筒井清忠 編『大正史講義』筑摩書房, 2021.(ちくま新書)
筒井清忠 編『大正史講義』筑摩書房, 2021.(ちくま新書)
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https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480074164/
少し前に読了。それにしても、大正時代は「○○事件」多過ぎ……。まったく覚えきれない。しかも第○次とかつくと、もうお手上げ。とはいえ、宮中某重大事件は、やっとどういう話か覚えられた気がする。第18講の黒沢文貴「宮中某重大事件と皇太子訪欧」のおかげです。現代なら、川端裕人『「色のふしぎ」と不思議な社会─2020年代の「色覚」原論』筑摩書房, 2020.をまず読んで落ち着け、という話なのだけど、当時はそういう感じだったのか、ということも含めて、なるほどだった。
正直、「○○事件」もそうだけれど、このシリーズは、固有名詞ががんがん説明なしに出てくるので、最初に読む一冊としてはきつい印象。一方で、教科書的記述からもう一歩踏み込んで、多様な切り口から歴史を見直す、という意味では相変わらず見事な編集と構成ではないかと。
単に自分が不勉強なだけ、という話もあるが、あちこちに、読んでいて、なるほど、そうだったのか、と思う記述がちらちら出て来て勉強になった。例えば、第5講の牧野邦昭「大戦ブームと『貧乏物語』」での、現在の日本国内の代表的美術品コレクションが第一次世界大戦による好景気によって巨額の財を築いた経営者により蓄積された、という指摘は実は重いのでは。欧州で大量の血が流れたことで得られた財で蓄積された美術品、文化財を今の自分たちが楽しんでいる、という構造をどう捉えればよいのか、複雑な気持ちになった。
以下、いくつか印象に残ったポイントをメモ。
第6講の渡辺滋「寺内内閣と米騒動」では、世評低めの寺内内閣の時期に、理化学研究所の設立などの研究機関の整備や、後の科研費に繋がっていく科学研究奨励費の制度整備が進んだ、という指摘に、なるほどそれも寺内内閣だったのか、と認識を新たに。
第12講の高原秀介「日露戦争後の日米関係と石井・ランシング協定」には、さらりと、ハワイについて、日本人移民の増大とハワイ政府と日本政府との親密な関係等を警戒した米国政府が1898年にハワイ併合に踏み切った、という記述があったりして、え、そうだったの、となったり。
第16講の進藤久美子「女性解放運動──『青踏』から婦選獲得同盟へ」での、治安維持法の成立が、婦人参政権獲得運動に大きな影響を与えたというくだりも、まったくそういう認識がなかったので驚いた。「男女平等の政治的権利の要求は「国体の変革」と直結する危険性を内包していた」という視点は、現在のバックラッシュの状況との関連も含めて、実は重要なのでは。
第19講の筒井清忠「関東大震災後の政治と後藤新平」での、後藤新平礼賛・神格化に対する徹底的な批判も印象的。様々な史料を参照しつつ、当時の政治状況を踏まえてぶった切るところが痛快ですらあり。また、講末尾では、大規模災害に対応するための政治のあり方について、一般化して論じる、という踏み込んだ構成になっている点も要注目。
以上、個人的に印象に残ったポイントを拾って紹介したが、他の各講も示唆に富む記述がそこかしこにあって、面白かった。さらに詳しく知りければ、各講末尾の「さらに詳しく知るための参考文献」を手がかりにすれば良い、という安心感もシリーズ共通。視点が次々変わり、同じ人物に対する評価も当然それぞれの視点によって変化するので、通史的に概要を頭に入れたい、という目的には向かないとは思うが、視点を変えることで世界と歴史の見え方が次々と更新されていく楽しみは味わえるかと。
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