明治の話題
そういえば、柴田宵曲『明治の話題』筑摩書房, 2007.(ちくま文庫)も読み終っていた。
出張の時など、新幹線の中でちょろっと読んで、眠くなったらうとうとし、目が覚めたらまたちょっと読む、という読み方にぴったりだったので、少しずつ読んでいたら、もう、最初の方の話を忘れている。
昭和37年(1962年)の時点で、明治の様子を、文学作品における記述から呼び起こしていくエッセイ集、とでもいえばよいのか。著者の柴田宵曲は明治30年(1897年)生まれ。少年の頃の記憶と、明治文学における描写が絡み合う。
例えば、「図書館」では、三宅雪嶺の東京書籍館についての回想に始まり、上野図書館(帝国図書館)と樋口一葉、薄田泣菫、斎藤緑雨、国木田独歩ときて、話題は大学図書館へ。そして最後は夏目漱石の三四郎における大学図書館の描写で締める、といった具合。これだけネタがあっても、それぞれ深入りはせず、実質、文庫で2頁の長さでまとめてしまう。中学中退後、上野図書館で独学した著者であってみれば、かえって深く書き込みにくかったものか。
私のお気に入りは「アイスクリーム」の話。高利貸を「アイス」と呼んでいた(「氷菓子」から)という話題に始まるのだが、続いて、著者の傾倒した正岡子規の話になると、一気に思い入れが深くなる(ように見える)。子規が「病躯を人力車に載せて神田まで行つた」際に、アイスクリームを2杯食べたという回想について語るくだり。
「この味五年ぶりとも六年ぶりとも知らず」の一語にも歓喜の情が溢れている。三十二年より五六年前とすると、子規が自由に外出してゐた頃の話になるが、二十八年の六月、神戸病院入院中にアイスクリームを喫することが、看病人のつけた病床日誌にある。或はそれ以来の出来事かもわからない。
と、ちょっとしたエピソードにも、深い考証が加えられている。単身アルス社版子規全集を編集したという著者ならではだろう。
その他、子規によるアイスクリームを呼んだ句や、寺田寅彦のエッセイに登場するアイスクリーム(「見た事もない世界の果の異国への憧憬をそゝる」というあたりが何ともいえない)など、多彩な話題が並ぶ。
そして、本書を最初に世に送り出した編集者(出版者?)による「あとがき」がまたいい。脱稿した著者と編集者の会話。
「面白くなけりゃ、いや、面白くないね、捨てちまっていいよ」 「いや、出しますよ」 「売れんな、絶対に売れませんよ」
そんな本が文庫になって甦るのだから、まだまだ世の中、捨てたものではない。
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