小田嶋隆『東京四次元紀行』イースト・プレス,2022.
(表紙画像はopenBDから。)
小田嶋隆『東京四次元紀行』イースト・プレス,2022.を読了。これが小田嶋隆氏の遺作、ということになるのだろうか。
小田嶋隆氏のことをどう語れば良いのか、正直なところよく分からない。
面識があったわけでもなく、間接的にその人柄を知っているとか、そういうわけでもない。ただ、小田嶋氏がデビューした初期の1980年代、『遊撃手』や『Bug News』といったコンピュータ系の雑誌で、そのコラムを読んでいた。自分にとって、その面白さは格別だった。その後、大学のサークルで出していた同人誌に自分が書いた原稿は基本全て、小田嶋氏のように書きたい、と思って書き、そしてもちろん、実際にはそれとは似ても似つかぬものになり果てた文章だと言って良い。
本書を読んだ時、そうしたデビュー当初の小田嶋氏が書いていたものに、何故か近いような印象を受けた。コラムではなく、小説(らしきもの)として書かれた本書で、どうしてそんな印象を受けたのだろう。
たぶんだけれど、ある意味でどうでも良いこと、多くの人にとって意味のないことが書かれているから、かもしれない。
近年の小田嶋氏は、もともと好きなスポーツに関連するものを除けば、政治的・社会的事件・発言に対する批判的な視点からのコラムを中心に活躍されていたように思う。そのことを支持する読者がいた一方で、SNSでの陰湿な攻撃の対象にもなっていた。そのことに関連して、小田嶋氏は、『その「正義」があぶない。』日経BP社,2011.の「発刊によせて」で次のように書いている。
「元来、私はカタい話を好まない。というよりも、原稿を書く人間として出発して以来30年、私は、熱弁を揶揄し、力説に水をかけ、甲論を黙殺し、乙駁を聞き流しながら、観察者の立場を防衛してきた者だ。もう少し手加減のない言い方をするなら、私は、論壇のチキンレースから逃れたい一心で、面倒くさい話題から距離を置いていたのである。逃げていたという言い方をしてもらってもかまわない。栄光ある撤退。逃走に至る三十六計。私のペン先は、いつも退路を描いていた。」
しかし、小田嶋氏が「面倒くさい話題から距離を置いていた」などという本人の言をそのまま信じるわけにはいかない。むしろ、世間の常識や、著名人相手にけんかを売りまくっていたように思うし、それもまた一つの芸になっていたと思う。とはいえ、自虐を交えることで攻撃的な印象を中和する、という技も使ってはいたように思うので、そういう意味では逃げ道を用意はしていたのかもしれない。しかし、相当のリスクを負って、自分の文章の力で勝負をかける勝負師ではあり続けていたように思う。
ただ、初期の小田嶋氏は、もっと意味がないことを書いていたような気がする。気がする、というのは、最初の単行書である『我が心はICにあらず』が手元で見つからないからで、こういう時に見つからないのも、なんとはなしに自分の持っている小田嶋氏のイメージと合致しているのでそれはそれで良いのかも(これがちゃんとした書評ならここで落第だが)。
もう少し付け加えるとすれば、意味がない、というのは、ちょっと正確ではないかもしれない。ほとんどの人にとって、それに何の意味があるのか分からない、という方が、もう少し、本書の感じに近いかもしれない。
本書で描かれるのは、社会的な意義や政治的な意味とは離れたところで、多くの人にとってどうでも良いことにこだわってしまい、どうでも良いことに躓き、どうでも良い(あるいはどうにもならない)結果を迎えたり、どうでも良い一時の救いを得たりする、一般的に言えばダメな人たちの物語である。読んだら必ず泣けるような物語ではないし、何かを学べる類いのものでもない。
けれど、多くの人にとってどうでも良いことが、自分にとってはどうでも良くない、ということから逃れられず、そのことを引受けて生きていく(あるいは生きていくことができなくなる)、このどうしようもなくダメな登場人物たちを、小田嶋氏は否定することがない。
小田嶋氏自信がそういう方だったの可能性もあるし(アルコール中毒だった時期があったことや、締め切り破りの常習犯であったことは良く知られている)、そういったタイプの人たちと接する機会が多かったのかもしれない。それは分からない。これは(一応)小説ということなのだし、小田嶋氏自身、本書の冒頭で「この文章を書きはじめるにあたって、私は、これまでコラムやエッセイを書く上で自らに課していた決まりごとをひとつ解除している。それは「本当のことを書く」という縛りだ。」と書いているくらいなので、本書には「本当のこと」は書かれていないのかもしれない。とはいえ、この序文自体が「本当のこと」なのかどうか、どこまで信じてよいのかも、私には分からない。
いずれにしても、本書で描かれた、多くの人にとって意味がないことにこだわり、躓きながら、それでも生きているし、存在しているし、その事自体が実は語るに値することなんじゃないか、という感覚は、1980年代半ばから後半の、デビュー当初の小田嶋氏とどこかつながっているような気がして、とても懐かしく読みふけってしまった。年月が経ち、今の時代にこれを書くには、小説、という形が必要であった、ということなのかもしれない。それが、書き手にとって幸福なことだったのかどうかは分からないけれど、本書が刊行されたのは、(他の人にとってどうなのかは分からないが)少なくとも自分にとっては幸福だった。
これが最後でさえなければ、もっと良かったのだけれど。
最近のコメント