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2022/04/24

『日本古書通信』2022年4月号

『日本古書通信』2022年4月号(87巻4号)をぱらぱらと読んだ。どうも集中力が続かないので、簡単に。

田坂憲二「吉井勇の自筆歌集(上)吉井勇と臼井書房」(p.2-4)には驚いた。影印本ではなく、作者自選による歌集を作者の自筆で複数部作成し、頒布する、ということが昭和21年ごろに行われていた、とはまったく知らなかった。広告によれば200部刊行予定だったそうで、それを丹念に書いた吉井勇、すごい。なお、収録歌の選定過程を示す資料が、京都府立京都学・歴彩館の吉井勇資料中に残されている、というのも興味深い。

飯澤文夫「続PR誌探索(37)」(p.4-5)は三省堂の書店部門、出版部門それぞれの戦前のPR誌を紹介。戦時下の出版統制で消えた『書斎』など。

新連載、川口敦子「キリシタン資料を訪ねて(1)ポルトガル国立図書館」(p.16-17)は、形こそ新連載だが、実際には、著者の「パスポートと入館証、準備よし!」の続編かと。引き続き、各国それぞれの貴重書の扱いが分かって面白い。毎度のことながら、マイクロ資料や、昨今のデジタル化されたものを見るだけではなく、現地でカード目録を確認し、原物を請求することによる発見がある、というのが興味深いが、図書館屋的には頭が痛い。

三坂剛「福永武彦自筆識語・署名本収集について3」(p.30-31)は、紙の原物ならではのコレクションの魅力を示す切り口では。また、各版と福永武彦電子全集におけるテキストとの関係についても言及があるのがポイントかと。

森登「銅・石版画万華鏡 175 福島中佐単騎横断」(p.35)では江戸から明治の日露関係を概観しつつ、明治25年から26年にかけて、ドイツからシベリアまで、馬で横断して実地調査を行い、帰国した福島安正を描いた版画を紹介。

これも新連載の小林信行「平田禿木をめぐる人々 尾崎紅葉1」(p.38-39)は、淡々と尾崎紅葉の生い立ちから、作家に専念、活躍を広げていく過程をたどりつつ、そこに並走していく平田禿木に言及していく、というスタイルで、近代文学音痴の自分としては、ああ、そういうことだったのか、という感じの話も多くて勉強になった。こういうのを何の気なしに読んでしまって、何となく勉強になってしまうのが、雑誌の良いところでもあるが、自分の知識が貧弱なだけという話もあるか。

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2022/04/10

『美しい暮しのための少女年鑑 1957年』(「少女ブック」新年号(第7巻第1号)ふろく)集英社,1957.

先日某所の古本まつりで『美しい暮しのための少女年鑑 1957年』(「少女ブック」新年号(第7巻第1号)ふろく)集英社,1957.を入手。状態はそれほど良くはないのだけど、監修の一人が「国会図書館長 金森徳次郎」とあったので、つい手が伸びてしまった。なお、もう一人の監修は日本女子大教授の上田柳子。家政学の第一人者で服飾関係の著作が多数ある。

内容は、ファッションを前面に出しつつも、芸術・文化に関する基礎強要や、手紙の書き方、職業案内なども含んでいて、要するに女子用往来物の戦後版か……という感じ。

大きさは縦16.5cm×横9.0cm。216ページ。赤を基調にした表紙には、表面加工を施されていて、手帖風を狙った作りなのだろうか。

金森は巻頭の「りっぱな少女となるために」と題する序文も担当している。そこでは、時代が少女に求めるものを、

「肉体も精神も健全であることはいうまでもなく、学問も必要です。職業能力も必要です。趣味も美容も、文学音楽芸術もわからなくてはならない。どんな身の上の変化にぶつかっても、これをのりきっていくだけの人生能力が必要です。」

と語りつつ、この『少女年鑑』について「これらの性能を身にそなえるように企画した」とその企画意図を記している。

趣味に関する部分では、「読書」についても取り上げられていて、「図書館自動車」や「図書閲覧室」の図版も掲載。ただ、中を読むと図書館ではなく、本を大切に扱う方法や、本の選び方が中心。「出版社から出版目録をとりよせてから買うのはもっとも良い方法です」とあったり。「破損したページはセロテープで修理しましょう」とあるのは、これはいかん、とか思ったり。その一方で、「へんなつみかたをして本をいためぬよう、本棚を整理しましょう」と書かれていて、すみません、すみません、いう気持ちに……。

また、進学案内が「めぐまれた環境にある人のために」と「私はめぐまれないと思っている人のために」に分けて書かれているのが生々しい。後者では「皆さんの年ごろでは、進学か就職かがきまるときなどに、急に人生のはかなさが身にしみて、泣きわめいて両親をこまらせ」たりするかもしれないが、勉強をやめてはいけない、と呼びかけ、定時制高校や職業学校について記載している。前半の華やかなファッションや、クラシックやジャズ、絵画やバレエといった芸術、読書やカメラといった趣味などについての知識と、現実とのギャップを、書き手の側も認識しつつ、将来への希望をつなぎとめようとしている姿勢がうかがえる。

当時の金森徳次郎が若年女性の教育について、積極的に関わっていたのかどうか知識がないのだが、少なくとも、こうした場に上田柳子と名を並べて、文化芸術に関する権威づけになりうる人物として扱われていたことはうかがえる。と、同時に、この時代に求められていた教養と、そしてこのふろくがターゲットにしていた読者層が直面していた現実も。それにしても、よくこれだけの情報をコンパクトにまとめたものだ。ところどころに執筆者名が入っている記事もあり、どういうチームで書かれたものなのかも気になるところ。

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2022/04/03

鈴木美勝『北方領土交渉史』筑摩書房,2021.(ちくま新書)

『北方領土交渉史』表紙

(表紙画像はopenBDから。)

鈴木美勝『北方領土交渉史』筑摩書房,2021.(ちくま新書)を読了。ウクライナをめぐる情勢を受けて、色々な意見がSNSで流れてくるので、とりあえず、ざっくり経緯を把握しておきたくなって、読んでみた。

特に1956年の日ソ共同宣言に結実する鳩山一郎内閣による対ソ連交渉に関するくだりが印象的。米ソが対立する冷戦構造が強化されていく中で、領土や平和条約よりも、シベリア抑留者の帰国の実現と、国連加盟を優先した結果として、その後の日ソ・日露関係の前提が作られていった過程が分かりやすく描かれている。鳩山と重光葵との対立構造や、保守合同に向けた国内の政治勢力の再編状況との関係を軸に論じていて、外交と内政が密接に絡み合いつつ交渉が変遷していく過程が興味深い。本書全体に言えることだが、政治家に信頼され、重用された官僚の動きを重視しているのが特徴で、時事通信出身の著者が、記者として官僚と接してきた経験が活かされてそう。

領土問題がいかに政治家の野心を引きつけるのか、という側面も強調されており、だからこそ表の外交ルート以外の、ソ連やロシアとのパイプ役となる別ルートを探る動きが繰り返し生じることがよく分かる。

「日露(ソ)領土交渉史を振り返る時に気づくのは、国家主権を支える「外交の正義・倫理・法原理」がしばしば軽視され、エネルギー・ビジネスが外交に密接に絡んでくること、しかも、それが往々にして国家の根幹を揺さぶる変動要因になる点だ。そうした外交を、人的ファクターに置き換えるならば、外交の場が、エネルギー・マフィアの暗躍する舞台と化してしまう可能性が大きくなる。」(第五章 安倍対露外交──敗北の構造/第一節 「経産官僚」主導の起点)

という指摘は、重要なのかもしれない。

また、第二次安倍政権下の対ロシア外交における、外務省外し(と責任の押し付け)とも見える動きに関する記述は批判的で、かつ生々しい。特に、様々な場面やインタビューなどで示されていたプーチン大統領側の姿勢を冷静に読み解くことなく、口約束を頼りに一方的に期待値を上げていったことに対する評価は低い。その動きに迎合したマスコミ(特にNHK)に対する批判的な記述もあったりする。対照的に、橋本龍太郎政権における、政官両面をグリップした上、政府の総力をうまく活用しながら進められた交渉に対する評価が高くなっていて、著者の理想とする外交の姿がそこからうかがえる。

こうした視点は、やや外務官僚よりとも見えなくもないが、外交文書がまだ公開されていない時期の交渉について、ある程度踏み込んだ交渉の内実を探ろうとすれば、情報源は限られるわけで、外務官僚とその経験者の発言が一定の重みを持つのはやむを得ないようにも思える。本書の読みどころの一つが、「ロシア・スクール」とも呼ばれる、ロシア語/ロシア地域を専門とする外交官のグループの、東西冷戦期の厳しい対立構造の中で活躍してきたからこその結束や特色について、詳しく紹介している部分で、KGBの監視下での外交官生活や、それぞれ個性のある外交官たちの横顔が描き出されていたりする。こうした、外務官僚視点の導入が、本書の強みでもあり、注意点でもあるかもしれない。

何にしても、情報源が限られる中で、様々な情報を照らし合わせながら、かつコンパクトに分かりやすい図式で、国際状況や国内の政治状況の変化も捉えつつ、1956年の日ソ共同宣言からどこまで前進し、そしてまた、立ち戻ったのかが分かりやすく整理されているのはありがたい。今後、外交文書の公開が進んでいけば、本書の記述は順次検証されていくことになるとは思うが、まずはざっくり、近年までの見取り図を頭に置いておくためには読みやすくて、ありがたい本だった。

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