種の起原をもとめて
新妻昭夫『種の起原をもとめて ウォーレスの「マレー諸島」探検』(筑摩書房ちくま学芸文庫, 2001)を、これまたしばらく前に読了。何を今頃読んでいるのかと起こられそうだけれど、今頃読んでいたりする。
ダーウィンと同時期に、ダーウィンと独立して、自然選択による進化の概念を確立したウォーレスの、その進化論確立までの歩みを、様々な資料と、そして、著者が「ウォーレスごっこ」と呼ぶウォーレスの歩みを現地に赴いて自らたどり直す旅の経験を通じて明らかにした一冊。
労働者階級に生まれたウォーレスは、標本採集業者として、アマゾン側流域(これは標本と記録を載せた船が沈没したことで失敗に終わる)、そしてマレー諸島を探検し、動植物の標本をヨーロッパに送ることで生計を立てていたそうな。その採集の合間に、文献を読み、論文を投稿し、ダーウィンやベイツと文通しながら、生物地理学の基礎を確立し、さらに進化論を磨き上げていく、ということになる。恐るべき行動力。
それでいて、強い上昇志向を持ちつつも、「種の起源」刊行後のウォーレスの徹底した謙虚さと、ひたすらダーウィンを立てる姿勢がたまらない。加えて、あくまで事実に基づいて実証的に論じようとする姿勢や、明晰な論証力など、なんとも興味深い人物像が本書によって浮かび上がる。ダーウィンの影に隠れた形になったのは、ウォーレス自身の選択だったようだけれど、ついつい、一部の科学史家が判官贔屓したくなってしまうのも分かる気がする。
内容的には、ウォーレス自身に関する記述だけではなく、著者自身が体験した現地の情景あり、当時のイギリスにおいて投稿できる学術誌や、学会が階級ごとに分かれていたりといった、時代背景に関する記述あり、と盛りだくさん。が、文体がガチガチの論文体ではないので、案外楽に読める。
著者はもともと動物学者。そのフィールドワークの経験と方法論が、原典に遡ってきっちり読み込んでいったり、社会的背景や地理的状況まで踏まえて検証しようとするあたりに活かされているような気がする。理文の方法論の境界線を越えた一冊、という言い方もできるかも。
それにしても、この文庫版すら既に絶版、というのは早すぎやしないか。
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