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2004/02/03

定信お見通し

 タイモン・スクリーチ著/高山宏訳『定信お見通し 寛政視角改革の治世学』(青土社, 2003)を二週間くらいかけて、やっと読み終った。通勤電車でハードカバーは無謀だと思いつつも、なかなか他にじっくりと本を読む時間がとれないんだよなあ。
 何はともあれ、めちゃくちゃエキサイティングな本であった。タイトルの「定信」とは言わずと知れた松平定信であり、この本は「寛政の改革」の時代を扱っている……のだけれど、切り口が教科書的な「寛政の改革」についての語りとまるで違う。全然違う。著者は、「寛政の改革」を、経済的な改革としてよりも、むしろ、文化的統一性を構築するための様々な文化的な動きの集合体として語ろうとするのである。
 もちろん、松平定信が、当時の文化的活動の全てをコントロールできたはずもない。けれども、定信は、文化財の図像・レプリカを収集し、刊行したり、写本を流布させることで、現在の我々が「日本の文化財」と考えるものを組み立てていく。あるいは、京都の大火の後の復興事業を、調査と考証に基づく「復古」事業として行うことで、現在の日本文化の中心としての「京都」像(そもそもそれまでは、「京都」ではなく「京師」という名称の方が一般的だった)を作り出したのも定信だったりする。要するに、定信は、それまで、各地域に政治的にも文化的にも分割された連合国家だったものを、「日本文化」と現在いわれるようなものを作り出すことで、将軍の支配の及ぶ領域として統合しようとした、その活動の中心人物だったのである。
 ちなみに、京都復興の話には、当然ながら天皇(ちなみに、長い間忘れられていた「天皇」号が復活するのは、この時代である)も絡んでくる。江戸城の天守閣を復活させず、民を優先する姿勢を示すことで「徳」による治世の正当性を示そうとする幕府側と、圧倒的に見える形で御所を復興し、王権の権威を示そうとする朝廷側との駆け引きは、面白いなんて生易しいものではない。
 その他、この時代に一世を風靡した円山応挙の戦略などについても論じられている。ちょうど江戸東京博物館で「円山応挙 〈写生画〉創造への挑戦」展を開催しているけれども、関心のある人は展覧会に行く前に必読。応挙の何が新しく、また、何故その新しいものが大流行したのかがよくわかる。他にも、色々な文化的事象について語られているが、とてもではないが、短くまとめられるものではない(あえていえば、この「日本文化」の成立期に、西洋文化の影が様々な面に落ちている、ということが書き込まれていることに注目か)。
 今の「日本文化」が、どのようにして現在のようなイメージを形成することになったのか、その出発点を赤裸々に描き出す、なんとも刺激的な一冊。その上、将軍は生前の名で呼び、天皇は諡号で呼ぶのはおかしい、と、諡号(普通、○○天皇、という場合の○○のこと)を基本的に使わなず、また「天皇」ではなく「主上」と呼ぶ、とか、「日本」ではなく当時の言葉で「天下」と呼ぶとか、その時代に切り込んでいくための言葉の選択の慎重さ(大胆さでもある)が素晴らしい。凡百の歴史相対主義など足下にも及ぶまい。翻訳も名調子(さすがは高山宏)。文句なしである。
 ただ、引用されている図版のいくつかに、でっかく「帝国図書館蔵」というハンコが押してあるのがなんとも……。近代が、近世に対してどのような態度で接したのかを、象徴する図版ではある。

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