大東亜共栄圏の文化建設
池田浩士編『大東亜共栄圏の文化建設』(人文書院, 2007)を読了。他にも読了しているのは色々あるんだけど、書く気力があんまりなかったので、タイミングを逸してしまった。
それはさておき、収録論文は次の通り。
藤井祐介「統治の秘法−−文化建設とは何か」p.11-73
渡辺洋介「シンガポールにおける皇民化教育の実相−−日本語学校と華語学校の比較を中心に」p.75-135
鷲谷花「花木蘭の転生−−「大東亜共栄圏」をめぐる日中大衆文化の交錯」p.137-188
藤原辰史「稲も亦大和民俗なり−−水稲品種の「共栄圏」」p.189-240
高村竜平「葬法の文明論−−植民地朝鮮における土葬と火葬」p.241-291
池田浩士「「大東亜共栄圏文化」とその担い手たち」p.293-348
植民地と文化、という話になると、小説を中心とした文学の話と、日本語教育の話が中心になりがちで、正直、ちょっと食傷気味(研究としての質がどうこう、というわけではないのだけれど)。が、本書は他ではあまり見られない角度から、大日本帝国の実質的な支配下にあった地域と、文化との問題を論じる論考が含まれていて、結構、刺激的な一冊になっていた。
冒頭の藤井「統治の秘法」はこのタイトルだけでは分かりにくいが、主に雲崗石窟をめぐる日本側の様々な動きをたどることで、「東亜文化建設」から「大東亜文化建設」への変化を論じている(図書館史に詳しい人なら、満洲事変における四庫全書の保護と対照させながら読むと面白いかと)。濱田耕作、水野精一ら考古学者の動きと、中井正一、能勢克男らを中心とした『世界文化』同人らの動向が絡み合う論考前半がスリリング。後半は、大政翼賛会調査委員会、大東亜建設審議会の議事録を論じている。ヴィシー政権下のフランス領インドシナや、独立国家として日本と関係を維持していたタイをも含めた「大東亜共栄圏」の矛盾を論じる結部も秀逸。
鷲谷「花木蘭の転生」は、ディズニーアニメ(ムーラン)と同じ元ネタによる中国人監督による映画『木蘭従軍』が、日本では小林一三がその設立を主導した「東宝国民劇」において(事実上の)ミュージカルとして再現され、かつ、変貌を遂げる過程を論じている。宝塚の裏面史として読んでも可かと。
藤原「稲も亦大和民俗なり」は、育種学を駆使して開発された、耐肥性を強化された水稲品種(山口謙三〈富国〉・寺尾博〈陸羽一三二号〉・石黒岩次郎〈銀坊主〉・並河成資〈農林一号〉)が、国内でそして、朝鮮、台湾、満洲などでどのように普及していったのかを論じる。品種改良という農業技術による統治の浸透という論点が刺激的。植民地科学技術史の論文としてもこれまでにあまりない視点を提示しているのではなかろうか(私が無知なだけかもしれんけど)。
その他、池田「「大東亜共栄圏文化」とその担い手たち」は、雑誌『東亜文化圏』掲載の論考を紹介、分析したもの。渡辺論文、高村論文はほぼタイトル通り。特に火葬の普及を軸にした高村論文は、植民地文化史研究としては異色かもしれない。
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