『日本古書通信』2021年12月号(86巻12号)・2022年1月号(87巻1号)
ためこんでしまっていた、『日本古書通信』2021年12月号(86巻12号)と、2022年1月号(87巻1号)の感想をまとめて。
まずは、2021年12月号から。
特に巻頭の、塩村耕「虫だらけの伊東玄朴書簡—コレラと闘う蘭医」(p.2-3)が重要かと。著者が入手した伊東玄朴から大槻俊斎宛の書簡を解読しつつ、その背景を含めて解き明かしていくもので、断片的に現れる情報と知られている史実を組み合わせつつ、時期や状況を推定していく。末尾では、デジタル化の重要性と効果について言及されていて、書簡資料のネット公開を推奨している。また、早稲田大学図書館や東京都立中央図書館の取り組みを評価しつつ「今や、先人のかつて経験することができなかった夢のような研究基盤」が実現しつつあり、「人文学の質を書き換えるほどの事態をもたらす可能性がある」と指摘し、「書簡文化研究の機運」の再来への期待も述べられている。原資料の面白さと、それを読み解くためのツールとしてのデジタル化資料の重要性の両面が語られていて、重要な記事かと。
田坂憲二「『短歌風土記山城の巻(一)』漫歩—城南吉井勇紀行」(p.4-6)は、歌人・劇作家の吉井勇が、戦後まもなく、京都府八幡市に住んでいた時代の短歌集『短歌風土記山城の巻(一)』をひも解きつつ、関連の文献も紹介しつつ、京阪電車八幡市周辺のゆかりの地をめぐる一本。当時の文化人たちとの交流も興味深いが、現地の和菓子が何ともおいしそう。
加藤詔士「明治16年度『工部大学校学課並諸規則』」(p.14-15)は、後に帝国大学工学部となる工部大学校の教職員、学課目の編成、諸規則をまとめ、ほぼ毎年刊行されたと見られる『工部大学校学課並諸規則』の英語版を含む現存諸本の概要を整理しつつ、著者が入手した明治16年度版について、他の諸本との異同などの分析が行われている。基本資料の紹介として重要だと思われるが、伝存がこれほど少ないとはちょっと驚き。
福田博「和書蒐集夢幻譚 117 左右にブレる出版人成史書院關根喜太郎」(p.20-21)は、宮澤賢治『春と修羅』を発行し、販路を提供した關根書店の代表、關根喜太郎が、後に立ち上げた出版社、成史書院で昭和14年に刊行した『紙 資源愛読本』を取り上げたもの。実は關根自身が執筆・刊行した奇妙な本で、特に一部が引用されている、紙を種類別に解説した文言中の詩のような部分が何ともいえない味わい。
小田光雄「古本屋散策(237) 山辺健太郎と『現代史資料』」(p.22)は、前号(感想)に続き、『現代史資料』について。今回は『社会主義運動』7冊、『台湾』2冊の編集解説者であった山辺健太郎について、「独学者ならではの図書館と文書館(アーカイブ)の徹底的利用」によるその仕事が紹介されている。特に、国立国会図書館の憲政資料室には開設直後の1950年当初から1968年にかけて、毎日のように通っていたことが紹介されている。「憲政資料室の牢名主」と自称していたとは。図書館・アーカイブズによる蓄積と、そこに蓄積された資料を活用した出版の一事例でもあり。
川口敦子「パスポートと入館証、準備よし!(36)」(p.24-25)は、2016年のマドリードのスペイン国立図書館とも近い公園で開催された、マドリード秋の古書市(Feria de Otoño del Libro Viejo y Antiguo de Madrid)の様子を紹介。こういう記事が読めるのも、古通ならでは。
森登「『浦上玉堂関係叢書』刊行について」(p.28-29)は、浦上家史編纂委員会が刊行した『浦上玉堂関係叢書』全3巻4冊編纂の裏話的一本。特に第3巻に当たる『浦上玉堂父子の藝術』における、琴譜からの全曲録音(CD付き)の話や、様々な呼称を網羅したという人名索引作成の苦労話が興味深い。
巻末の編集後記的コラム「談話室」(p.47)では、天理図書館開館91執念記念「書物の歴史」展や、深井人詩氏追悼文集に言及されている。
続いて2022年1月号について。なんと、一部ページの図版がカラーになり、紙質も変わった。
早速、川島幸希「外装の下 泉鏡花の極美本」(p.2-3)では、著者所蔵の美本の図版を掲載。「現物の色とはかなり違う」とのことだが、保存状態の良さはうかがうことができる。
森登「銅・石版画万華鏡 172 正月の引き札」(p.7)もカラー図版。これは確かにカラーがありがたい。当時皇太子妃だった九条節子(後の大正天皇皇后)が描かれた引札を取り上げている。多色石版と空押しの組み合わせとかあるんだ、という感じ。また、岩切信一郎氏が監修されたという『引札 資料集』(海の見える杜美術館,2021)の紹介もあって、「引札の資料集としては出色の図録」とのこと。
竹居明男「「七福神」と「宝船」に関する文献抄—架蔵の稀覯資料から—」(p.10-11)は、七福神、宝船についての図録や解説書の紹介。これでもおそらくコレクションの一部なのだと思われるが、こんなにあるのか、という感じ。特に宝船コレクターによる図録が複数あり、「明らかに大正と昭和一桁代にピークがあった」宝船ブームがあり、「その中心は京都・大阪・名古屋にあったように思われる」という分析が興味深い。
松竹京子「文筆家としての小早川秋聲」(p.14-15)は、小早川秋聲が美術雑誌に寄稿した大量の文章について、その一端を紹介したもの。「日本画家小早川秋聲の御長女山内和子先生から父秋聲について」話を聞く機会があったことが、秋聲の文章を追い始めた契機とのこと。
茅原健「珈琲店—獏さんの思い出」(p.15)は、沖縄出身の詩人、山之口獏氏の思い出を綴った囲みコラムだが、1950年代の池袋北口の喫茶店についての話でもあり。
小田光雄「古本屋散策(238) 姜徳相と『現代史資料』」(p.22)は引き続き、みすず書房の『現代史資料』について。今回は、1963年の『関東大震災と朝鮮人』と、その月報掲載の山辺健太郎「震災と日本の労働運動—朝鮮人問題と関連して」が取り上げられている。また、同巻の編者である姜徳相の『関東大震災』中央公論社,1975.(中公新書)も参照しつつ、朝鮮人虐殺事件の背景が論じられている。1960年代、70年代の蓄積がいかに現在忘れ去られているか、ということを痛感させられる話でもあり。それにしても、三一書房・三一新書の三一って、三・一運動が由来だったのか……知らなかった(これはちょっと恥ずかしいかも……)。
巻末の「談話室」では、古書業界の店舗から目録販売、そしてネットへという流れから、再び店舗志向の若手古本屋の動向に触れつつ「更にネット外の世界に活路を見いだそうとしているのが現在かもしれない」という示唆があり。また「蔵書を持つことがステイタスでなくなってしまった社会の中の古本屋」がどうなっていくのか、その問いかけも重い。
(2022-01-16 誤字を一ヶ所修正しました。「室」→「質」)
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