2025/12/02

「金沢文庫」創設750年記念 特別展 金沢文庫本 ―流離(さすら)う本の物語―

また間が空いてしまったけど、良い展示を見てきたので感想をメモ。

名古屋市蓬左文庫所蔵で国宝となっている金沢文庫本が勢ぞろいして現在の金沢文庫に里帰り(と言ってよいのかどうかはさておき)、となれば、行く以外の選択肢はないわけだけど、蓬左文庫本以外の展示資料も含めて非常に充実した展示だった。

金沢文庫の成立や資料収集の経緯、そしてその所蔵資料の貸借の状況や、鎌倉幕府滅亡後の危機的状況や資料の散逸など、残された鎌倉時代の書状などから提示するとと同時に、現在まで金沢文庫に伝わる資料に、おそらくはかつては完本が存在していたであろう宋版の零葉・断簡なども絡めることで、鎌倉時代の金沢文庫の収書の充実ぶりが浮かび上がる展示となっていた。

蓬左文庫についても、徳川家康による金沢文庫本などの資料収集と、それを受け継いだ尾張徳川家による資料の整理、活用を、尾張徳川家における古代史研究のための校訂作業や歴史書編纂事業に関する資料を絡めつつ展開することで、金沢文庫を離れた金沢文庫本が重要な役割を果たし、貴重かつ、重要な書物として珍重されてきたことが浮かび上がる構成。近代以降の蓬左文庫についても目配りがされていて、目録の編纂が時代によってどのように変化していったのかうかがえるのがまた興味深い。

会場は撮影禁止だったけど、解説も図版も充実した図録の販売あり。「金沢文庫」印に関する最新の研究や(今後はこれを読まずしてうかつに「金沢文庫」印の紹介はできないかと)、各所に分散した金沢文庫本の情報を整理した(仮はついているが)目録もあり。画像分析による写本間の関係分析など、デジタルヒューマニティーズ的なアプローチの解説もあって、最新の研究成果が詰まった図録になっている。川瀬一馬や関靖(『金沢文庫の研究』)によるこれまでの定説を修正する記述もあり、こりゃ必携かと。

図録を見ていて、金沢文庫本が珍重されてきた背景に、武家政権の元祖とでもいうべき、鎌倉幕府の権威を借りる、といった意味合いがあることが強調されていて、なるほど。徳川家康による金沢文庫本収集によって、その意味合いがブーストされた効果も大きそう。そうした政治的意味合いも含めて、文化財が残るというのはどういうことなのか、考えさせられる展示でもあった。

備忘も兼ねて、図録に収録されている論考のリストを付けておく。

  • 貫井裕恵「総論1 武家のレガリア 金沢文庫本―その形成と伝来」
  • 星子桃子「総論2 尾張徳川家における金沢文庫本―継承と活用」
  • 鳥居和之「特別寄稿 国宝「古事記」はどこから来たのか」
  • 佐藤優「コラム1 国宝四将像の線と色を追う」
  • 貫井裕恵「コラム2 金沢文庫本とその紙背文書」
  • 住吉朋彦「コラム3 武家蔵書の遺品と金沢文庫本」
  • 星子桃子「コラム4 河内本源氏物語「鎌倉基幹巻」の書について」
  • 星子桃子「コラム5 「酸肫法」レシピ作成の試み」
  • 丸山裕美子「コラム6 徳川家康の古典籍蒐集と尾張藩の古代史研究―金沢文庫本を中心に」
  • 今和泉大「コラム7 尾張徳川家の蔵書をめぐる交流」
  • 貫井裕恵・星子桃子「コラム8 金沢文庫印考―蓬左文庫所蔵金沢文庫本をてがかりに」

なお、総論とコラムの後ろにある数字は正しくは丸数字である。ちなみに、「コラム」とあるが、結構がっつり論文となっているものが多いので油断大敵。

さらに目次には出てこないが、附録が重要なので、こちらも紹介しておく。

  • 附録1 名古屋城における金沢文庫本の所在地・表御書物蔵の様子
  • 附録2 蓬左文庫所蔵金沢文庫本書誌データ
  • 附録3 金沢文庫本庫外本リスト(稿)

こちらも数字は丸数字。附録1は、現存資料から、蓬左文庫、うち特に金沢文庫本がが名古屋城内のどこに保管されていたのかを比定したもの。庫内の配置についての記録とかもあるとはびっくり。附録2は、蓬左文庫蔵の金沢文庫本のうち『斉民要術』『侍中群要』『続日本紀』『太平聖恵方』について、各巻ごとに蔵書印の押印状況などを整理したもの。附録3は、現在の神奈川県立金沢文庫以外の各機関に所蔵されている、金沢文庫本をリスト化したもので、原本未確認による漏れなどもあるとのことだが、既存の研究や、各機関の目録からの情報がまとめられている。結構「偽印」が多い、というのも興味深い。

まったくの余談だけど、付設の喫茶店のカレーとコーヒーがなかなかおいしかった。カレーの食後にコーヒーを出してくれる時に、少しだけバニラアイスを口直しにつけてくれるのが心憎い。実際、コーヒーがぐっとおいしく感じられた。

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2025/09/24

小松謙『熱狂する明代:中国「四大奇書」の誕生」

小松謙『熱狂する明代:中国「四大奇書」の誕生」KADOKAWA,2024. https://www.kadokawa.co.jp/product/322403001253/ を読了。

明代に現在に伝わる形が確立したという、読みつがれ続けている長編小説、『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』『金瓶梅』の「四大奇書」成立の背景を、元から明に至る過程で生じた政治的、社会的、文化的変化から論じる、という一冊。

元における支配層の交代から、口語体である白話文の地位が変わるとともに、文人と武人の地位や関係の変化や、強大な権限を持ちつつ自らのこだわりに従って暴走する個性的な皇帝たちの支配下における地位の不安定化と、倫理的理念の敗北という現実に直面する知識人たちの煩悶など、前史である元末期から、明の終焉まで一気に論じている。とにかく、歴代皇帝や皇帝側近の宦官たちに振り回される、官僚や軍人たちの栄枯盛衰がすさまじい。課題を認識し、なすべきことをなそうとすれば、腐敗と癒着のドロドロの世界の中で媚と人脈で地位と権限を獲得せざるを得ず、その地位も、いったん皇帝の不興を買えば、どれほどの功績をあげようと瞬時に失われてしまう。栄華を誇った人物も、次の瞬間には投獄され、死罪となるのも当たり前。こうした世界で、知識と文学的素養を持った人物たちが何をどのように語るのか。特に、長編白話小説がどのように作られ、受容されていったのかが、演劇など他の通俗的な文化の動向も踏まえつつ、論じられている。

意識していなかったのだけれど、理屈より行動を重視する陽明学(雑な理解で申し訳ない…)が成立し、普及したのも明代、というのも、なるほど納得できるし、陽明学もまた、四大奇書の成立に大きく関わっているのも興味深い。

政治的には混乱が続く明代だが、市井における言論の取り締まりは比較的緩く、書物の需要は宋・元よりもはるかに広がったことで、大衆的な書物の市場が成立していった、という点も重要で(非エリート層向けの出版は元代から始まって、明代に本格化)、四大奇書のそれぞれのフルバージョンを受容したのは、一部の知識人層だったとしても、絵入の簡略版、普及版など、多様な出版が成り立つようになっている。

清になると、政治的には安定する一方で、言論統制は厳格化し、明代のような、ある意味自由で極端な議論はなされなくなり、学問は政治的議論というよりは、詳細な考証に軸を置くことになっていくとのこと。清代の学問からすれば明代の学問に対する評価は低くなり、そのことが、現在における明代に対する評価にも影響していると、というのが、著者の指摘でもある。一方で、いったん広がった読者層が消えることはなく、何度も出版統制の対象となりながらも、四大奇書もまた、清代に至っても読み継がれ、現代につながっていく。

考えてみたら、日本の江戸時代の本草学・博物学に絶大な影響を与えた、『本草綱目』も明代の出版であり、幕末・維新期に陽明学が果たした役割の大きさとかも言うまでもないはずなのだけれど、そう言えば、明代についての印象は薄かったというのが正直なところ。こんなに激しい時代だったとはまったく知らなかった。書物史の面でも興味深い点が多々あり、絵入りで印刷された長編物語が広く読まれる、という、現代日本で当たり前となった状況が広がっていったのが明代と考えると、明代侮れず、という気持ちになってくる。とはいえ、なんとも生きるのが大変そうだった時代でもあるのだけれど。

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2025/09/20

港区立郷土歴史館「終戦80年 戦争を見つめなおそう」展

  • 港区立郷土歴史館令和7年度夏休み企画展〈おとなも学べる〉港区平和都市宣言40周年記念「終戦80年 戦争を見つめなおそう」
  • 会期:令和7(2025)年7月5日(土)~9月30日(火)

白金台の駅からすぐの、港区立郷土歴史館に「終戦80年 戦争を見つめなおそう」展を見に行ってきた。

今年は戦後80年ということで、あちこちの地域の博物館がアジア・太平洋戦争(港区立郷土歴史館ではその用語を使っていたので、とりあえずこれを使っておく)に関する企画展を展開していたものの、なかなか見に行く機会がなくて、そうこうしているうちに、会期がどんどん終了していってしまった。というわけで、一つくらいは見ておかねば、と思って見に行った次第。あと、カフェも併設されていて、お昼を確保しやすそうというのもあってお昼ごろを目指して出かけてみた。

ランチは博物館内のカフェとしてはやや高めという気もするが、さすが港区。なかなかこじゃれた感じで、野菜がたくさん食べられるのが良い感じ。展示を一通り見終わった後に、ケーキセットなども食べてみようと思っていたのだけど、お茶の時間は混んでて座れず。展示は人が入っていないものの、カフェはそれなりに人気の模様。

さて、肝心の企画展は、出征兵士の写真や、軍事郵便の実例、また、現在麻布台ヒルズになっている麻布郵便局跡地から発掘された「軍事郵便」印、学童疎開の際の日記など、興味深い資料も展示されてはいたものの、物量的にも、解説的にもちょっと物足りない感じ。栃木県を中心にした、学童疎開先のリストがパネルになっていたのは、当時を知る人向けなのかもしれないが、なぜ栃木だったのかを含めて、ちょっと分かりにくい感じではあった。後半は港区の空襲被害や、焼夷弾について紹介されていた。全体として、子どもにもわかりやすく、ということを考えての展示なのだとは思うのだけど、世界史や政治史的な情報がほとんどないので、なんだか大変だった、ということは、伝わるにしても、戦争が天災のように見えてしまうのではないか、というのは気になったところ。

同時開催の

も、体験者の経験や語りを中心にすることで、結果的に空襲の恐ろしさを伝えることが中心になっていて、これまたどうとらえるべきか難しい。

空襲体験が、地域における重要な歴史的記憶であることは間違いないのだけれど、港区は軍事施設が集中していた地域でもあるわけで(なお、常設展の近現代コーナーでは、そのあたり結構ちゃんと紹介されている)、仙台やあるいは広島などもそうなのだけれど、軍事施設が集中する「軍都」が空襲のターゲットになることの意味というのは、そろそろ考慮に入れたほうがよいのでは、という気もしてしまった。係員の方に、加害の側面を抜きにして、被害のことばかりを展示するのはいかがなものか、と苦情を述べている方がいたが、まあ、そう言いたくなるのもわからないではない。

なお、「こども平和塔」や、「こども平和まつり」についても、少しだけだけど触れられていて、これは地域の博物館ならでは、というところかと。

ただ、今、かつての戦争のことを考えてほしいというのであれば、むしろ、今現在行われている「戦争」との関連や類似性についての観点を盛り込むことのほうが、効果があるかもしれないとも思った。民間人を標的にして建物を根こそぎ破壊する手法は、第二次大戦を通じてある意味完成されたともいえるわけで、第二次世界大戦が現在と地続きだ、というところまで視野に入ると、もう少し自分ごととして感じられたりしないだろうか。とはいえ、歴史博物館の展示でそこまでやるのは相当難易度が高そうだけれど。

「平和展」の方では、「記憶の色を保存する 炎と灰のモンタージュ―尾形純が描く東京大空襲」ということで、画家・尾形純が、母親が体験した東京大空襲の炎に照られされる空と、燃え尽きて一面灰色となった街を、抽象化して描いた作品も展示されていた。記憶の継承という意味で、興味深い取り組みではある一方で、こうした作品が今後どのように受容されていくのか、ということについては、正直よく分からず、考えあぐねてしまった。

今後、戦争という主題を、博物館等の展示でどう扱うかというのは、ますます難しくなっていくのかもしれない。そういう意味でも、今年、一つでも関連展示を見ることができてよかったと思う。と、この文章を、出先で書いていたら、街宣車が軍歌を大音量で流しながら通り過ぎて行ったのだった。

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2024/08/24

国立西洋美術館「内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」展

国立西洋美術館「内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」

会期:2024年6月11日〜8月25日

https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2024manuscript.html

筑波大学・茨城県立医療大学名誉教授の内藤裕史氏が国立西洋美術館に寄贈した西洋中世彩飾写本の零葉コレクション(内藤コレクション)を大規模に紹介する初の展示会。小規模な展示はこれまでもあったとのことだけど、

『国立西洋美術館所蔵内藤コレクション写本カタログレゾネ』 https://www.nmwatokyo-shop.org/view/item/000000000266

刊行を期に大規模展示を展開ということの模様。同じ写本由来の他機関所蔵の零葉も同時に展示していたりと内容は充実。物量も大満足だった。ただ、一般1700円は結構強気の入場料設定のような……。また、図録はなく、ミュージアムショップでは各種グッズや過去の内藤コレクション紹介本などが販売されていた。その代わりなのか、他機関所蔵のものを除いては、個人利用に限定して撮影可となっていた。さらに、本気で詳細が知りたかったらカタログレゾネを買え、ということだろう。

展示解説はそれなりにあるのだけれど、聖書や時祷書などが多いので、キリスト教に関する基礎知識がないとなかなか楽しむのは難しい、とあらためて実感。また、一部の写本は作者(というか制作者?)が確認されていて、そうした制作過程についての知識も必要になる領域なのだな、ということもよく分かった。

年代順の展示ではないので、ちょっと分かりにくいのだけど、やはり12〜13世紀くらいの写本と、15世紀の写本では違うし、16世紀になるとぐっと近代的になる感じがちょっと面白い。これはコレクションを始めたら奥が深くて止まらなくなるのも何となく分かる。めちゃめちゃお金がかかりそうな趣味だけど……

あと、装飾写本ではなく、最後の方で紹介されていた教会法令集の写本がすごかった。法文本文の周りに注釈がレイアウトされている、というのは印刷本でも結構あるが、さらに所蔵者による書込みが加えられて、注釈の多層化が壮絶。単眼鏡で拡大してみて、やっと文字だと分かるくらいの細密さで、これまた迫力があった。

それにしても、西洋中世(ちょっと近代にかかるものもあり)写本を見に来る人がこんなにたくさんいるとは、驚愕。1枚1枚の零葉は結構小さなものが多く、同時に複数の人が見るのはなかなか厳しいので、見る人が多い特に込み合う最初の方はあんまりじっくり見られなかった。会期の頭に見に行くべきだったかも。美術館側も、この人数が来ることは想定していなかったのか、ミュージアムショップのレジの処理能力を完全に超えていたのが、どうしたものか、という感じだった。

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2024/08/13

板橋区立教育科学館企画展「いたばしアニメ博 自由研究スペシャル」

今日は暑さに負けそうになりつつ、

板橋区立教育科学館企画展「いたばしアニメ博 自由研究スペシャル」 (会期:2024年7月20日(土)~8月30日(金) )https://www.itbs-sem.jp/exhibition/special/2024itabashi-anime/

を覗きに。

2月にも同様の展示があって、その時の感想はブログに書いたので、概略はそちらもご参照を。

板橋区立教育科学館「いたばしアニメ博」(2024/02/04)https://tsysoba.txt-nifty.com/booklog/2024/02/post-801689.html

今回はさらに、アニメ史研究や、レトロアニメ動画制作で知られる、かねひさ和哉氏とのコラボもあり。新作紙フィルムアニメと、SP用カッティングマシーンで作成された音源を組合せて、1930年代の同時再生機を使って上映するという取組みで、これは嵌まりすぎなほど。

1930年代の紙フィルム玩具映写機「カテイトーキー」でレコードトーキー映画を作ってみた(動画)https://www.youtube.com/watch?v=6hQvCF5AEZs

さらに当時(1930年代)の紙フィルムアニメのデジタル化については、米国バックネル大学が積極的にプロジェクトとして取り組んでいて、担当の研究員の方も、素材の提供などで協力されているそう。

The Japanese Paper Film Projecthttps://kamifirumu.scholar.bucknell.edu

(日本語ページ) https://kamifirumu.scholar.bucknell.edu/japanese-home/

先ほど、同プロジェクトのウェブサイトを見たら、8月6日の上映会はSOLD OUT!とあったり、米国でも関心が盛り上がっている模様。1930年代のアニメーション作品をカラーで見られる、というのは、確かにちょっと熱いかも。板橋区立教育科学館では、デジタル化された映像が一部紹介されているので、この機会にぜひ。

前回のブログで、幻灯機やゾートロープ(回転のぞき絵)と、その後のフィルムとの関係について、「解説聞きながらでないと、なかなか分からなかったかも」と書いたところ、なんと、その両者をつなぐ当時の発明品の再現に取り組んだ、というお話を研究員の方からうかがって、恐縮してしまった。日本映像学会のサイトで、その成果を発表された際の要旨が公開されているので、参考に。

メディア考古学研究会(第3回)開催のお知らせ【7月13日】https://jasias.jp/archives/29554

映像表現の歴史はまだまだ掘り尽くされていないんだなあ、ということを改めて実感させられる展示なので、絵を動かす、という技法そのものに関心がある向きはぜひ。

3月の震災の展示(企画展「震災の記憶をつなぐ」会期:2024年3月2日~3月10日)は見に行き損ねてしまったのだけど、秋にまた開催予定があるとのことで、これは今度こそ行かねば……

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2024/05/03

板橋区立美術館「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」展

既に会期が終わってしばらくたってしまったけれど、やっと図録を一通り読み終わったのでざっくり感想を。時間がたって、展示自体の印象はだいぶ薄れてしまったのだけれど。

ちなみに、巡回展で、2024年5月5日現在、三重県立美術館で開催中。先行して開催された京都文化博物館も含め、図録も3館共通。青幻舎から刊行されているので、比較的入手は容易かと。

展示としては、絵画作品が中心でありつつ、関連する出版物や、展覧会関連の印刷物、日記、メモ類など、近年の近代美術展の潮流を踏まえた、周辺資料への目配りが周到で、それぞれの作品がどの地域で、どのような人々・団体との関連で制作されたのか、ということにかなり意識的な展示になっていたように思う。

タイトルから分かるように、1924年のアンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』から100年を記念するタイトルではあるけれど、今回の展示では、それを受け止めた日本での様々な動きを多面的に捉えることに重点が置かれていた、という印象。若干とまどったのは、展示を見ても、シュルレアリスムが何なのはよく分からない、というところかも。シュルレアリスムに関する説明自体があまりないということもあるし、そもそも発祥の地である欧州におけるシュルレアリスム自体が、時期によって大きく変化している(らしい)ということもあるのかも。

欧州のシュルレアリスム運動が、第一次大戦後の深刻な知的・精神的危機に対する反応一つであったとすれば、今回の展示では、日中戦争から第二次大戦に向かう徐々に閉塞していく知的・精神的環境の中で展開され、そして、1941年4月に福沢一郎、滝口修造という代表的作家が治安維持法容疑で逮捕され実質的に終焉を迎えるまでの過程と、戦前にシュルレアリスムから受けた影響を、壮絶な従軍体験を経て生き残った作家たちの戦後の作品と接続する、という、形で、戦争を軸の一つとして構成されているのが特徴といえるかもしれない。特に図録掲載論文の弘中智子「シュルレアリスムと画家たちの戦争・戦後体験」(図録p.260-275)は、戦争による創作活動の中断が、画家としての形成期と重なっていたかどうかによって、戦後への接続に大きな差が生じたという議論を展開していて、興味深かった。

なお、たまたま、関連してそうだな、と思って

中村義一 著『日本の前衛絵画 : その反抗と挫折-Kの場合』,美術出版社,1968. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2518414 (参照 2024-05-03)

を斜め読みしていたところ、103コマ目(p.174)で、釈放された直後の福沢一郎が、作品についていかに時局に協力したものかを無表情に語る姿についての、土方定一による回想を紹介していた。回想なので、記憶の中で誇張された面はあるかもしれないが、印象に残ったので、ついでに紹介しておく。なお、本のタイトルにある、Kというのは、本展でもとりあげられている北脇昇のこと。

あと、展示されていたもので面白かったのは、シュルレアリスムでは、個々の描かれている事物は具象で、その配置と組合せが超現実、だったりすることがあるわけだけど、それを写真でやってた、というところ。写真の前衛表現となると、本展でも取上げられている瑛九のフォト・デッサンのように、直接フィルムや印画紙に露光させていく手法がすぐ浮かぶけれど、撮影する題材の組合せやレイアウトでシュルレアリスム的構図を実現する、というのはなるほどだった。

全然知らなかった作家の作品にもたくさん出会えたし、総じて、満足度が高い展示だったかと。日本における前衛芸術の展開に関心があれば、少なくとも図録は入手した方がよいと思うし、戦争と美術との関係に関心がある向きにもお勧め。

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2024/04/11

慶應義塾ミュージアム・コモンズ「エフェメラ:印刷物と表現」/慶應義塾大学アート・センター「Published by KUAC ── 出版物でたどる慶應義塾大学アート・センターの30年」

慶應義塾ミュージアム・コモンズ「エフェメラ:印刷物と表現」/慶應義塾大学アート・センター「Published by KUAC ── 出版物でたどる慶應義塾大学アート・センターの30年」

どちらも土日祝日は基本開いてないので(ミュージアム・コモンズは土曜開館日もちょっとだけあり)、平日たまたま休みが取れた際に行ってきた。 それぞれ会期は次の通り。

まずは慶應義塾ミュージアム・コモンズ(KeMCo)の「エフェメラ:印刷物と表現」の感想から。

2023年9月16日に開催された、トーク・イベント「エフェメラの住み処」(慶應義塾ミュージアム・コモンズとNPO法人Japan Cultural Research Instituteの共催)を受けた展示。トークイベントについては、レポートがカレントアウェアネス-Eで公開されている。

今回の展示は特に展覧会やイベントに関するお知らせ的な機能を持った印刷物が中心。雑誌も展示されていて、それをエフェメラと言ってよいのかどうか、という感じもあるけど、揃いの残存が少なければ確かにエフェメラ的なものと言ってよいのかもしれない。

展示は、二つの部屋に分かれていて、Room1では、現代美術を積極的に発信した南画廊のカタログや案内状(1950年代から1970年代)と、言わずとしれた?草月アートセンターの刊行物(SAC Journal)やポスター・案内状等(1960年代)、そして、オランダにおけるコンセプチュアルアートの発進地となった画廊Art & Projectがその展示を知らせる媒体として刊行したbulletin(1960年代から1980年代)がコンパクトな空間にずらりと並んでいた。

Art & Projectについては正直知らなかったのだけど、bulletin全号がずらりと並んでいたのは壮観。おそらくそこに示された名前を知っていればさらに楽しめたかも。どの人の展覧会の号を開いているのか、というところに、おそらく意味があったんだろうと思うのだけど、知識がないので分からん……

そういう意味では、南画廊や、草月アートセンター関連の資料の方が少しは分かったかも。特に草月アートセンター関連では、草月会館ホールで開催された久里洋二・真鍋博・柳原良平による1960年の「3人のアニメーション」や、1967年の「アニメーションへの招待」と題された、ピエール・エベールらのアート系作品と並んでディズニーやハンナ・バーベラ、そしてポール・グリモー「やぶにらみの暴君」などが延々と上映された上映会のポスターなどもあって、アニメ史的にも草月大事だなあ、とあらためて認識したり。その他、現代音楽のコンサートイベントがらみの資料もあって、国立国会図書館に手稿譜が所蔵されている林光の名前などもあった。

Room2は河口龍夫と冨井大裕による現代美術の二人展。どちらも、既存の印刷物を題材にしつつ、まったく異なるアプローチの作品を展開していて、面白かった。

どちらの部屋も、解説などはあまりなく、たぶん、ギャラリートーク付きで見たらまた印象が違うかも。あるいは、別のフロアの事務室で販売されている、図録を先に入手した方がよいかもしれない。

特にRoom1に展示された「エフェメラ」は、その資料が結びつく様々な文脈が提示されないと、その面白さが分かりにくい、というのが資料の特性でもあるので、もうちょっと文脈提示が展示に組み込まれていると楽しみやすかったかも。

慶應義塾大学アート・センター(KUAC)の「Published by KUAC」は、KUACの刊行物やポスター、チラシ、そしてイベントでの配布物を一気に並べた展示。過去の図録・パンフは全部手に取って見られるということで、いちいち開いて見てたら結構時間かかった。しかも一部在庫があるものは、展示室とは別の階にあるオフィスで購入可能なものもあったり。この手の展示で、現物を手に取れるのはやはり強い。

イベントでの配布資料などは、手に取るというわけにはいかなかったが、例えば、2003年12月20日開催のシンポジウム「アート・アーカイブ活動のための基礎的理論整備」(開催案内でのタイトルは(仮)だった最終的にはどうなったんだろう)は、進行役が高山正也先生、講演者として八重樫純樹先生、田窪直規先生が登場していて、特に八重樫先生の当日の配布資料があって目を引かれた。中身まで詳しく見れたわけではないが、その後のデジタルアーカイブにつながる議論がここで展開されていたことがうかがえる。

どちらの展示も、とにかく部屋の広さに比して展示点数が多いので、時間的には油断大敵かと。

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2024/02/04

板橋区立教育科学館「いたばしアニメ博」

会期最終日駆け込みで、板橋区立教育科学館「いたばしアニメ博」(会期:2023年12月23日(土)-2024年2月4日(日) )を見に行ってきた。

最寄り駅は東武東上線上板橋駅。駅から歩いて5分ほどで到着。

前日に上映イベントがあったそうだけど、そもそもこういった展示を開催していることに気付いたのが最終日当日だったので、これはやむなし。板橋区立教育科学館には初来訪。プラネタリウム中心に、子ども向けのプログラムが充実しているようで、おっさん一人でふらりと行った自分は大変浮いてた気がする。

展示自体は2階の教材製作室という部屋一室での展開で、小さい展示ではあるものの、中身はめちゃめちゃ濃かった。しかも、展示を担当された研究員の方が会場におられて、解説までしていただけたという贅沢体験。

中心になるのは、戦前期の日本で、一時期家庭用の動画映像上映媒体として流通していた紙フィルムに残れたアニメ作品。紙なのに「フィルム」とはこれいかに、なのだけど、映画フィルムと同様の形式で、連続するコマを紙に印刷し、一コマずつ送るための穴があいている、というもの。フィルムを転写したものが多く、現在フィルムが未発見の作品が、この紙フィルムで発見される、といったこともあるとのこと。

紙フィルムは最初は大日本印刷が開発したそうで、その後、複数の追随するメーカーが現れたとのこと。普通のフィルム式の映写機は光をフィルムに透過したものを拡大して映写するわけだけど、紙フィルム用の映写機は強い光を当てて反射した画像を拡大して映写するわけで、フィルムとは似て非なる映写機構になっているところが面白いところ。また、紙なので色つきで印刷できるので、カラーというのも面白い。

そして紙なので、紙に複製が可能! というわけで、手作業で紙にコピーしたものを切っては貼って繋いで穴を開け……という作業を行った復元紙フィルムを上映可能にしたり、スキャンしてモニターに動画として上映、といったことも行われていた。復元には延々と単純作業が続くわけで、結果的に当時の作業に近いものを実体験することにもなったというお話もうかがった。モニターでいくつか動画も上映されていて、当時の色つき動画というのを疑似体験できたのも大変ありがたし。

さらに、1930年代、映画にトーキーが登場したことを受けて、家庭でも動画と音を一緒に楽しもうと、開発された上映機器の実機も展示されていた。蓄音機と映写機の合体機構や、蓄音機の動力を映写にも活用しようという映写機など、発想はわかるけど……という感じのものも。実際にちゃんと動いたかどうかは別にして、チャレンジ精神がすごい。一方で、映写機も戦時期の物資統制の影響を受けて金属がほとんど使えなくなったり、フィルムの素材でありるセルロースが火薬の原材料に回されていった、といった、戦争の影響のお話もうかがったり。

映像と音との連動、という点では、スタートのタイミングを合わせるために、内側から再生する特殊な蓄音機も紹介されていて(レーベルにスタートする場所を印刷できるためとのこと)、なんと、音も聞かせていただくことができたのだけど、音量も音質も良質で、ちょっとびっくり。映画上映用にはもっと大きな盤面で高速回転のものがあって、現存は非常に希であることや、内側から再生する蓄音機は、溝が横方向ではなく縦方向に振動する仕組みで、そのためにノイズが少ないが、深い溝を作る必要があるために、コスト面では不利だったという話もうかがって、これまたなるほどだった。

また、幻灯機や、それまでの動く絵が横方向に連続するものが多かった(ゾートロープ(回転のぞき絵)とか)ことから、連続するコマ(画像)を横の水平方向に並べたフィルムが初期には多かったのが、フィルムを垂らす形の縦の垂直方向に変化したといった話や、初期(20世紀初頭)のアニメーション作品で水平方向のものと、垂直方向のもので、重ねてみるとまったく同じ絵のものがあることが確認された事例の紹介もあったり。これは解説聞きながらでないと、なかなか分からなかったかも。

総じて、限られたスペースの中で、動く映像の発展史を、音や媒体なども含めて、多様な可能性が探求された過程として描き出す意欲的な展示で、これは上映イベントも観たかったなあ。解説リーフレット4種のうち、一つはもうなくなっていたのは残念だったけど、これまた凝った作りだったり。

なお、解説をしてくださった研究員の方は、昨年、関東大震災の津波被害を記録した映像のフィルムを発見した方でした。今度はそちらの関連の展示も企画されているそうで、これはまた上板橋に行かねばならぬでしょう。

(参考)関東大震災100年 発掘された記録映像 知られざる津波の脅威(NHKニューウオッチ9)2023年9月19日

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2023/06/24

岡田弘子(和田収子)の『古京の芝草』について

先日立ち寄った古書店で入手した、

岡田弘子 著『古京の芝草』,立命館出版部,昭和16. https://id.ndl.go.jp/bib/000000683906

についてのメモ。

「日本の古本屋」を見る限り、本来は函付きのようだが、入手したものには函はなし。だからなのか、お手ごろな価格だった。

サイズとしてはB6判になるかと。ハードカバーで本文用紙の紙質は軽い。ところどころにモノクロだが精細な仏像の図版が複数挿入されている。

このB6判ハードカバーで、しかも軽い紙質を使う、という形式は、戦前・戦中期は、随筆的な作品にしばしば採用されていたようで、古書店の店頭や、古本まつり的なところで見かけると、とりあえず、手に取ってみるようにしている。今となってはあまり名を知られていない書き手が多いが、書き手の個性がうかがえる味わい深い内容であることが少なくない上に、装丁に力を入れた本も多い。特に戦時期に出されたものは、デジタル化されていたとしても、限られた条件下で造本にこだわる送り手の気概が感じられて、何となく好きだったりする。

さて、今回入手したのタイトル『古京の芝草』の「古京」というのは奈良のこと。奈良の名跡を巡り、仏像を拝観し、二月堂のお水取りや春日おん祭を見学した感想を綴りつつ、時に様々な背景として蘊蓄を披露する、という趣向。26枚の仏像図版は紙質が異なる別刷。刊行は昭和16年(1941)。序文に5月とあるので、対米開戦直前の時期、ということになる。奈良博物館で一節あったり、岩船寺や浄瑠璃寺も回っているのもまた良かったり。

ただ、出版時近辺の奈良訪問記、というわけではないようで、序文によると

「奈良京の廃都を嘆いた田辺福麿の『立ち易(かえ)り古きみやことなりぬれば道の芝草長く生ひにけり』といふ、その年毎に芽ぐむ古京の道辺の雑草に過ぎないもので、大正四年頃からの、其の折々のノートの断片を書き綴つたものである」

とのこと。かなり時期としては幅があるらしい。

印象的な箇所はいくつもあるのだけど、『鮮血遺書』で知られるフランス人宣教師ヴィリオンとばったり出会った時の様子を引いてみよう。特徴的なふりがなは( )で補記し、漢字は新字体に改めた。

 公演に沿つた下水の溝のはしを、私は下うつむいて歩いてきた。と、急に目(ま)のさきがぱつと明るくなつたやうな気がした。おや?と思つて見上げた瞳に、真赤な塊が飛びこんだ。火のやうに真赤な薔薇のかげから、皺に埋つた白皙の顔がにこやかに覗いてゐる。黒い長い法衣(スータン)を着た見知りごしのビリヨン老師だ。

 私の背後から一台の自働車が疾走してきた。老師はきつと立ち止まつて、右腕に抱へてゐたその薔薇の鉢をあわててゝ左腕に移して、その空いた右手をすくつと、若者のやうに元気よくさしあげた。空車はそれには一瞥も与へずに、疾走して行つてしまつた。

 老師は左腕に移した鉢を、またもとのやうに右腕に移し、それからいかにも重さうにもう一度持ちあげて抱へなほしてから歩み出した。私は老師の前を通りすぎて、五六歩行きすぎた。が、急に思ひ出したやうに踵をかへして、老師を追った。

と、こんな感じ。真赤の薔薇が視野に入る瞬間の鮮やかな印象と、タクシーを捕まえようとして失敗する、著名な老宣教師の姿を見てしまい、一度は行き過ぎようとしてしまって、でも、やはり立ち戻る、微妙な心の動きが書き込まれている。この部分は状況描写が少ないが、繊細な状況描写もまた良かったりするので、デジタルでもよいので、まずは中身を眺めてみてほしい。

なお、家に帰ってから確認すると、本書については、次の論考で紹介がされていた。

井上重信「 昭和十六年夏の立命館出版部(二) : 石原莞爾『国防論』発禁余話、松本清張の心に残りし岡田弘子『古京の芝草』」立命館百年史紀要. 10. p. 249 - 266.[2002-03] http://doi.org/10.34382/00015776

この井上氏の論考によると、松本清張の『清張日記』、昭和56年5月5日の項に、戦前この『古京の芝草』を読んで印象に残ったことが記載されているとのこと。実は、『古京の芝草』刊行当時、立命館出版部にいた井上氏が、最初に校正を担当した一冊だったとのことで、上記論考で当時が回想されている。それによると、図版はコロタイプ印刷で、井上氏は京都便利堂での印刷ではないかと推測している。しかも、「この『古京の芝草』は昭和十六年九月初版発行と同時に売行好評で二ヶ月たたないうちに売切れとなり十一月に再販した」とあり、どの程度の部数刷られたのかは判然としないが、売行き好調だったようだ(その好調ぶりのおかげて、金一封が出て奈良の料亭で天ぷらを食べたエピソードなども興味深い)。

さて、井上氏は、著者の岡田弘子についても検討を加えているのだが、その実像ははっきりしない。

とりあえず、自分でも調べてみたことを含めて,少しメモとして残しておきたい。

まずは、Web NDL Authoritiesを見ると、

岡田, 弘子, 1893-1983 https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/00328624

とあり、1983年に亡くなられたことが分かる。生没年の典拠は「人物レファレンス事典 郷土人物編」とのこと。まだ確認してないが、それを見るともう少し何か分かるかも。なお、同名で北海道の図書館で石川啄木の顕彰などで活躍された方がおられるが、まったくの別人である。

『古京の芝草』の岡田弘子がかかれた別の著作としては、

岡田弘子 著『やせ猫 : 歌集』(地上叢書 ; 第10篇),立命館出版部,昭13. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1256425

という短歌集があり、こちらは序文が窪田空穂と対馬完治、装幀が石井鶴三という豪華版。窪田空穂の序文では、岡田弘子が窪田空穂に師事して短歌に取り組んでいたこと、その前はフランス文学に専心していたこと、北信濃に生まれ女学校まではそこで過ごしたことが分かる。また、対馬完治の序文では、窪田空穂の紹介で地上社に入ったことが判明する。

さらに、同書の「父の旧友」という節には(p.100)「新渡戸博士を父と共に見舞ふ」という記述があったり、「噫、新渡戸博士」という節(p.168)には「昭和八年十一月十六日、米国にて客死されし新渡戸博士の御遺骨、秩父丸にて着きますを父と横浜埠頭に迎へまつる」という記述もあり、父親が新渡戸稲造と浅からぬ縁があったことがうかがえる。

また、

歌壇新報社 編『現代代表女流年刊歌集』第3輯,歌壇新報社,昭12. https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1228569/1/139

では、「岡田弘子(和田収子)」と紹介されており、どうやら岡田弘子はペンネーム、というか号で、本名は和田収子というらしい。窪田空穂氏に師事したのは昭和2年からで、昭和4年第二期地上に入社したこと、家族は「父、妹二人」、東京都在住であることが判明。

さらに、和田収子の方で探ってみると、『信濃教育』の石井鶴三追悼特集に、

和田収子「先生の思い出」『信濃教育』(1044). p.32-33. [1973-11] https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/6070609/1/19

という回想を寄せている。この回想、なんと先に触れた歌集『やせ猫』を巡るエピソードが含まれており、

  • 昭和13年の『やせ猫』刊行の10年ほど前に、アナトール・フランスの『やせ猫』と『ヂオカスト』を翻訳し、装幀として石井鶴三が木版を彫った。
  • 翻訳は「種々の事情」で出版に至らず、その装丁をそのまま歌集の装丁に使おうとして、題名を『やせ猫』とした。

ことなどが紹介されている(石井鶴三のわがままぶりがなかなかなのだが、そこは実際に読んでみてほしい)。

というわけで、まとめると、

岡田弘子(和田収子)。1893生〜1983没。 北信濃出身。女学校までは北信濃で過ごす。 父親は、新渡戸稲造と交流があり(記述ぶりによると、新渡戸より年上の模様)。 回想によれば、石井鶴三とも私的交流あり。 一時(大正期?)フランス文学に専心し、アナトール・フランスの翻訳などにも取り組んだが、刊行には至らず。 その後、短歌に転身し、昭和2年から窪田空穂に師事。昭和4年に第二期地上社に参加。

という感じになるだろうか。

『古京の芝草』の記述を読む限り、本人はクリスチャンではないとしているが、立命館出版部から本が出ていること、父親が新渡戸と交流があったこと、フランス文学への取り組みなど、クリスチャン人脈との関係もあるかもしれない。

なお、私家版と思われるが、刊行時期と出版者が「和田」姓であることから考えて、次の本はおそらく、同じ著者によるものだろう。

岡田弘子『遺稿集』和田富裕, 1984.7 https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB0237580X?l=ja

いつか、この『遺稿集』を読むことができたら,もう少し、どんな人だったのか、分かるかもしれない。

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2023/02/23

安東量子『スティーブ&ボニー:砂漠のゲンシリョクムラ・イン・アメリカ』晶文社, 2022.

『スティーブ&ボニー』表紙

(表紙画像はopenBDから。)

また更新に間が空いてしまった。

安東量子『スティーブ&ボニー:砂漠のゲンシリョクムラ・イン・アメリカ』晶文社,2022.を読了。

ざっくりまとめると、ひょんなことから著者が参加し、登壇することになった、2018年の米国での原子力関係の会議をめぐる、渡米から日本に帰国するまでの体験に基づくエッセイ、ということになるのだと思う。

けれども、そこで描かれているものは、とても多面的で、複雑で、だからこそ人間的で、なんとも要約しがたいもので、著者があとがきで「考えた以上に長くなってしまいました」と書かれていることに納得しかない。例えば、米国における原子力産業あるいは関連する研究分野にかかわる人たちのことや、米国に長く暮らす日系人が語る歴史、あるいは、著者自身が関わってきた福島ダイアログを通じて出会った人々、また、会場となったワシントン州のハンフォード(マンハッタン計画の拠点の一つとして整備され、プルトニウム生成のための原子炉が設置された場所)を、自らの生きる土地として選んだ人々の姿、著者の生まれた広島のことなどなど、様々な要素が絡み合いつつ描き出されている。特に、会議開催中の滞在先のホストファミリーの夫婦(と、家族や友人たち)は印象的で、そのお二人の名前がタイトルになっていることにも、これまた納得しかない。

誰にお勧めするか、というのは難しいが、一例を挙げれば、科学史や、STSに関心のある向きは、読むと様々な示唆が得られると思う(例えば、科学史の語られ方自体にもナショナルな要素が入り込む、といった視点や、専門家がどのようにして信頼を失いがちなのか、という論点などが、体験を通じて実感を持って語られていたりする)。原子力問題についても単に批判・賛美に固定化するのではなく、そこに関わる人の視点から物事を捉え直すような視点が提示されていて、頭の中がぐるぐるかき混ぜられる感じもある。

といっても、あくまでエッセイ的な書き振りで、「ひとつの物語」と著者自身があとがきで書かれているとおり、語り口は平易。登場する人物たちもそれぞれ個性的、そして料理についての描写がいちいち、すごくおいしそうだったり、激烈にまずそうだったりするのがなんとも読んでて楽しい。

奇跡のような出会いや交流に、思わず泣けてくる場面もある。マンハッタン計画も、広島も長崎も、米国における日系人差別も、東日本大震災と東電福島第一原発事故も、今もそことつながったところで、自分たちが生きている、ということを、静かに教えてくれる一冊だと思う。

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