その伝記については、次の論文に詳しい。

小林恵子「飯島半十郎の生涯と思想(その一) : 『幼稚園初歩』の著者 (人でつづる保育史) 」幼児の教育 76(9), 40-45, 1977-09-01
http://teapot.lib.ocha.ac.jp/ocha/handle/10083/42315

小林恵子「飯島半十郎の生涯と思想(その二) : 『幼稚園初歩』の著者 (人でつづる保育史) 」幼児の教育 76(10), 16-22, 1977-10-01
http://teapot.lib.ocha.ac.jp/ocha/handle/10083/42331

小林恵子「飯島半十郎の生涯と思想(その三) : 『幼稚園初歩』の著者 (人でつづる保育史) 」幼児の教育 76(11), 8-14, 1977-11-01
http://teapot.lib.ocha.ac.jp/ocha/handle/10083/42351

URLは全て、お茶の水大学教育・研究成果コレクションTeaPotのもの。当然、全文が読める。機関リポジトリ万歳。

小林論文によると、交遊関係としては、昌平黌での中村敬宇、成島柳北、幕臣時代には三井物産を起こす益田孝、一橋大学の初代校長となる矢野二郎(ともにちょんまげを落として「ざんぎり頭の開山」となったとか)、文部省・洋々社人脈としては、大槻如電、大槻文彦、「古事類苑」を編纂した小中村清矩などなど。
文部省以外では、内務省山林局で、『木曽沿革史』等を作成している。小林論文では「帝室に納本」されたと紹介されており、実際、図書寮文庫所蔵資料目録・画像公開システムを検索すると、編著者飯嶋半十郎として、明治写の「木曽沿革史」が所蔵されいてることがわかる(函架番号260・73)。
http://toshoryo.kunaicho.go.jp/Kotenseki/Detail/20999

晩年の浮世絵研究については、小林論文でも引用されている、

玉林晴朗「浮世絵研究の先覚者飯嶋虚心」書物展望 昭和13年(1938)7月号

が、

斎藤昌三編『書祭』人 書物展望社, 1940

に再録されていることが分かり、それがたまたま手元にあったので(表紙が取れたり状態悪いんだけど、天地人3冊揃いがあったので買ってた)、読んでみた。

それによると、明治期に刊行された、虚心の浮世絵研究関連の著作は、次の二点。

『葛飾北斎伝』明治26年
『浮世絵師便覧』明治26年

その他、未刊の著作として、次のものが揚げられている。

『浮世絵年表』1冊
『歌川列伝』3冊
『歌川雑記』1冊
『河鍋暁斎翁伝』5冊
『日本絵類考』10册、附録2冊

未完とはいえ、写本などで研究者の間では読まれていたようで、その後の様々な研究に影響を与えていると玉林氏はその業績を高く評価している。
ちなみに、このうち『歌川列伝』は畝傍書房(1941年)・中公文庫(1993年)、『河鍋暁斎翁伝』はぺりかん社(1984年)・河鍋暁斎記念美術館(2012年)で刊行されていたりする。
玉林氏によれば、『歌川列伝』『歌川雑記』は、東京帝大図書館に原本があったようだが、関東大震災の際に焼失したとのこと。ただし、写本が伝存するとも書かれており、畝傍書房版はそれを元にしたものなのかもしれない。
驚いたのは『日本絵類考』で、これは写本が頒布されたとのこと。明治32年に写本を予約で売り出したとのことで、10部目標だったところ、5、6部しか売れなかったらしい。三村竹清もこの写本を購入しており、竹清翁によると、この写本は虚心自身が移したものと、「島田佐内その他の人」によるものがあるとのこと。帝国図書館にも一部入っていることを玉林氏は報告しており、これが、国立国会図書館デジタルコレクションで公開されているものだろう。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2605932
しかし、ここでは本体の10冊までしかデジタル化されていないようだ。OPACで検索しても記述は10冊。附録の春本目録2冊はどこにいったのだろうか…

ちなみに、飯島虚心著の写本をCinii Booksで探すと、特に蒔絵・漆器関係の著作が、京都大学文学研究科図書館に集まっていたりするようだ。京大文学研究科には『日本絵類考』もあるが、これも附録の春本目録がないように見えるのがちょっと謎。
結局、稿本問題は解決してないけど、まあ、家の中にいてわかるのはこんなものかな。
飯島虚心の著作の影響の広がり、というのは、実は、近代写本の作成と流通の問題とも関連するような気がするけど、誰か調べてくれないものか。
あと、この飯島虚心、山口昌男好み(?)の人のような気がするけど、何か書いてたりするかなあ。

2009/11/02

平成21年度第95回全国図書館大会(東京大会)第3分科会レポート(後編)

 前編の続きです。

 後半のシンポジウムでは、詩人の長田弘さん、福音館書店社長のの塚田和敏さん、国分寺市立本田図書館の堀渡さんが登場。20分ずつ話をしてもらった後、意見交換、とのことでしたが、実際はそうはいかなかったような。
 まずは、長田さん(ちなみに、司会から、最近、朝日新聞の夕刊に長田さんが書かれた記事について紹介がありましたが、未確認です)。

  • 紙、表があったら必ず裏がある。1ページだけ、ということはありえない。必ず2ページはある。綴じているものは、偶数ページでかならず終わっている。基本の数は1じゃなくて2。また、本は必ず1冊だけではなく、同じものが複数ある。
  • それが本を作っている一番大事な性質。本は、どんな場合を見ても、一つではなく、二つの働きからなっていると考えたい。
  • 読書というのは、読めばいいだけのこと。それだけのことだが、読むには本がなくてはいけない。
  • 読書に対応するのは蔵書。蔵書の持つ働き、ということに、自覚的ではなくなっている。この蔵書の問題が大きい。図書館の問題も、そこに行き着くはず。書店でも、個人の家でも同じ。
  • 蔵書、という考え方が、今、共有されていないのではないか。人が死ぬ、そうすると、家は簡単に処分できる。一番大変なのは蔵書。どうしたらよいかわからない。ゴミとして捨てるのか、古本屋に頼むのか。
  • 死んだ人の子どもが本好きとは限らない。そうすると価値がわからない。古本屋さんを呼ぶと、たいした価値ありませんよ、と言われたりする。いったい、蔵書はどこに行くのか。
  • 昔は蔵があった。しかし、新しい時代の本はどこに蔵書されるのか。子どもの頃の本を、実家に残していったりするが、その後はどうなったかわからなくなってしまう。
  • 本は読むものである以前にまず持つ(所有する)もの。本を持たないと読めない。秦の始皇帝は本を読むな、と、目を塞いだのではない。持てないように本を焼いた。
  • 時代小説家の?さん(注 聞き漏らしました)が亡くなったとき、司馬遼太郎が資料として全冊買い上げた。書く人だって、本がないと書けない。
  • 本はどこに行くのか。文学館になったり、図書館になったりすることはあるが、一人一人の生活の中で、どれだけの本があるか。そうした本は、ゴミとしてはあまり出てこない。ゴミにならない本はどこに行くのか。
  • それで、待っていたようにブックオフや、図書館で募集した場合に大量に送って来られたりする。本を持っているひとが、自分の本をどうしたらよいのかわからないのが、今の日本。
  • 日本は、学力が問題になるが、識字率で問題になることはない。韓国の夏物語(注 未確認)という映画。相手役の女優さんが図書館員。父親が田舎で資材をなげうって作った図書館が舞台。その図書館は、本を読めない、字が読めない人のための図書館。
  • 主演の女優、朝から晩まで本を読んでいるのをみんなが聞きに来る、そういう図書館。
  • その映画では、図書館が燃え落ちる。それは、建物と、その本を読む女性がいなくなってしまう、ということ。
  • これ以外にも、韓国では図書館は映画などで、重要な役割を果たしている。蔵書とその働きがよく出てくる。
  • 原作が日本の作品でも、本や図書館を組み込んでくるのが韓国の特徴。(このあたりで、韓流ドラマの話が結構、あったはずなのですが、よく分からず。長田さん、結構韓流に詳しい方のようです)
  • 昔の図書館のシステムを使った話もある。ウォンビンが写真家になろうと、写真集を図書室で借りる。いつも同じ人が自分の前に借りている。途中からその人が借りた本を探すようになる。
  • それに対して、日本の映画やドラマにはびっくりするほど、本が出てこない。
  • 蔵書は、読む前のものをいうのか、読んだ後のものをいうのか。そういうことが語られないのが今。
  • 読書、読む、ということが当然のように言われる。しかし読む、ということには、二種類ある。声を出して読むということと、黙読。黙読の歴史は新しい。
  • 今、どれくらいの人が音読をするか。図書館で音読していたら怒られた、という、投書があった。今は、図書館は音読のできないシステムになっている。しかし、昔はそうではなかった。
  • 二十四の瞳、音読している声が聞こえてくるのが小学校の象徴になっていた。
  • 昔は予習は、声を出して読むことだった。
  • 落語の意味のない言葉、意味を考えなくても、音読を繰り返していると頭に入ってくる。昔の論語もそう。意味も分からずに読んでいた。音読は意味が分からずに読むことができる方法。
  • 今の、ルビ、ふりがな、昔の音読の時のものとは別のもの。音として読むこととは切り離されてしまっている。
  • 音読は、韓国のドラマに何度も出てくる。(ここでも、例をいくつか紹介。メモできず)こういったものがまだ残っている。
  • オバマさんの朗読の話が先ほど会ったが、欧米では珍しいことではない。ファーストレディの仕事は朗読。グラミー賞にも朗読の部門があり、クリントン夫妻が賞をもらっている。しかし、日本では中継されないし話題にならない。2年前には、ピーターと狼で、ゴルバチョフとクリントンが賞をもらった。音読が生きている。
  • 人が死んだとき、蔵書を寄贈、という場合、図書館がどういう対応をするのか。米国では、図書館や病院に寄付する場合には無税になる。そうすると、名前を冠される。それは蔵書の問題と絡んでいる。
  • いつも読書を考えるときには二つの問題が同時に出てくる。蔵書は、読んだ本と読まない本の二つがある。
  • 本の場合には、読まないけれど、手放せない、ということがある。先日同窓会があったが、何を読んだかではなく、どんな本を読まなかったか、という話で終わってしまった。それも重要なこと。
  • 本には必ず裏のページがあるが、スクリーンには裏側がない。裏抜けした本(注 裏のページの文字が透けて見えてしまうこと)を作ることは出版社にとって恥だった。スクリーンにはそれがない。そこには大きな違いがあるのでは。
  • 図書館にあるのは新本か古本か。どちらの蔵書館なのか。
  • この本の持つ二面性の文化を、デジタルで、解決し、豊かにすることはできない。
  • 本は、電池もなく、開けば読むことができるが、本がなければ読むことができない。
 実は、かなり話が行ったり来たり、繰り返したりしたのですが、たぶん、要旨はこんな感じだったのではないかと……。あんまり自身はないです。

 続いては、塚田さんのお話。

  • 出版界の状況をお話することが第一だと思う。とにかく、大変な不況。この先どうなるのか、というひどい状況。
  • 大手の二つの出版社、大変厳しい状況。昨年11月決算、K社、S社共に前年比売り上げマイナス。
  • では自分のところはどうか。自分は2005年から社長。4年決算しているが毎年マイナス。もうそろそろ(社長を)やめないといけない(笑)。
  • 大きな取次も決算マイナス。10年以上前の売り上げ(扱い高)に戻っている数字。
  • 国民読書年、出版と新聞業界がタイアップして、運動進めている。新聞社も大変。広告収入が毎年二桁のマイナス。それが数年続いている。
  • 新聞、販売部数自体は落ち込んでいないが、広告が全然入らない。出版社も、雑誌の広告収入も大きい。ちなみに福音館は広告0。
  • 大きいのは、書店の数が急激に減っていること。10年前の半分以下になっているといわれている。出版ニュースの11月号(注 おそらく上旬号)に数字が出ている。1990年1万2千、今はその半分以下(5千)。毎年千件、本屋がなくなっている。
  • 書店の数がなくなる、ということは、本を手にとってもらえなくなる、ということ。
  • 一報で、ネット書店か広がっている。今、本を売る一番大きな法人はネット書店。
  • 一番大きなリアル書店よりも、ネット書店の一法人の方が、大きな売り上げをあげている。それでリアル書店の減少分がカバーされているかというと、特に雑誌はそうなっていない。
  • 子どもの本は、1992年がピーク。それ以降、売り上げが下がり続けている。出生数が減り続けている。子どもの本は、70年代から80年代は好調だった。子どもの数が、だいたい、200万人だった。今は100万。市場が半分になってしまった。
  • 1989年からの読書推進の20年の動き、という話があったか、一方では、本の売り上げはこの間、落ちている。
  • 自分自身は、1993年の学校図書館の整備計画がスタートしたときから、業界の活動に携わっている。
  • 2000年に、再販制度の問題があった。公取からは、再販制度に対して、もっと柔軟に対応しないといけない、そういった硬直した体質が改善されないことにつながる、という批判があった。
  • こうした動きを受けて、上野の噴水のところで、本の割引販売をすることを計画した。2000年から初めて、十年目になる。
  • いろいろなことをやりながら、子どもたちに本を触れる機会を増やす、ということをやってきたが、成果が出ない、という状況。
  • 出版界は、来年の読書年に向けて、取り組んでいかなければならないのだが、子どもの本の読書推進、というイメージが強い。業界内部からは、大人の本の場合にはどうか、という反応を感じることがある。
  • 子どものころの読書の影響は確かにあるので、子どもの読書を中心にして、成果をあげられるようにしていきたい。
  • 出版界は、戦後すぐに読書週間をつくりあげた。読書推進協議会という組織も作った。それから、50周年を迎えようとしている。
  • 読書推進協議会では、それぞれの県の図書館が様々な読書グループをまとめているが、運動が分散しているように思う。
  • ドイツの読書基金はNPOなのだが、来日時、活動についてうかがった。考えられないような成果をあげている。
  • また、『読書推進運動』502、503号に、ベルギーの読書財団の記事が載っている。子どもための読書推進の活動をしている。
  • 日本でも、活動されているグループがたくさんある。しかし、もう少し一つにまとまって動いた方が、と思うことがある。
  • 国民読書年では、文字・活字文化推進機構が中心になって、お金を分散させないで、進めていってほしいと考えている。
 ちなみに、この辺りで、Twitterの投稿数制限にひっかかり、中継ができなくなりました。以下は、ローカルに残したメモからのまとめになります。本邦初公開。
  • 今回の全国図書館大会の要綱に掲載された、第1分科会「インターネット時代のデジタルアーカイブを考える」の「日本の出版社が迫られている真のネット対応」という文章、よくまとまって書かれている。Googleにしても、国会図書館のデジタル化にしても、出版社に突きつけている問題は大きい。
  • Googleについては、絶版のものだけということになっているが、絶版状態だけのものに留まらないかもしれない。出版社が出版社として継続していく基本の部分が、失われていってしまう。
  • 補正予算で、国会図書館に、大変なお金がアーカイブのためについた。昭和46年までに刊行された本の全てがデジタル化できるだけのお金。そのお金を民主党はどうするのだろう、と関心を持っている。
  • 「新文化」の最新号(注 2009年10月29日号)に、出版文化産業振興財団(JPIC。肥田さんが理事長)が行なった読書実態調査の内容が紹介されている(注 おそらく、永江朗「活字離れではなく“読みたい本がない”/JPIC「読書実態調査」を読み解く」のこと)。出版界を多面的に分析して書いている。そうだなあ、と思いながら読んだ。ぜひみなさんにも読んでいただきたい。
 続いて、堀さんから。
  • 自分は単なる実務者、そういうものとして聞いて欲しい
  • 読書、という言葉の定義が難しい。図書館を利用することが読書、というと、それで終わってしまうが、読書というのは、単に文字を読む、ということとは別のことだと想定されているのではないか。読書、という一つの理念系があって、単なる文字情報を読む、ということがもう一方にあるのだと思う。
  • 単に文字を読む、ということであれば、携帯、パソコンで文字かこれだけ飛び交っている一方で、これだけ不足感が議論されているということがいわれのないことになってしまう。単なる文字情報の発信・受信とは違う。
  • 図書館にとってはこのことは、特に課題。また、モニターの中で読む、ということを頭から無視してしまうこともできないと思う。
  • 小学生の仕事体験の一環として、図書館で新聞を閉じ直したりといった体験をしてもらった際、日刊新聞を毎日配達されてくる、ということを説明しなければならない、という状態が時々起こる。
  • 基本的には図書館が好きな子どもが来るはずだが、それでも、そういうことがある。
  • 日刊紙の販売基盤が変わってきていて危機だ、ということが仕事の手応えの中でもある。
  • 最近は、小学校の図書室で、新聞を毎日購読して、置いてある。ぼくらの子どもの頃とは違うなあ、ずいぶん、難しいものがあるんだなあ、と思った。新聞を使った学習プログラムもあるのだと思う。
  • 自分の子どもには、新聞取るなら、その分のお金は補填するよ、という話をした。今も実際に新聞を購読しているのかどうかはわからないが、週末、日なたでゆっくり新聞を読んでいる姿を見ると、世代がつながっているかな、という感じがした。
  • ここでは、公共図書館として、大人の読書推進をどうするかという話題提供をしたい。
  • 公共図書館は、賑わっている。その賑わいに追われながら、日常を過ごしている。
  • ただ、どれだけの層に支えられて忙しくなっているのか。
  • 利用登録は、住人の3–4割は当たり前。ただ、その中で、どれだけの人に繰り返し使ってもらえるのか、ということからいうとどうか。どれだけ、リピーターという層があるのか。
  • 年齢層はどうだろう。中高生、大学生はどうなのか。20代の若者はどうなのか。
  • 公共図書館のカウンターのところで見ていると、どれだけの多くの若者のリピーターの顔を思い浮かべられるのか、という疑問はある。地域の中高年の方のリピーターに支えられているのではないか、という気がする。
  • 貸出の数も伸びているが、利用する本の中身はどうなのか。生活を彩る、ムック系の実用書が多くないか。長文の読書とつながっているのか、切れているのか。
  • 20世紀の後半の公共図書館。暮らしの中に図書館を、というのがスローガンだった。選書もそれを考えてやってきた。結果として、図書館が身近なものになった。
  • アカデミックなイメージだったものが、カジュアルになってきたことは、喜ばしいことと考えてきた。
  • 20世紀の後半、知の大衆化、アカデミズムの解放、という動きがあったんだろうなあ、と思う。文学全集、百科事典、世界の名著、日本の名著、今とは違う啓蒙的な新書文化、これらは、今でも図書館の基本資料になっている。
  • しかし、それらはみな絶版になってしまった。図書館は出版産業の下流にある、ということを実感する。
  • 暮らしの中の図書館、というスローガンによって得られたのは、歯ごたえのある本を大人が読む、ということを回避しながらの成長だったのかもしれない。
  • 尊敬している出版人の津野海太郎さん。和光大学に勤めらた際に、大学図書館で、大学生のための読書振興をされていた。(ここで津野さんの文章を紹介していたのですが、出展をメモしそこねました)
  • 津野さんは、学生が選んだ本コーナーを作るなど、Let's Read Projectを行っていた。
 ちなみに、これは、

Let's Read Project
http://www.wako.ac.jp/library/about/lrp/lrp_menu.html

のことでしょう。

  • 大人の読書が、問題。よくよんでいただく方と、そうでない方の二極分解という感じはする。
  • 児童書の出版、利用というモデルについては、非常に成功しているように思う。児童書については、ロングセラー、スタンダードモデルが成功している、という感じがする。
  • 大人の本の出版、利用というのが、そこに続いていない感じがする。
  • この点で、最近の古典の新訳文庫や、隆慶一郎の全集が分冊で出たり、ということに注目している。
  • 分厚い全集は、研究者、図書館向けかもしれないけれど、何か違うのではないか。
  • 80年代ころに出ていた、朱色の個人全集、とりあえずのスタンダードが提示されている、というものが、継続的に提示されていることが大事なのではないか。
  • 公共図書館が大人の利用者にどう向き合うのかが課題。最近では、市民から大人向けのプロジェクトをやりなさい、と言われることが多い。
  • 子ども読書運動で活躍されていた方から、そろそろ大人に対してのプロジェクトを過考えることが課題なのではないか、と言われている。
  • 海外に駐在された方からは、地域の図書館で読書会があったことが、地域にうけいれられる場だった、という話も聞く。
  • 図書館は、個人個人がほおっておかれて、好き勝手に使うことができる、大事な施設。
  • ある意味、教育的な対応ではなく、大人対大人としてどう向き合っていくのかが難しい。
 この後、バネラーから、それぞれ他の二人の二人の話を受けてのコメントが続きました。  まずは長田さんからは、今、ロングセラーになっている児童書は、自分にとっては、子どもの時に読んだ本ではない。『きかんしゃ やえもん』は、自分にとっては、大学になってから出た本だし、指輪物語が、中間管理職になるころに出た、という人はたくさんいるはず。子どもの本は子どもが、大人の本を大人が、というものではなかったし、大人が大人の本、子どもが子どもの本、というのではなく、本は、何をどう読んだっていいもの、といった話がありました。 (注 他にも色々断片的な話があったのですが、うまく脈略をつかめなかったので略。)  塚田さんは、子どもから大人の話に行く前に、もう一つ段階があるのではないか、との指摘。小学校高学年から、読書についての数字が落ちていく。ということで、ヤングアダルト市場の難しさから、大人になる前に本と触れ合う機会の必要性を指摘。  堀さんは、塚田さんの指摘を受けて、図書館が、10代から、20代にかけて、どういう風にかかわっていくのか、ということではという問題提起がありました。  ここから、長田さんが、別の角度に話を展開していきます。
  • 子どもは勉強机という机がある。大人はどういう机を持っているのか。暖かい日なたでは、本は読めない。新聞は読めるけど。
  • 新聞広告の間取りをじっくり見ると、どんなに高いマンション買っても、本棚は1本くらいしかおけない。
  • 机もなくて、本箱もなくて、どうやって読むのか。椅子で読むのか、ベッドで読むのか。今、どこで大人で本を読むのか。今、それがない。
  • 本を読む、ということは、感想をいう、ということになってしまったのは、教育の問題。それが、赤い本なのか、大きさはどうなのか、という話が、今日は出てこない、それが不思議。
  • 本は、作る時にすごく注意を払っている。中身だけ読む、というのは間違っている。
  • 同じ作品でも、どの本で読んだ、ということで、ずいぶん違ってくる。1968年が注目されているが(注 小熊英二『1968』のことか)、本については全然触れられていない。当時の文庫のカバー、重ねておくとすぐくっつく。改善されるのは1960年代の終わり。そういうことが印象に残っている。
  • そういうところの表情の見える、気を遣っている人は、読書家、というとそうではなく、愛書家、という人たち。
  • そういうことを伝えられると、ずいぶん違ってくる。
  • 海外では、本を誕生日に贈る、といった、本に付随した文化を創ってきた。
  • しかし、アマゾンで贈られても、あんまりありがたくない。手渡しだと、文庫のうすっぺらいものに感動したりする。
  • 米国で、1年間、本をよみましょうというキャンペーンを行った。
  • 自分はこんな風に本を読んでいます、ということを、大リーグの人気選手などがやっていた。松井も日本人学校で朗読。それは、選手としての契約に入っている。
  • 本をただ、読むだけの話にしない。内容だけの話にするのは、教育の問題と思ってしまう。
 これを受けて、塚田さんは、本の売れ行きが人口に比例するのはしかたないとしつつも、本を愛する人たちのようなイメージが広まっていくような、より豊かなものを目指していく必要がある、とまとめられました。  堀さんからは、自分自身を振り返って、書店とは違った意味で本を商うことが好き、という、現場感覚がある、とした上で、利用者からすると、たくさんの本がその場選べる、というところが図書館のいいところなのかな、といったコメントがありました。

 その後は質疑応答です。
 新潟の気仙沼の図書館の方からは、今日の話は参考にはなったものの、図書館が今後あるべき姿を一つでも身につけることを目指してこの分科会に参加した。過去のことは過去でよい、今後どうあるべきかを考えるのが、ここでやるべきことではないか。来年の国民読書年について、どう考えているのか、うかがいたい。という質問、というか鋭い意見が飛びました。
 続いて、鳥取県立図書館の方からは、読書が利用者に合っていないのではないか。明日の暮らしをどうする、というときに、『罪と罰』を読むように進められるか。利用者にマッチしていないから、読書率の低下につながっているのではないか。といった問題提起が。

 こうした参加者からのコメントを受けて、最後にそれぞれのパネラーからコメントがありました。
 まずは塚田さんから。

  • 子どもの時に本とつきあう、というのは、大人の本のつきあいとは違うのではないか。
  • 大人になって本とつきあうというのは、必要に迫られて、ということもあるだろうし、罪と罰を好きで読む、ということもあるだろう。
  • 自分はミステリーが好きで読んでいるが、それは趣味として。
  • 将来に向かって、ということでいえば、本屋が売りたい本を選べる環境を作り、顔の見える読者に対して、売りたい、というポリシーを持って売れるようになるかどうか。出版社がとにかく点数を出している。少し前の倍の新刊数。自転車操業だ。
  • 出版界が、自分たちの責任と役割を考え直す時期に来ている。
  • 戦後続いてきた商習慣はすぐにはかわらないが、そんなこともいっていられないことも理解している。
 続いて堀さん。
  • 図書館利用者が、リピーターと、あまり利用しない方に分極しているのではないか。よく使われる実用系のものだけではなく、ゆとりをもって読む、実用じゃないものを、みんなに使ってもらうことが課題だと思っている。
 そして長田さん。
  • 日本の政治家と外国の政治家の違いは、ぱっと引用できる詩がないこと。
  • 小さい時に習った漢詩なら引用できる場合がある。これは音読の有無の問題。
  • あるいは、繰り返し聞いている落語は引用できたりする。そのような形で、本を引用できないか。
  • 本について、自分に聞かせるために、朗読するとずいぶん違ってくる。
  • 米国のヒューストンの街の図書館では、昼休みに、朗読の日と、音楽の日がある。図書館の外で、パンを食べながら、朗読しているのを聞いていると、それが残る。
  • ニューヨークの有名な書店がつぶれてしまった。メトロポリタン美術館のすぐ近くにあった書店。書店主の回想録によると、店じまいの直前、客の一人が朗読しはじめた。その本を買うかどうか悩んで、読み始めてみた、という様子だったが、それがあまりにうまいので、店内の客がみんな聞き入った。それは実は、ダスティン・ホフマンだった。そのことが忘れられない、と書いていた。
  • 朗読というのは、まずもって、自分に聞かせるものとしてやっていけばよいのではないか。声に出したものは残る。感想を述べるよりも、本とそういうつきあいをしてみたらどうか。
  • 書き手としては、じゃあ読もうか、の前に、じゃあ買おうか、と言って欲しい。
 最後に、堀さんから、図書館の者として、もっと本を扱う、本を広げるやり方いろいろあって、無理に押しつけたりするのではなく、本を紹介したり、啓発していくやり方がある、と言っていただいたんだな、と思った、というまとめの言葉があり、第3分科会は終了しました。

 以下、感想です。

 正直、話がかみ合っていなくて、聞いている側がはらはらしてしまいました(論点が収束しないので、メモが取りにくかった、というのもありますが)。
 長田さんの話は、非常に刺激的で、面白かったのですが、この分科会で議論すべきことがぼやけてしまったような気がします。
 結果として、来年の国民読書年に向けて、図書館界としてどう取り組んでいくのか(いかないのか)、という議論が深まったのか、というと、ちょっとそういう話にはならなかったなあ、という感じです。ここで議論しておけば、日本図書館協会としての方向性を出しやすかったように思うのですが……。

 それと、これはどの分科会にも言えることだと思うのですが、参加者が純粋な観客になってしまう形を取るのは、あまりよくないのかもしれません。少なくとも、自分も舞台側に立つ可能性がある、という可能性を意識させる形にしないと、一部の質問した人を除いては、何か話を聞いてきました、で終ってしまうような。
 まあ、あの人数になってしまうと、討論も難しいですが…。
 そんなことも考えさせられました。

平成21年度第95回全国図書館大会(東京大会)第3分科会レポート(前編)

 えー、Twitterで、レポートをあげると宣言してしまったので、何とかまとめてみました。
 かなり雑なメモを元に、雑にまとめたものです。間違ったかたちで要約してしまっている部分もあると思いますし、その辺りは適宜割り引いて読んでください。図書館雑誌に掲載されるであろう、正式レポートなども合わせてご覧になることを強くお勧めしておきます。

 これは書くまでもないかもしれませんが、今年の全国図書館大会は、2009年10月30日(金)に主に明治大学を会場として開催されました。
 私の参加した、第3分科会のテーマは「国民読書年をみんなで考える」です。
 当日は、事務方の方々に頼み込んで、電源まで確保して、Twitterで実況していたのですが、発言数制限食らって、途中で切れてしまいました。考えなさすぎ。
 というわけで、途中までは、Twitterでの実況とかぶってますが、ご容赦を。

 司会は前半後半を通して、調布私立図書館の小池さんという方が担当されていました。
 冒頭、今日の分科会の全体構成の説明があったあと、前半がスタートしました。
 その前半は、財団法人文字・活字推進機構理事長の肥田美代子さん(以下、敬称は「さん」で統一します。ご容赦ください。)の講演「読む--それは未来である 2010年国民読書年の持続的な発展をめざして」でした。
 文字・活字推進機構と関連資料が、あらかじめ机上に配布されており、特に、「読書推進––20年の国の動き(年表)」という資料を軸に、講演は進みました。
 あとはちょっとTwitter風に、箇条書きで(再編集してます)。

  • 来年の国民読書年は、突然出てきたものではない。そこに至るまでには、涙ぐましい歴史があった。
  • 1989年
  • 初めて国会議員となった年。この年に、子どもの権利条約が採択された。
  • ところが、このころの国会での議論では、まだ「子どもはわがままばかり言う。子どもにものを言わせてどうするのだ」という論調がかなりあった。
  • そうしたこともあって、子どもの権利条約が、国連で採択されてから、日本で★採択されるまでに、4、5年かかってしまった。
  • 1990年
  • 子どものための世界サミット開催。
  • 84か国の首脳が集まった。ここで、世界中が、子どものことを政治の最優先の課題にしようとしていることを知った。
  • ところが日本では学校の中が大変乱れていた時期。日本からは、そのことについて率直な話があるかと思ったが、発展途上国への支援にお金を出しただけだった。
  • 1992年
  • この年、文教委員会に入ることになった。政治家として、子どものことを最大のテーマにしようと決意。
  • 当時既に、子どもの本が売れなくなっていることが問題になっていた。
  • そのことについて話を聞く内に、学校図書館を見てくるように示唆を受けた。
  • 実際に見てみると、学校図書館の状況は劣悪。視察に行くと、鍵も開いておらず、慌てて鍵を開けに行くような状況の学校もあった。何かおかしい、と感じた。
  • 学校図書館法では、既に、司書教諭を置くことになっていた。しかし、実際には置かれていない。その理由を探ってみたところ、学校図書館法では、当分の間、司書教諭を置かなくてもよいとなっていた。
  • 1992年に学校図書館悉皆調査が、文科省により行われた。これでやっと状況が把握された。
  • 1993年
  • 学校図書館図書整備5か年計画開始。
  • 毎年100億円が投入され、現在も続いている。累積すれば膨大な額が、学校図書館の充実のために投入されたはず。しかし、実際に、学校図書館に本が入っているか、というと、30-40%程度(筆者注 何に対しての何の割合か、聞き逃しました。恐らく、学校図書館の費用として使用した自治体数だと思われます。)。
  • 言い方は悪いが、子どもの本代を、大人たちが「ピンハネ」した。
  • そして学校図書館法改正。
  • 人がいなければ、図書館の扉も開かない。司書教諭を当分置かなくてよい、という文言を外した。ただし、専任ではなかった。
  • それでも問題がある。あて職の先生が困っている。専任の司書を置くなど、積極的な地域と、そうでないところで、子どもたちの状況に大きな格差が生じている。
  • そろそろ再改正が必要な時期に来ていると思う。
  • 改正にあたっては、学校司書を置ける、という文言を入れるよう話をしていた。それが去年。
  • 学校図書館が、学校の中で一番大事なところだ、という認識がない。だから日本の教育は世界から遅れてしまっている。
  • 1997年
  • 子ども国会が開催された。
  • 子どもの権利条約の意見表明権をようやく具体化した。
  • わがままどころか、子どもたちによる立派な討論が行われ、びっくりした。
  • 2000年
  • 翌年を子ども読書年とする決議。
  • 子どもたちの失われた何十年かを取り戻したかった。
  • 十年たってみると、子ども読書年のエネルギーを受けて、民間の人たちが動き出してくれた。ブックスタートなど。
  • 2000年
  • 国際子ども図書館設立。
  • この図書館をどうしても欲しいと思った理由が一つ。
  • 国会図書館は18才未満お断り。それでは、子どもはどこに行くのか。国がやらなければ、地方も一緒。
  • 100年たたないとできないといわれたが、5年でできた。
  • 2001年
  • 子どもの読書活動の推進に関する法律。
  • 国会の決議だけでは甘い。法律に書くと、やらなければならないものになる。
  • 最初は嫌々だった自治体も、何年かたつと、積極的に取り組み、やる気になってきてくれている。
  • 法律を作ったことは、良かったと思っている。この法律によって、子ども夢基金ができた。それが読書推進活動に使われている。
  • 2001年
  • 再販制度について公取から廃止の動きがあった。
  • それに対して、活字文化議員懇談会を作り、278名議員を集めた。数は力なり。結局、公取はちょっと後ろに引いた形になった。
  • 活字文化議員懇談会を翌年、議員連盟に格上げした。
  • ところが、選挙の結果、現在は数が減っている。なるべく早く再編成しなければならないと思っている。
  • 2005年
  • 活字文化議員連盟が一丸となって作ったのが、文字・活字文化振興法。
  • 大人が本を読んでいない。大人の反省を込めて、法律に持っていきたいと思った。
  • 何故こだわったかというと、大人が読んでいれば、子どもも読む。本が並んでいれば、子どもは読む。親が、朗読、読み聞かせをすれば、読書人はずいぶん育つと思う。まず大人が本を読まなければならない。
  • お茶の水大学の調査でも(筆者注 調査名等紹介があったのですが、メモを取り損ねました)、家にたくさん本がある家の子どもは、本を多く読む。
  • 日本は教育を一所懸命やってきた。しかし、OECDの調査では、読解力、数学リテラシー、科学も、日本は全体に学力が下がってきている。
  • 何故かは断言できないが、日本の子どもは論述問題が白紙のこと多かったという。
  • フィンランドの学力が高い原因を調査したところ、フィンランドでは、本を読む。そして、本がたくさんある家では本をたくさん読む。ということが出てきた。
  • 本を読むことで、教育のかなりのことが解決できる。
  • 指導要領で、2011年から、言語活動の充実ということが明記される。今回の改訂の目玉。
  • ここまで文科省が書いた、ということは、文科省はよほど悩んでいる。国際的に求められる人物を育ててこなかったという反省。
  • しかし、現場の先生方は、そうとう悩んでいる。言語活動の充実、といっても、どういう教え方をすればよいのだろう、と。
  • もう一言、読書を進めることだ、と指導要領に書いていれば、と思うが、そこまでは書いていない。読書が教育の中に位置づけられることが必要。我々大人の責任。今でも遅くない。
  • 趣味で読む、読書は暗い、とかそういう話ではない。言語力が大切、その言語力を育てるためには読書が必要と、言い切ってほしい。
  • 文字・活字文化推進機構を作ったのはその思い。
  • 業界だけの話ではなく、医者の説明する能力が落ちている、という話も聞いた。顧客とのトラブルが多い航空会社は、言葉を使ったコミュニケーションの訓練を3年やって、改善したという。
  • 出版界、新聞界が縁の下の支え役にならなければならない。大きな責任がある。
 ここで、配布されていた、衆議院、参議院における決議についての紹介がありました。
  • 衆議院、参議院の決議。文字活字は、人類が生み出した文明の根源をなす崇高な資産、とうたっている。この決議をどう生かしていくか。
  • 来年一年が勝負、とみなさんにお話ししている。
  • ここで本当に世の中に啓発できなければ、また何十年もチャンスはやってこない、と申し上げたい。一人一人のみなさんが、国民読書年の主体。
  • 公立図書館にお願いしたい。国民読書年に図書館が何をするか、相当期待されている。どんどん行動してほしい。
  • どこの国でも読書推進には熱心。例えば、イギリスでは、テレビにベビーシッターを任せるな、小学校入学までに言葉をしゃべれるように、と言われている。(注 この他、ドイツの例なんかもあったような)
  • 先日も、オバマ大統領、ホワイトハウスで絵本を朗読した映像が報道されていた。
  • 国作りというのは、こういうことではないか。小さいことが、つながっていくもの。
 といったところで、話を切り上げ、みなさんがどういうことをしたいと思っているが、どうしたら、機構がみなさんの応援をできるか、率直な話し合いをしたい、と肥田さんが話をまとめられて、質疑応答へ。  最初は、愛知県の国語教師の方から。
  • 司書教諭の資格、一週間の研修で取れてしまう。それでは足りないと思い、2年間、仕事を休んで今大学で勉強している(所得補償なし。身分保障あり。)。しかし、こうした再教育を受けるための制度があるところ、ないところがある。司書教諭や学校司書の方が、勉強しなおす機会が必要ではないか。
  • 国立で附属の学校を持っているところが、もっと積極的な取り組みをしてほしい。
  • 司書教諭の中には、やりたくてやる人と、割り振られたからやる人がいる。授業を持ちたい、という理由で、司書教諭専任はいやだ、という人もいた。司書教諭はそのための専門のコースがあるわけではなく、ついでに取る、という形。教科、担任への思いが強い人の場合、100%司書教諭ではいやだ、となるのでは。
 続いて、若干、司書教諭に対する負担軽減についてのやりとりなどはあったものの、まずは、法改正の参考にするということで、次は、以前学校司書をされていた千葉県の公共図書館の方から。
  • 司書教諭が必置になったが、結果として、図書館を担当していた「司書」(職名は様々)が、仕事から外されていった。
  • 学校司書と司書教諭、両方はいらない。養護教諭のような司書教諭がいればよい。現状では、司書教諭の力がないと感じる。司書としての単元もきちんとこなした上で、教員としての資格も持たなければ、学校図書館での仕事をこなすことはできない。それに、その方が、結果としてお金がかからないのではないか。
 これに対して肥田さんからは、次のようなコメントが。
  • 司書教諭、学校司書、前の改正の時に議論になった。その結果、司書教諭について、一歩踏み出した。今度は、学校司書を法律に書きたい。学校司書の制度を法律で置いて、のばしていくのがよいのではないか。
  • 司書教諭について、養護教諭のようなやり方は、すぐには難しいだろう。司書教諭のレベルアップも何とか、法改正に書き込みたい。
  • 学校図書館が一番重要だ、という認識に立てば、司書教諭も学校司書ももっと良くなっていくのではないか。
 続いては、横浜の図書館サポーターの方から。

文字・活字文化の日記念事業「言葉を楽しむ日」
http://www.mojikatsuji.or.jp/katsudou.html#091027roudoku

に感動した話に絡めて、国民読書年のロゴやキャッチフレーズ(「じゃあ、読もう」)を自由に使ってよい、というその場で発表された話を紹介。こうしたものを活用して、図書館だけではなく、公民館の図書室など、図書館的なところも一緒に集まり、どんどん活動していきたいと、決意表明がありました。
 他にも、U40に参加して元気づけられた話(長尾国立国会図書館長登場の話も)などもあったり。
 また、提言として、情報が少ないので、機構に問い合わせると、どこでどういうことをやっているかがわかる、といった体制の整備、また、情報の発信を進めて欲しい、とのコメントがあり、これに対しては、肥田さんから、必ず取り組むとの、力強い回答がありました。

 というところで、前半終了です。
 続きは後半へ。

2009/06/07

思想(岩波書店)2009年第6号(no.1022)

 岩波書店の『思想』2009年第6号(no.1022)の後半が、グーグルブック検索裁判和解問題特集になっていたので、難波に出てジュンク堂で購入。田舎の普通の本屋じゃ、売ってないのだった。
 中身はこんな感じ。

福井健策 「グーグル裁判」の波紋と本の未来 (p.143-146)
宮下志朗 作者の権利、読者の権利、そして複製の権利 (p.147-156)
長谷川一 〈書物〉の不自由さについて: 〈カード〉の時代における人文知と物質性 (p.157-165)
高宮利行 書物のデジタル化: グーテンベルクからグーグルへ ダーントン論文への重ね書き (p.166-172) 
ロバート・ダーントン著、高宮利行訳 グーグルと書物の未来 (p.173-185)

 最後のダーントン論文は、冒頭に編集部が断り書きを入れているとおり、ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2009年3月号に掲載(配信)された、「グーグル・ブック検索は啓蒙の夢の実現か?」と、ほぼ同内容である。ル・モンド・ディプロマティーク版はフランス語から、思想は英語版(New York review of books. vol.52 no.2 (Feb. 12, 2009))からの翻訳とのこと。
 「インターネット上ですでに公開された論文とほぼ同じ内容のものを、紙媒体で後追いして掲載することについては、編集部でも議論があった」そうだが、議論するまでもないような気もする。後追いだろうが何だろうが、特集(と、銘打たれているわけではないが)として必要なものであれば、転載してでも何でも載せるべきだろう。そこに「編集」の意味があると思うのだが。
 ちなみに、編集部としては、「物質としての永続性を持つ紙媒体での提供を選択し続けている本誌がもちうる役割と機能に鑑みたとき、本稿を掲載することには一定の意義があると判断」して、掲載に踏み切った、とのこと。いかに『思想』とはいえ、雑誌が「永続性」を看板にするのは、違和感があるが……。

 宮下論文は、ヨーロッパ中世の写本時代について論じ、活版印刷の誕生と普及を待つまでもなく、著作者の「著作権」意識は誕生してきたいた、という議論を展開。
 長谷川論文は、〈カード〉と〈書物〉をめぐるここ数年の著者の論を展開したもの。今進んでいるのは、〈書物〉を〈カード〉に分解する、というよりも、テキストを物理的媒体から分離しようとする動きのような気もするので、今ひとつ、しっくりこなかった。が、自分の読みが浅いかも。
 グーグルブック検索裁判和解に関して直接論じているのは、福井論文と、高宮論文と、ダーントン論文。
 福井論文は、「書籍の再流通モデルとして、グーグルのビジネスが成功するのか」という点と、書籍のネット配信の流通チャンネルを握るのは誰か、そして、「デジタル化された膨大な情報の権利を誰が管理するのか」という3点が、今後の問題ではないか、と問いかけ。
 高宮論文は、ダーントン論文を補足する形で、慶応のHUMIプロジェクトによるグーテンベルク聖書デジタル化事業などを紹介。しかし、「中国、韓国、日本のいずれの場合にも、印刷は国家の統治者の肝いりで行われた」(p.169)という記述は、誤解を招くのでは。韓国の出版史についてはほとんど知識がないので何ともいえないが、中国と日本に関して言えば、寺院や民間による出版の活発さは、別にヨーロッパに劣らないと思うのだが。あと、「情報に関する優れた記憶力で図書館利用者に尊敬されていたレファレンス担当者の主な仕事は、コンピュータ検索のためにキーワードを打ち込むだけになってしまった」(p.172)といった記述もあって、それはちょっと違うのでは、という気持ちに(というか、もともと日本ではほとんど尊敬されてなかったのでは、という話もあるが)。まあ、細かいところにこだわってもしょうがないのだが、現役図書館長でもある、ダーントン氏の論文と比べると、変に気になってしまうのだった。
 ダーントン論文については、ル・モンド・ディプロマティーク版でも、ほとんど書かれている内容は同じなので、そちらを見てもらった方が早いといえば早い(オープン・アクセスの訳語が、それぞれ違ってたりして、比べて読むのも一興)。グーグルの独占によって、電子ジャーナルと同様の価格の高騰が引き起こされる危険性がある、という指摘は、さすが図書館長、という感じ。図書館を啓蒙主義プロジェクトの末裔として位置づける視点は、要求論優位の日本では、批判的に読まれてしまう可能性もあるが、こういう長いスパンで、図書館の役割を見直す、ということも、やはり必要ではないだろうか。出版関係者よりも、図書館関係者こそ必読かと。

2009/02/23

「ARGカフェ(03)商業利用の是非をめぐって(補足)」をめぐって

 當山日出夫さんが「ARGカフェ(03)商業利用の是非をめぐって(補足)」で書かれている、著作権保護期間を満了し、パブリックドメインとなった著作物における「所蔵者の権利」と「デジタル化した〈引用者注:機関・人の?〉権利」の問題についてちょっと感想めいたことなど。
 国の機関(直営)の場合、資料・史料は、国の財産であり、国の財産は何であれ、商用で利用する際には、何らかの対価を必要とする(国有財産の使用料が必要)という組み立てになっているのでは。公共財たる国の財産を使って、何らかの利益を得るのであれば、それに対して一定の適切な(何が適切なのかがまた難しいけれど)対価を国に対して提供することが必要、という理路だったと思う。おそらく、地方自治体で直営の機関の場合にも同様では。
 デジタルデータも、国(地方自治体)の財産であり、一時期、国のデータベースの無料公開が遅々として進まなかった理由も、ここにあったように記憶している。だとすると、デジタル化を国(地方自治体)の予算で実施した場合には、同様にデジタル画像やテキストデータも国(地方自治体)の財産として扱われ、その商用利用には対価が必要ということになるのではなかろうか。
 逆にいえば、著作権保護機関を満了した資料について、復刻を拒絶する根拠は(適切な対価が支払われる限りにおいて)法的にはないのではなかろうか。少なくとも、自分のところでは、実務的にはそうなっている。
 ただ、著しく公共性を欠く(例えば悪質な複製を作って、不当に高額で売りまくる、とか)場合には、所蔵者として、復刻自体を拒否することも可能な気もする。
 このあたり、本当は会計法とかの知識が必要なのだと思うのだけれど、法律ネタは自分の最も苦手とするところなので、これ以上はちょっとよくわからない。いかん。
 おそらくは、独立行政法人や、国立大学法人などの場合はまた話が違うのだろう。ん? そういえば、国立博物館の所蔵品は国の財産なんだろうか。その博物館を運営する法人の財産なんだろうか。我ながらこういう基本的なことを知らないなあ。
 何にしても、この問題は、所蔵しているのが誰なのか、というところから、その所蔵者の法的位置づけを明確にしていかないと、漠然と、博物館・美術館・図書館・文書館とまとめてしまうと、議論が混乱してしまうのではなかろうか。その点、ちょっと気になってしまった。

2009/02/22

第3回ARGカフェ&ARGフェスト@京都

 2009年2月21日(土)に、第3回ARGカフェ&ARGフェスト@京都に参加。
 ずっとブログの更新をさぼって来たのだけれど(ここのところ、仕事以外に文章を書く気力が出てこなくて)、岡本さん@ARGが、ブログに書け、と呼びかけていたので、ちょっと乗っかってみる。
 プログラムについては、ACADEMIC RESOURCE GUIDE (ARG) - ブログ版2009-01-18(Sun): 第3回ARGカフェ&ARGフェスト@京都への招待(2/21(土)開催)を参照のこと。
(2/23追記)2009-02-21(Sat): 第3回ARGカフェ&ARGフェスト@京都を開催も参照のこと。特に関連リンクはこっちの方が充実。

 まずは第1部について。それぞれ持ち時間5分でのライトニングトーク。
 冒頭、岡本さんから京都の飲み屋の紹介文化(どこの飲み屋でも、「○○を飲めるいい店はないか」と聞くと教えてくれる)を題材に、ARGカフェ&ARGフェストも、人脈を独占する場ではなく、互いに広げ合って行く場であってほしい、といった感じ(ちょっと違うか?)の趣旨説明があり。
 トップバッター當山日出夫さん「学生にWikipediaを教える−知の流動性と安定性」は、Wikipediaの陵墓(天皇陵)の履歴などを参照させつつ学生に課した課題を題材に、Wikipedia等のインターネット情報について、完全性・安定性と流動性の観点と、信頼性の観点がどう関係するのか、ということを問いかける内容。
 続く小橋昭彦さん「情報社会の“知恵”について」は、メールマガジン「今日の雑学」シリーズの経験を通じて、情報でも、知識でもない、「知恵」というある種の善悪判断を含んだものをどう伝えて行くのか、ということを問いかけ。あと、「今日の雑学」への参加も呼びかけ。
 小篠景子さん「「中の人」の語るレファレンス協同データベース」は、国立国会図書館のレファレンス協同データベース事業の理念と課題を分かりやすく説明しつつ、事例提供館の偏りという課題にどう取り組むべきかを問いかける、というもの。手書きのスケッチブックによるプレゼンという技が光った。
 三浦麻子さん「社会心理学者として、ブロガーとして」は、ブログでは議論はしない(それはアカデミックな場でするもの)という姿勢の話が印象的。あと、心理学系の学会誌のネット公開が全体として遅れている状況なども。出たばかりの著書(共著)『インターネット心理学のフロンティア』(誠信書房, 2009)についても紹介あり。
 谷合佳代子さん「エル・ライブラリー開館4ヶ月−新しい図書管理システムとブログによる資料紹介」では、大阪府からの補助金の全額廃止という逆境の中にあって、図書管理システムの更新や、ブログを活用した資料紹介などの取り組みを紹介。あと、サポート会員募集中とのこと。
 村上浩介さん「テレビからネットへ」では、とあるテレビ番組をきっかけとしたカレントアウェアネス・ポータルへのアクセス集中と、その際のアクセスの傾向(検索エンジン経由のアクセスが多い、とか、ケータイを使ったアクセスが結構多い、とか)について紹介。ちなみにアクセスが集中した記事は図書館猫デューイの記事とのこと。
 後藤真さん「人文「知」の蓄積と共有−歴史学・史料学の場合」では、人文科学とコンピュータ研究会の紹介や、情報歴史学という自らの専門分野を通じた、歴史資料の共有と、単なるデジタル化だけではなく解釈や構造までデータ化することが重要との問題提起も。上田貞治郎写真史料アーカイブのためのシステムを開発中との話あり。
 福島幸宏さん「ある公文書館職員の憂鬱」は、館数の少なさなどからくる情報の少なさや、情報技術に関する関心の低さなど、文書館/公文書館界の問題点を指摘しつつ、世代交代を危機であると同時に機会としても捉える視点を提示。
 中村聡史さん「検索ランキングをユーザの手に取り戻す」では、ヒューマン・コンピュータインタラクションにおける研究成果でもあるRerank.jpを紹介しつつ、人によるインタラクションの重要性について指摘。
 岡島昭浩さん「うわづら文庫がめざすもの−資料の顕在化と連関」は、青空文庫ならぬうわづら文庫における、画像によるデジタル化(テキストでなく)を個人で行う活動を紹介。文学史上の重要文献が以外に入手困難なままに置かれていることや、校訂者の権利の問題などについても。
 嵯峨園子さん「ライブラリアンの応用力!」は、企業ライブラリアンからの転職の経験を踏まえて、ライブラリアンとしての基本的な姿勢や技術が、実は様々な場面で応用可能であり、非常に優れたものである、ということを紹介。ちなみに、現在はヒューマン・コンピュータ・インタラクション分野で活躍中とのこと。
 最後の東島仁さん「ウェブを介した研究者自身の情報発信に対する−「社会的な」しかし「明確でない」要請?」は、ネット上の眉唾もの情報に対する、研究者に求められる対応についての問題提起。同時に、研究者から見た「分かりやすさ」と一般の人から見た「分かりやすさ」の差(例えば、専門用語に対する意識とか)が大きい、といった話も。

 質疑では、一番乗りで人文系の学会誌のデジタル化が進まない理由を質問してみたり。その他、(古)写真のデジタル化の課題や、今後の文書館/公文書館に必要な人材像、JCDL (Joint Conference on Digital Libraries)、ECDL (European Conference on Digital Libraries)、ICADL (International Conference on Asian Digital Libraries)などに(あるいは、せめて日本の情報系の学会に)日本の図書館員も参加すべしといった意見、人文学の危機に対して国としてどう取り組むべきかといった問題提起など、さまざまな話が展開して、短い時間ながら何と言う情報量。おそるべし。
 第1部全体としては、ライトニングトークも質疑も、その場で議論が深まる、というのではないものの、様々な問題意識が次々と展開して、頭の中がシャッフルされるような感じ。こりゃ面白い&刺激的。ただ、ちょっと今回は図書館系の人が多かったかなあ。

 続いて、会場を移しての第2部ARGフェストにも参加。要は飲み会なのだけれど、とにかく色々な人とお話しするのが眼目(あんまり一人の人を独占しないように、と、岡本さんからお達しあり)。
 第1部の発表者の何人かとお話したり、図書館雑記&日記兼用の中の人や、Lifoの中の人たちとお話したり、とにかく、いろんな人と飲んだりしゃべったりした。
 特に、京都大学の松田清先生とお話をすることができたのは、洋学史を少しかじった身としては、何と言うかちょっと感激。来年、小野蘭山没後200年なので(そういやそうか)、何かできないか、とかそんな話を聞いたりも。
 ただ、Wikipediaの中の人と話しそこねてしまったのは我ながらうかつ。せっかくの機会だったのに。あと、名刺はもっと大量に持って来ておくべきでした。
 とかいう感じで、個人的には反省点はあるものの、密度が高くて楽しい会であったことは間違いなし。ぜひ、次回があればまた参加したいもの。
 後は今回お話できた方々と、今後につながる動きが何かできれば。まあそれはまたこれから考えよっと。

(2009/2/27追記)
 小野蘭山没後200年を100年と間違えていたのを修正しました(100年前じゃ江戸時代はとっくに終わってますね……)。
 松田先生、ご指摘、ありがとうございました。

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