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2021/10/16

成高雅「多紀元簡『槴中鏡』について」日本医史学雑誌67(3)[2021]

ここのところ、『日本医史学雑誌』をまともに読んでいなかったのだけど、

成高雅「多紀元簡『槴中鏡』について」日本医史学雑誌 67(3)[2021] pp.251-265

がやたらと面白い論文だったので紹介。といっても、内容を完全に理解できるほどの知識はないので、実際の論文はさらに深い、と思っていただければ。

この論文で主題となっている多紀元簡(1755-1810)は、江戸時代の漢方医。元簡の時代には、多紀家の家塾は官立の医学館となっている、というと多少はその立ち位置が伝わるだろうか。清朝考証学の影響を受けた、医学考証学派を代表する人物でもあり。その元簡の最初の著作とも言われる『槴中鏡』は、漢籍における書物収集や書誌学に関する記述を抜き書き編纂したもので、写本でのみ伝わっている。日本古典籍総合目録DBでも複数の伝本が確認できる。

これらの伝本を詳細に確認(ちなみに国立国会図書館所蔵本も当然分析の対象に)、系統関係を整理するとともに、自筆本である無窮会図書館所蔵本との比較などを詳細に行っている。(ただし、無窮会図書館は閲覧停止中のため、複製を用いたとのこと)

写本の伝播経路の分析では、大田南畝、狩谷棭斎、伊沢蘭軒、森約之、徳富蘇峰といった名前が並び、明治期に至るまで『槴中鏡』が関心を持たれていた様子がうかがえる。また、誤写等の分析から、系統関係も明らかにされており、写本の伝播の過程から見える、蔵書家たちの人的ネットワークも興味深い。自筆本である無窮会本は、流布している写本よりも大きく増補されていることも明確になっており、無窮会本の価値の高さも確認されたといえるのでは。

さらに『槴中鏡』で引用された元ネタ漢籍の分析からは、明清の考証学の影響があらためて確認されており、宋版など漢籍版本についての記載や装丁など、元簡に書誌学的な関心があったことも示されている。

というわけで、多紀元簡の学識と、漢籍を元にした書誌学に関する類書ともいえる『槴中鏡』の意義がよく分かる論文。江戸期の書誌学的関心のあり方や、人的ネットワーク、という観点から読んでみるのも面白いと思う。それにしても、こういう論文が紙でしか読めない、というのが、何とももどかしい。

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2021/10/09

慶應義塾大学図書館貴重書展示会「蒐められた古-江戸の日本学-」(2021年10月6日-10月12日)

丸善・丸の内本店4階ギャラリーで開催されている、第33回慶應義塾大学図書館貴重書展示会「蒐められた古-江戸の日本学-」(2021年10月6日-10月12日)を見てきた。展示会タイトルには「あつめられたいにしえ」と読むようフリガナがついている。

内容は、ウェブサイトで紹介されているとおり「近世期の国学者橋本経亮(つねすけ)の旧蔵資料「香果遺珍」を中心に、江戸時代の日本に華開いた好古と蒐集の文化に関する資料」を展示するもの。橋本経亮(1759-1805)は、刊行・流布した著作も少なく、国学者としてはあまり知られていないそうだが(ちなみに自分はまったく知らず)、実は結構なキーパーソンだった模様。その残したコレクション「香果遺珍」(こうかいちん)約1200点は、大島雅太郎(まさたろう・1868-1948)の寄贈により慶應義塾大学の所蔵となっている(そこに至るまでの過程もまた今回の展示の柱の一つだったり)。長らく未整理だったそうだが、今年3月に目録が刊行(一戸渉監修・執筆; 慶應義塾大学三田メディアセンター編『橋本経亮旧蔵香果遺珍目録』慶應義塾大学三田メディアセンター, 2021.)されたことを期に、今回の展示でのその一端を紹介、という趣向のようだ。

橋本経亮については、自分自身、まったく予備知識はなかったが、展示解説や図録には、藤貞幹、上田秋成、小宮山楓軒、狩谷棭斎といった人物が次々と登場し、その人的ネットワークの広がりは、自分程度の知識でも若干分かった気がした。また、経亮は、日本初の漢籍目録として知られる『日本国見在書目』の室生寺本(現在、宮内庁書陵部蔵)の最初の報告者でもあるそうで、今回、経亮の雑記である『香果抜粋』によって、その調査日が明らかにされたりしている(図録p.45-46)。

その他漢籍関係では、佚存書である『文館詞林』(唐の皇帝高宗の勅撰漢詩文集)の、経亮が蒐集した当時各所に伝存していた断片の写本が、今回の目玉の一つとして展示で大きく取り上げられていた。これまでに知られていなかった佚文を含むということで、既知の佚文との関係の考証など、若干踏み込んだ検討も解説(図録にも収録)にあったり。

経亮は、東寺や関連寺院での調査も精力的に行っていたようで、東寺百合文書と関連する(現在は百合文書中にない)文書の写本も。また、百合文書が収納されていた文書袋の模造品があって、なるほどこうやって物の形でも記録に留めたのか、というのが興味深い。同様に、『石山寺縁起』の琴柱(ことじ)を納める包みの折り方を再現したり、文字や絵だげではなく、物理で攻めているのが新鮮だった。なお、『石山寺縁起』のリンク先は展示パネルにもなっていた国立国会図書館所蔵の模本。

石山寺縁起模本(国立国会図書館蔵)(5)19コマ

画像右上に立て掛けられている楽器の琴を拡大してよく見ると、何か四角いものが絃の途中に挟まっていて、それを紙を折って再現したものが展示されていた。

石山寺縁起模本(国立国会図書館蔵)拡大画像

細部すぎる…。余談だが、画像については、国立国会図書館デジタルコレクションのIIFマニフェストを使って、人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)のIIIF Curation Viewerでリンクを作成して、サイズだけ調整した。

その他、経亮と交流のあった人物関連の、慶應義塾大学図書館や斯道文庫所蔵の資料も結構展示されていて、それも見どころだったりする。蔵書印もいろいろ堪能できるし。

とにかく、橋本経亮という人は、いろいろ調査して記録して集めて検討して考証して、資料を残してはいるのだけれど、晩年が不遇(隠居して研究に専念しようと無理やり息子に家督を譲ったら、その息子が早世したりとか)だったこともあって、その成果としてまとめるまでに至らなかったネタが大量に詰め込まれている感じ。自分でまとめる、というよりは、他の人の手伝い的な調査もあるようで、相互に情報をやりとりしていた様子も、残された断片的な記述から読み解かれ、紹介されていた。そんな感じで、当時の調査研究プロセスがそのまま残されている、という意味で貴重なのだと思うのだけれど、当人のことを思うと若干いたたまれない気持ちになってしまった。一方で、それは当時の、「好古」や復古といったものが持っていた魅力の強度を示すものなのかもしれないとも。

図録は通販でも買えるようなので(三田メディアセンターの「目録・図録など」のページに、購入申し込み方法の案内あり)、遠方の方は図録だけでもぜひ。そういえば、印譜は図録にしかないような気もするけど、見落としたかな。また、ギャラリートークの動画も後日公開予定とのこと。

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2021/10/06

文弘樹『こんな本をつくってきた─図書出版クレインと私』編集グループSURE,2021

文弘樹『こんな本をつくってきた─図書出版クレインと私』編集グループSURE,2021.を読了。直販中心で、一部の書店でしか扱われていないこともあって、版元ドットコムにも書誌・書影がなかったり。

一人出版社、図書出版クレインの編集者であり経営者である文弘樹氏が、自身の生涯と、代表的な出版物について、黒川創氏を中心とした聞き手によるインタビューというか、ほぼ対談・座談会のような形式で語っている一冊。

著者、翻訳者、著作権者とのやり取りだけではなく、本文のレイアウトや、装丁から校正まで、印刷製本を除けば、本当に一人で行っている一人出版社としての活動も興味深いが、前半の出版社立ち上げに至るまでの話が実はすごい。

特に、1970年代後半から1980年代の、日本のアンダーグラウンド、カウンターカルチャーが、韓国における民主化運動と連動しつつ、在日朝鮮人コミュニティともかかわりながら展開されていたことについては、まったく無知だったので、初めて知ることばかりだった。さらに、結果的に、ということかもしれないが、こうした草の根的な流れが、文弘樹氏という結節点を通じて、現在の韓国文学翻訳の隆盛とも接続しているという話としても読むことができるようになっている。

少年時代の京都についての証言、特に、在日朝鮮人コミュニティが存在した、京都駅の南側、鴨川べりのバラック群の話もまったく知らなかった。観光地化された京都市街地中心部とは異なる、周辺部に展開する独特の空間がどう形成されたのか、という意味でも興味深い。

クレインの代表的出版物としては、エドワード・サイードの『ペンと剣』の話が、サイードの参照・利用のされ方への批判的な見方も含めて印象的。現在入手困難なのが惜しまれる。訳者との出会いも含めて、その本が出版される、ということが、さまざまな出会いと、思いが交錯する中での出来事であることがよくわかる。

また、文化政策関係者は、パク ミンギュ『カステラ』刊行に至る経緯での、韓国の海外向け文化振興策についての証言は必読かと。韓国政府が、コンテンツ、助成、相手国の言葉でやり取りできる交渉担当者と、きっちり態勢を整えて海外向け文化政策に臨んでいる様子がうかがえる。本気で自分たちの文化を海外に売り込むなら、このくらいやらないといかん、ということか。

読み進めることで、日本における文化の豊かさは、実は在日朝鮮人を含む他民族社会であることに支えられているのではないか、という感想を持ちつつ、当事者としての経験に関する複雑な語りを読むと、そのことを屈託なく語れるような状況でもまだまだないよなあ、という気持ちにもなったり。とにかく、出版という営為が、社会と文化と経済の結節点にあることがよくわかる一冊。それを(印刷製本以外は)一人で担っている、ということで得られる視点が、本書の面白さをさらに増幅しているかもしれない。

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2021/10/03

伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留 編『世界哲学史4 中世Ⅱ 個人の覚醒』筑摩書房,2020.(ちくま新書)

世界哲学史4

3まで読んだところで積ん読になっていた、伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留 編『世界哲学史4 中世Ⅱ 個人の覚醒』筑摩書房,2020.(ちくま新書)を読了。 ちなみに、本のリンク先は版元ドットコムにしてみた。書影もopenBDで使えるということでやってみた。どうやら、次の形で書影を呼び出せる様子。

https://cover.openbd.jp/9784480072948.jpg (数字はISBN)

なお、openBDからの書影呼び出しについては、次のブログの記述に助けられました。ありがとうございました。

「openBD をつかって書影画像を表示させてみる」(mersy note)

さて、本題に。

4巻目は、13世紀を中心にその前後も扱う、という感じで、内容的にはヨーロッパ、キリスト教が中心。というわけで、トマス・アクィナス無双、という感じ。結果的にアリストテレス(と、アリストテレスが提唱した概念)についての記述も多い印象。短いコラムだが、佐々木亘「トマス・アクィナスの正義論」(コラム2)など、現代的な意義に踏み込んだ話もあり。

第7章の辻内宣博「西洋中世哲学の総括としての唯名論」は、普遍論争の解説にもなっていて、ウィリアム・オッカム(「オッカムの剃刀」の人)の位置づけも含めて、分かりやすい見取り図を示してくれていて、ありがたかった(ちゃんと自分が分かったかどうかはまた別の話だけど)。

その分、第9章の蓑輪顕量「鎌倉時代の仏教」は、鎌倉時代の仏教の多様な展開をそれまでの時代の仏教の状況も踏まえつつ超圧縮して記載するという超絶技巧を繰り広げていて、これはさすがに1章に詰め込むのは無理があったのでは。第8章の垣内景子「朱子学」が思い切って割り切って細部を切り落とした記述だった分(詳しくは自分の著書、『朱子学入門』(ミネルヴァ書房, 2015)を見よ、とのこと)差異が際立った面もあるかもだけど。

その第8章は、断定文体でぶった切っていく分かりやすさが、本当にそこまで言い切っちゃっていいの、と読んでいて若干不安になるくらいの明快さで、かつ、仏教との対決を通じて確立された朱子学の特徴が分かりやすく論じられていて面白かった。『朱子学入門』も読んでみなくては。なお、もともと朱子学用語である「窮理」を論じた上で発せられた、「朱子学用語による翻訳のせいで、我々は西洋由来の諸科学を十分に受容できなかったということはないのだろうか」という問いは、漢学の素養を西洋の学問の移入においてプラスに評価することの多かった洋学史的に重要ではないだろうか。

このシリーズは、一冊読むとなかなか頭が疲れるので、すぐに次の巻に進む気にはなれないけど、またしばらくしたら、次も読もうかと思う。

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