松尾睦『経験からの学習:プロフェッショナルへの成長プロセス』同文舘, 2006
別の論文で参照されていて、ちょっと気になったので、松尾睦『経験からの学習:プロフェッショナルへの成長プロセス』同文舘,2006.を読んでみた……
……ら、少々びっくり。2006年に刊行された研究でこういうことが指摘されているのであれば、この15年間はなんだったんだ、という感じすらあり。さらにいうと、先行研究の成果を手際よくまとめつつ、その上で自らの独自の成果がどういうものか、ということを非常に簡潔に整理して提示する、という記述方法が徹底されているために、熟練者への習熟プロセスについての既存研究の蓄積について、自分がいかに無知だったかもよく分かった。
例えば、「熟達化の10年ルール」とかまったく知らなかったし。熟達化の10年ルールはチェス、テニス、音楽、絵画などの分野における実証研究を踏まえて、各領域における熟達者(expert)になるには、最低でも10年の経験が必要である、というもの。参照されている文献を見ると古くは、Simon, H. A., & Chase, W. G. (1973). Skill in chess. American Scientist, 61(4), 394–403.などで論じられているらしい。
本書では、この10年ルールが、企業におけるさまざまな分野(営業職、コンサルタント、ITコーディネーターなど)の熟達者においても同様に成り立つことを論じているが、それは本書のテーマの一部。本書でテーマとなっているのは、さまざまな仕事において、人が経験から学び、成長するプロセスと、それを促進する組織文化や、個人の信念がどういったものなのか、を明らかにする、という感じ。手法としては、複数の日本企業を対象にしたアンケートおよびインタビュー調査を用いて分析が行われている。
その結論はいろいろ入り組んでいるのだが、例えば、組織文化においては、顧客志向と内部での競争の存在が重要という結論が示されている。これだけ見ると、数値に基づく成果主義的な競争を称揚するように見える。ところが、実際に研究の成果によって語られるその内実は大きく異なっているのがポイント。顧客志向においては、ご用聞きになってしまうことによる業績の低下、という既存の研究成果を踏まえつつ、顧客の潜在的課題・問題の把握と解決を目指すことが重要とされているし、競争においては、売り上げ目標などではなく、プロセス型の競争として、新たなビジネスモデルなどのアイデアや、チームとしての活躍を評価することの重要性が指摘されている。
おそらく、今はもう、本書に対する批判的研究もそれなりにあるのではないかとも思うが(調べてない)、正直、2006年にこういう研究が出ていて、今の日本の各組織の状況ってどうなの、という思いは禁じえない。人材育成について考える立場にある人は、押さえておいて良い研究なのではないだろうか。
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