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2005/05/30

福沢諭吉『文明論之概略』精読

 子安宣邦『福沢諭吉『文明論之概略』精読』(岩波書店岩波現代文庫, 2005)をしばらく前に読了。
 福沢諭吉の『文明論之概略』といえば、丸山真男『「文明論之概略」を読む』上・中・下(岩波書店岩波新書, 1986)なんてのがあったなあ、と思った人は大正解。本書は、ある意味で、丸山真男による福沢諭吉解釈に対して、徹底的に異を唱える一冊だったりする。
 といいつつ、実は丸山『読む』を私は読んでいなかったりするので(どこかに積んであるはずなのだけれど……)、以下、本書の視点中心になってしまう。ご勘弁を。
 さて、本書のポイントは、『概略』が書かれた時代状況を踏まえて、福沢諭吉が『概略』で論敵と考えていたものが何だったのか、ということを読み解いていくところにある。一方、丸山『読む』は、『概略』を普遍的な古典と位置づけることで、福沢諭吉の意図をまったく読み誤ってしまっている、というのが著者の主張。
 例えば、福沢が『概略』で最も強烈に批判しているのは、明治初期の段階で(っていうか、もともと根っこは幕末だけど)力を持ちつつあった「国体論」である、というのが著者の読みなのだが、著者に言わせれば、ここのところが丸山真男はまったくわかっとらん、ということになる。丸山真男は、日本の近代化(=西洋化)の不徹底こそが問題という、丸山自身の視点に引きずられてしまって、福沢諭吉が『概略』で戦おうとした相手を見誤っている、というわけだ。
 丸山が何故、そこに注目しなかったのだろう、と思うほど、福沢の国体論批判は徹底的かつ痛烈だ。こんなところに引用したら、何だかわからん人たちが大挙して押し寄せてきそうなので、引用しないが(はい、へたれてます)、戦前・戦中の一時期、国体論批判が展開された部分は白紙に差し替えられていたというから、その激しさは推して知るべし。
 が、同時に福沢が展開するのは『文明論之概略』というタイトルが示す通り、「文明」とは何か、という問題である。著者が指摘するのは、福沢が提示する「文明」が、西洋の枠組みにおける「文明」であり、そうである限り、「文明」は、「非文明」の側(アジアやアフリカ)との対比でしか語ることができない、という、恐らくは福沢自身が強烈に自覚していた事実だ。だから、『概略』の中で、福沢は「遅れた」中国のあり方を繰り返し批判的に記述している(そして、同時に、暗に日本の(当時の)現状を批判してもいる)。
 結果として、アジア蔑視ともいえる記述が繰り返し現れることになるわけなのだけれど、丸山真男は、そういうところもあえてスルーしてしまう。で、著者からすれば、ちょっと待て、となるわけだ。福沢諭吉は、国際状況についての現状認識を踏まえて、進んだ文明を持つ西洋と、非文明的な東洋という対比を受入れざるを得ないことを主張しつつ、文明を目指すしかない、といっているのであり、その現状認識の部分をすっ飛ばして、結論だけを見るのは、片手落ちだろう、という感じか。福沢は西洋諸国の植民地に対する非道を知った上で、なお、西洋的な意味での「文明」を目指す以外に道がないことを主張していた、というのが、著者の読みである。
 が、福沢は、文明国が成立する条件として、個々の国民が自ら考え、多様な意見や知見が自由にぶつかり合う社会が成立していなければならないとも考えていた。だから、国体論のように、国民がお上に頼り、すっかり心酔してしまって、意見の多様性が失われる社会を目指すことは、福沢にとっては絶対に避けなければならないことだったのである。「国民」の作り方、というか、あるべき姿の問題としては、鋭い対立点があったわけだ。
 ところが、福沢の『概略』は、最後に、最終的な目標は文明としつつも、まず最優先すべきは一国の独立である(植民地になってしまったら、文明もなにもないのだから)、と主張している。
 そして、その後の歴史の展開は、一国の独立を確保することを最優先として、国体論による国内の統合が徹底され、軍事力を持って「遅れた」「非文明国」であるアジア各国を押さえ込んでいく、という西洋的な文明国のあり方を日本は追求していくことになる。結果だけみれば、福沢は、(国体論に関する批判を除けば)その後のレールを引いたともいえる。が、その一方で、明治初年の状況下で、国体論に抗した福沢に、異なる道への可能性を読み込む、という可能性もまた開かれているわけだ。
 今、まさにリアル・ポリティクスのただ中に放り込まれつつある現代の状況下で、福沢の国体論批判を読み直す、という課題に取り組んだ著者の嗅覚の鋭さはお見事としかいいようがない。好みの分かれる一冊だとは思うが、個人的にはかなりのヒット。

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