サイエンス・コミュニケーション 科学を伝える人の理論と実践
S・ストックルマイヤー・他著 佐々木勝浩・他訳『サイエンス・コミュニケーション 科学を伝える人の理論と実践』(丸善プラネット, 2003)を、だらだらと読了。
サイエンス・コミュニケーションというのは、メディア関係者、科学館スタッフ、科学ジャーナリスト、科学者自身(講演したり一般向けの本を書いたりする場合)などが、科学技術に関して一般の人に何かを伝えようとする行為全体のことをさしているらしい(日本では科学者どうしのコミュニケーションのことを指すことが多いような気もするけど)。
本書は、そうした行為に関係する様々な人たちに対して、理論的側面から、あるいは、実践家の体験から解説する、教科書的な一冊、といった具合。オーストラリア国立大学の科学意識向上センター関連の研究者等が中心になって書いたものらしく、事例についてもオーストラリアのものが中心になっている。
実は、科学意識向上(Public Awareness of Science)であって、科学「知識」向上ではないところがミソ。1990年代までは、一般の市民には科学知識が欠けている、だから科学知識を分かりやすい方法で伝えることが必要だ、という「欠如モデル」が中心だったのだけれど(日本はまだこのモデルをベースにしているみたいだなあ)、90年代後半から、知識そのものを教え込むよりも、むしろ、科学技術に関する関心を呼び起こすことが重要である、という流れが、英国・豪州では強まってきている、ということらしい。
例えば、「異文化理解としてのサイエンス・コミュニケーション」といった章では、科学技術研究を(日常的なものや、様々な各地の文化におけるものとはまた別の)独自の論理や語彙や慣習や判断基準を持った文化として位置づけ、様々な文化的背景を持つ市民がこの異なる「文化」と出会って、正面から向き合うようになるためには何が必要なのか、といった問題が論じられている。
また、参加体験型の科学館については、各アトラクションなどによって伝えようとした知識そのものが伝わるわけではないことが、追跡調査によって明らかにされたり、その一方で、あれは何だったんだろう、と考えるきっかけを与えることには結構成功していたりすることが論じられたりもしている。
こうした考え方は、「学力崩壊」と「理系離れ」が議論となっている今の日本では到底受けられなさそうな気もするのだけれど、少なくとも、あまりにも日常的な場から遠ざかってしまった科学技術という営みを、どう日常と結びつけるのか、ということは、もう少し議論されてもいいのでは。
理論的話はどうも、という人には、「サイエンス・サーカス:大学院生によるコミュニケーションの試み」がお勧め。サイエンス・サーカス(サイエンス・コミュニケーションを学ぶ学生の実習として、いわゆる科学マジックのようなショーを、オーストラリア各地で行うイベント)に参加した学生の体験をまとめたもので、学生の回想とかが結構熱くていい感じ。個人的な試みから始まって国立の科学館にまで成長したクエスタコン草創期の経験を、設立の中心になった人物が語る「クエスタコンの話」も、涙あり、笑いありでぐっとくる。教科書的な一冊ではあるけれど、こうした経験談の部分は読み物気分で読める。
訳語や表記の不統一はあるものの、まあ、そんなに目くじら立てるほどのことはないか(編集が甘い、といえば甘いような)。実際に「サイエンス・コミュニケーション」に関わっている人はもちろん、科学教育一般に関心のある人も、一見の価値はあるんじゃなかろうか。通勤電車で読むにはちと重いけど。
(6月7日追記)
平成15年度 科学技術の振興に関する年次報告(いわゆる科学技術白書)を見たら、第1部が「これからの科学技術と社会」となっていてびっくり。Public Awareness of Scienceについてもちゃんと触れられている。日本でもこういう議論が盛んになってきたからこそ、『サイエンス・コミュニケーション』のような本も翻訳される、ということなのかも。
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