ラグナル・ヘルギ・オウラフソン『父の四千冊:アイスランドのアーティストによる回想』
ラグナル・ヘルギ・オウラフソン著, 小林玲子訳『父の四千冊:アイスランドのアーティストによる回想』作品社, 2025.
たまたま、図書館で見かけて読み始めたら、今の世情を受けて微妙な気分になっているところに何となくしっくりくる感じで、読みふけってしまった。作品社のサイトでの紹介文にあるように「何かを残すこと、そして喪うこと」に関する本だからかもしれない。
アイスランドのアーティストである著者による、亡父の蔵書の処分をめぐるドキュメントであり、エッセイ、とでもいうか。回想と随想と記録と、そして、父の蔵書や父の著作から抜き出された断片がそこここに引用され、アイスランドの文化や歴史の一端を垣間見せつつ、何もかもが全体像は見えないまま。でもまあそれはそれで良い、という心持ちになるという、不思議な読後感だった。
翻訳者による解説によると、著者は発売期間中に売れなかった残部は全て燃やす、というある種のパフォーマンスも込みの、独特の少部数の出版も手掛けているとのこと。父親はノンフィクション作家でもあり、出版も手掛けた人物で、そのためか、アイスランドの出版の歴史や現状(原著は2018年刊行)についてもそこここで言及されている。
町から消えていく古書店、ほぼ無価値のゴミとして扱われてしまう古書など、アイスランドもそうなのか、という話もある一方で、翻訳では「アイスランディカ」と訳され、アイスランド語では「ソウズレーグル・フロウズレイクル」と呼ばれる独特のテキスト群からの引用と、著者自身が語るこの「アイスランディカ」に対するこだわりから、アイスランドの独自の風土と文化と歴史、そしてその地域性に対する著者の複雑な思いが浮かび上がってくるようだった。
ちなみにこの「アイスランディカ」あるいは「ソウズレーグル・フロウズレイクル」は、アイスランド各地で採集された、人々のエピソード集とでもいえるようなものらしく、訳者の小林氏は歴史、伝記、民話の重なりあうジャンル、といった感じで訳者あとがきで解説している。面白いのは、かならず、具体的な細かい地域の地名と人名(地域の地名はともかく、人名は実在なのかどうかはよくわからない)に言及されていることで、なじみのない地名と人名がとにかく次々と現れる。それのいったい何が面白いのか、といわれると説明が難しくて、それがわかるくらいなら、アイスランド通になれるのかもしれない。でも、これがなんだかよいのだ。あと、隠された人々、というアイスランドでまことしやかに語られる、いないようでいるような不思議な存在の話も断片的に出てきて印象的。
大枠のお話としては、親の蔵書整理に直面した著者の困惑と、父(そして祖父も登場)のライフヒストリーが交錯し、さらに出版と読書という、もしかすると消えつつあるかもしれない一つの文化への愛着と哀惜が絡まりあう、とか、そんな感じになるのかもしれないし、そういう読まれ方をすることも多いのかもしれないけれど、自分としては、アイスランドの独自の文化や歴史がいろいろなところに顔を出すのが、なんとも言えず味わい深かった。
なお、基本的には英訳版(Larissa Kyzer訳、2023年刊)からの重訳とのこと。原注も、英訳注も、参考文献も省かずに含まれているのは良心的かと。


最近のコメント