港区立郷土歴史館「終戦80年 戦争を見つめなおそう」展
- 港区立郷土歴史館令和7年度夏休み企画展〈おとなも学べる〉港区平和都市宣言40周年記念「終戦80年 戦争を見つめなおそう」
- 会期:令和7(2025)年7月5日(土)~9月30日(火)
白金台の駅からすぐの、港区立郷土歴史館に「終戦80年 戦争を見つめなおそう」展を見に行ってきた。
今年は戦後80年ということで、あちこちの地域の博物館がアジア・太平洋戦争(港区立郷土歴史館ではその用語を使っていたので、とりあえずこれを使っておく)に関する企画展を展開していたものの、なかなか見に行く機会がなくて、そうこうしているうちに、会期がどんどん終了していってしまった。というわけで、一つくらいは見ておかねば、と思って見に行った次第。あと、カフェも併設されていて、お昼を確保しやすそうというのもあってお昼ごろを目指して出かけてみた。
ランチは博物館内のカフェとしてはやや高めという気もするが、さすが港区。なかなかこじゃれた感じで、野菜がたくさん食べられるのが良い感じ。展示を一通り見終わった後に、ケーキセットなども食べてみようと思っていたのだけど、お茶の時間は混んでて座れず。展示は人が入っていないものの、カフェはそれなりに人気の模様。
さて、肝心の企画展は、出征兵士の写真や、軍事郵便の実例、また、現在麻布台ヒルズになっている麻布郵便局跡地から発掘された「軍事郵便」印、学童疎開の際の日記など、興味深い資料も展示されてはいたものの、物量的にも、解説的にもちょっと物足りない感じ。栃木県を中心にした、学童疎開先のリストがパネルになっていたのは、当時を知る人向けなのかもしれないが、なぜ栃木だったのかを含めて、ちょっと分かりにくい感じではあった。後半は港区の空襲被害や、焼夷弾について紹介されていた。全体として、子どもにもわかりやすく、ということを考えての展示なのだとは思うのだけど、世界史や政治史的な情報がほとんどないので、なんだか大変だった、ということは、伝わるにしても、戦争が天災のように見えてしまうのではないか、というのは気になったところ。
同時開催の
- 港区平和都市宣言40周年「平和展 ~戦後80周年を経て考える平和の大切さ~」
- 会期:2025年7月5日(土)~9月30日(火)
も、体験者の経験や語りを中心にすることで、結果的に空襲の恐ろしさを伝えることが中心になっていて、これまたどうとらえるべきか難しい。
空襲体験が、地域における重要な歴史的記憶であることは間違いないのだけれど、港区は軍事施設が集中していた地域でもあるわけで(なお、常設展の近現代コーナーでは、そのあたり結構ちゃんと紹介されている)、仙台やあるいは広島などもそうなのだけれど、軍事施設が集中する「軍都」が空襲のターゲットになることの意味というのは、そろそろ考慮に入れたほうがよいのでは、という気もしてしまった。係員の方に、加害の側面を抜きにして、被害のことばかりを展示するのはいかがなものか、と苦情を述べている方がいたが、まあ、そう言いたくなるのもわからないではない。
なお、「こども平和塔」や、「こども平和まつり」についても、少しだけだけど触れられていて、これは地域の博物館ならでは、というところかと。
ただ、今、かつての戦争のことを考えてほしいというのであれば、むしろ、今現在行われている「戦争」との関連や類似性についての観点を盛り込むことのほうが、効果があるかもしれないとも思った。民間人を標的にして建物を根こそぎ破壊する手法は、第二次大戦を通じてある意味完成されたともいえるわけで、第二次世界大戦が現在と地続きだ、というところまで視野に入ると、もう少し自分ごととして感じられたりしないだろうか。とはいえ、歴史博物館の展示でそこまでやるのは相当難易度が高そうだけれど。
「平和展」の方では、「記憶の色を保存する 炎と灰のモンタージュ―尾形純が描く東京大空襲」ということで、画家・尾形純が、母親が体験した東京大空襲の炎に照られされる空と、燃え尽きて一面灰色となった街を、抽象化して描いた作品も展示されていた。記憶の継承という意味で、興味深い取り組みではある一方で、こうした作品が今後どのように受容されていくのか、ということについては、正直よく分からず、考えあぐねてしまった。
今後、戦争という主題を、博物館等の展示でどう扱うかというのは、ますます難しくなっていくのかもしれない。そういう意味でも、今年、一つでも関連展示を見ることができてよかったと思う。と、この文章を、出先で書いていたら、街宣車が軍歌を大音量で流しながら通り過ぎて行ったのだった。
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