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2021/10/06

文弘樹『こんな本をつくってきた─図書出版クレインと私』編集グループSURE,2021

文弘樹『こんな本をつくってきた─図書出版クレインと私』編集グループSURE,2021.を読了。直販中心で、一部の書店でしか扱われていないこともあって、版元ドットコムにも書誌・書影がなかったり。

一人出版社、図書出版クレインの編集者であり経営者である文弘樹氏が、自身の生涯と、代表的な出版物について、黒川創氏を中心とした聞き手によるインタビューというか、ほぼ対談・座談会のような形式で語っている一冊。

著者、翻訳者、著作権者とのやり取りだけではなく、本文のレイアウトや、装丁から校正まで、印刷製本を除けば、本当に一人で行っている一人出版社としての活動も興味深いが、前半の出版社立ち上げに至るまでの話が実はすごい。

特に、1970年代後半から1980年代の、日本のアンダーグラウンド、カウンターカルチャーが、韓国における民主化運動と連動しつつ、在日朝鮮人コミュニティともかかわりながら展開されていたことについては、まったく無知だったので、初めて知ることばかりだった。さらに、結果的に、ということかもしれないが、こうした草の根的な流れが、文弘樹氏という結節点を通じて、現在の韓国文学翻訳の隆盛とも接続しているという話としても読むことができるようになっている。

少年時代の京都についての証言、特に、在日朝鮮人コミュニティが存在した、京都駅の南側、鴨川べりのバラック群の話もまったく知らなかった。観光地化された京都市街地中心部とは異なる、周辺部に展開する独特の空間がどう形成されたのか、という意味でも興味深い。

クレインの代表的出版物としては、エドワード・サイードの『ペンと剣』の話が、サイードの参照・利用のされ方への批判的な見方も含めて印象的。現在入手困難なのが惜しまれる。訳者との出会いも含めて、その本が出版される、ということが、さまざまな出会いと、思いが交錯する中での出来事であることがよくわかる。

また、文化政策関係者は、パク ミンギュ『カステラ』刊行に至る経緯での、韓国の海外向け文化振興策についての証言は必読かと。韓国政府が、コンテンツ、助成、相手国の言葉でやり取りできる交渉担当者と、きっちり態勢を整えて海外向け文化政策に臨んでいる様子がうかがえる。本気で自分たちの文化を海外に売り込むなら、このくらいやらないといかん、ということか。

読み進めることで、日本における文化の豊かさは、実は在日朝鮮人を含む他民族社会であることに支えられているのではないか、という感想を持ちつつ、当事者としての経験に関する複雑な語りを読むと、そのことを屈託なく語れるような状況でもまだまだないよなあ、という気持ちにもなったり。とにかく、出版という営為が、社会と文化と経済の結節点にあることがよくわかる一冊。それを(印刷製本以外は)一人で担っている、ということで得られる視点が、本書の面白さをさらに増幅しているかもしれない。

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