科学史研究 第45巻(no.240)
『科学史研究』第45巻(no.240)[2006年12月]は、ほとんど素人になってしまった私でもそれなりに楽しめる論文がいくつか。
忘れないうちにメモ。
中村滋・杉山滋郎「星野華水による“チャート式”の起源とその特徴」p.209-219
高校数学の参考書の定番、「チャート式」の生みの親、星野華水(1885-1939)が、「チャート式」を成立させていく過程を追った一編。そもそも「チャート式」が戦前からあったことにびっくり。知らなかった。しかも最初から3色刷りだったらしい。
「チャート式」が画期的だったのは、解法を探し出す手順を問題のパターン別に整理し、ひらめきに頼るのではなく、手順に従っていけば解法にたどり着けるように組み立てた点にあるとのこと。マニュアル化のはしりとしての位置づけも。
それにしても、この研究に必要な資料を探すのが大変だったのではなかろうか。実際、星野華水が発行していた受験雑誌『受験数学』の1926年から1929年までの期間は見ることができなかったことが、論文中で報告されている(7巻8号(1929年8月号)から11巻3号(1933年3月号)は千葉県成田山仏教図書館所蔵とのこと)。戦前の参考書本体にしても、推して知るべしか。
名和小太郎「科学史入門:知的財産権と技術発展」p.241-244
科学技術史的観点から、知的財産権制度の歴史を簡略にまとめた一編。
最近の動きとしては、学術研究の分野では、学術雑誌の商業出版社による寡占化と、成果の公有政策化の双方の動きが生じつつあり、かつ、どちらも知的財産権制度の無視を図っていることを指摘している。前者は、契約による著作権制度を迂回し、後者は、納税者への成果還元という理由で著作権の実質的な公有化を図ろうとする、といった具合。
「シンポジウム:近代における知とその方法 宮廷,サロン,コレクション」p.251-264
2006年度年会報告として、次の四つの報告要旨を掲載。
(1)桑木野幸司「初期近代の百科全書的ミュージアムと情報処理システムの空間化」p.251-255
(2)武田裕紀「メルセンヌ・サークルとトリチェッリの実験」p.255-258
(3)吉本秀之「ロバート・ボイルと人文主義の方法」p.258-261
(4)但馬亨「啓蒙専制君主とアカデミー フリードリッヒ大王と18世紀数学者」p.261-264
(1)は16世紀ヨーロッパのミュージアム理論書、S.クヴィッヒェンベルク(S. Quiccheberg)の『劇場の銘』を紹介しつつ、これがコモンプレイス・ブック(こちらでいえば「類書」のようなもの)的な知を空間に展開したものなのではないか、という議論を展開している。博物館史に関心のある向きにも参考になるのでは。
(2)は17世紀前半のフランスにおける、メルセンヌを中心とした知的サークルにおける情報共有が、実際にはどの程度の水準だったのかを、トリチェッリの実験をサンプルに検証。
(3)では、ロバート・ボイルの著作の多くが、二次文献や三次文献(いわゆる解説本や事典類)に基づいて書かれていたことを検証している(これはちょっとホントにびっくりした)。近代初期の知識人は、意外に原典を参照したりする手間をかけたりしていなかったらしい。
(4)は18世紀のベルリンから大数学者オイラーが去った背景を検証するとともに、科学知識の啓蒙という新たなプロジェクトにオイラーを向かわせたものが何だったのかを論じている。
どれも短報だけに、要点だけがまとめられていて、素人にも(比較的)読みやすい。しかも、トリビア的な面白さもあったりする。雑学好きな方にもお勧め?
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