2024/04/11

慶應義塾ミュージアム・コモンズ「エフェメラ:印刷物と表現」/慶應義塾大学アート・センター「Published by KUAC ── 出版物でたどる慶應義塾大学アート・センターの30年」

慶應義塾ミュージアム・コモンズ「エフェメラ:印刷物と表現」/慶應義塾大学アート・センター「Published by KUAC ── 出版物でたどる慶應義塾大学アート・センターの30年」

どちらも土日祝日は基本開いてないので(ミュージアム・コモンズは土曜開館日もちょっとだけあり)、平日たまたま休みが取れた際に行ってきた。 それぞれ会期は次の通り。

まずは慶應義塾ミュージアム・コモンズ(KeMCo)の「エフェメラ:印刷物と表現」の感想から。

2023年9月16日に開催された、トーク・イベント「エフェメラの住み処」(慶應義塾ミュージアム・コモンズとNPO法人Japan Cultural Research Instituteの共催)を受けた展示。トークイベントについては、レポートがカレントアウェアネス-Eで公開されている。

今回の展示は特に展覧会やイベントに関するお知らせ的な機能を持った印刷物が中心。雑誌も展示されていて、それをエフェメラと言ってよいのかどうか、という感じもあるけど、揃いの残存が少なければ確かにエフェメラ的なものと言ってよいのかもしれない。

展示は、二つの部屋に分かれていて、Room1では、現代美術を積極的に発信した南画廊のカタログや案内状(1950年代から1970年代)と、言わずとしれた?草月アートセンターの刊行物(SAC Journal)やポスター・案内状等(1960年代)、そして、オランダにおけるコンセプチュアルアートの発進地となった画廊Art & Projectがその展示を知らせる媒体として刊行したbulletin(1960年代から1980年代)がコンパクトな空間にずらりと並んでいた。

Art & Projectについては正直知らなかったのだけど、bulletin全号がずらりと並んでいたのは壮観。おそらくそこに示された名前を知っていればさらに楽しめたかも。どの人の展覧会の号を開いているのか、というところに、おそらく意味があったんだろうと思うのだけど、知識がないので分からん……

そういう意味では、南画廊や、草月アートセンター関連の資料の方が少しは分かったかも。特に草月アートセンター関連では、草月会館ホールで開催された久里洋二・真鍋博・柳原良平による1960年の「3人のアニメーション」や、1967年の「アニメーションへの招待」と題された、ピエール・エベールらのアート系作品と並んでディズニーやハンナ・バーベラ、そしてポール・グリモー「やぶにらみの暴君」などが延々と上映された上映会のポスターなどもあって、アニメ史的にも草月大事だなあ、とあらためて認識したり。その他、現代音楽のコンサートイベントがらみの資料もあって、国立国会図書館に手稿譜が所蔵されている林光の名前などもあった。

Room2は河口龍夫と冨井大裕による現代美術の二人展。どちらも、既存の印刷物を題材にしつつ、まったく異なるアプローチの作品を展開していて、面白かった。

どちらの部屋も、解説などはあまりなく、たぶん、ギャラリートーク付きで見たらまた印象が違うかも。あるいは、別のフロアの事務室で販売されている、図録を先に入手した方がよいかもしれない。

特にRoom1に展示された「エフェメラ」は、その資料が結びつく様々な文脈が提示されないと、その面白さが分かりにくい、というのが資料の特性でもあるので、もうちょっと文脈提示が展示に組み込まれていると楽しみやすかったかも。

慶應義塾大学アート・センター(KUAC)の「Published by KUAC」は、KUACの刊行物やポスター、チラシ、そしてイベントでの配布物を一気に並べた展示。過去の図録・パンフは全部手に取って見られるということで、いちいち開いて見てたら結構時間かかった。しかも一部在庫があるものは、展示室とは別の階にあるオフィスで購入可能なものもあったり。この手の展示で、現物を手に取れるのはやはり強い。

イベントでの配布資料などは、手に取るというわけにはいかなかったが、例えば、2003年12月20日開催のシンポジウム「アート・アーカイブ活動のための基礎的理論整備」(開催案内でのタイトルは(仮)だった最終的にはどうなったんだろう)は、進行役が高山正也先生、講演者として八重樫純樹先生、田窪直規先生が登場していて、特に八重樫先生の当日の配布資料があって目を引かれた。中身まで詳しく見れたわけではないが、その後のデジタルアーカイブにつながる議論がここで展開されていたことがうかがえる。

どちらの展示も、とにかく部屋の広さに比して展示点数が多いので、時間的には油断大敵かと。

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2024/02/04

板橋区立教育科学館「いたばしアニメ博」

会期最終日駆け込みで、板橋区立教育科学館「いたばしアニメ博」(会期:2023年12月23日(土)-2024年2月4日(日) )を見に行ってきた。

最寄り駅は東武東上線上板橋駅。駅から歩いて5分ほどで到着。

前日に上映イベントがあったそうだけど、そもそもこういった展示を開催していることに気付いたのが最終日当日だったので、これはやむなし。板橋区立教育科学館には初来訪。プラネタリウム中心に、子ども向けのプログラムが充実しているようで、おっさん一人でふらりと行った自分は大変浮いてた気がする。

展示自体は2階の教材製作室という部屋一室での展開で、小さい展示ではあるものの、中身はめちゃめちゃ濃かった。しかも、展示を担当された研究員の方が会場におられて、解説までしていただけたという贅沢体験。

中心になるのは、戦前期の日本で、一時期家庭用の動画映像上映媒体として流通していた紙フィルムに残れたアニメ作品。紙なのに「フィルム」とはこれいかに、なのだけど、映画フィルムと同様の形式で、連続するコマを紙に印刷し、一コマずつ送るための穴があいている、というもの。フィルムを転写したものが多く、現在フィルムが未発見の作品が、この紙フィルムで発見される、といったこともあるとのこと。

紙フィルムは最初は大日本印刷が開発したそうで、その後、複数の追随するメーカーが現れたとのこと。普通のフィルム式の映写機は光をフィルムに透過したものを拡大して映写するわけだけど、紙フィルム用の映写機は強い光を当てて反射した画像を拡大して映写するわけで、フィルムとは似て非なる映写機構になっているところが面白いところ。また、紙なので色つきで印刷できるので、カラーというのも面白い。

そして紙なので、紙に複製が可能! というわけで、手作業で紙にコピーしたものを切っては貼って繋いで穴を開け……という作業を行った復元紙フィルムを上映可能にしたり、スキャンしてモニターに動画として上映、といったことも行われていた。復元には延々と単純作業が続くわけで、結果的に当時の作業に近いものを実体験することにもなったというお話もうかがった。モニターでいくつか動画も上映されていて、当時の色つき動画というのを疑似体験できたのも大変ありがたし。

さらに、1930年代、映画にトーキーが登場したことを受けて、家庭でも動画と音を一緒に楽しもうと、開発された上映機器の実機も展示されていた。蓄音機と映写機の合体機構や、蓄音機の動力を映写にも活用しようという映写機など、発想はわかるけど……という感じのものも。実際にちゃんと動いたかどうかは別にして、チャレンジ精神がすごい。一方で、映写機も戦時期の物資統制の影響を受けて金属がほとんど使えなくなったり、フィルムの素材でありるセルロースが火薬の原材料に回されていった、といった、戦争の影響のお話もうかがったり。

映像と音との連動、という点では、スタートのタイミングを合わせるために、内側から再生する特殊な蓄音機も紹介されていて(レーベルにスタートする場所を印刷できるためとのこと)、なんと、音も聞かせていただくことができたのだけど、音量も音質も良質で、ちょっとびっくり。映画上映用にはもっと大きな盤面で高速回転のものがあって、現存は非常に希であることや、内側から再生する蓄音機は、溝が横方向ではなく縦方向に振動する仕組みで、そのためにノイズが少ないが、深い溝を作る必要があるために、コスト面では不利だったという話もうかがって、これまたなるほどだった。

また、幻灯機や、それまでの動く絵が横方向に連続するものが多かった(ゾートロープ(回転のぞき絵)とか)ことから、連続するコマ(画像)を横の水平方向に並べたフィルムが初期には多かったのが、フィルムを垂らす形の縦の垂直方向に変化したといった話や、初期(20世紀初頭)のアニメーション作品で水平方向のものと、垂直方向のもので、重ねてみるとまったく同じ絵のものがあることが確認された事例の紹介もあったり。これは解説聞きながらでないと、なかなか分からなかったかも。

総じて、限られたスペースの中で、動く映像の発展史を、音や媒体なども含めて、多様な可能性が探求された過程として描き出す意欲的な展示で、これは上映イベントも観たかったなあ。解説リーフレット4種のうち、一つはもうなくなっていたのは残念だったけど、これまた凝った作りだったり。

なお、解説をしてくださった研究員の方は、昨年、関東大震災の津波被害を記録した映像のフィルムを発見した方でした。今度はそちらの関連の展示も企画されているそうで、これはまた上板橋に行かねばならぬでしょう。

(参考)関東大震災100年 発掘された記録映像 知られざる津波の脅威(NHKニューウオッチ9)2023年9月19日

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2023/06/24

岡田弘子(和田収子)の『古京の芝草』について

先日立ち寄った古書店で入手した、

岡田弘子 著『古京の芝草』,立命館出版部,昭和16. https://id.ndl.go.jp/bib/000000683906

についてのメモ。

「日本の古本屋」を見る限り、本来は函付きのようだが、入手したものには函はなし。だからなのか、お手ごろな価格だった。

サイズとしてはB6判になるかと。ハードカバーで本文用紙の紙質は軽い。ところどころにモノクロだが精細な仏像の図版が複数挿入されている。

このB6判ハードカバーで、しかも軽い紙質を使う、という形式は、戦前・戦中期は、随筆的な作品にしばしば採用されていたようで、古書店の店頭や、古本まつり的なところで見かけると、とりあえず、手に取ってみるようにしている。今となってはあまり名を知られていない書き手が多いが、書き手の個性がうかがえる味わい深い内容であることが少なくない上に、装丁に力を入れた本も多い。特に戦時期に出されたものは、デジタル化されていたとしても、限られた条件下で造本にこだわる送り手の気概が感じられて、何となく好きだったりする。

さて、今回入手したのタイトル『古京の芝草』の「古京」というのは奈良のこと。奈良の名跡を巡り、仏像を拝観し、二月堂のお水取りや春日おん祭を見学した感想を綴りつつ、時に様々な背景として蘊蓄を披露する、という趣向。26枚の仏像図版は紙質が異なる別刷。刊行は昭和16年(1941)。序文に5月とあるので、対米開戦直前の時期、ということになる。奈良博物館で一節あったり、岩船寺や浄瑠璃寺も回っているのもまた良かったり。

ただ、出版時近辺の奈良訪問記、というわけではないようで、序文によると

「奈良京の廃都を嘆いた田辺福麿の『立ち易(かえ)り古きみやことなりぬれば道の芝草長く生ひにけり』といふ、その年毎に芽ぐむ古京の道辺の雑草に過ぎないもので、大正四年頃からの、其の折々のノートの断片を書き綴つたものである」

とのこと。かなり時期としては幅があるらしい。

印象的な箇所はいくつもあるのだけど、『鮮血遺書』で知られるフランス人宣教師ヴィリオンとばったり出会った時の様子を引いてみよう。特徴的なふりがなは( )で補記し、漢字は新字体に改めた。

 公演に沿つた下水の溝のはしを、私は下うつむいて歩いてきた。と、急に目(ま)のさきがぱつと明るくなつたやうな気がした。おや?と思つて見上げた瞳に、真赤な塊が飛びこんだ。火のやうに真赤な薔薇のかげから、皺に埋つた白皙の顔がにこやかに覗いてゐる。黒い長い法衣(スータン)を着た見知りごしのビリヨン老師だ。

 私の背後から一台の自働車が疾走してきた。老師はきつと立ち止まつて、右腕に抱へてゐたその薔薇の鉢をあわててゝ左腕に移して、その空いた右手をすくつと、若者のやうに元気よくさしあげた。空車はそれには一瞥も与へずに、疾走して行つてしまつた。

 老師は左腕に移した鉢を、またもとのやうに右腕に移し、それからいかにも重さうにもう一度持ちあげて抱へなほしてから歩み出した。私は老師の前を通りすぎて、五六歩行きすぎた。が、急に思ひ出したやうに踵をかへして、老師を追った。

と、こんな感じ。真赤の薔薇が視野に入る瞬間の鮮やかな印象と、タクシーを捕まえようとして失敗する、著名な老宣教師の姿を見てしまい、一度は行き過ぎようとしてしまって、でも、やはり立ち戻る、微妙な心の動きが書き込まれている。この部分は状況描写が少ないが、繊細な状況描写もまた良かったりするので、デジタルでもよいので、まずは中身を眺めてみてほしい。

なお、家に帰ってから確認すると、本書については、次の論考で紹介がされていた。

井上重信「 昭和十六年夏の立命館出版部(二) : 石原莞爾『国防論』発禁余話、松本清張の心に残りし岡田弘子『古京の芝草』」立命館百年史紀要. 10. p. 249 - 266.[2002-03] http://doi.org/10.34382/00015776

この井上氏の論考によると、松本清張の『清張日記』、昭和56年5月5日の項に、戦前この『古京の芝草』を読んで印象に残ったことが記載されているとのこと。実は、『古京の芝草』刊行当時、立命館出版部にいた井上氏が、最初に校正を担当した一冊だったとのことで、上記論考で当時が回想されている。それによると、図版はコロタイプ印刷で、井上氏は京都便利堂での印刷ではないかと推測している。しかも、「この『古京の芝草』は昭和十六年九月初版発行と同時に売行好評で二ヶ月たたないうちに売切れとなり十一月に再販した」とあり、どの程度の部数刷られたのかは判然としないが、売行き好調だったようだ(その好調ぶりのおかげて、金一封が出て奈良の料亭で天ぷらを食べたエピソードなども興味深い)。

さて、井上氏は、著者の岡田弘子についても検討を加えているのだが、その実像ははっきりしない。

とりあえず、自分でも調べてみたことを含めて,少しメモとして残しておきたい。

まずは、Web NDL Authoritiesを見ると、

岡田, 弘子, 1893-1983 https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/00328624

とあり、1983年に亡くなられたことが分かる。生没年の典拠は「人物レファレンス事典 郷土人物編」とのこと。まだ確認してないが、それを見るともう少し何か分かるかも。なお、同名で北海道の図書館で石川啄木の顕彰などで活躍された方がおられるが、まったくの別人である。

『古京の芝草』の岡田弘子がかかれた別の著作としては、

岡田弘子 著『やせ猫 : 歌集』(地上叢書 ; 第10篇),立命館出版部,昭13. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1256425

という短歌集があり、こちらは序文が窪田空穂と対馬完治、装幀が石井鶴三という豪華版。窪田空穂の序文では、岡田弘子が窪田空穂に師事して短歌に取り組んでいたこと、その前はフランス文学に専心していたこと、北信濃に生まれ女学校まではそこで過ごしたことが分かる。また、対馬完治の序文では、窪田空穂の紹介で地上社に入ったことが判明する。

さらに、同書の「父の旧友」という節には(p.100)「新渡戸博士を父と共に見舞ふ」という記述があったり、「噫、新渡戸博士」という節(p.168)には「昭和八年十一月十六日、米国にて客死されし新渡戸博士の御遺骨、秩父丸にて着きますを父と横浜埠頭に迎へまつる」という記述もあり、父親が新渡戸稲造と浅からぬ縁があったことがうかがえる。

また、

歌壇新報社 編『現代代表女流年刊歌集』第3輯,歌壇新報社,昭12. https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1228569/1/139

では、「岡田弘子(和田収子)」と紹介されており、どうやら岡田弘子はペンネーム、というか号で、本名は和田収子というらしい。窪田空穂氏に師事したのは昭和2年からで、昭和4年第二期地上に入社したこと、家族は「父、妹二人」、東京都在住であることが判明。

さらに、和田収子の方で探ってみると、『信濃教育』の石井鶴三追悼特集に、

和田収子「先生の思い出」『信濃教育』(1044). p.32-33. [1973-11] https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/6070609/1/19

という回想を寄せている。この回想、なんと先に触れた歌集『やせ猫』を巡るエピソードが含まれており、

  • 昭和13年の『やせ猫』刊行の10年ほど前に、アナトール・フランスの『やせ猫』と『ヂオカスト』を翻訳し、装幀として石井鶴三が木版を彫った。
  • 翻訳は「種々の事情」で出版に至らず、その装丁をそのまま歌集の装丁に使おうとして、題名を『やせ猫』とした。

ことなどが紹介されている(石井鶴三のわがままぶりがなかなかなのだが、そこは実際に読んでみてほしい)。

というわけで、まとめると、

岡田弘子(和田収子)。1893生〜1983没。 北信濃出身。女学校までは北信濃で過ごす。 父親は、新渡戸稲造と交流があり(記述ぶりによると、新渡戸より年上の模様)。 回想によれば、石井鶴三とも私的交流あり。 一時(大正期?)フランス文学に専心し、アナトール・フランスの翻訳などにも取り組んだが、刊行には至らず。 その後、短歌に転身し、昭和2年から窪田空穂に師事。昭和4年に第二期地上社に参加。

という感じになるだろうか。

『古京の芝草』の記述を読む限り、本人はクリスチャンではないとしているが、立命館出版部から本が出ていること、父親が新渡戸と交流があったこと、フランス文学への取り組みなど、クリスチャン人脈との関係もあるかもしれない。

なお、私家版と思われるが、刊行時期と出版者が「和田」姓であることから考えて、次の本はおそらく、同じ著者によるものだろう。

岡田弘子『遺稿集』和田富裕, 1984.7 https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB0237580X?l=ja

いつか、この『遺稿集』を読むことができたら,もう少し、どんな人だったのか、分かるかもしれない。

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2023/02/23

安東量子『スティーブ&ボニー:砂漠のゲンシリョクムラ・イン・アメリカ』晶文社, 2022.

『スティーブ&ボニー』表紙

(表紙画像はopenBDから。)

また更新に間が空いてしまった。

安東量子『スティーブ&ボニー:砂漠のゲンシリョクムラ・イン・アメリカ』晶文社,2022.を読了。

ざっくりまとめると、ひょんなことから著者が参加し、登壇することになった、2018年の米国での原子力関係の会議をめぐる、渡米から日本に帰国するまでの体験に基づくエッセイ、ということになるのだと思う。

けれども、そこで描かれているものは、とても多面的で、複雑で、だからこそ人間的で、なんとも要約しがたいもので、著者があとがきで「考えた以上に長くなってしまいました」と書かれていることに納得しかない。例えば、米国における原子力産業あるいは関連する研究分野にかかわる人たちのことや、米国に長く暮らす日系人が語る歴史、あるいは、著者自身が関わってきた福島ダイアログを通じて出会った人々、また、会場となったワシントン州のハンフォード(マンハッタン計画の拠点の一つとして整備され、プルトニウム生成のための原子炉が設置された場所)を、自らの生きる土地として選んだ人々の姿、著者の生まれた広島のことなどなど、様々な要素が絡み合いつつ描き出されている。特に、会議開催中の滞在先のホストファミリーの夫婦(と、家族や友人たち)は印象的で、そのお二人の名前がタイトルになっていることにも、これまた納得しかない。

誰にお勧めするか、というのは難しいが、一例を挙げれば、科学史や、STSに関心のある向きは、読むと様々な示唆が得られると思う(例えば、科学史の語られ方自体にもナショナルな要素が入り込む、といった視点や、専門家がどのようにして信頼を失いがちなのか、という論点などが、体験を通じて実感を持って語られていたりする)。原子力問題についても単に批判・賛美に固定化するのではなく、そこに関わる人の視点から物事を捉え直すような視点が提示されていて、頭の中がぐるぐるかき混ぜられる感じもある。

といっても、あくまでエッセイ的な書き振りで、「ひとつの物語」と著者自身があとがきで書かれているとおり、語り口は平易。登場する人物たちもそれぞれ個性的、そして料理についての描写がいちいち、すごくおいしそうだったり、激烈にまずそうだったりするのがなんとも読んでて楽しい。

奇跡のような出会いや交流に、思わず泣けてくる場面もある。マンハッタン計画も、広島も長崎も、米国における日系人差別も、東日本大震災と東電福島第一原発事故も、今もそことつながったところで、自分たちが生きている、ということを、静かに教えてくれる一冊だと思う。

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2022/08/15

『日本古書通信』2022年5月号・6月号

『日本古書通信』の積ん読がたまってきたので、とりあえず、2022年5月号(1114号)と6月号(1115号)の気になった記事についてメモ。

まずは『日本古書通信』2022年5月号から。

岩切信一郎「石版画家・茂木習古と三宅克己」(p.2-4)は、明治・大正期に活躍した石版画の画工「習古」の謎を辿りつつ、石版カラー表紙を実現した出版における明治20年代の技術革新などにも言及。洋画家・三宅克己の調査の過程で「習古」に三宅が師事したという回想を手がかりに現在までに判明した事実を紹介している。しかしまだまだ謎は深まるばかり、という様子。なお、三宅克己については、次を参照するのが良いかと。「三宅克己 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/8905.html

川本隆史「書痴六遷の教訓-仙台からのたより」(p.10-11)は、『風の便り』第7号(1997年6月)からの再録とのこと。著者の引っ越し遍歴を、段階的に増殖していく蔵書の様子と併せて回顧しつつ、書物がつなぐ縁(新明正道氏からの手紙が紹介されている)について語るエッセイ。文系の学者の増え続ける蔵書のありさまが、引っ越しの玄人ともに身に迫ってくる。その後の引っ越しについての補記もあり。

川口敦子「キリシタン資料を訪ねて② ポルトガル国立図書館2」(p.16-17)は、2007年のポルトガル国立図書館での調査の様子を紹介。一部の目録ではポルトガル国立図書館にあるとされていた『ぎやどぺかどる』がやはりなかった、という話が、目録情報の確実性という意味で考えさせられる。イラストで紹介されている、図書館内のレストランのランチがおいしそう。また、当時ポルトガルの書店で購入したルイス・フロイス『日本史』のCD-ROM版がWindows10では起動できなくなっている、という話もあって切ない。

青木正美「古本屋控え帳431 『世界はどうなる』」(p.35)は、『世界はどうなる』精文館,1932の紹介(なお、インターネット公開されている国立国会図書館所蔵本は一部欠落がある模様。)。第二次世界大戦の展開を予想しつつ「日米戦争に対しては、我が国は攻勢に出づるに最も有利な立場」と対米戦を煽っていて、なるほど、こういう書物によって、対米戦争に対する気分が積み重ねられていったんだろうな、という感じ。

八木正自「Bibliotheca Japonica CCXCIII 達摩屋五一遺稿集『瓦の響 しのふくさ』」(p.39)では、書物の価値が嵩で計られていた時代に、書物の価値を評価した古書肆の鼻祖、岩本五一(1817-1868)の生涯と、その遺稿集を紹介。五一の堂号、珍書屋待賈堂が、反町茂雄の古書販売目録、「待賈古書目」(JapanKnowledgeで提供されている電子版の解説参照。)の由来となったとのこと。

なお「受贈書目」(p.40-41)で、浅岡邦夫「禁書リストを筆写した図書館員」(『中京大学図書館紀要』42号抜き刷り)について紹介されている。同論文は中京大学の機関リポジトリで公開されており、東京帝国大学附属図書館に勤めていた佐藤邦一が書き写した禁書リストを軸にその生涯を辿るもの。

続いて、『日本古書通信』2022年6月号についてのメモ。

真田真治「小村雪岱の装幀原画① 内田誠『水中亭雑記』」(p.2-4)は、著者が入手した、小村雪岱の「装幀原画他装幀資料」と、その入手の経緯を語る連載の一回目。レア資料を巡る古書店主とコレクターの複雑な関係も読みどころかと。

樽見博「百年後の大樹」(p.6)は、長塚節(コトバンクの解説)が茨城県下妻市の古刹、光明寺で撮影したという写真の背景に写った大樹について、現地での状況を踏まえて考察した囲みコラム。確かに、現代の写真と比較すると、通説が正しいのかどうか、ちょっと疑問になってくる。

竹原千春「古本的往復書簡2 細川洋希さまへ 志賀直哉の初版本」(p.8-9)では、著者の入手した志賀直哉献呈本を題材に、細川護立(永青文庫の創設者)と志賀直哉の交流について紹介されている。小学校から大学までずっと一緒だったとはびっくり。

森登「銅・石版画万華鏡177 松本龍山『袖玉京都細絵図』」(p.15)は、著者の入手した、慶応4年の銅版京都図を紹介。袋付きで入手したとのことで、その図版も掲載されている。貴重かと。

「札幌・一古書店主の歩み 弘南堂店主高木庄治氏聞き書き(11)独立開店(札幌医大前)」(p.32-34)は、毎回貴重な証言の連続だが、今回は、末尾の詐欺事件の顛末が苦い。一方、『蝦夷地及唐太真景図巻』落札と、昭和37年ごろに、名取武光氏の研究費で北海道大学に入れることになった顛末の話が興味深い(その後一旦行方不明になったとのこと。なお現在は北海道大学北方資料データベースで所在を確認できる。)。こういう購入の仕方が許される時代だったんだなあ。

川口敦子「キリシタン資料を訪ねて③ アジュダ図書館(リスボン)」(p.36-37)は、ボルトガルの首都、リスボンの宮殿内にある図書館、アジュダ図書館の紹介とそこでの調査について。宮殿という古い建物だからこそのトイレのドアの罠?のエピソードがなんとも言えない。また、最初の訪問時(2007年)にはウェブサイトもなかった、というのがちょっと驚き。

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2022/07/18

『学士会会報』no.955(2022-IV)

學士會会報』no.955(2022-IV)を斜め読みしたら面白かったので印象に残った記事をメモ。

宇山智彦「ロシアは何をめぐってウクライナ・米欧と対立しているのか」(p.16-20)は、ロシアの主張を分析して、ウクライナ侵攻の理由としてよく言われるNATO拡大という主張を「額面通りに受け取ることはできない」とした上で、特に米国との関係の中で、ロシアが国際社会における特別な権利がある、という主張や米国中心の国際秩序のゆらぎ、ウクライナとの一方的な一体性認識などを背景として分析している。バランス感覚も含めて、短く読める論説としてお勧めかと。

中山洋平「二〇二二年大統領選挙後のフランス政治――「ポピュリズム」から分極化へ?」(p.21-27)は、先日のフランス大統領選挙を分析し、かつては極右のものだった、移民排斥という主張を、幅広い勢力が取り込むことが容認されるようになっているなど、「EU統合推進、市場自由化、共和制原則に基づく意味統合」という統治エリートのコンセンサスが突き崩されてきている状況を論じている。興味深いのは、イタリアの政治学者サルトーリの描いた「分極的多党制」と同様の力学が働いているという話。「分極的多党制」というのは、

「左右両極に無視できない反体制政党を抱えている上に、中央の位置が独立の勢力によって占められていると、左右の穏健な政党は両極に吸い寄せられていく。こうした「遠心的競合」によって左右両翼への「分極化」が進めば、最終的には民主制の存続が危ぶまれる段階に至る。」

という話で、フランスでは、左右の両極が、EU統合に反対、市場自由主義路線を批難するという状況で、中道の独立政党であるマクロン党がこれまでのコンセンサスを維持する、という構図になっているとのこと。日本との比較という意味でも興味深い。

大塚美保「没後百年目の森鷗外」(p.42-46)は、今年没後百年となる森鴎外の最新の研究動向を紹介する一本。フェミニズムの理解者・支援者としての鴎外、文化の翻訳者としての鴎外、鴎外による国家批判と体制変革を通じた国家維持構想など、鴎外の持つ多面性を積極的に評価する近年の研究動向をコンパクトに紹介していて、最近はこんな議論になっているのか、と勉強になった。

北村陽子「戦争障害者からみる社会福祉の源流」(p.47-51)は、第一次大戦後のドイツで発展した、「戦争によって傷ついた人(Kriegsbeschädigter)」への支援策が、リハビリや障害者スポーツの発展、義手・義肢の技術革新、盲導犬の導入(軍用犬の戦後の活躍の場として発展したとのこと)など、現代につながる様々な障害者支援の仕組みにつながっていることが紹介されていて、まったく知らないことだらけで驚いた。

山田慎也「民俗を尋ねて《第VI期》第4回 変わりゆく葬送儀礼」(p.85-90)は、新潟県佐渡島北西部の、自宅を中心的な場として行われていた葬送儀礼を紹介するとともに、2000年代以降、公民館、そして2014年に改行した葬儀場を利用する形で変化するとともに、地域共同体から個人化の方向に向かっていった過程を紹介している。

なお、表紙の図版は東京大学総合研究博物館所蔵三宅一族旧蔵コレクションから、貴族院議員だった三宅秀(1848-1938)が貴族院議員有志から送られた、服部時計店製「帝国議会議事堂模型」。表紙裏の解説(西野嘉章「かたちの力(連載79)」)と併せて、現在の国会議事堂が完成した直後の議事堂が持っていた象徴性も含めて、興味深い。

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2022/07/10

水田洋『「知の商人」たちのヨーロッパ近代史』講談社,2021.(講談社学術文庫)

『「知の商人」たちのヨーロッパ近代史』表紙

(表紙画像はopenBDから。)

断続的に読んでいた、水田洋『「知の商人」たちのヨーロッパ近代史』講談社,2021.(講談社学術文庫)をようやく読了。良い本でした。元版は『知の商人 近代ヨーロッパ思想史の周辺』筑摩書房,1985.で、「あとがき」によると、筑摩書房の第二版『経済学全集』の月報での連載をまとめたものとのこと。学術文庫版のあとがきによれば、元版で月報連載から落としたものも今回収録しようと探したが見つけられずに収録を断念、という話が書いてあるのだけど、編集者はそういうの探してくれないんだ……ということにちょっとがっかりしたり。

思想関連の書物と著者、そして出版社・書店の経営者・編集者たちとの様々な関わりや、書物を集めたコレクターたちの活躍を描き出す、学術的エッセイ、という趣で、一つ一つの節が独立した読み物として読めるようになっている。注記は部分的に付けられてはいるものの、探求のヒント的な扱いのような感じ。あとがきで

「全体にわたって参考文献を主とした注をつけたが、参考文献には、特定の問題についてだけ利用したものと、全般的に利用したものがあり、その区別は注ではかならずしも明らかになっていない。また、一次資料にさかのぼって確認した記述と、そうでないものとの区別も、同様である。」

と敢えて書かれているゆえんでもある。

内容は多岐に亙るので、紹介しきれないが、例えば、最初に置かれている「エルセフィエル書店」というのは、今風にいえば「エルゼビア」。近代初期の元祖エルセフィエルが手を広げ、その後消えていった過程と「商品としての思想」を広めたその功罪を、歴史的背景も含めて紹介している。

とはいえ、こうした比較的よく知られた名前が出てくる話は一部に過ぎず、もちろん、それぞれの専門分野では知られているのだろうけれど、浅学の自分には知らないことだらけだった。

例えば、「ハーリーとソマーズ」では、著者所蔵の『ハーリアン・ミセラニー』("The Harleian miscellany"。記述内容からすると1808-1813刊行の10巻本の様子。)を取り上げているが、そもそもこれってなんだろう、と思ったら、「オクスフォード伯ロバート・ハーリー(一六六一─一七二四年)、エドワード・ハーリー(一六八九─一七四一年)が、二代にわたって集めた四〇万冊ちかいパンフレットの一部分の復刻」とのこと。説明を読んでもよく分からなかったが、読み進めるうちに、ハーリー二代のコレクションの形成と散佚の過程が、コレクターの動向の変化とともに語られていて、読まされてしまう。

「アメリカ革命の導火線」では、アメリカ独立のうねりを生んだ源流の一つに、「神学の本拠であるハーヴァード・カレジに対して、大西洋を越えて二〇年にわたって送りつづけられた、五〇〇〇冊をこえる急進主義文献」があることを指摘し、その送り手であるトマス・ホリス(Thomas Hollis)について、紹介している。ちなみに、ハーバード大学図書館の検索システムの名称がHOLLISなのは、トマス・ホリスにちなんでいるのだろうか。と思ってFAQをみたら、ちなんでいるのだけど、生没年が本書で紹介されているホリスと違うので、同姓同名の別人(あるいは代違い)かもしれない(本書では1720-1774、HOLLISのFAQでは1659-1731)。

……と、ここまで書くだけで1時間近くかかってしまった。とにかく詰め込まれている情報量が多いので、これなんだろう、と、ちょっと確認しているだけで、えらいことになる。まあ、ちょっと確認できるような世の中になったというだけで、ありがたいのだけれど、裏返せば、さらに掘っていくためのネタの宝庫のような本でもある、ということでもある。

また、出版史ばかりではなく、経済と国際政治との関係を特定の商品(ワイン、ジン、紅茶)と絡めて論じる話もあったりして、話題の幅広さ尋常ではない。その中で、特に今、読み直してほしい話を、もう少しだけ紹介しておきたい。

一つ目は、「マクス・ヴェーバーをめぐる女性」という節。ここでは、ヴェバー(日本語だとマックス・ウェーバー表記が多いか)の妻であった、マリアンネ・ヴェーバー(コトバンクの解説参照)の『フィヒテの社会主義とそのマルクス学説への関係』(1900年)という著書から話がはじまる。この著書の中に、マクスの影響について言及する文言が登場することを取り上げつつ、そもそも大学のゼミに女性が参加する嚆矢であったマリアンネ(ただし聴講生として。次の世代の女性たちがようやく正式に大学に入学を許可される。)の置かれた状況を解説し、女性解放の闘士であったマリアンネと、マクスとの関係の複雑性を描き出している。特に、マリアンネの性に関する議論の歯切れの悪さを分析した、

「マリアンネは、女性の解放が性の解放に直面せざるをえないこと、「エロティークだけが両性の結合の価値を最終的にきめるものではない」にしても、エロティークを無視しえないことを知っていたし、しかも、性の解放が、男性支配のもとでは、女性の地位の低下を意味することも知っていたのである。」

という一節に表現された構造は、20世紀初頭の状況を1980年代に描写したものであるにも関わらず、現在でも玩味に値するのではないだろか。例えば、性表現の開放においても、類似の構造があるのではないか、という問いは、現在でも十分に成り立つように思う。

ちなみにその後、ヴェーバー夫妻に影響を受けた、ハイデルベルク大学の最初の女子学生であったエルゼ・ヤッフェに、マクスが接近し、それをマリアンネも知っていた、みたいな話まで出てきて、なんだこのハーレム系展開は、みたいになってしまって、こうした構造の中で女性の権利について議論していた、マリアンネすごいな、となったりも。

なお、マリアンネ・ヴェーバーについては、昭和女子大学女性文化研究所紀要に、掛川典子氏による主要論文の翻訳が掲載されているようなので、そちらも併せて確認されると良いかもしれない。

もう一つ、イギリスのピアニスト、マイラ・ヘス(コトバンクの解説参照)による、第二次大戦中の戦時下のナショナル・ギャラリーでのコンサートについて紹介した、「空襲下のコンサート」は、別の意味で、今読まれるべき一篇かと。一旦は、戦時は演奏する時ではない、と考えてピアノから離れたヘスが、かつて自分の演奏を聴いたという亡命ユダヤ人一家からの要望を受けて、演奏会を開くための会場探しをした時、受け入れたのが作品を疎開させ、ほとんど空になったナショナル・ギャラリーだった。演奏会に殺到した人々が、そこで一時の安らぎを取り戻す様子や、シューマンの歌曲をドイツ語で歌うことをためらう歌手を勇気づける話など、戦争に対して、芸術が持つ意味ということについて、改めて問いかける内容になっている。

なお、マイラ・ヘスによるコンサートについては、ナショナル・ギャラリーのサイトでも詳しく紹介(The Myra Hess concerts)されているので、そちらも併せてぜひ。例えば、最初のコンサートの入場待ちの人々の写真なども紹介されていて、当時のロンドンの人々がコンサートを待ち望んでいた様子がよく分かる。

こうしたコンサートの経験を踏まえて、ヘスが「われわれは、おそらく史上かつてなかったほどしっかりと、人類の進歩の真の本質をつかんでいます」と語ったことを、著者は紹介している。その後に、

「その後四〇年のあいだに、人類の進歩ということばは、すくなからず色あせてしまったが、ヘスがこう語ったときの日本には、このことばも音楽も存在の余地がなかったのである。」

と続けて書いていることの重みが、著者がこう書いてからさらに40年近くがたった今、さらに増しているのでは。

というわけで、全部通して読まなくても、拾い読みでもじっくり楽しめる一冊かと。こうした、研究者による専門分野のエッセイは、論文と違って業績としては、軽く見られがちだし、最初に書いたように、注記も十分には付されてはいないのだけれど、様々な検索ツールが整備された今だからこそ、興味関心を広げるための入り口として、とても有効だと思う。

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水田洋『「知の商人」たちのヨーロッパ近代史』講談社,2021.(講談社学術文庫)

『「知の商人」たちのヨーロッパ近代史』表紙

(表紙画像はopenBDから。)

断続的に読んでいた、水田洋『「知の商人」たちのヨーロッパ近代史』講談社,2021.(講談社学術文庫)をようやく読了。良い本でした。元版は『知の商人 近代ヨーロッパ思想史の周辺』筑摩書房,1985.で、「あとがき」によると、筑摩書房の第二版『経済学全集』の月報での連載をまとめたものとのこと。学術文庫版のあとがきによれば、元版で月報連載から落としたものも今回収録しようと探したが見つけられずに収録を断念、という話が書いてあるのだけど、編集者はそういうの探してくれないんだ……ということにちょっとがっかりしたり。

思想関連の書物と著者、そして出版社・書店の経営者・編集者たちとの様々な関わりや、書物を集めたコレクターたちの活躍を描き出す、学術的エッセイ、という趣で、一つ一つの節が独立した読み物として読めるようになっている。注記は部分的に付けられてはいるものの、探求のヒント的な扱いのような感じ。あとがきで

「全体にわたって参考文献を主とした注をつけたが、参考文献には、特定の問題についてだけ利用したものと、全般的に利用したものがあり、その区別は注ではかならずしも明らかになっていない。また、一次資料にさかのぼって確認した記述と、そうでないものとの区別も、同様である。」

と敢えて書かれているゆえんでもある。

内容は多岐に亙るので、紹介しきれないが、例えば、最初に置かれている「エルセフィエル書店」というのは、今風にいえば「エルゼビア」。近代初期の元祖エルセフィエルが手を広げ、その後消えていった過程と「商品としての思想」を広めたその功罪を、歴史的背景も含めて紹介している。

とはいえ、こうした比較的よく知られた名前が出てくる話は一部に過ぎず、もちろん、それぞれの専門分野では知られているのだろうけれど、浅学の自分には知らないことだらけだった。

例えば、「ハーリーとソマーズ」では、著者所蔵の『ハーリアン・ミセラニー』("The Harleian miscellany"。記述内容からすると1808-1813刊行の10巻本の様子。)を取り上げているが、そもそもこれってなんだろう、と思ったら、「オクスフォード伯ロバート・ハーリー(一六六一─一七二四年)、エドワード・ハーリー(一六八九─一七四一年)が、二代にわたって集めた四〇万冊ちかいパンフレットの一部分の復刻」とのこと。説明を読んでもよく分からなかったが、読み進めるうちに、ハーリー二代のコレクションの形成と散佚の過程が、コレクターの動向の変化とともに語られていて、読まされてしまう。

「アメリカ革命の導火線」では、アメリカ独立のうねりを生んだ源流の一つに、「神学の本拠であるハーヴァード・カレジに対して、大西洋を越えて二〇年にわたって送りつづけられた、五〇〇〇冊をこえる急進主義文献」があることを指摘し、その送り手であるトマス・ホリス(Thomas Hollis)について、紹介している。ちなみに、ハーバード大学図書館の検索システムの名称がHOLLISなのは、トマス・ホリスにちなんでいるのだろうか。と思ってFAQをみたら、ちなんでいるのだけど、生没年が本書で紹介されているホリスと違うので、同姓同名の別人(あるいは代違い)かもしれない(本書では1720-1774、HOLLISのFAQでは1659-1731)。

……と、ここまで書くだけで1時間近くかかってしまった。とにかく詰め込まれている情報量が多いので、これなんだろう、と、ちょっと確認しているだけで、えらいことになる。まあ、ちょっと確認できるような世の中になったというだけで、ありがたいのだけれど、裏返せば、さらに掘っていくためのネタの宝庫のような本でもある、ということでもある。

また、出版史ばかりではなく、経済と国際政治との関係を特定の商品(ワイン、ジン、紅茶)と絡めて論じる話もあったりして、話題の幅広さ尋常ではない。その中で、特に今、読み直してほしい話を、もう少しだけ紹介しておきたい。

一つ目は、「マクス・ヴェーバーをめぐる女性」という節。ここでは、ヴェバー(日本語だとマックス・ウェーバー表記が多いか)の妻であった、マリアンネ・ヴェーバー(コトバンクの解説参照)の『フィヒテの社会主義とそのマルクス学説への関係』(1900年)という著書から話がはじまる。この著書の中に、マクスの影響について言及する文言が登場することを取り上げつつ、そもそも大学のゼミに女性が参加する嚆矢であったマリアンネ(ただし聴講生として。次の世代の女性たちがようやく正式に大学に入学を許可される。)の置かれた状況を解説し、女性解放の闘士であったマリアンネと、マクスとの関係の複雑性を描き出している。特に、マリアンネの性に関する議論の歯切れの悪さを分析した、

「マリアンネは、女性の解放が性の解放に直面せざるをえないこと、「エロティークだけが両性の結合の価値を最終的にきめるものではない」にしても、エロティークを無視しえないことを知っていたし、しかも、性の解放が、男性支配のもとでは、女性の地位の低下を意味することも知っていたのである。」

という一節に表現された構造は、20世紀初頭の状況を1980年代に描写したものであるにも関わらず、現在でも玩味に値するのではないだろか。例えば、性表現の開放においても、類似の構造があるのではないか、という問いは、現在でも十分に成り立つように思う。

ちなみにその後、ヴェーバー夫妻に影響を受けた、ハイデルベルク大学の最初の女子学生であったエルゼ・ヤッフェに、マクスが接近し、それをマリアンネも知っていた、みたいな話まで出てきて、なんだこのハーレム系展開は、みたいになってしまって、こうした構造の中で女性の権利について議論していた、マリアンネすごいな、となったりも。

なお、マリアンネ・ヴェーバーについては、昭和女子大学女性文化研究所紀要に、掛川典子氏による主要論文の翻訳が掲載されているようなので、そちらも併せて確認されると良いかもしれない。

もう一つ、イギリスのピアニスト、マイラ・ヘス(コトバンクの解説参照)による、第二次大戦中の戦時下のナショナル・ギャラリーでのコンサートについて紹介した、「空襲下のコンサート」は、別の意味で、今読まれるべき一篇かと。一旦は、戦時は演奏する時ではない、と考えてピアノから離れたヘスが、かつて自分の演奏を聴いたという亡命ユダヤ人一家からの要望を受けて、演奏会を開くための会場探しをした時、受け入れたのが作品を疎開させ、ほとんど空になったナショナル・ギャラリーだった。演奏会に殺到した人々が、そこで一時の安らぎを取り戻す様子や、シューマンの歌曲をドイツ語で歌うことをためらう歌手を勇気づける話など、戦争に対して、芸術が持つ意味ということについて、改めて問いかける内容になっている。

なお、マイラ・ヘスによるコンサートについては、ナショナル・ギャラリーのサイトでも詳しく紹介(The Myra Hess concerts)されているので、そちらも併せてぜひ。例えば、最初のコンサートの入場待ちの人々の写真なども紹介されていて、当時のロンドンの人々がコンサートを待ち望んでいた様子がよく分かる。

こうしたコンサートの経験を踏まえて、ヘスが「われわれは、おそらく史上かつてなかったほどしっかりと、人類の進歩の真の本質をつかんでいます」と語ったことを、著者は紹介している。その後に、

「その後四〇年のあいだに、人類の進歩ということばは、すくなからず色あせてしまったが、ヘスがこう語ったときの日本には、このことばも音楽も存在の余地がなかったのである。」

と続けて書いていることの重みが、著者がこう書いてからさらに40年近くがたった今、さらに増しているのでは。

というわけで、全部通して読まなくても、拾い読みでもじっくり楽しめる一冊かと。こうした、研究者による専門分野のエッセイは、論文と違って業績としては、軽く見られがちだし、最初に書いたように、注記も十分には付されてはいないのだけれど、様々な検索ツールが整備された今だからこそ、興味関心を広げるための入り口として、とても有効だと思う。

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2022/04/24

『日本古書通信』2022年4月号

『日本古書通信』2022年4月号(87巻4号)をぱらぱらと読んだ。どうも集中力が続かないので、簡単に。

田坂憲二「吉井勇の自筆歌集(上)吉井勇と臼井書房」(p.2-4)には驚いた。影印本ではなく、作者自選による歌集を作者の自筆で複数部作成し、頒布する、ということが昭和21年ごろに行われていた、とはまったく知らなかった。広告によれば200部刊行予定だったそうで、それを丹念に書いた吉井勇、すごい。なお、収録歌の選定過程を示す資料が、京都府立京都学・歴彩館の吉井勇資料中に残されている、というのも興味深い。

飯澤文夫「続PR誌探索(37)」(p.4-5)は三省堂の書店部門、出版部門それぞれの戦前のPR誌を紹介。戦時下の出版統制で消えた『書斎』など。

新連載、川口敦子「キリシタン資料を訪ねて(1)ポルトガル国立図書館」(p.16-17)は、形こそ新連載だが、実際には、著者の「パスポートと入館証、準備よし!」の続編かと。引き続き、各国それぞれの貴重書の扱いが分かって面白い。毎度のことながら、マイクロ資料や、昨今のデジタル化されたものを見るだけではなく、現地でカード目録を確認し、原物を請求することによる発見がある、というのが興味深いが、図書館屋的には頭が痛い。

三坂剛「福永武彦自筆識語・署名本収集について3」(p.30-31)は、紙の原物ならではのコレクションの魅力を示す切り口では。また、各版と福永武彦電子全集におけるテキストとの関係についても言及があるのがポイントかと。

森登「銅・石版画万華鏡 175 福島中佐単騎横断」(p.35)では江戸から明治の日露関係を概観しつつ、明治25年から26年にかけて、ドイツからシベリアまで、馬で横断して実地調査を行い、帰国した福島安正を描いた版画を紹介。

これも新連載の小林信行「平田禿木をめぐる人々 尾崎紅葉1」(p.38-39)は、淡々と尾崎紅葉の生い立ちから、作家に専念、活躍を広げていく過程をたどりつつ、そこに並走していく平田禿木に言及していく、というスタイルで、近代文学音痴の自分としては、ああ、そういうことだったのか、という感じの話も多くて勉強になった。こういうのを何の気なしに読んでしまって、何となく勉強になってしまうのが、雑誌の良いところでもあるが、自分の知識が貧弱なだけという話もあるか。

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2022/02/13

芝健介『ヒトラー:虚像の独裁者』岩波書店,2021.(岩波新書)

『ヒトラー』表紙

(表紙画像はopenBDから。)

芝健介『ヒトラー:虚像の独裁者』岩波書店,2021.(岩波新書)を読了。

「ヒトラー」というキーワードが世間でやけに話題になっていたので、積ん読から取り出して読んだ。「ヒトラー」について、どのような言及をするにしても、その前にこれは読んでおいた方がよい、という一冊だと思う。

単なる伝記ではなく、それぞれの時代の社会、政治、国際関係を踏まえつつ、どのようにヒトラーが政治的に台頭し、政権を奪取し、他の政治勢力を圧倒するに至り、そして、最終的に敗北していったのか、最新の研究動向を踏まえた上で、短い記述の中に様々な関連する情報が整理されていて、分かりやすい。これ一冊読んでおくと、大抵の雑なヒトラー関連言説を、ニワカ扱いできそうな気がしてくる(いや、もちろん、そんな簡単な話では実際にはないと思うけど)。

ただ、特に前半、ヒトラーが政権を奪取するまでの過程は、なんとも読むのがつらかった。嘘とでたらめ、そして、現実離れしたロジックで「敵」を名指しすることで、第一次大戦における屈辱的な敗北と経済的苦境に陥ったドイツの人々を引きつけ、期待を集めていく過程は、その類似版、ミニチュア版を今も(いや、今こそか)あちこちで見ることができる気がして、読みながら憂鬱な気分になってしまった。失った「誇り」を取り戻せ、本来あるべきだった「未来」を取り戻せ、そのためには、その「誇り」と「未来」を簒奪する「奴ら」を排除し、「奴ら」から全てを奪え、というプロパガンダが、経済的に困窮し、自分たちを救わなかった政党政治に絶望した人々をどれほど引きつけたのかは、今、この状況下で読むと、ああ、こりゃ人気でるよなー、と想像できる感じでもあったり。

ちなみに、プロパガンダといえば、『我が闘争』から本書に引用されている部分には驚いた。「真実を追い求めることも相手に好都合にはたらくだけの場合が多く、大衆に向けては非現実であれ何であれ、教義・主義一点ばりの主張を通して絶えず自分が有利になるようにしなければならない」というテーゼや、「事実がどうであったか、は問題でなく、本当の経過がそうでなくても問題はない」と本人が書いているとのこと。そう書いてあっても、多くの人が、進んでそれに乗っかっていった、というのがまた気持ちが暗くなる。

さらにつらかったのが、決定的なタイミングで、司法が十分に機能しなかった(ヒトラーに同情的な人物が司法の要所要所にいたということでもあり)ことが、ヒトラーの政治生命を延命させ、政治的躍進を許してしまった、という部分で、本来罪を問われるべき人物が、政治的理由で罪が問われない(あるいは不当に軽い罪にしか問われない)状況が生じた時点で、その国の命運は割と尽きてしまっているんだなあ、ということを突きつけられて、これまた憂鬱な気分になったりしたのだった。

ちなみに、ヒトラーが政権を獲得してから、ナチ党以外の政党が全て解体されるまで、半年しかかかっていない。国民の支持を取り付けつつ、様々な謀略や暴力を駆使して、もともとナチ党の政権獲得を支援した勢力まで含めて、権力の独占に邪魔な勢力全てが着実に狩られていく過程が冷静に記述されている。読んでいると、気分はもう絶望である。

後半、戦争に突入すると、当初ははったりで勝ち続けつつ、独ソ戦以降はとにかく人が死んでいく。いやその前から、ユダヤ人を対象にした暴動・暴力は繰り返し推奨されていたし、占領地域が増えるごとに、ユダヤ人を中心に劣悪な環境下に追いやられる人々がすさまじい勢いで増えていっている。ここにイギリスが支援するシオニズム(イスラエル建国運動)と、中東諸国との対立なども絡んで、複雑怪奇な情勢の中で事態がどんどん悪化していくのもまた、読んでいてつらいのだった。

戦争の仕方もすさまじく、例えば、1942年の記述として

「例えば、独軍はセルビアでパルチザン戦に手を焼いていたが、独軍兵士に死者が一人出れば人質にしたセルビアの住民一〇〇名を殺害、負傷者が一人出れば五〇名を殺害するというやり方で、ユダヤ人、共産主義者、民族主義者の順に、その家族ごと「片付け」ていった。」

という話がさらりと出てきて、がく然とする。とにかく、万単位、いや、10万人単位で人がどんどん死んでいく。そして著者はその過程を淡々と記述していく。

近年の研究に基づきつつ、ヒトラーを中心にしつつ、ヒトラーの意図や指示を「忖度」して、誰が、どの組織が最もヒトラーの意思を体現しているかを競い合う構造が、虐殺へと極端化していく施策や、自国の戦力の正確な状況把握を妨げて敗北の傷を深めていったのかについても論じられており、「忖度」を軸にしたシステムがいかに政府機構の判断能力を破壊していくかも見せつけられる。

そしてそれだけ、内外で人が死んでいっても、ヒトラーの人気は根強く、1943年に批判ビラをまいた学生たち(いわゆる「白バラ」)が裁判後当日処刑された際、密告した大学職員は他の学生たちに歓呼で迎えられたという。本当に救いがない。

また異なる観点での議論になるが、ドイツの歴史教育や、歴史に対する姿勢は、割と日本では高く評価されているが、そんな単純なものではない、ということも、本書の第6章「ヒトラー像の変遷をめぐって――生き続ける「ヒトラー」」を読むとよく分かる。興味深いのは、ドイツにおけるヒトラーやホロコースト認識の転換点には、ドラマや映画が影響を与えている、という指摘で、そもそも「ホロコースト」という用語自体、1979年にドイツで放映された米国製作テレビドラマ『ホロコースト』によって広まった、とは知らなかった。また『シンドラーのリスト』などの映画が話題になったことが、どれだけ虐殺が当時ドイツの人々に知られていたのかについての研究上の関心を呼び起こす、といったこともあったとのこと。歴史学は歴史ドラマなどのフィクションとは関係ない、といういった意見もたまにネット上では見かけるが、そんなに単純な話ではない、ということもよく分かる。

一度普及してしまった嘘とでたらめで塗り固められたプロパガンダは、それが国民の間に広く普及してしまったが故に、ぬぐい去るのが困難であることも、同時に語られている。フィクションが、プロパガンダに染まった視点を相対化する機会にもなりうる可能性も本書では示されているが、それは逆の効果も持ちうる、ということでもあるだろう。

だらだらと書いてきたが、こんなのは本書で示された論点の氷山の一角に過ぎない。この一冊にどれほど論点が詰め込まれているのか、たぶん、自分には読めてない部分も大量にあるだろう。読み手に応じて、色々な見え方ををする本でもあるかと。歴史について考える際のヒントという意味でも、読む価値がある一冊だと思う。

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