万博幻想 戦後政治の呪縛
無事(?)、愛知万博も始まったようだし、万博関係でもう一冊、吉見俊哉『万博幻想 戦後政治の呪縛』(筑摩書房ちくま新書, 2005)を。
吉見俊哉で博覧会、とくれば、名著『博覧会の政治学 まなざしの近代』(中央公論新社中公新書, 1999)[中央公論社版は1992年刊]の続編か、と思わず期待してしまったのだけれど、実はちょっと違った。あとがきの著者の言葉をそのまま借りれば、『博覧会の政治学』は「博覧会場で作動する文化政治学を考察した」もので、今回の『万博幻想』は「万博を開催させる政治的エージェントの間に交錯する理念と欲望、抗争と連携」を描くもの、ということになる。無理やり言い換えると、前者が万博が開かれた結果として表れてくる様々な文化的・政治的な意味を解きほぐすことが中心で、後者が万博を開こうとする(あるいは開催に反対する)様々な個人・集団の持つ意図や活動の絡まり合いを描くことが中心、という感じ。
分析の対象となっているのは、1970年の大阪万博、1975年の沖縄海洋博、1985年のつくば科学博、そして今回(2005年)の愛知万博。1990年の大阪花博が落ちているのだけれど、基本的な問題はこの4つの万博で押さえられる、という判断らしい(新書というフォーマットに分量的に合わせたのかも)。この4つの万博について、企画段階の議論から、開催決定までの紆余曲折、用地選定を巡る駆け引き、パビリオンで展開された企画の内容など、様々な角度からの分析が行われている。
それにしても(そういう風に著者が強調して書いているからでもあるのだけれど)万博を開こうとする側の論理の驚くほどの変わりのなさを痛感する。要するに、公共事業を呼び込むための仕掛け、だったりするわけだ。国家的事業だけに、未開発の里山を開発し、交通網などのインフラ整備を行う予算を獲得するための呼び水として、万博という仕掛けは最適と考えられてきた。しかし、実際に実現したのは(インフラは整備されたにせよ)、自然と地域経済の破壊だったりする。その姿が繰り返し本書では描かれている。
特に悲惨を極めるのが沖縄海洋博。本土復帰後初の大イベントとして、地元も経済的自立に向けて投資を呼び込むものと歓迎ムードで進みながら、実際には短期間に急激な資金が投入されたためにインフレが進行、しかも、おいしい仕事は全て本土の企業に押さえられ、地元の企業には仕事が回ってこない。結果として、むしろ地元経済は破壊され、本土への経済的従属が進むことになったという。
地元の企業にお金が落ちない、というのは、『虚飾の愛知万博』でも、指摘されていたことだけれども、沖縄だけではなく、つくばでもそうだったとのこと。ここでも地元経済はむしろ(期待値が大きすぎて、投資が回収できず)荒廃している。万博を経済振興という視点から観ると、少なくとも地元の経済については旨みはないようだ。にも関わらず、地域振興につながる、という主張が繰り返される、という構図がなんともいえない。こうも過去の失敗から学ぶことができないとは……。
愛知万博について指摘されている、参加国数を日本側が経費持ち出しで無理に増やしている、という問題についても、大阪から繰り返されていることで、別に今回が始めてではない、というか、長年のノウハウによって確立した方法論のようだ。何だかなあ。また、パビリオンの中身は、つくばで完成された、映像とロボットの組み合わせの延長線でしかない、とか、いかに愛知万博が、これまでの万博から脱することができていないかが、本書を読むと浮かび上がってくる仕掛けになっている。
が、一方で、愛知がこれまでとまったく同じか、というと、そういうわけでもない、というのが、著者の主張。
沖縄やつくばでもまったくなかったわけではないのだけれど、役所や企業、知識人といったこれまでの関係者とは異なる、自然保護を巡る様々な団体(地方・全国・国際それぞれのレベルで)などのプレーヤーが、大きな影響力を持つようになった、というのが、愛知万博開催までの経緯における大きな特徴として描き出されている。「市民参加」という言葉は、「市民」という何か一体のものを想像させてしまうけれども、実際に本書で描かれているのは、多様な立場の様々な意見を持った人たちが、様々な形で情報を発信し、国際的なルートを含め、様々な形で影響力を行使していった、という感じ。
ただ、愛知万博に関する記述は、著者自身が、愛知万博の企画段階の検討に加わったり、その後も反対・推進双方の立場の人たちと関係を持ちながら、関係者として関わってきた、という経緯があるだけに、時々思い入れが強く出ているところがある。『博覧会の政治学』とは随分と印象が違う感じ。あるいは、若干、割り引いて読む必要があるのかもしれない。
それに、著者が感じた可能性は、「歩行と思索」のエントリー「開幕するらしい 」でも指摘されている「最近のメディアの「盛り上げっぷり」」を見る限り、旧来の万博盛り上げ策(メディアでとにかくひたすら取り上げる、という作戦は、大阪万博で成功した方法論)の中で、埋没してしまっているように見える。なるほど、こうやって過去は忘れられていく(地元以外にとっては、盛り上がって人が沢山来ている様子しか見えない)のかもしれない。このままだと、これが最後の大阪型万博、という著者の予想に反して、これから先も、まだまだ同じことを繰り返しそうな気が。
(余談)
「みうらじゅんと行く愛・地球博」、本当にどっかでやってくれないかなあ。めちゃくちゃ面白そう……。
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またまたお邪魔致します。トラックバックありがとうございました。
「愛・地球博」は「・」が必要なのですね(くだらないコメントですみません)。
万博をめぐる報道についてですが、ズッコケる出来事に遭遇してしまいました。
日記に書き残しておきましたので、よろしければご覧頂ければと思います。
投稿: yasu | 2005/03/27 00:43
コメント、ありがとうございます。万博ネタで引っ張ってしまって、何となく申し訳ないような……。
ズッコケ報道、何ともはや、という感じです。
新聞社によっても、随分、ニュアンスが違いますね。
万博初の週末 入場、予想の1/3 4万6000人 混雑に“南北格差”(読売新聞)
http://chubu.yomiuri.co.jp/news_top/050327_1.html
愛知万博: 「自然の叡智」うたう 185日間の万博開幕--開場前に8850人(毎日新聞)
http://www.mainichi-msn.co.jp/it/computing/news/20050325org00m300105000c.html
一方で、自然保護問題で焦点となった瀬戸会場がガラガラ、というあたりが、何とも象徴的な気がします。
投稿: oba | 2005/03/27 12:41