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2022/04/03

鈴木美勝『北方領土交渉史』筑摩書房,2021.(ちくま新書)

『北方領土交渉史』表紙

(表紙画像はopenBDから。)

鈴木美勝『北方領土交渉史』筑摩書房,2021.(ちくま新書)を読了。ウクライナをめぐる情勢を受けて、色々な意見がSNSで流れてくるので、とりあえず、ざっくり経緯を把握しておきたくなって、読んでみた。

特に1956年の日ソ共同宣言に結実する鳩山一郎内閣による対ソ連交渉に関するくだりが印象的。米ソが対立する冷戦構造が強化されていく中で、領土や平和条約よりも、シベリア抑留者の帰国の実現と、国連加盟を優先した結果として、その後の日ソ・日露関係の前提が作られていった過程が分かりやすく描かれている。鳩山と重光葵との対立構造や、保守合同に向けた国内の政治勢力の再編状況との関係を軸に論じていて、外交と内政が密接に絡み合いつつ交渉が変遷していく過程が興味深い。本書全体に言えることだが、政治家に信頼され、重用された官僚の動きを重視しているのが特徴で、時事通信出身の著者が、記者として官僚と接してきた経験が活かされてそう。

領土問題がいかに政治家の野心を引きつけるのか、という側面も強調されており、だからこそ表の外交ルート以外の、ソ連やロシアとのパイプ役となる別ルートを探る動きが繰り返し生じることがよく分かる。

「日露(ソ)領土交渉史を振り返る時に気づくのは、国家主権を支える「外交の正義・倫理・法原理」がしばしば軽視され、エネルギー・ビジネスが外交に密接に絡んでくること、しかも、それが往々にして国家の根幹を揺さぶる変動要因になる点だ。そうした外交を、人的ファクターに置き換えるならば、外交の場が、エネルギー・マフィアの暗躍する舞台と化してしまう可能性が大きくなる。」(第五章 安倍対露外交──敗北の構造/第一節 「経産官僚」主導の起点)

という指摘は、重要なのかもしれない。

また、第二次安倍政権下の対ロシア外交における、外務省外し(と責任の押し付け)とも見える動きに関する記述は批判的で、かつ生々しい。特に、様々な場面やインタビューなどで示されていたプーチン大統領側の姿勢を冷静に読み解くことなく、口約束を頼りに一方的に期待値を上げていったことに対する評価は低い。その動きに迎合したマスコミ(特にNHK)に対する批判的な記述もあったりする。対照的に、橋本龍太郎政権における、政官両面をグリップした上、政府の総力をうまく活用しながら進められた交渉に対する評価が高くなっていて、著者の理想とする外交の姿がそこからうかがえる。

こうした視点は、やや外務官僚よりとも見えなくもないが、外交文書がまだ公開されていない時期の交渉について、ある程度踏み込んだ交渉の内実を探ろうとすれば、情報源は限られるわけで、外務官僚とその経験者の発言が一定の重みを持つのはやむを得ないようにも思える。本書の読みどころの一つが、「ロシア・スクール」とも呼ばれる、ロシア語/ロシア地域を専門とする外交官のグループの、東西冷戦期の厳しい対立構造の中で活躍してきたからこその結束や特色について、詳しく紹介している部分で、KGBの監視下での外交官生活や、それぞれ個性のある外交官たちの横顔が描き出されていたりする。こうした、外務官僚視点の導入が、本書の強みでもあり、注意点でもあるかもしれない。

何にしても、情報源が限られる中で、様々な情報を照らし合わせながら、かつコンパクトに分かりやすい図式で、国際状況や国内の政治状況の変化も捉えつつ、1956年の日ソ共同宣言からどこまで前進し、そしてまた、立ち戻ったのかが分かりやすく整理されているのはありがたい。今後、外交文書の公開が進んでいけば、本書の記述は順次検証されていくことになるとは思うが、まずはざっくり、近年までの見取り図を頭に置いておくためには読みやすくて、ありがたい本だった。

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