2021/11/27

筒井清忠編『大正史講義【文化篇】』筑摩書房,2021.(ちくま新書)

『大正史講義【文化篇】』表紙

(表紙画像はopenBDから。)

筒井清忠編『大正史講義【文化篇】』筑摩書房,2021.(ちくま新書)を読了。だらだら読んでたら、最初の方を忘れてきているけれど、個人的に気になったところをメモ。

牧野邦昭「第2講 経済メディアと経済論壇の発達」では、東洋経済、ダイヤモンド、日経といった、現在の経済論壇の出発点をコンパクトに解説。蔵書家としても知られる小汀利得も登場して、おおっ、となったり(日経の前身『中外商業新報』で活躍)。

今野元「第3講 上杉愼吉と国家主義」は、美濃部達吉、吉野作造とのライバル関係を軸に、上杉愼吉の学説・言論を中心に扱ったもの。単純に軍国主義を支えた学説だ、と否定すればそれで済むというものではない、というのは分かるが、留学先で挫折すると国粋主義に傾倒しがち、という戦後も続くパターンがここにも……という印象もなくはなし。

本書の裏テーマの一つ、「教養」については、筒井清忠「第4講 大正教養主義──その成立と展開」、藤田正勝「第5講 西田幾多郎と京都学派」、大山英樹「第6講 「漱石神話」の形成」が多面的に論じている。小谷野敦「第7講 「男性性」のゆらぎ──近松秋江、久米正雄」での「情けない男」の主題化という論点も含めて、現在まで続く構造が生まれた地点としての大正時代論を堪能できる。

「文化編」としての読みどころは、筒井清忠「第11講 童謡運動──西條八十・野口雨情・北原白秋」、筒井清忠「第12講 新民謡運動──ローカリズムの再生」、石川桂子「第13講 竹久夢二と宵待草」の並びでは。特に第12講での新民謡以前の民謡はむしろ地域による差異が小さく、同じような歌詞、節回しばかりだった、という指摘には驚いた。

田中智子「第14講 高等女学校の発展と「職業婦人」の進出」は、大和和紀『はいからさんが通る』を題材にしているのだけど、『はいからさんが通る』が、現在でも、こうした議論の参照対象になりうる(もちろん、史実とのずれは存在するのだが)、ということが驚き。やはり、大和和紀はすごい。

竹田志保「第16講 「少女」文化の成立」は、1980年代、90年代から盛んになった「少女論」を参照。「これらの「少女」論は、オルタナティブな可能性をもつものとしての「少女」の意義を発見したが、「少女」に抵抗や反秩序の幻想を強め、ロマンチックに周縁化してしまうことへの批判もなされた。」という視点は、むしろ現在忘れられがちかも。

そのほか、宮本大人「第19講 岡本一平と大正期の漫画」では「絵と言葉を組み合わせて多くのことを語ることのできる表現形式」としての漫画の発展、佐藤卓己「第20講 ラジオ時代の国民化メディア──『キング』と円本」では国民的メディアとしてのラジオと出版の成立、斎藤光「第27講 カフェーの展開と女給の成立」では、カフェーの普及と特に女性店員の商品化による形態の分化が語られるなど、多様な主題が次から次へと繰り出される。

各講には、シリーズに共通する「さらに詳しく知るための参考文献」が付されている。先行研究や、資料集や主要な同時代の人物の全集・日記に関する紹介の仕方で、その分野の研究の厚みが何となくうかがえる、という感じもあり。

通読して、思っていた以上に、大正時代から発展・普及して現在まで続いていることが様々にあることに驚いた。そういえば、今年は大正110年か。

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2021/11/20

『日本古書通信』2021年11月号(86巻11号)

『日本古書通信』2021年11月号(86巻11号)を少し前に読了したので忘れないうちに感想をメモ。

とにかく、川島幸希「日本近代文学館への提言」(p.8-9)が重い。「所蔵資料のデジタル化の遅れ・利用者への高額な各種サービス提供・情報発進力の弱さ」等の課題や、その前提となっている収益構造の問題点を指摘しつつ、改善策を提言している。その一方で「スタッフの一人ひとりが文学へのリスペクトと、近文にアクセスする人への愛情を持つこと」の重要性を強調するなど、単なる運営論に終わらない観点も提示。他の文学館と比較しての議論などもあり、文学館に関心を持つ方は必読ではないか。

また、タイトルからは分かりにくいが、佐々木靖章「キヌタ文庫創設者 永島不二男はモダンボーイだった」(p.10-11)は、東京銀座の文化史の話でもあり。個人的には「ルパシカを身にまとい、両手・両足・腰に鈴をつけて、毎日提示に銀座を往来」という、ストリートパフォーマンスを関東大震災前に行っていた、という話に驚いた。また、銀座のカフェ「クロネコ」による雑誌『クロネコ』『船のクロネコ』の紹介もあり。

鈴木紗江子「北米における日本の古書研究2」(p.16-17)は、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)の講義動画「物語文学と写本」の制作プロジェクトで苦心した点を紹介。日本の古典文学研究における概念を英語で紹介するために様々な工夫がなされたことが分かる。最も難しかったという「池田亀鑑が大島本を最前本とした」という一節をどう提示するかのくだりなど、目的に合わせた翻訳のあり方として重要かと。また、「作ることが目的のデジタル化事業から、デジタル化したものを最大限に活用することを目標とする時代になった」という一節は、デジタル化をめぐる状況の変化を端的に著していて、印象的。ちなみに、当該の動画は"Exploring Premodern Japan Series Vol. 4 – Tale Literature (monogatari bungaku) and Manuscripts: The Case of The Tale of Genji"(リンク先は早稲田大のサイトでの紹介)ではないか。

日本研究といえば、川口敦子「パスポートと入館証、準備よし!(35)」(p.32-33)も興味深い。スペイン国立図書館での2回目の調査でのエピソード。データベースにないものはない、と主張する書誌情報室の担当者と、古い冊子目録に遡って確認して当該資料を発見するベテラン司書、という、類似したエピソードに覚えのある図書館関係者も多いのでは、というお話。遡及入力を過信してはいかんのですよね……

小田光雄「古本屋散策(236) 『現代史資料』別巻『索引』」(p.35)は、『現代史資料』の別巻「索引」について。その重要性と、それが国会図書館に通い詰め、記憶力と紙のカードによって編纂された、高橋正衛という編集者「個人の作品」であることが語られている。コンピュータ時代以前のこうした成果をどう継承するのか、という問題でもあるかと。

その他、「書物の周囲 特殊文献の紹介」(p.40-41)では、香川県立ミュージアムの「自然に挑む 江戸の超(スーパー)グラフィック—高松松平家博物図譜」展の図録が紹介されていて、見たかったなあ……としみじみ。あと、青裳堂書店の日本書誌学大系の広告(p.41)で、大小暦の図録である岩崎均史編『大小図輯』と、永井一彰『版木の諸相』の刊行を知る。すごい価格になっているが、何部刷ってるんだろう…

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2021/11/14

『東京人』2021年12月号[no.447]特集「商店街に新風」

新型コロナのせいで、なかなか近隣にも出かける機会がなくなっていたこともあって、『東京人』2021年12月号[no.447]特集「商店街に新風」で報告されている、様々な取り組みで活気を取り戻しつつある東京各地の商店街の様子は興味深かった。

冒頭の、北山恒「コモンズ再生の最前線。 15minutes city TOKYO」(p.12-15)で示された「商店街の道空間を商店街が自治する共通資本(コモンズ)にする」というビジョンは魅力的。また、イベントスペースとして人が行き交う、コモンズとしての寺院・神社の境内、という視点も重要かと。ちなみに、15minutes cityというのはパリで提唱されたものだそうで、それを商店街を軸に再構成した構想、という感じ。

商店街の取り組みの具体例としては、複数の商店街をとりまめつつ、学生が「書生」として空き家に住む取り組みを進めている「文京区 認定NPO法人街ing本郷」(p.16-25)、廃業してしまった歴史的建造物でもある店舗を軸に商店街を活性化を目指す「板橋区 仲宿商店街」(p.26-31)、問屋街としての機能が失われつつある中で、URと組んで異なる業態を積極的に取り込んでいく「中央区 日本橋横山町・馬喰町問屋街」(p.34-41)、東京R不動産を中心に、空き店舗の活用を地域とのマッチングを重しつつ進める「荒川区 ニューニュータウン西尾久」(p.50-57)などが目を引く。

地域で新たな取り組みを進めるためには、時間をかけて地域内外の関係者の信頼関係を構築することや、補助金頼みではなく、持続可能な形で段階的に取り組みを進めていくことが重要であることがよく分かる特集でもある。カフェや本屋が持つ、世代や分野を超えた結節点としての機能、というのも何となくうかがえるし。それぞれの地域の地力がある程度残っているタイミングであれば、シャッター店舗がある程度増えてきた状態からでも、活性化の可能性は残されている、ということでもあり。

また、印象的なのは、その地域がもともと持っている価値を生かしつつ、新しい活力を取り込む、ということを、不動産業側も考えるようになってきている、というところ。東京各地で進む大規模再開発とは異なる方法論がありうることも示されている。近隣に一定の商圏が残っている東京だからこそ、という側面もあるかもしれないが、少なくとも、一定の人口集積がまだ維持されている地方都市であれば、参考になりうるのでは。

それにしても、こういうのを読んでいると、公共図書館と商店街、というのも、割と組み合わせとしてありうる気がしてくるのだけど、どうなのだろう。空き店舗に分館+イベントスペースが入居、というのも、ありえる気はするのだけど。

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2021/11/07

瀬田勝哉『戦争が巨木を伐った 太平洋戦争と供木運動・木造船』平凡社, 2021.(平凡社選書 236)

『戦争が巨木を伐った』表紙

瀬田勝哉『戦争が巨木を伐った 太平洋戦争と供木運動・木造船』平凡社, 2021.(平凡社選書 236)を何とか読了。ハードカバーは通勤時に読みにくいので時間がかかってしまった。

本来中世史を専門とする著者が、指導した学生の執筆した卒論を出発点に、様々な事情で研究の継続が困難だったその学生の後を引き継ぐ形で、発展された研究の成果をまとめたもの。それにしても、次々と関係者が鬼籍に入っていく状況下で、危機感に駆られて取り組むことにした、という本書成立の発端自体が、現在研究者が置かれている研究環境を象徴しているような。

これまでほとんど忘れ去られていた、太平洋戦争終盤の、制海権と制空権を広範囲に失いつつあるなかで進められた、木材の供出運動、特に、個人宅の庭に植えられたものや、旧街道沿いの並木など、山林以外における動きを中心に、その使用目的の一つであった木造船(「木船」とも)の増産運動の動向なども含めて、広範に論じられている。ようやく行き着いた関係者が、数年前に亡くなっていた、というケースもあちこちに登場し、「猶予はない。自分の他の研究を後回しにしてでも、もう私がやるしかない。」(「はじめに」)という著者の危機感がまさに現実のものとして立ちはだかる。

それでも、残されていた資料・史料を丁寧に確認し、地元の博物館・資料館・図書館や、各分野の専門家のアドバイスも受けながら明らかにされた全体像は、ロジスティックを軽視してはドツボにはまる、日本的場当たり対応の典型例ともいえるような展開で、読み進めるごとに何ともいえない気持ちになってしまった。

マクロな状況も押さえつつ、状況に巻き込まれつつ、それぞれ考え、行動した人たちについて丁寧に向き合っているのも特徴で、家の誉れと考え進んで協力した家について、その時代の状況下で、その家の歴史を背負った木の重さを受け止めた上での行動だ、ということが丹念に描かれている。

また,特に運動の中心になった翼賛壮年団(翼壮)について、その青年団運動から展開したその発足時から、翼賛体制に組み込まれていった状況も踏まえつつ、買い取り側の様々な思惑の公正な調整役として地元の人々に評価された側面と、結果として供木を断れない状況を作り出していく圧力団体としての側面の両面を描き出しているのも興味深い。

木造船を大量に建造する計画について、その進捗の遅れの課題や原因、対応策について、冷静に分析して組織内では議論されていたが、当然表向きはいろいろ誤魔化されたりしているわけで、そういった状況が、残された文書類から明らかにされていたり。また、本書終盤、市民的不服従を貫徹して歴史的並木を守った人のエピソードも紹介されるが、裏付けるものはわずかな証言のみで、当然のように当時は後ろ指を指された、という話も。なんというか、いろいろ、何かまた繰り返してないか、と考えてしまう話も多い。

こんな感じで、内容的にもいろいろ興味深いが、本書の最も重要な点は、どのような史料・資料について、どこまで調べ検証したのかについて、各所に記載している点ではないかと思う。こういう資料があって、ここまでは調べたがそれ以上はできなかった、や、資料があることまでは確認できたが、精査はできなかった、といったことが、あちこちに書き記されている。また、発見できなかったが、こういった資料が残されている可能性がある(なぜなら、いつ出たどの本で使用されているから)といった記述もある。通常の研究書であれば、そこも調べろよ、という突っ込みどころとなり、批判される記述ではないかと思うが、おそらく、本書はさらに別の人が研究を進めるための引き継ぎということも意識して書かれているのではないか。近代の林業、造船、物流、造園、翼賛運動など、様々な切り口で追求することのできるテーマでもある。本書を起点に様々な研究がさらに生まれるかどうかが、本書の意義と価値を決めるのではないだろうか。

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2021/11/06

『学士会会報』no.951[2021-VI]

学士会会報』no.951[2021-VI]で気になった記事のメモ。

  • 樺山紘一「渋沢栄一について語ろう」p.4-14

現在、渋沢栄一記念財団理事長を勤める樺山紘一氏の講演録。関東大震災後の学士会館再建を支援した話など、その業績についての話が主だが、没後の竜門社による関連資料の収集・整理や、渋沢敬三による民俗学・実業史資料の収集にも言及。1922年のアルメニア難民救済に尽力した話など、社会貢献的な側面の話も興味深い。

  • 平田オリザ「地域における芸術文化活動と大学の役割」p.15-26

こちらも講演録。大学における学生選抜のあり方が、グループワークにおける役割分担や多様性の確保にシフトしていく、という話から、身体的文化資本の差を広げてしまう地域間・家庭間の文化格差を公的支援により緩和すべきという議論など。地域を発展させるための人材をどのように育てるのか、という話でもあり。

(これだけ読むと、若者以外には可能性が開かれていないように見えてしまうのだけど、それは大丈夫なのだろうか…。)

  • 藤原辰史「「捨てられたもの」目線の人文学」p.56-60

『分解の哲学 腐敗と発酵をめぐる思考』青土社,2019の背景を語るエッセイ。小学校のころのゴミ拾いの体験を題材に、拾い集めることの楽しさを語るくだりが印象的。

  • 川口順子「随想 アフガニスタンの忘れ得ぬ人々」p.61-64

2002年のカブール訪問時の回想。最後に「私たちはどうすればよかったのだろうか。」と問いかけつつ、「アフガニスタン国民を見捨ててはいけない。」と呼びかける。

  • 原山浩介「遺跡を尋ねて 第V期第5回 〈長崎〉原爆遺跡をたどる」p.86-92

「戦後の生活や産業活動などの日常的な営みのなかで、可能な範囲で残された(残った)」長崎の被爆遺構の特徴を語りつつ、それがまた「結果として」生活の中に埋め込まれた遺構となり、被爆体験の継承を支えてきたことを論じる。戦争の記憶の継承と、文化遺産との関係についての論考としても読むことができるかと。お勧め。

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2021/10/30

『日本古書通信』2021年10月号(86巻10号)

『日本古書通信』2021年10月号(86巻10号)を読んだのでざっくり気になった記事についてメモ。

  • 塩村耕「足代弘訓『学問答書』のこと」p.2-4

まだまだ出てくる岩瀬文庫の未整理資料。今回は、伊勢外宮の神職で国学者でもあったという、足代弘訓(ひろのり・1784-1856)が文政9年(1826)に著した学問論に関する小冊子について。特に、当時の国学者についての悪しき風評を伝える部分が興味深く、事実かどうかはともかく、国学者を山師的な存在として叩く人たちがいた、というのが面白かった。

  • 中澤伸弘「二題 撰集『雨夜の友』について/古書と教師とその行方」p.4-6

後半では、北野克『墨林閑歩』研文社,1992.について、小出昌洋氏の編によること、北野翁が都立千歳高校の定時制教員であることなどに触れ、昭和の都立高校で、校長も他の教員も古書に理解があったことを紹介しつつ、自身の教員生活を振り返ってどうであったかを語っている。

昔は良かった的な印象を受ける話もあるものの、「教員は研究と研修が大切であると奉職早々に先輩教員から諭され、研修日もあつた都立高校が懐かしい」という指摘は、現在の教員が置かれている状況を表していて、切ない。

  • 川島幸希「近代作家の資料4 夏目漱石の森田草平宛献呈本」p.8-10

これは詳細は読んでもらうほかないと思うが、ネットオークションで示された断片的な情報から、これを見いだす眼力がすごい、としか言い様がない。それだけ常に資料をきっちり見て分析している、ということでもあるかと。その種明かしをこれだけオープンにしてくれる、というのがまたすごい。

  • 田坂憲二「雑誌『エトアール』のこと—吉井勇周遊—」p.10-12

プランゲ文庫のマイクロ資料に含まれている雑誌『エトアール』について、著者所蔵の現物から詳細を紹介したもの。実はこの雑誌、第一工業製薬と深いかかわりがあることが論じられており、戦後初期の京都文化人と地元企業との関係、という面からも興味深い。

  • 森登「銅・石版画万華鏡170 明治の小型洋装本」p.13

明治期の小型英和辞書を中心に、その装丁と、組み版の工夫について紹介している。小さな版面に小型の活字で情報をいかに圧縮して詰め込むか、という活版におけるレイアウト技術の話でもあり。

  • 蓜島亙「『露西亜評論』の時代(50) 一九一七年革命前後のロシア観」p.14-15

特に終盤の、既刊の雑誌の売れ残りを合冊して合本として販売する習慣が、明治期から大正12年前後まで多くあり、時にタイトルも変えて売られていた、という話や、さらにいくつかの雑誌の抜粋を簡易表紙をつけて書籍として販売した、という話が面白かった。刷ったものは再利用してたんだなあ…

  • 川口敦子「パスポートと入館証、準備よし!34」p.30-31

各国の図書館、文書館での調査時の経験を語る連載。今回からスペイン国立図書館の話に。2012年から2014年まで、毎年ルールが細かく変わっていた、という話が興味深い。また、持ち込むことができるものの制限がどんどん厳しくなっていった、という話も。

  • 小田光雄「古本屋散策235 高橋正衛と『現代史資料』」p.33

みすず書房の『現代史資料』についての話。現代史資料の右翼関連担当だったという、高橋正衛について。松本清張への情報提供者でもあった、という話も。1974年第40回配本(『国家主義運動3』)の『現代史資料月報』掲載の、伊藤隆氏の言葉が紹介されている。

  • 八木正自「Bibliotheca Japonica CCLXXXVI 『蘭科内外三法方典』と橋本宗吉について」p.38

大阪蘭学の祖と呼ばれる橋本宗吉(1763-1836)とその著作の紹介。

橋本宗吉については、関西・大阪21世紀協会「なにわ大坂をつくった100人」でも紹介されているので、そちらも併せて。

  • 青木正美「古本屋控え帳424 鹿島茂氏と私」p.39

出会いそうで出会わない、著者と、書評の書き手の話。「もはやお会いする機会はないであろう」という言葉が、良い意味で裏切れらることを祈るばかり。

  • 「書物の周囲 特殊文献の紹介」

紹介されていた、次の資料が気になった。

小澤健志 編『江戸時代輸入蘭医書要覧』青史出版, 2020. https://id.ndl.go.jp/bib/030796315

富山県「立山博物館」編『かがやく天産物 : 時代を越える立山ブランドを求めて… : 富山県「立山博物館」令和元年度後期特別企画展』富山県「立山博物館」, 2019. https://id.ndl.go.jp/bib/030063083 ※前田利保など越中の本草・物産学について大きく取り上げている模様。

  • 「談話室」

いわゆる編集後記。古通で何度か拝読していた、川和孝氏の訃報をここで知った。日本の秀作一幕劇百本の上演をライフワークにされていて、2020年4月14日~19日に予定されていながら、上演中止になったシアターΧ『鰤』『貧乏神物語』で百本達成予定だったとのこと。新型コロナで失われたものの大きさを思う。

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2021/10/23

松尾睦『経験からの学習:プロフェッショナルへの成長プロセス』同文舘, 2006

『経験からの学習』表紙

別の論文で参照されていて、ちょっと気になったので、松尾睦『経験からの学習:プロフェッショナルへの成長プロセス』同文舘,2006.を読んでみた……

……ら、少々びっくり。2006年に刊行された研究でこういうことが指摘されているのであれば、この15年間はなんだったんだ、という感じすらあり。さらにいうと、先行研究の成果を手際よくまとめつつ、その上で自らの独自の成果がどういうものか、ということを非常に簡潔に整理して提示する、という記述方法が徹底されているために、熟練者への習熟プロセスについての既存研究の蓄積について、自分がいかに無知だったかもよく分かった。

例えば、「熟達化の10年ルール」とかまったく知らなかったし。熟達化の10年ルールはチェス、テニス、音楽、絵画などの分野における実証研究を踏まえて、各領域における熟達者(expert)になるには、最低でも10年の経験が必要である、というもの。参照されている文献を見ると古くは、Simon, H. A., & Chase, W. G. (1973). Skill in chess. American Scientist, 61(4), 394–403.などで論じられているらしい。

本書では、この10年ルールが、企業におけるさまざまな分野(営業職、コンサルタント、ITコーディネーターなど)の熟達者においても同様に成り立つことを論じているが、それは本書のテーマの一部。本書でテーマとなっているのは、さまざまな仕事において、人が経験から学び、成長するプロセスと、それを促進する組織文化や、個人の信念がどういったものなのか、を明らかにする、という感じ。手法としては、複数の日本企業を対象にしたアンケートおよびインタビュー調査を用いて分析が行われている。

その結論はいろいろ入り組んでいるのだが、例えば、組織文化においては、顧客志向と内部での競争の存在が重要という結論が示されている。これだけ見ると、数値に基づく成果主義的な競争を称揚するように見える。ところが、実際に研究の成果によって語られるその内実は大きく異なっているのがポイント。顧客志向においては、ご用聞きになってしまうことによる業績の低下、という既存の研究成果を踏まえつつ、顧客の潜在的課題・問題の把握と解決を目指すことが重要とされているし、競争においては、売り上げ目標などではなく、プロセス型の競争として、新たなビジネスモデルなどのアイデアや、チームとしての活躍を評価することの重要性が指摘されている。

おそらく、今はもう、本書に対する批判的研究もそれなりにあるのではないかとも思うが(調べてない)、正直、2006年にこういう研究が出ていて、今の日本の各組織の状況ってどうなの、という思いは禁じえない。人材育成について考える立場にある人は、押さえておいて良い研究なのではないだろうか。

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2021/10/16

成高雅「多紀元簡『槴中鏡』について」日本医史学雑誌67(3)[2021]

ここのところ、『日本医史学雑誌』をまともに読んでいなかったのだけど、

成高雅「多紀元簡『槴中鏡』について」日本医史学雑誌 67(3)[2021] pp.251-265

がやたらと面白い論文だったので紹介。といっても、内容を完全に理解できるほどの知識はないので、実際の論文はさらに深い、と思っていただければ。

この論文で主題となっている多紀元簡(1755-1810)は、江戸時代の漢方医。元簡の時代には、多紀家の家塾は官立の医学館となっている、というと多少はその立ち位置が伝わるだろうか。清朝考証学の影響を受けた、医学考証学派を代表する人物でもあり。その元簡の最初の著作とも言われる『槴中鏡』は、漢籍における書物収集や書誌学に関する記述を抜き書き編纂したもので、写本でのみ伝わっている。日本古典籍総合目録DBでも複数の伝本が確認できる。

これらの伝本を詳細に確認(ちなみに国立国会図書館所蔵本も当然分析の対象に)、系統関係を整理するとともに、自筆本である無窮会図書館所蔵本との比較などを詳細に行っている。(ただし、無窮会図書館は閲覧停止中のため、複製を用いたとのこと)

写本の伝播経路の分析では、大田南畝、狩谷棭斎、伊沢蘭軒、森約之、徳富蘇峰といった名前が並び、明治期に至るまで『槴中鏡』が関心を持たれていた様子がうかがえる。また、誤写等の分析から、系統関係も明らかにされており、写本の伝播の過程から見える、蔵書家たちの人的ネットワークも興味深い。自筆本である無窮会本は、流布している写本よりも大きく増補されていることも明確になっており、無窮会本の価値の高さも確認されたといえるのでは。

さらに『槴中鏡』で引用された元ネタ漢籍の分析からは、明清の考証学の影響があらためて確認されており、宋版など漢籍版本についての記載や装丁など、元簡に書誌学的な関心があったことも示されている。

というわけで、多紀元簡の学識と、漢籍を元にした書誌学に関する類書ともいえる『槴中鏡』の意義がよく分かる論文。江戸期の書誌学的関心のあり方や、人的ネットワーク、という観点から読んでみるのも面白いと思う。それにしても、こういう論文が紙でしか読めない、というのが、何とももどかしい。

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2021/10/06

文弘樹『こんな本をつくってきた─図書出版クレインと私』編集グループSURE,2021

文弘樹『こんな本をつくってきた─図書出版クレインと私』編集グループSURE,2021.を読了。直販中心で、一部の書店でしか扱われていないこともあって、版元ドットコムにも書誌・書影がなかったり。

一人出版社、図書出版クレインの編集者であり経営者である文弘樹氏が、自身の生涯と、代表的な出版物について、黒川創氏を中心とした聞き手によるインタビューというか、ほぼ対談・座談会のような形式で語っている一冊。

著者、翻訳者、著作権者とのやり取りだけではなく、本文のレイアウトや、装丁から校正まで、印刷製本を除けば、本当に一人で行っている一人出版社としての活動も興味深いが、前半の出版社立ち上げに至るまでの話が実はすごい。

特に、1970年代後半から1980年代の、日本のアンダーグラウンド、カウンターカルチャーが、韓国における民主化運動と連動しつつ、在日朝鮮人コミュニティともかかわりながら展開されていたことについては、まったく無知だったので、初めて知ることばかりだった。さらに、結果的に、ということかもしれないが、こうした草の根的な流れが、文弘樹氏という結節点を通じて、現在の韓国文学翻訳の隆盛とも接続しているという話としても読むことができるようになっている。

少年時代の京都についての証言、特に、在日朝鮮人コミュニティが存在した、京都駅の南側、鴨川べりのバラック群の話もまったく知らなかった。観光地化された京都市街地中心部とは異なる、周辺部に展開する独特の空間がどう形成されたのか、という意味でも興味深い。

クレインの代表的出版物としては、エドワード・サイードの『ペンと剣』の話が、サイードの参照・利用のされ方への批判的な見方も含めて印象的。現在入手困難なのが惜しまれる。訳者との出会いも含めて、その本が出版される、ということが、さまざまな出会いと、思いが交錯する中での出来事であることがよくわかる。

また、文化政策関係者は、パク ミンギュ『カステラ』刊行に至る経緯での、韓国の海外向け文化振興策についての証言は必読かと。韓国政府が、コンテンツ、助成、相手国の言葉でやり取りできる交渉担当者と、きっちり態勢を整えて海外向け文化政策に臨んでいる様子がうかがえる。本気で自分たちの文化を海外に売り込むなら、このくらいやらないといかん、ということか。

読み進めることで、日本における文化の豊かさは、実は在日朝鮮人を含む他民族社会であることに支えられているのではないか、という感想を持ちつつ、当事者としての経験に関する複雑な語りを読むと、そのことを屈託なく語れるような状況でもまだまだないよなあ、という気持ちにもなったり。とにかく、出版という営為が、社会と文化と経済の結節点にあることがよくわかる一冊。それを(印刷製本以外は)一人で担っている、ということで得られる視点が、本書の面白さをさらに増幅しているかもしれない。

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2021/10/03

伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留 編『世界哲学史4 中世Ⅱ 個人の覚醒』筑摩書房,2020.(ちくま新書)

世界哲学史4

3まで読んだところで積ん読になっていた、伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留 編『世界哲学史4 中世Ⅱ 個人の覚醒』筑摩書房,2020.(ちくま新書)を読了。 ちなみに、本のリンク先は版元ドットコムにしてみた。書影もopenBDで使えるということでやってみた。どうやら、次の形で書影を呼び出せる様子。

https://cover.openbd.jp/9784480072948.jpg (数字はISBN)

なお、openBDからの書影呼び出しについては、次のブログの記述に助けられました。ありがとうございました。

「openBD をつかって書影画像を表示させてみる」(mersy note)

さて、本題に。

4巻目は、13世紀を中心にその前後も扱う、という感じで、内容的にはヨーロッパ、キリスト教が中心。というわけで、トマス・アクィナス無双、という感じ。結果的にアリストテレス(と、アリストテレスが提唱した概念)についての記述も多い印象。短いコラムだが、佐々木亘「トマス・アクィナスの正義論」(コラム2)など、現代的な意義に踏み込んだ話もあり。

第7章の辻内宣博「西洋中世哲学の総括としての唯名論」は、普遍論争の解説にもなっていて、ウィリアム・オッカム(「オッカムの剃刀」の人)の位置づけも含めて、分かりやすい見取り図を示してくれていて、ありがたかった(ちゃんと自分が分かったかどうかはまた別の話だけど)。

その分、第9章の蓑輪顕量「鎌倉時代の仏教」は、鎌倉時代の仏教の多様な展開をそれまでの時代の仏教の状況も踏まえつつ超圧縮して記載するという超絶技巧を繰り広げていて、これはさすがに1章に詰め込むのは無理があったのでは。第8章の垣内景子「朱子学」が思い切って割り切って細部を切り落とした記述だった分(詳しくは自分の著書、『朱子学入門』(ミネルヴァ書房, 2015)を見よ、とのこと)差異が際立った面もあるかもだけど。

その第8章は、断定文体でぶった切っていく分かりやすさが、本当にそこまで言い切っちゃっていいの、と読んでいて若干不安になるくらいの明快さで、かつ、仏教との対決を通じて確立された朱子学の特徴が分かりやすく論じられていて面白かった。『朱子学入門』も読んでみなくては。なお、もともと朱子学用語である「窮理」を論じた上で発せられた、「朱子学用語による翻訳のせいで、我々は西洋由来の諸科学を十分に受容できなかったということはないのだろうか」という問いは、漢学の素養を西洋の学問の移入においてプラスに評価することの多かった洋学史的に重要ではないだろうか。

このシリーズは、一冊読むとなかなか頭が疲れるので、すぐに次の巻に進む気にはなれないけど、またしばらくしたら、次も読もうかと思う。

続きを読む "伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留 編『世界哲学史4 中世Ⅱ 個人の覚醒』筑摩書房,2020.(ちくま新書)" »

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