天理ギャラリー「奈良町 -江戸時代の「観光都市を巡る」-」展
天理ギャラリー第167回展「奈良町 -江戸時代の「観光都市を巡る」-」(会期:2019年5月12日~6月9日)に終了日に駆込みで行ってきたので感想をメモ。
今回の展示は、天理図書館所蔵の保井文庫の資料を中心に、奈良町が登場する江戸期の文学作品なども交えて、主に近世の奈良町の姿を多面的に紹介したもの。
ちなみに、保井文庫は、奈良在住の郷土史家・収集家、保井芳太郎(1881-1945)旧蔵の古文書・近世文書等のコレクション。『天理図書館四十年史』(天理大学出版部, 1975)によると、保井の没後、奈良県外への流出を危惧した歴史家永島福太郎(1912-2008)の斡旋で、天理図書館に収蔵されることになったとのこと。同四十年史によるとその規模は約6万点(p.517)。なお、保井の古瓦のコレクションは、天理参考館の収蔵となっている。搬入は、終戦間際の1945年8月13日に、「敵艦載機の跳梁の間をはかって行なわれた」(p.106)と四十年史にあるように、緊迫した状況下での資料受入だったようだ。
以下、展示の中から、いくつか気になった資料を紹介。番号は、天理図書館のページに掲載された出品目録の番号と対応しているので、適宜ご参照を。
『建久二歳辛亥十月御巡礼記』(5)は、『建久御巡礼記』の名前で知られるが、展示資料が、唯一の完本とのこと。帝に仕えていた采女の入水、という、猿沢池について語られる定番エピソードの出典。
『二条宴乗記』(7)は、興福寺の一条院門跡に仕えた二条宴乗の日記。元亀2年(1571)に、松永久秀によって薪能が再興され、久秀も一族とともに見物したことについて記載されている。松永久秀といえば、奈良の大仏殿を兵火に巻き込んだ(永禄10年(1567))ことで悪名高いが、奈良町復興にも寄与したそう。
一方で、大仏修復のための勧進に幕府が関与し、奈良奉行に勧化金を集約する仕組みが整えられていった状況を語る文書群(12-1,2,3)も、興味深かった。
その他、特に面白かったのは絵図や、奈良を訪れた人々の残した日記、旅行記。特に絵図については、元禄期から大正期まで、奈良の中心部の案内図がまとめて展示されていたのがすごかった(13-1~8)。建物が変ったところ、変らなかったところ、鹿の扱いの時代による変化(明治初期は鹿は囲いの中にまとめられている)なども読みとれる。
『大和名所図会』(16)では、茶屋で鹿に餌をやる様子も描かれていたり。なお、同じ図は、早稲田大図書館本 でも確認できる http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru04/ru04_05326/ru04_05326_0001/ru04_05326_0001_p0025.jpg。右の人、鹿煎餅投げてるよね、これ…
『大坂京奈良旅中備忘録付旅途指掌』(21)は、国学者の伴信友の旅程表と備忘録。奈良町滞在は半日ほどだが、元興寺の五重塔に6文払って登っている。旅程表には「遠見ヨシ」、備忘録には「アヤフクテオカシカラス」と記載しており、景色は良かったものの、どうやら五重塔の上は、あまり居心地が良くなかったようだ。
『寺社名所拝覧記』(27)もそうなのだが、17世紀末には案内人による観光案内が確立されていたせいで、効率的に見物できる分、奈良町での滞在時間は短いことが多かった模様(京都のついで、みたいな感じか。現代もそうかもしれないが…)。奈良に数日間連続滞在という例は珍しかったそうで、奈良の薪能を目的にした旅行の記録『奈良之道連』(30)では、宿屋の亭主が声をかけて、語り合ったことが記されている。
江戸後期に武士が残した『大和廻り日記』(31)では、鹿に食べ物を与えると「あつまりてこれをあらそいくふ」と、記されていた。ちょうど少し前に、
渡辺伸一「奈良のシカ保護管理の歩みとこれから―その社会学的検討―」生物学史研究, 2017, 96 巻, p. 35-52 https://doi.org/10.24708/seibutsugakushi.96.0_35
を読んだところだったので、奈良の鹿の置かれた環境の変化と、一方で変らぬ鹿の行動とを合わせて考えさせられた。
展示全般としては、詳細な翻刻をプリントで配布してくれるのはありがたかった。一方で、パネルにあって図録にない説明が結構あって(保井文庫の説明もパネルはあったけど、図録には解説なし)、しまった、もっとちゃんとメモとっておけば良かった、と後で後悔。展示リストにない、参考展示(主に絵図・地図類)もあって、これもちゃんとメモをとっておけば……という感じだった。まあ、最終日に駆け込む方が悪い、という話なんだけど。
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