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2023/05/05

調査趣味誌『深夜の調べ』第1号

現在在庫切れということで、紹介するのは若干気が引けるのだけど、ご恵投いただいたお礼も兼ねて

調査趣味誌『深夜の調べ』第1号 https://chosashumi.base.shop/items/73228825

の感想を少し。

まず、この号の中核となっているのは、200ページを越えるTakashi Kamikawa「『土の香』総目次+解題+索引」。そのボリュームと情報量は圧倒的。『土の香』という「忘れられた民俗学雑誌」(と、その周辺の出版物)について、現在判明している各号の目次と、さらに各号ごとに編者による備考が付されており、興味深い記事についての補足や、印刷方法の変遷、存在が未確認の号に関する考察など、様々な情報が詰め込まれている。出版史的な読み込みも可能だろう。

また、解題では、愛知県地域の郷土史の観点からの先行研究が紹介されていたりもするので、とりあえず、愛知県内の図書館は郷土資料として入手しておいた方がよいのでは(といっても、今からだと入手は難しいかも…)。

さらに、執筆者別、地域別、テーマ別の索引が付されていて、『土の香』の中心人物である加賀紫水(加賀治雄)の地元愛知県だけではく、そのネットワークが全国に広がり、取り上げられた主題も多様であったことが一見して分かるようになっている。

例えば、地域別索引で神奈川ネタを多く執筆している鈴木重光は、デジタル版 日本人名大辞典+Plusで郷土史家、民俗学研究家として立項されているこの人だろう。

鈴木重光 すずき-しげみつ(1888-1967) https://kotobank.jp/word/鈴木重光-1084057

こうした、検索すればそれなりに情報が出てくる人物以外にも、おそらく、これまであまり知られていなかった書き手も含まれているはずで、その意味でも、今後の研究の基礎となる仕事なのではないだろうか。

なお、『土の香』の戦後復刊後の第1巻第1号に付されている備考によれば、1943年、加賀紫水が『土の香』揃い131冊を渋沢敬三の民俗研究所に寄贈したとの記載があるとのことで、この揃いはどこに行ったのかが気になるところ。国立民族学博物館か、神奈川大学日本常民文化研究所に引き継がれていれば良かったのだけれど、それぞれ所蔵は確認できず。いったいどこに……

他にも論考が掲載されているが、特に、星野健一「渡辺霞亭(碧瑠璃園)『日蓮聖人』雑記」ががっつりとした論文。正直、渡辺霞亭といえば、東京大学の総合図書館の

霞亭文庫 https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/katei/page/home

の旧蔵者としてしか知らなかったのだが、この論文は人気作家だった渡辺霞亭の作品の一つ『日蓮聖人』執筆の背景や、受容を論じたもの。こういう作家だったのか、と始めて知った、という意味でも興味深かった。ちなみに、編集者コメントで、「国会図書館の地下には資料として利用されていない過去の新聞が大量に死蔵」とあるのは、何かの勘違いなのでは……(マイクロフィルムで利用に供しているので、原紙は利用されていない、ということはあるかと)。

これら「調査」の成果そのものをまとめたものに加えて、他の「調査趣味」活動を紹介する寄稿がいくつか掲載されていて、「調査趣味」のネットワークの広がりを感じさせるものになっている。取り上げられている活動や成果は次のとおり。

トム・リバーフィールド編『昭和前期蒐書家リスト』 (参考)トム・リバーフィールド「戦前の愛書家、古本者の全体像は本書から――『昭和前期蒐書家リスト―趣味人・在野研究者・学者4500人』」(日本の古本屋メールマガジン) https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=5305

机上のユートピア 彰往テレスコープMUSEUM Vol.02 https://syoutele.thebase.in/items/68651702

草の根研究会 https://note.com/modern_bookclub/

という具合に、この第1号単独でも、十二分に意義も意味もあるのだけれど、願わくは、第2号以降が続いて、名実ともに「雑誌」になると、もっと楽しくなるのでは、と期待してしまうのだった。

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