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2025/12/02

「金沢文庫」創設750年記念 特別展 金沢文庫本 ―流離(さすら)う本の物語―

また間が空いてしまったけど、良い展示を見てきたので感想をメモ。

名古屋市蓬左文庫所蔵で国宝となっている金沢文庫本が勢ぞろいして現在の金沢文庫に里帰り(と言ってよいのかどうかはさておき)、となれば、行く以外の選択肢はないわけだけど、蓬左文庫本以外の展示資料も含めて非常に充実した展示だった。

金沢文庫の成立や資料収集の経緯、そしてその所蔵資料の貸借の状況や、鎌倉幕府滅亡後の危機的状況や資料の散逸など、残された鎌倉時代の書状などから提示するとと同時に、現在まで金沢文庫に伝わる資料に、おそらくはかつては完本が存在していたであろう宋版の零葉・断簡なども絡めることで、鎌倉時代の金沢文庫の収書の充実ぶりが浮かび上がる展示となっていた。

蓬左文庫についても、徳川家康による金沢文庫本などの資料収集と、それを受け継いだ尾張徳川家による資料の整理、活用を、尾張徳川家における古代史研究のための校訂作業や歴史書編纂事業に関する資料を絡めつつ展開することで、金沢文庫を離れた金沢文庫本が重要な役割を果たし、貴重かつ、重要な書物として珍重されてきたことが浮かび上がる構成。近代以降の蓬左文庫についても目配りがされていて、目録の編纂が時代によってどのように変化していったのかうかがえるのがまた興味深い。

会場は撮影禁止だったけど、解説も図版も充実した図録の販売あり。「金沢文庫」印に関する最新の研究や(今後はこれを読まずしてうかつに「金沢文庫」印の紹介はできないかと)、各所に分散した金沢文庫本の情報を整理した(仮はついているが)目録もあり。画像分析による写本間の関係分析など、デジタルヒューマニティーズ的なアプローチの解説もあって、最新の研究成果が詰まった図録になっている。川瀬一馬や関靖(『金沢文庫の研究』)によるこれまでの定説を修正する記述もあり、こりゃ必携かと。

図録を見ていて、金沢文庫本が珍重されてきた背景に、武家政権の元祖とでもいうべき、鎌倉幕府の権威を借りる、といった意味合いがあることが強調されていて、なるほど。徳川家康による金沢文庫本収集によって、その意味合いがブーストされた効果も大きそう。そうした政治的意味合いも含めて、文化財が残るというのはどういうことなのか、考えさせられる展示でもあった。

備忘も兼ねて、図録に収録されている論考のリストを付けておく。

  • 貫井裕恵「総論1 武家のレガリア 金沢文庫本―その形成と伝来」
  • 星子桃子「総論2 尾張徳川家における金沢文庫本―継承と活用」
  • 鳥居和之「特別寄稿 国宝「古事記」はどこから来たのか」
  • 佐藤優「コラム1 国宝四将像の線と色を追う」
  • 貫井裕恵「コラム2 金沢文庫本とその紙背文書」
  • 住吉朋彦「コラム3 武家蔵書の遺品と金沢文庫本」
  • 星子桃子「コラム4 河内本源氏物語「鎌倉基幹巻」の書について」
  • 星子桃子「コラム5 「酸肫法」レシピ作成の試み」
  • 丸山裕美子「コラム6 徳川家康の古典籍蒐集と尾張藩の古代史研究―金沢文庫本を中心に」
  • 今和泉大「コラム7 尾張徳川家の蔵書をめぐる交流」
  • 貫井裕恵・星子桃子「コラム8 金沢文庫印考―蓬左文庫所蔵金沢文庫本をてがかりに」

なお、総論とコラムの後ろにある数字は正しくは丸数字である。ちなみに、「コラム」とあるが、結構がっつり論文となっているものが多いので油断大敵。

さらに目次には出てこないが、附録が重要なので、こちらも紹介しておく。

  • 附録1 名古屋城における金沢文庫本の所在地・表御書物蔵の様子
  • 附録2 蓬左文庫所蔵金沢文庫本書誌データ
  • 附録3 金沢文庫本庫外本リスト(稿)

こちらも数字は丸数字。附録1は、現存資料から、蓬左文庫、うち特に金沢文庫本がが名古屋城内のどこに保管されていたのかを比定したもの。庫内の配置についての記録とかもあるとはびっくり。附録2は、蓬左文庫蔵の金沢文庫本のうち『斉民要術』『侍中群要』『続日本紀』『太平聖恵方』について、各巻ごとに蔵書印の押印状況などを整理したもの。附録3は、現在の神奈川県立金沢文庫以外の各機関に所蔵されている、金沢文庫本をリスト化したもので、原本未確認による漏れなどもあるとのことだが、既存の研究や、各機関の目録からの情報がまとめられている。結構「偽印」が多い、というのも興味深い。

まったくの余談だけど、付設の喫茶店のカレーとコーヒーがなかなかおいしかった。カレーの食後にコーヒーを出してくれる時に、少しだけバニラアイスを口直しにつけてくれるのが心憎い。実際、コーヒーがぐっとおいしく感じられた。

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