文化資源学フォーラム2004「文化経営を考える〜オーケストラの改革・ミュージアムの未来」
今日は……と書こうと思ったら、ありゃ、日付が変わってしまった。
昨日(11月20日(土))は、文化資源学フォーラム2004「文化経営を考える〜オーケストラの改革・ミュージアムの未来」を聞きにツマと一緒に東京大学(本郷)へお出かけ。
第1部「オーケストラの改革」では、一時は解散直前まで追いつめられた札幌交響楽団の改革、そして復活について、経営側(佐藤光明(札幌交響楽団前専務理事))、楽団員側(荒木均(札幌交響楽団チェロ奏者))の両者からの証言が。泥沼からはい上がってきた人たちの発言は、さすがに重さが違う(アマ・オケにいたことのあるツマがしきりに頷いていた)。そこに年に60回(だったかな?)コンサートに通う文化政策の小林真理先生がきっちりコメントで絡む、という展開。
第2部「ミュージアムの未来」は、川崎市民ミュージアムの改革事例(深川雅文(川崎市市民ミュージアム))や、神奈川県立近代美術館が抱える問題などについて(太田泰人(神奈川県立近代美術館普及課長))の話。改革にまい進する川崎と、若干迷走気味の神奈川近美、そこにアサヒビールでメセナをやってきた加藤種男(横浜市芸術文化振興財団専務理事)氏が、自説を開陳して絡んでいく。
簡単にまとめてしまうと、いかに「市民」の中に入り込み、そして味方を増やしていくのか、という問題意識の存在は、公的な資金を得て運営されている、文化・芸術関連の組織・機関が生き延びていくための条件として共通している、という感じだろうか。もちろん、ただ生き延びることが目的なのではなくて、オーケストラであればそのオーケストラとしての「音」を、ミュージアムであれば「コレクション」を、生かし、広め、伝えていくことの意味が、絶えず問われなければならないわけだけれども。
そして、それは、図書館でもまったく同じことであるはずだ。ただ、プロフェッショナルとしての技能という面で、常に演奏技術を問われるオーケストラの楽団員や、企画展示において展示対象に関する知識を問われる学芸員と比較して、図書館員にはどれだけのものがあるかというと……。
あとは、組織のトップ、あるいはリーダーという存在が、変革期においてはやはり重要なんだなあ、ということをしみじみと感じた。実際に動くのは現場なのだけれど、現場が動けるような舞台を作ることは、上に立つ者の責任、ということか。自分は、部下にそれだけの舞台を用意できているだろうか、と思うと、かなりがっくり気分に。
時間はオーバー気味だったけれど、それだけ、話が白熱したってことで。メモは特にとらなかったので、細かいことは書けないけど(文化資源学会の学会誌『文化資源学』に報告が掲載予定とのこと)、充実した内容で、面白かったなあ。
終了後は、最近落語にこっているツマに連れられて落語協会2階の黒門亭の寄席へ。小さなスペースで、一つ一つの話をじっくり堪能できる、ってのがいいですな。
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