『学士会会報』no.955(2022-IV)
『學士會会報』no.955(2022-IV)を斜め読みしたら面白かったので印象に残った記事をメモ。
宇山智彦「ロシアは何をめぐってウクライナ・米欧と対立しているのか」(p.16-20)は、ロシアの主張を分析して、ウクライナ侵攻の理由としてよく言われるNATO拡大という主張を「額面通りに受け取ることはできない」とした上で、特に米国との関係の中で、ロシアが国際社会における特別な権利がある、という主張や米国中心の国際秩序のゆらぎ、ウクライナとの一方的な一体性認識などを背景として分析している。バランス感覚も含めて、短く読める論説としてお勧めかと。
中山洋平「二〇二二年大統領選挙後のフランス政治――「ポピュリズム」から分極化へ?」(p.21-27)は、先日のフランス大統領選挙を分析し、かつては極右のものだった、移民排斥という主張を、幅広い勢力が取り込むことが容認されるようになっているなど、「EU統合推進、市場自由化、共和制原則に基づく意味統合」という統治エリートのコンセンサスが突き崩されてきている状況を論じている。興味深いのは、イタリアの政治学者サルトーリの描いた「分極的多党制」と同様の力学が働いているという話。「分極的多党制」というのは、
「左右両極に無視できない反体制政党を抱えている上に、中央の位置が独立の勢力によって占められていると、左右の穏健な政党は両極に吸い寄せられていく。こうした「遠心的競合」によって左右両翼への「分極化」が進めば、最終的には民主制の存続が危ぶまれる段階に至る。」
という話で、フランスでは、左右の両極が、EU統合に反対、市場自由主義路線を批難するという状況で、中道の独立政党であるマクロン党がこれまでのコンセンサスを維持する、という構図になっているとのこと。日本との比較という意味でも興味深い。
大塚美保「没後百年目の森鷗外」(p.42-46)は、今年没後百年となる森鴎外の最新の研究動向を紹介する一本。フェミニズムの理解者・支援者としての鴎外、文化の翻訳者としての鴎外、鴎外による国家批判と体制変革を通じた国家維持構想など、鴎外の持つ多面性を積極的に評価する近年の研究動向をコンパクトに紹介していて、最近はこんな議論になっているのか、と勉強になった。
北村陽子「戦争障害者からみる社会福祉の源流」(p.47-51)は、第一次大戦後のドイツで発展した、「戦争によって傷ついた人(Kriegsbeschädigter)」への支援策が、リハビリや障害者スポーツの発展、義手・義肢の技術革新、盲導犬の導入(軍用犬の戦後の活躍の場として発展したとのこと)など、現代につながる様々な障害者支援の仕組みにつながっていることが紹介されていて、まったく知らないことだらけで驚いた。
山田慎也「民俗を尋ねて《第VI期》第4回 変わりゆく葬送儀礼」(p.85-90)は、新潟県佐渡島北西部の、自宅を中心的な場として行われていた葬送儀礼を紹介するとともに、2000年代以降、公民館、そして2014年に改行した葬儀場を利用する形で変化するとともに、地域共同体から個人化の方向に向かっていった過程を紹介している。
なお、表紙の図版は東京大学総合研究博物館所蔵三宅一族旧蔵コレクションから、貴族院議員だった三宅秀(1848-1938)が貴族院議員有志から送られた、服部時計店製「帝国議会議事堂模型」。表紙裏の解説(西野嘉章「かたちの力(連載79)」)と併せて、現在の国会議事堂が完成した直後の議事堂が持っていた象徴性も含めて、興味深い。
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