板橋区立美術館「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」展
既に会期が終わってしばらくたってしまったけれど、やっと図録を一通り読み終わったのでざっくり感想を。時間がたって、展示自体の印象はだいぶ薄れてしまったのだけれど。
- 板橋区立美術館「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」展 会期:2024年3月2日〜4月14日 https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/4000016/4001737/4001747.html
ちなみに、巡回展で、2024年5月5日現在、三重県立美術館で開催中。先行して開催された京都文化博物館も含め、図録も3館共通。青幻舎から刊行されているので、比較的入手は容易かと。
- 『「シュルレアリスム宣言」100年 シュルレアリスムと日本』青幻舎, 2024. https://www.seigensha.com/books/978-4-86152-941-2/
展示としては、絵画作品が中心でありつつ、関連する出版物や、展覧会関連の印刷物、日記、メモ類など、近年の近代美術展の潮流を踏まえた、周辺資料への目配りが周到で、それぞれの作品がどの地域で、どのような人々・団体との関連で制作されたのか、ということにかなり意識的な展示になっていたように思う。
タイトルから分かるように、1924年のアンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』から100年を記念するタイトルではあるけれど、今回の展示では、それを受け止めた日本での様々な動きを多面的に捉えることに重点が置かれていた、という印象。若干とまどったのは、展示を見ても、シュルレアリスムが何なのはよく分からない、というところかも。シュルレアリスムに関する説明自体があまりないということもあるし、そもそも発祥の地である欧州におけるシュルレアリスム自体が、時期によって大きく変化している(らしい)ということもあるのかも。
欧州のシュルレアリスム運動が、第一次大戦後の深刻な知的・精神的危機に対する反応一つであったとすれば、今回の展示では、日中戦争から第二次大戦に向かう徐々に閉塞していく知的・精神的環境の中で展開され、そして、1941年4月に福沢一郎、滝口修造という代表的作家が治安維持法容疑で逮捕され実質的に終焉を迎えるまでの過程と、戦前にシュルレアリスムから受けた影響を、壮絶な従軍体験を経て生き残った作家たちの戦後の作品と接続する、という、形で、戦争を軸の一つとして構成されているのが特徴といえるかもしれない。特に図録掲載論文の弘中智子「シュルレアリスムと画家たちの戦争・戦後体験」(図録p.260-275)は、戦争による創作活動の中断が、画家としての形成期と重なっていたかどうかによって、戦後への接続に大きな差が生じたという議論を展開していて、興味深かった。
なお、たまたま、関連してそうだな、と思って
中村義一 著『日本の前衛絵画 : その反抗と挫折-Kの場合』,美術出版社,1968. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2518414 (参照 2024-05-03)
を斜め読みしていたところ、103コマ目(p.174)で、釈放された直後の福沢一郎が、作品についていかに時局に協力したものかを無表情に語る姿についての、土方定一による回想を紹介していた。回想なので、記憶の中で誇張された面はあるかもしれないが、印象に残ったので、ついでに紹介しておく。なお、本のタイトルにある、Kというのは、本展でもとりあげられている北脇昇のこと。
あと、展示されていたもので面白かったのは、シュルレアリスムでは、個々の描かれている事物は具象で、その配置と組合せが超現実、だったりすることがあるわけだけど、それを写真でやってた、というところ。写真の前衛表現となると、本展でも取上げられている瑛九のフォト・デッサンのように、直接フィルムや印画紙に露光させていく手法がすぐ浮かぶけれど、撮影する題材の組合せやレイアウトでシュルレアリスム的構図を実現する、というのはなるほどだった。
全然知らなかった作家の作品にもたくさん出会えたし、総じて、満足度が高い展示だったかと。日本における前衛芸術の展開に関心があれば、少なくとも図録は入手した方がよいと思うし、戦争と美術との関係に関心がある向きにもお勧め。
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