瀬田勝哉『戦争が巨木を伐った 太平洋戦争と供木運動・木造船』平凡社, 2021.(平凡社選書 236)
瀬田勝哉『戦争が巨木を伐った 太平洋戦争と供木運動・木造船』平凡社, 2021.(平凡社選書 236)を何とか読了。ハードカバーは通勤時に読みにくいので時間がかかってしまった。
本来中世史を専門とする著者が、指導した学生の執筆した卒論を出発点に、様々な事情で研究の継続が困難だったその学生の後を引き継ぐ形で、発展された研究の成果をまとめたもの。それにしても、次々と関係者が鬼籍に入っていく状況下で、危機感に駆られて取り組むことにした、という本書成立の発端自体が、現在研究者が置かれている研究環境を象徴しているような。
これまでほとんど忘れ去られていた、太平洋戦争終盤の、制海権と制空権を広範囲に失いつつあるなかで進められた、木材の供出運動、特に、個人宅の庭に植えられたものや、旧街道沿いの並木など、山林以外における動きを中心に、その使用目的の一つであった木造船(「木船」とも)の増産運動の動向なども含めて、広範に論じられている。ようやく行き着いた関係者が、数年前に亡くなっていた、というケースもあちこちに登場し、「猶予はない。自分の他の研究を後回しにしてでも、もう私がやるしかない。」(「はじめに」)という著者の危機感がまさに現実のものとして立ちはだかる。
それでも、残されていた資料・史料を丁寧に確認し、地元の博物館・資料館・図書館や、各分野の専門家のアドバイスも受けながら明らかにされた全体像は、ロジスティックを軽視してはドツボにはまる、日本的場当たり対応の典型例ともいえるような展開で、読み進めるごとに何ともいえない気持ちになってしまった。
マクロな状況も押さえつつ、状況に巻き込まれつつ、それぞれ考え、行動した人たちについて丁寧に向き合っているのも特徴で、家の誉れと考え進んで協力した家について、その時代の状況下で、その家の歴史を背負った木の重さを受け止めた上での行動だ、ということが丹念に描かれている。
また,特に運動の中心になった翼賛壮年団(翼壮)について、その青年団運動から展開したその発足時から、翼賛体制に組み込まれていった状況も踏まえつつ、買い取り側の様々な思惑の公正な調整役として地元の人々に評価された側面と、結果として供木を断れない状況を作り出していく圧力団体としての側面の両面を描き出しているのも興味深い。
木造船を大量に建造する計画について、その進捗の遅れの課題や原因、対応策について、冷静に分析して組織内では議論されていたが、当然表向きはいろいろ誤魔化されたりしているわけで、そういった状況が、残された文書類から明らかにされていたり。また、本書終盤、市民的不服従を貫徹して歴史的並木を守った人のエピソードも紹介されるが、裏付けるものはわずかな証言のみで、当然のように当時は後ろ指を指された、という話も。なんというか、いろいろ、何かまた繰り返してないか、と考えてしまう話も多い。
こんな感じで、内容的にもいろいろ興味深いが、本書の最も重要な点は、どのような史料・資料について、どこまで調べ検証したのかについて、各所に記載している点ではないかと思う。こういう資料があって、ここまでは調べたがそれ以上はできなかった、や、資料があることまでは確認できたが、精査はできなかった、といったことが、あちこちに書き記されている。また、発見できなかったが、こういった資料が残されている可能性がある(なぜなら、いつ出たどの本で使用されているから)といった記述もある。通常の研究書であれば、そこも調べろよ、という突っ込みどころとなり、批判される記述ではないかと思うが、おそらく、本書はさらに別の人が研究を進めるための引き継ぎということも意識して書かれているのではないか。近代の林業、造船、物流、造園、翼賛運動など、様々な切り口で追求することのできるテーマでもある。本書を起点に様々な研究がさらに生まれるかどうかが、本書の意義と価値を決めるのではないだろうか。
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