滝川事件
松尾尊兌『滝川事件』(岩波書店岩波現代文庫, 2005)を読了。「兌」の字は、上が「公」になっている異体字で表記されているが、そこはご勘弁を。
実をいえば、「滝川事件」とは何ぞや、ということを知って読み始めたわけではない。ちょっと事情があって、中井正一(戦前は美学論で、戦後は国立国会図書館の初代副館長として知られる)についての著作を読んでいたら、中井が戦前、左翼と自由主義者を繋ぐような立場で雑誌の編集などに関わった背景として「滝川事件」が出てきたので、何だこりゃ、と思った、というのが本書を手に取ったきっかけだったりする。恥ずかしいことに、そのくらい何も知らなかったのだ。
で、「滝川事件」(別名、「京大事件」とも)とは何なのか。
表面的な経緯としてはそれほどややこしくはない。1933年5月、時の文部大臣鳩山一郎が、京都大学法学部の教授、瀧川幸辰(ゆきとき)をマルクス主義的として休職処分を発令。これに対して、大正期に慣例として確立した大学自治の原則をないがしろにするものとして、京大法学部教授全員が辞表を提出。が、文相鳩山は強硬派の教授の辞表のみを受理、それを認めた京大総長の切り崩しなどの結果、法学部教授陣の結束も崩壊。大学自治・学問研究に対する政府の介入の前例を作ることとなった、という具合。この事件の後は、大学側が組織的に政府の介入に対抗することは、事実上できなくなったといわれている。ちなみに、美濃部達吉の天皇機関説への攻撃は3年後の1936年。ま、「滝川事件」で外堀が埋まったわけですな。
さて、表面的には、さほどややこしくない話であっても、実際の経緯は複雑極まる、というのはよくある話で、本書は、その複雑な経緯と関係者の動きを、順を追って解きほぐす構成になっている。
ところで、本書は「文庫オリジナル」ではあっても書き下ろしではなく、著者による「滝川事件」関連の既発表の論文(一部未発表だったものも含む)を集めたもの。最新の研究動向を踏まえて、補註が施されていたりと加筆もされているとはいえ、初出の文章が基本的には尊重されている。論文や講演記録など、形態や文体が異なるものが集められているために、統一性に欠ける面もあったりするので、ご注意を。とはいえ、通して読むと、事件の背景や経緯、そして戦後におけるその影響まで、一通り押さえることができるようになっている。
詳細な経緯そのものについては、こんなところで簡単に書けるようなら、著者の苦労はないわけなので書かない(というか書けない)。とにかく関係者の思惑が錯綜していることもあって、事件発生の前段から収束していくまでの関係者の様々な動きについての綿密な検討は、推理小説ばりの面白さだったりする。もう一つ、本書の面白さは、事件の影響の広がりにもあって、中心的な役割を果たした京大法学部教授陣(とその周辺)だけではなく、法学部の助教授や学生、さらには他の学部の学生(ここで、文学部の大学院生だった中井正一がちらりと登場する)の動き、そしてそういった動きに触発された論壇における反応などなど、この事件を巡る登場人物は多岐にわたる。試しに、巻末の人名索引をめくってみてほしい。その影響の広範さが、何となく感じられるはずだ。
関係者の多くは、最初から敗北をある覚悟していたともいわれている。実際、結果としては京大法学部側の完敗に終ってしまったわけだが、例えば、中井正一は、「滝川事件」の後、新たな抵抗線として、純粋な学問的言論の場としての雑誌を、周辺の仲間たちと発展させたといわれている(結局はその中井も治安維持法違反で逮捕されることになるのだが)。その意味では、「事件」という形で、社会に問題を提示したというだけでも、抵抗する意味はあったということかもしれない。
戦後の経緯も示唆的で、京大に復帰した瀧川幸辰は、総長としてワンマンぶりを発揮、結果として大学自治を停滞させてしまった、ということらしい。著者の瀧川への評価はかなり厳しいものになっている。また、現在でもなお、実名での証言を公開できない関係者(の遺族?)がいる、という事実にも愕然とする。そこまで事件の傷は深いのか。うーむ。
こうした戦後への影響(というか、未だに終っていない、ということ)も含めて、「滝川事件」の「大きさ」を伝えてくれる一冊。
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