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2021/10/09

慶應義塾大学図書館貴重書展示会「蒐められた古-江戸の日本学-」(2021年10月6日-10月12日)

丸善・丸の内本店4階ギャラリーで開催されている、第33回慶應義塾大学図書館貴重書展示会「蒐められた古-江戸の日本学-」(2021年10月6日-10月12日)を見てきた。展示会タイトルには「あつめられたいにしえ」と読むようフリガナがついている。

内容は、ウェブサイトで紹介されているとおり「近世期の国学者橋本経亮(つねすけ)の旧蔵資料「香果遺珍」を中心に、江戸時代の日本に華開いた好古と蒐集の文化に関する資料」を展示するもの。橋本経亮(1759-1805)は、刊行・流布した著作も少なく、国学者としてはあまり知られていないそうだが(ちなみに自分はまったく知らず)、実は結構なキーパーソンだった模様。その残したコレクション「香果遺珍」(こうかいちん)約1200点は、大島雅太郎(まさたろう・1868-1948)の寄贈により慶應義塾大学の所蔵となっている(そこに至るまでの過程もまた今回の展示の柱の一つだったり)。長らく未整理だったそうだが、今年3月に目録が刊行(一戸渉監修・執筆; 慶應義塾大学三田メディアセンター編『橋本経亮旧蔵香果遺珍目録』慶應義塾大学三田メディアセンター, 2021.)されたことを期に、今回の展示でのその一端を紹介、という趣向のようだ。

橋本経亮については、自分自身、まったく予備知識はなかったが、展示解説や図録には、藤貞幹、上田秋成、小宮山楓軒、狩谷棭斎といった人物が次々と登場し、その人的ネットワークの広がりは、自分程度の知識でも若干分かった気がした。また、経亮は、日本初の漢籍目録として知られる『日本国見在書目』の室生寺本(現在、宮内庁書陵部蔵)の最初の報告者でもあるそうで、今回、経亮の雑記である『香果抜粋』によって、その調査日が明らかにされたりしている(図録p.45-46)。

その他漢籍関係では、佚存書である『文館詞林』(唐の皇帝高宗の勅撰漢詩文集)の、経亮が蒐集した当時各所に伝存していた断片の写本が、今回の目玉の一つとして展示で大きく取り上げられていた。これまでに知られていなかった佚文を含むということで、既知の佚文との関係の考証など、若干踏み込んだ検討も解説(図録にも収録)にあったり。

経亮は、東寺や関連寺院での調査も精力的に行っていたようで、東寺百合文書と関連する(現在は百合文書中にない)文書の写本も。また、百合文書が収納されていた文書袋の模造品があって、なるほどこうやって物の形でも記録に留めたのか、というのが興味深い。同様に、『石山寺縁起』の琴柱(ことじ)を納める包みの折り方を再現したり、文字や絵だげではなく、物理で攻めているのが新鮮だった。なお、『石山寺縁起』のリンク先は展示パネルにもなっていた国立国会図書館所蔵の模本。

石山寺縁起模本(国立国会図書館蔵)(5)19コマ

画像右上に立て掛けられている楽器の琴を拡大してよく見ると、何か四角いものが絃の途中に挟まっていて、それを紙を折って再現したものが展示されていた。

石山寺縁起模本(国立国会図書館蔵)拡大画像

細部すぎる…。余談だが、画像については、国立国会図書館デジタルコレクションのIIFマニフェストを使って、人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)のIIIF Curation Viewerでリンクを作成して、サイズだけ調整した。

その他、経亮と交流のあった人物関連の、慶應義塾大学図書館や斯道文庫所蔵の資料も結構展示されていて、それも見どころだったりする。蔵書印もいろいろ堪能できるし。

とにかく、橋本経亮という人は、いろいろ調査して記録して集めて検討して考証して、資料を残してはいるのだけれど、晩年が不遇(隠居して研究に専念しようと無理やり息子に家督を譲ったら、その息子が早世したりとか)だったこともあって、その成果としてまとめるまでに至らなかったネタが大量に詰め込まれている感じ。自分でまとめる、というよりは、他の人の手伝い的な調査もあるようで、相互に情報をやりとりしていた様子も、残された断片的な記述から読み解かれ、紹介されていた。そんな感じで、当時の調査研究プロセスがそのまま残されている、という意味で貴重なのだと思うのだけれど、当人のことを思うと若干いたたまれない気持ちになってしまった。一方で、それは当時の、「好古」や復古といったものが持っていた魅力の強度を示すものなのかもしれないとも。

図録は通販でも買えるようなので(三田メディアセンターの「目録・図録など」のページに、購入申し込み方法の案内あり)、遠方の方は図録だけでもぜひ。そういえば、印譜は図録にしかないような気もするけど、見落としたかな。また、ギャラリートークの動画も後日公開予定とのこと。

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