昭和史の決定的瞬間
坂野潤治『昭和史の決定的瞬間』(筑摩書房ちくま新書, 2004)を(少し前に)読了。
坂野潤治といえば、昭和の戦前部分、特に日中戦争が始まる前までの段階で、二大政党や議院内閣制も、躍進しつつあった社会民主政党も相当にいい線までいっていた(が、最終的には「失敗」した)ということを論じた、『日本政治「失敗」の研究 中途半端好みの国民の行方』(光芒社, 2001)がべらぼうに面白かった。今回も基本的なテーマは共通だが、特に日中戦争開始直前の昭和11年・12年(1936-37)の「危機」を巡って、様々な政治勢力がどのような背景と見通しの下にいかなる判断を行っていったのか、そして、その間の二度の総選挙(二・二六事件直前の昭和11年2月20日と、蘆溝橋事件(7月7日)の2ヶ月前の昭和12年4月30日)によって示された民意はどのようなものだったのかを、詳細に論じている。
著者の方法が面白いのは、現代の通説によるのではなく、当時の一流の論客の論説(例えば『中央公論』のような総合誌に掲載されたもの)によって、当時の状勢を見直していく、というところ。昭和11年・12年においても、反ファシズムの論戦がそれなりに公の場で戦わされていたことや、状況を見抜く力のある人は、蘆溝橋事件が単なる局地戦に終らないことを見抜いていたことが、明らかになったりする。と、同時に、陸軍内部の対立や、政党間の対立などが様々な背景を持ち、短い期間でありながら次々と変わる状勢の変化に応じて、実際の政治的な動きに反映されていく過程が、当時の論者の視点を借りつつ、生き生きと描き出されることになる。
少なくとも、日中戦争突入の直前までは、その後の泥沼への道を回避するチャンスは何度かあったし、そのための動きもあった、ということを知ることは「希望」ではある(当時、総選挙でも、国民はファシズムよりも民主主義を選択していた)。とはいえ、同じように、今、チャンスを逃しつづけているのではないか、という「不安」もまたふつふつと沸いてきたりするところがミソか。
歴史描写については、賛否両論あるかもしれないが、少なくとも、当時の一流の論者たちが、複雑な政治状況(政党、官僚、財界に加えて、陸軍、天皇、元老といった政治勢力が複雑にからみあっていたのだから、嫌でも複雑にならざるをえない)の中で、いかに状況を正確に把握しつつ(時には判断を誤っていることもあるが)、論陣を張っていたのかを知るだけでも、頭が下がることは請け合い。これが生きた歴史、というものではなかろうか。
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