インターネットと〈世論〉形成
遠藤薫編著『インターネットと〈世論〉形成 間メディア的言説の連鎖と抗争』(東京電機大学出版局, 2004)を読了……したのはいつだっけ? 去年だったかな?
「インターネット」と「世論」とくれば、インターネットの持つ新たな公共空間としての可能性と、そこにおける言論が云々、という話かと思ったら大間違い。インターネットを新しい公共性の基盤として称揚する立場は、ここでは取られていない。かといって、2ちゃんねる批判に見られるように、あんなもん便所の落書きだ、として蔑む視点も、ここでは採用されない。
じゃあ、何が書いてあるのかというと、インターネットにおけるコミュニケーションは、インターネットの中だけで完結しているものではない、ということだったりする。
(このblog自体がそうだけど)実は、インターネットにおいて語られていることの多くが、他のメディア(新聞・雑誌・テレビ・書籍・映画…)を参照している。そして、週刊誌が2ちゃんねるを情報源に使っているように、他のメディアもインターネット上の話題を参照している。そして、メディアの作るインターネットのイメージの影響を受ける非インターネット・ユーザもいるし、インターネットを参照している人の中にも、活発に発信する人もいれば、読み手に徹している人もいる。こうした様々な役者が、相互作用しながら、いわゆる〈世論〉といえるものを作り出しているのが現在の状況だ……、と、強引に要約するとこんな感じだろうか。
全体は4部構成になっていて、第1部が既存の社会学的分析枠組みを批判的に再検討しながら、日本のインターネット(と、他のメディアなど)における〈世論〉を語るための分析枠を検討していく。公共圏、マスメディア、ジャーナリズム、クリエイティブモブ、うわさ、といったキーワードが検討の俎上に載せられているので、興味のあるところから読んでもいいかもしれない。
第2部は各論。イラク戦争、佐世保事件、ブログ=ジャーナリズム論、韓国のオルタナティブ・ジャーナリズム、Winny問題、「電車男」、東アジア各国の「インターネット・ナショナリズム」といった題材が、様々な論者によって検討される。個人的には、佐世保事件におけるマスコミと2ちゃんねるの間に生じたある種の共犯関係(と、その後のマスコミの論点操作)についての分析や、「インターネット・ナショナリズム」を東アジア共通の問題として取り出して見せた問題提起が興味深かった。具体的な事件や問題を扱っている部分だけに、それぞれの関心に応じて、読み方が変わってくるところかも。
第3部は、2ちゃんねる管理人の西村博之氏と編者との対談。かみ合っているのか合ってないのか、わけがわからなくて、妙におかしい。硬い話は苦手、という人は、ここだけ拾い読みという手もあり。
で、第4部は全体のまとめ、という具合。
注意しないといけないのは、インターネットといっても、メーリングリストやメールマガジンなどについてはあまり言及されず、2ちゃんねるとブログが検討の中心になっている、というところ。若干、ブログについては時期が早過ぎた(執筆時期は去年(2004年)の夏)、という感じもあるけれど、それはそれで貴重な記録になっているのでは。
ともかく、サブタイトルの「間メディア的言説の連鎖と抗争」は伊達ではなくて、インターネット上で展開されている「言説」は、インターネットの中だけで閉じて存在しているわけではない、という視点が、最初から最後まで、徹底している。同時に、一人一人が、一つのメディアだけに関与しているわけではなくて、常に複数のメディアに重層的に関わりながら生きている、ということも指摘。
この視点の前には、「インターネットは××だ!」というレッテル貼りは滑稽だろう。そのレッテルが主張されるメディアも、そこで語っている人も、もはやインターネットを含みこんだ言説の影響関係から独立なんてできないのだから。他人事、ではないのである。
というわけで、インターネット上の言論、といった問題について考えたり、発言したりしようとしている人にとって、必読の一冊。というか、ここで示されている分析枠組みを無視して語っても、あんまり説得力がなくなってしまうと思う。そのぐらいの射程の長さはあるんじゃなかろうか。
それと、こんな一節もあり。
「もしわれわれの時代に〈公共圏〉という観念が仮構されうるとすれば、それはまさに閉鎖的であるかに見える〈私事圏〉の内部に現れるものなのではないだろうか。」(p.59)
本書では、この論点は追求され切ってない印象もあるけれど(インターネット上の創作活動などについてクリエイティブ・モブというキーワードで分析する部分で展開されている)、何となく、希望を感じてしまう。
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