公共図書館は危機下の情報弱者を支えられるか
本記事は『大阪公共図書館大会記録集 第68回(2020) テーマ「「コロナ時代」の図書館運営」(大阪公共図書館協会, 2021)に、CC BY4.0で掲載した記事(p.30-32)を、注記等、一部形式を変更して転載したものです。
公共図書館は危機下の情報弱者を支えられるか
大場利康
新型コロナウイルス感染症(以下引用を除き「COVID-19」と表記」)による図書館への影響が甚大であったことは、今更説明することもないだろう。緊急事態宣言下において、saveMLAKによる調査によれば、一時、都道府県立図書館の91%、市町村立図書館の88%が休館していた(2020年4月23日時点の調査結果に関するプレスリリース[^1])。
ここでは、公共図書館の外側にいて、かつ図書館に関係する者として、個人的に考えたことをまとめておきたい。的外れな点も多々あろうかと思うが、今後の対応について考えるヒントになれば幸いである。なお、本稿における意見は、所属組織の方針、対応とは無関係であることを付言しておく。内容についての責任は全て筆者にある。また、感染症対策そのものについては本稿の対象としない。
1 各自治体の意思決定の仕組みや基準の理解を
まず、各館で今からでも行っておいた方がよいのは、閉館するにしても、開館するにしても、その根拠と基準はどこにあるのか、どこに置くのか、ということの確認ではないだろうか。
新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言時に、どのような施設に休業要請を行うかについては、各自治体が予め策定している行動計画において定められている場合がある。また、行動計画に記載がなくとも、各自治体における対策委員会・対策会議等で方針を定め、周知する場合もあるし、緊急事態宣言に至る以前に都道府県知事からの休業要請がなされる場合もありうる。先に紹介したsaveMLAKの調査(4月23日時点)においては、都道府県による図書館に対する休業要請が行われていない(少なくとも確認できない)県が存在している。ところが、そうした県においても多数の公共図書館が休館しており、誰がどのような根拠と基準に基づいて閉館を判断したのか、その判断の正当性をどう地域住民に説明するのか、という点で、はっきりしない点が残ったように思う。COVID-19に限らず、災害や新たな感染症に対応するためにも、様々な状況と各自治体の基本的な意思決定がどのように連動し、それが国レベルの判断や基準とどう関係するのか、また、各館との関係はどうなっているのか、見直しておく機会としてはどうだろう。
また、公共図書館が単独で閉めるか、開けるかを判断し決定することは実際には困難だろう。いざという時、設置母体である教育委員会や首長部局とのコミュニケーションをどのように行うのか、感染の状況の変化に応じて誰にどう相談するのか、日ごろの人脈作りも含めて、事前の準備も必要ではないだろうか。
2 「デジタル化」への対応
緊急事態宣言下、出勤するスタッフの数を減らす、といった対応が求められた館も少なくないだろう。在宅勤務の推進と言うのは簡単だが、日ごろの業務がデジタルに対応していなければ、実際に在宅で業務を行うのは難しい。日常的な業務や情報共有で、スタッフ一人一人がデジタル機器や技術を十全に活用しており、在宅勤務の導入が容易な公共図書館がどれだけあるだろうか。
また、一箇所に多くの人を集めるイベントを避けざるをえない状況が続いた中、Zoom等のweb会議サービスを活用したイベントが様々な組織・団体で試みられている。そうしたweb会議を日常的に使いこなすことができている公共図書館がどれだけあるのか、という問題もある。
IT機器と通信環境の確保が、情報アクセスの基本条件となりつつある以上、今後所得や文化資本格差に伴う情報格差の問題はより拡大する可能性がある。緊急事態宣言下のような、様々な自粛要請によるダメージが経済的弱者に集中する状況ではなおさらだろう。その格差を縮小し、社会が受けるダメージを最小化できるかどうか。各地域の公共図書館が、どこまで情報へのアクセス可能性を提供できるかが問われている。
情報弱者を支えるためには、公共図書館とそのスタッフは情報「強者」でなければならないだろう。とはいえ、公共図書館スタッフが官製ワーキングプアの代表と目されることすらあるのが現状である。公共図書館のスタッフが積極的にデジタル技術・デジタル情報を使いこなし、そのノウハウを利用者に伝えることができる状況をどのように作り出せば良いのだろう。考えてみれば、20年前に公表された『2005年の図書館像:地域電子図書館の実現に向けて』(文部省地域電子図書館構想検討協力者会議, 2000.[^2])で描かれた図書館像が実現していれば、話は違ったのかもしれない。しかし、現実はそうなっていない。
状況の改善には、公共図書館の自治体における地位の向上と役割の拡大が必要だろう。現在も続くCOVID-19の影響を踏まえて、社会全体が直面する危機的状況において、公共図書館が果たす役割を明確に社会に示していく必要がある。
一つのヒントとして、図書館法第3条に示された公共図書館が実施すべき事項の一つである、第7号「時事に関する情報及び参考資料を紹介し、及び提供すること」を改めて見直すべきではないだろうか。COVID-19によって現在引き起こされているような、様々な情報や報道が飛び交い、不確かな情報も多数流通する状況下においては、この図書館法第3条第7号で示された機能を多くの人が求めている。もちろん、「時事に関する情報」を紹介、提供するためは相応の情報リテラシーが求められるし、施設としては閉館せざるを得ない状況下でそうした活動を継続するためには、情報発信を継続する仕組みと、受信する側の住民が情報を得られる仕組みの両方を考えなければならない。都市圏と非都市圏では取り得る対応は異なるし、また、対象とする地域の人口や広さによっても、対応方法は変わってくるだろう。
3 情報の収集と他館との交流を
施設としての閉館と、図書館としての活動自体を止めることは異なる。状況に応じて、何ができるか、できるようにするために事前に準備できることは何か、改めて点検しつつ、その必要性を日々アピールしていくことが求められているのではないだろうか。
その時、参考になるのは、国内外の様々な取組み事例だろう。例えば、カレントアウェアネス・ポータルで「感染症」のタグがついた記事[^3]を確認することで、多数の取り組みを確認できる。海外の事例については、未来の図書館研究所が公開したレポート「新型コロナウイルス影響下の図書館:再開に向けた取組」[^4]や、個人が海外事例を紹介する活動を自主的に行った事例もある(例:「オーストラリアの図書館における新型コロナウィルス感染症対策と段階的サービス(まとめ途中)」[^5])。
また、近隣の館や、あるいは関連団体を通じた情報の共有、交換を行うだけでも、選択の幅を拡げることができる。正直なところ、日本図書館協会をはじめ、各図書館関係の団体が、COVID-19対応に先手を取れたとは言い難いかもしれない(国立国会図書館に対しても、思うところがある方もおられるのではないか)。自治体ごとに運営の形態が異なり、スタッフの立場も異なる状況下で、公共図書館のスタッフが地域を超えて連携する困難さもあるだろう。しかし、立場が多様だからこそ、状況と情報と悩みを共有することの意義は大きいはずだ。
本稿執筆時点(【転載時追記:2020年】12月6日)、全国で三度COVID-19の感染者が増加し、各地で危機感が高まっている。危機的状況だからこそ、自分たちの持つ力を、どう磨き、発揮するか、そのために今行えることは何か、調べ、学び、考え、そして社会にアピールし続けるために、図書館スタッフ間の交流が進むことを、願っている。
^1: https://savemlak.jp/wiki/saveMLAK:プレス/20200424 以下、各URLの最終アクセス日は2020年12月6日。
^2: https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/005/toushin/001260.htm
^3: https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/827
^4: http://www.miraitosyokan.jp/wp/20200529/
^5: https://togetter.com/li/1515112
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